このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

二次log

 いらっしゃいませ、と掛けられた声が思っていたよりも可愛らしい。驚いて思わず動きを止めてしまった不審な客であったろうに、にこにこと朗らかな笑顔を絶やさぬ小さな姿。朝の一時間だけ店番を任されている少年の名前が「竈門炭治郎」であること、己の五歳下であること、六人兄弟の長男であること、将来の夢はこの店を継いで未来へと繋げること、なんてことを知る頃には、すっかりその魅力に落ちていた。修学旅行で彼が店先へと立たなかった日には分かりやすく落ち込んで見えていたらしく、その後にお土産を手渡された時には元気に振り回されている尻尾が見えるようであったと聞く。年上だというのに情けない話である。
 ともかく、久しぶりに顔を合わせることとなった少年――男の子であった筈なのに、身長が伸び筋肉も付き始めた姿への成長を喜ぶよりも前に、大きな声で「よもや!!!!!!」と叫んでしまったことは、今にして思えば随分と迷惑で情けない話であったことだろう。幸か不幸か常連客が多い時間帯であり、発声時には揃って肩を震わせた皆々様から向けられる視線に乗せられていたのは「まあ、杏くんなら仕方ないか」という許容ばかり。煉獄の坊主は今日も元気だな、と町内のお父さん(確か弟の友達のお兄さんの友達のお父さんだ。それ以前に、父の高校時代の先輩であるらしい。世間は狭い。)から焼きそばパンをひとつ奢られたのだけれど、御礼を言いそびれてしまうほどには衝撃的だったのだ。愕然とした、と言ってもいい。大切な記憶の中できらきらとしていた瞳の奥底に、澱むなにかを見つけてしまった。大声にこちらを向いて、そしてのっぺりと貼り付けられた表情のままにもたらされた定型文。逆撫でされた神経を覆い隠す、なんて腹芸もこの数年でしっかりと身に付けた。だというのに彼は、会わないうちに少し頑張り過ぎてしまったらしい彼は、目覚めてしまった獣の気配を感じ取っているらしい。居心地悪そうな様子には気付かぬふりをして、幾つかのパンを乗せたトレーを渡しつつ数年ぶりの言葉をかける。
「男子、三日会わざれば刮目して見よとは聞くが、よもや、ここまで変わっているとは。また暫くはいつもの時間帯に店に出るのか?」
「いえ、……その、色々と出たり入ったり、があって、えっと、色んな時間で不定期に」
「なるほど。ふむ。それでは今日の夕方にでも寄らせてもらおう」
 個別の袋にパンを入れ、手提げ袋に入れ、料金を受け取りお釣りを渡す。幼い頃から身に染み付いたらしい一連の流れに淀みはなくて、そのことに小さく息を吐く。差し出された袋を受け取りつつもつい記憶につられて頭を撫でてしまったが、どこか気恥ずかしそうに口元をもごつかせる表情もまた変わっていなかったことを知ることができたのは嬉しい誤算である。ゆっくりと話をしよう、という言葉に頷いてくれたことが嬉しくてはっきりとした時間を決めていないことに気がついたのは、一限目にして教室全体に響き渡ったのではないかという腹の虫に耳まで真っ赤になって、机へ突っ伏し火照りを冷ましている最中のことだった。

「お前、重症だなぁ」
「言われずとも、自覚はしている……」
 目前で行儀悪くも机に片肘をついて身を預け、コーヒー牛乳のパックを吸い潰しつつ楽しげに笑う男は宇髄天元。空きコマが重なっているから、という理由で共に過ごすようになった彼は三歳上であるのだが、自身の興味関心の赴くままに旅に出ることが多々あったせいで卒業できずにいるらしい。なんだかんだで「大卒」という肩書きは便利だからと、そろそろ真面目に単位を回収する予定であるそうだ。今期の回収単位のひとつがつい三十分ほど前に腹の虫が盛大に声をあげた講義であり、真後ろに座っていた彼は講義終了と同時に杏寿郎の腕に己の腕をがっしりと回し「購買までごあんなーい」と高らかに宣言したのである。いつものごとく静かに連れ立って移動すればよかったものを、まさかの言動に思わず手が出てしまったことは悪くないはずだ。
 盛大な腹の虫はきっかけに過ぎず、その前後の言動に物申したかったのだという天元は、それでも、一通り杏寿郎の話を聞いた後に呆れを滲ませながらも「重症だな」と口にしたのみ。本当に良い友人と出会うことができたと思っている。先輩後輩の関係であると言った方が正しいのかもしれないが、先輩にあたる天元自身が友人関係というラベリングを望むのだから従うまでである。決して、日々の言動から敬意が擦り減らされていったわけではない。気安い言動に接するうちに、なんだか年齢差を感じなくなってしまっただけなのだ。
 それでも、ただただ杏寿郎の話を楽しんでいるだけに見える男、宇髄天元は煉獄杏寿郎よりも年上で、先輩なのだ。人生のありとあらゆる場面における先輩で、後輩を導き、見守ってくれる人。まあ、彼のことだから興味半分面白半分だと笑うのだろうけれど。それがただの方便で、本当は情に厚い優しい人なのだということを知っている。
「そんなんでこの後」
「大丈夫だ。何、夕方のことを考えるだけで乗り越えられるさ」
「……それ俺のツッコミ待ちか」
「む、駄目だったか」
 ド派手に駄目だわ、と言いつつぺしりと頭を叩く天元の表情は緩く笑っているようで、目の奥は全く笑っていない。流石に誤魔化せなかったらしい。朝、たった一人の少年と再会して以降、ぶつけることのできない感情がぐちゃぐちゃと混じり、絡まり、蟠り、そして他の感情をも焚き付けようと燻り続けている。どうしようもなかった「それ」をコントロールする術は身につけたはずなのだが、押さえ込まれていた火種に燃料が投入されたようなものなのだから仕方がないだろう、とは正直な思いである。それでも、己の未熟のせいで他人に迷惑を掛けることは本意ではない。
「単純計算で教室の四分の三に喧嘩売ってるようなもんだからな。一人で調整すんのが難しいようなら手伝うが」
「ありがたい申し出だが、結構だ」
「だと思った。まあ、喧嘩を吹っかけられたのはお前の方だもんなぁ」
 よくもまあその場で爆発しなかったな、と言外に含まれているようだが、杏寿郎自身、感情を落ち着かせようと諸々を振り返りながらまったく同じことを考えていた。
 第一性差は男と女。第二性差はDom、Sub、Switch、そしてNormal。自然の摂理だかなんだか知らないが、それぞれ、人口に対してほぼ均等に、同じだけの割合で存在するというのが通説だ。百人集めたならば第一性差は五十人ずつに分かれるし、第二性差は二十五人ずつに分かれる、というのが単純計算。杏寿郎はDom性であるが、Domが苛立った時などに発する波長は受容体を有さないNormal以外の性に良くも悪くも影響を与えてしまう。無闇矢鱈とばら撒くなんて行為はマナー違反であり、大学生ともなればある程度は己を律することができて当然の年齢ではあるものの、久しぶりに会うことのできた彼の、Subの姿があまりにも杏寿郎の中のDom性を刺激してくれたものだから、どうにも感情の制御がうまくいかない。主に男女の性差がはっきりとしだす思春期の頃に、第二性としてどれに該当するのかが判別できるようになる。幼くも、朝の短い時間のやり取りで薄らと炭治郎はSubであると感じていた杏寿郎にとって、その成長は慈しみ見守るべきものであったというのに、それがどうだ。少しばかり目を離した隙に、まだまだ未熟なDomによって掻き乱されてしまったらしい。それが、許せない。蹂躙した輩も、守ることのできなかった己も。
 炭治郎は、中学生となって通学距離が長くなったことから、朝の店番を離れたと聞いている。現在は中学三年生。時間のやりくりが何とかなりそうだから店番に復帰する、ということであるならば良かったのだが、あの様子ではその可能性は低いだろう。第二性が明確に発現したばかりでコントロールが上手くいかないことはNormal以外のどの性にもあることであるし、炭治郎自身、受け流すこともできないまま全てを溜め込んでしまったのだろうということは理解している。が、それはそれとして、やはりその成長を見守ってきた中で抱いていた庇護欲のど真ん中をぶち抜かれたような心地である。いや、表現としてそれが正しいのかはよく分からないが、杏寿郎が己の感情を敢えて言語化するならば、一番しっくりくるのがそれだった。そのせいで朝から落ち着かない心地である影響を、周囲にばらまいてしまっている現状は申し訳ない。実際のところは話を聞いてみなければ分からないものの、きっと、誰も悪くないのだ。発現したばかりの子どもたちの間ではよくある「事故」なのだろうとは推測できている。何とか感情を飲み込み心穏やかに、とはいかないまでもある程度は抑え込んでしまうことができないのならば、いっそ、この後は自主休講とした方が自分のためであり、周囲のためとなるだろうか。
 ぐるぐると唸る感情を持て余す様を見続けることに飽きたのか、机に寝そべるように上体を倒した天元は、そのまま杏寿郎の表情を見上げつつ言う。
「まあ、お前が自力で何とかしたいってのもわかるけどさ?」
「……うむ」
「ある程度は落ち着かせとかねぇとお前、その、カマド少年? に怯えられるんじゃね?」
「……なるほど。一理あるやもしれん」
「やもしれん、じゃねぇ。あるんだって」
 相手はまだまだ子どもだろうが、と続けられた言葉がすとんと落ちる。
「そう、だな。そうだった、子どもだった」
 相手は未だ何も知らない子どもで、それ故に性に振り回されている。そんなところに杏寿郎が、同じように性に振り回されつつ相対したとするならば、どんな結末を招くかなんて目に見えるようだ。杏寿郎は感情のままに炭治郎へと己をぶつけ、炭治郎はそれに押し潰されて終わり、である。或いは恐れをなして逃げだすか。潰れてしまうよりはいっそ、逃げだしてくれた方が良いのだろうけれど、おとなしく逃がしてやることのできる精神状態であるとは思えなかった。いずれにせよ、経験のなさから来る不調に重ねてぶつけられる経験がそんなものだなんて悲惨で憐れで堪らない。そのせいで今後、炭治郎に避けられるようなことがあっては、胸にぽっかりと穴が開いて、そこからどろどろと己を形作るものが零れ落ちてしまうような予感があった。朝のほんの一瞬の邂逅だけでここまで乱されてしまっているのだから、あながち間違いでもないだろう。
 まずは落ち着かねばなるまい。話はそれからだ、ということに気付かせてくれた天元への一番の礼は、早いところ感情を落ち着かせることであろう、と杏寿郎は意識して息を腹の奥底にまで吸い込む。取り込まれた酸素に乗せて、燻る火種を全身へ巡らせるように。綺麗さっぱり消してしまうことはできるはずもないが、重苦しい感情が一塊になっているから駄目なのだ。小分けにして、身体の中を循環させてしまえばいい。イメージとしては、そんなところか。
「お、うまいうまい。なんだかんだ、大雑把に見えて器用なんだよなぁお前」
「これでも兄だからな。年下を怖がらせるわけにもいかんだろう」
 あとはもう、兄としての意地やら矜持やら、そんなものでコーティングした力技である。自己暗示により意識を逸らしているだけであると言われるかもしれないが、それだけで余計な火種をばらまかずに済むのであれば、それに越したことはない。
 どうだ、と視線で問えば、及第点だ、と返される。
「多少、気が立っているような気がしなくもないが、まあ誤差の範囲だろ」
 原因が分かってのことだ。長引くものでもない、という希望的観測も含めた許容範囲内であるとのこと。自身の感覚としても、僅かに思考に掛かっていた靄が薄くなったような気がするので許容範囲内だろう。炭治郎に会うまでの間、再び揺れぬとも限らないので今の感覚を己の内へと刻み込む。
 何をするわけでもなく、内側の感覚に集中する杏寿郎を見守りつつ、天元は小さくぼやく。
「つか、お前、朝にそのまま話を終わらせてスッキリさせて来たら良かったのに」
 その言葉にぱちりと瞬きをした杏寿郎は、その大きな瞳を真っ直ぐに天元へと向ける。先祖代々受け継がれているのだというその目力に、決してそんなことはないと分かっているのに「何か悪いことを聞いてしまったのか」という不安が湧き上がってくる天元であるが、もちろん、そんなことはない。杏寿郎自身、そう思われていることを知れば明るく笑い飛ばすだろう。単にそういう顔が常であるだけで、他意はないのだ、と。目力のおかげで助かったことも大変だったこともあるのだが、そういったエピソードも含めて受け継がれているため敢えて説明はしないが。どうしたって話が長くなってしまうので。
 ともかく、実際のところ、天元の言葉に対して杏寿郎が考えたことは「確かに!」の一言である。朝、店へと立ち寄ったのは大学で食べるパンを買うためである。炭治郎との予期せぬ邂逅に混乱した思考回路では、当初から予定していた「大学へ行く」という予定が優先されてしまい、柔軟な対応を模索することができなかったようであるし、そのことに指摘されるまで思い至らなかった辺り、混乱は継続していたようである。
「混乱のあまり柔軟な対応ができなかっただけなのだが……まあ、おかげで少し落ち着いてから対面することができるんだ。悪いばかりでもない」
「お前のそういう前向きなところ、結構好きだぜ」
「む、そうやって何かと理由をつけて褒めてくれるところはかなり好ましいと思っているぞ」
「素直なのは美徳だが恥ずかしいな!」
「お互い様だろう」
 軽口を叩けるくらいには余裕が出てきたと判断しつつ、天元は一応はと問いかける。このまま大学に残るのか、それとも自主休講として会いに向かうのか。
「約束は今日の夕方、だからな。明らかに早く向かってしまっては驚いてしまうだろう」
「優しいな」
「大人の余裕ってやつだな。ところで、夕方は何時からだと思う?」
 大人の余裕はどこ行ったよ、と笑い出す天元に分かりやすく杏寿郎は唇を尖らせる。明確な時刻を定めなかったことに全ての原因があるとはいえ、死活問題なのだから。

 時刻は十七時。杏寿郎は朝も訪れた店の前で大きく深呼吸をした。通い慣れた店の扉がこれほどまでに大きく、そして重く感じられることもそうそうない。本当は一時間前から扉を潜る準備はできていたのだけれど、大学を出る前に天元からしつこく釘をさされていた。曰く、夕方は誰が何と言おうと十七時から。それよりも前は「早すぎる」と。杏寿郎としては十六時も立派な夕方だと思うのだけれど、天元にしてみればそれは「昼から夕方への移行時間」であるために夕方ではないらしい。彼の言葉を無視して己の心に従ってもよかったのだけれど、今回の一件については己が冷静でない自覚がある。そのまま突っ走っても碌なことにはならないだろう、と判断した次第だ。
 店の前に立っていてはどうしたって入りたくなってしまうし、何より他の客の迷惑、ひいては店の、竈門家の迷惑となってしまう。そう考えて町内をぐるぐると走り回っていたのだが、悪手であったのかもしれないと薄ら考える。杏寿郎の中で小さな灯火程度に散らされ、押さえ込まれていたはずの熱が、ぐるりと全身を巡りながら少しずつその大きさを増してきているような気がするのだ。あくまでも感覚的な話であるし、錯覚であろうことも分かっている。ただ、己の内側で荒れ狂っていた本能を炎として捉え、散らすイメージで誤魔化していただけに、体温の上昇はあまり歓迎のできるものではない、ような気がした。そう考えることが駄目なのだとは思うのだが、一度浮かんでしまった考えはなかなか離れてはくれないから困る。
(そう、これは燻っていたものが再び燃え上がっただけだ)
 初めから宿っていたもの。それが大きく形を取り戻しただけ。そうであってくれと願うのは、扉の前で立ち止まったことで拾い上げてしまった炭治郎の感覚に、新たな火種を放り込まれてしまったのだとは思いたくないからだ。それが悪いことではないことや仕方のないことであることは重々承知している。むしろ彼の不調をここまで拾うことができることは喜ばしいとすら思うのだ。それでも、朝の僅かな接触でもたらされた火種ですら落ち着かせるのに半日を要した。これから過ごす時間は、その長さも密度も朝の比ではない。燃え上がる本能が更に大きくなってしまうのだとすれば、杏寿郎は己が果たしてそれを制御できるのか、と。不安を抱いたところでどうしようもなく、大きく深呼吸をしながら、今はまだ暴れてくれるなと心を宥めすかす。相手は子ども。大切にしたい相手を怖がらせてしまうことは本意ではないのだから。
 覚悟を決めてそっと扉を開くと、いらっしゃいませの声はふたつ。炭治郎と、舌足らずな高音は弟の――何某くんが並んで座っている。杏寿郎はまだ会ったことがなかったのだが、多分彼が末の六太だろう。まだまだ幼い彼に店番はできそうもなく、一人で店に立つ姿を見れるようになるのは、杏寿郎が社会人になってからとなるだろう。その頃には自分がこの辺りに住み続けている確証もないのだが。
 話をしよう、とは言ったが具体的にどうするかまでは全く決めていなかった。長くなることは分かりきっているし、内容が内容なだけに店番の傍ら世間話の如くできるものでもない。かと言って、炭治郎を連れ出してしまったら店が回らない。――気にせずに連れ出してしまえ、と本能が理性を焼き切ろうとしている。やはり相対してしまうとその熱量は大きく、強くなってしまうのだけれど、同時に庇護欲もまた煽られているものだからなんとか体面を保つことができていた。
「六太、ちょっとだけお留守番、よろしくな」
「ん、まかせて!」
 任せたぞ、と兄の顔で弟の頭を撫でてから立ち上がった炭治郎は、おずおずと杏寿郎の正面へとやって来る。腕を伸ばせばなんとか掴める、そんな距離。もう少し詰めたいところだけれど、今はまだ我慢だ、と己に言い聞かせなければならなかった。
「あの、大事な話なんだからゆっくりしなさいって、母さんが言ってて、それで」
「それはありがたいのだが、長くなった場合、店は大丈夫なのか?」
 留守番はできても店番はまだ無理だろうと言外に含めたが、炭治郎は大丈夫なのだとはっきりと言う。
「その、うち、来てください」
「うち」
「店のすぐ裏で、だから、それで誰かと交代します」
 六太はその誰かが来るまでの留守番なのだ、と。なるほど、それならば安心だな、なんて軽く言葉を返してやれば良いものを、杏寿郎の口は硬く結ばれたままだ。そうでなければ、感情の赴くままに叫び出してしまいそうだった。家なんて最も安心することのできる空間であるだろうに、いくら知っている相手であるとしたって、まさか招き入れてくれるだなんて。杏寿郎が気がついたように、炭治郎も杏寿郎がDomであることに気がついたはずだ。己の不調の原因がその他大勢のDomであることだって分かっているだろうに、最後の砦であるだろう自宅へと招かれる衝撃たるや。他にも家族がいて、何よりも信頼する母親からの言葉があったからで、だからこその申し出なのだとは分かっているのだが、これがかなりの破壊力を持っていた。正面からばしゃりと水を掛けられたようで、今にも手綱を振り切ってしまいそうだった炎がすぅと落ち着きを見せる。
 きっと、これが炭治郎自身からの申し出であったのならばもっと満たされるのだろう。しかし、発現したばかりの本能に振り回されるばかりの子どもに求められるはずもない。
「よし、分かった。それではお言葉に甘えるとしよう」
「部屋、一応は片付けたんですけど、あんまり気にしないでくださいね」
「……自室か?」
「え? はい、そう、ですけど」
 居間だろうとばかり勝手に考えていたせいで、反応の中に戸惑いが混じる。何かまずかったのかという炭治郎の揺らぎが手に取るように感じられて、杏寿郎は慌てて素直に言葉を足した。
「安心してくれ! 驚きと喜びでいっぱいいっぱいなだけだ!」
 その言葉どこが良かったのかほっとしたように小さく笑った表情に、こちらもほっと息をつく。ああ、この顔が見たかったのだ。

 竈門家は六人兄妹で、父親はSub、母親がSwitch。そして父親はここ数年、体調を崩しているのだと聞いている。炭治郎の部屋へ向かう道中に見えた居間で穏やかに子どもたちと過ごす男の姿は、杏寿郎が幼い頃に店に立っていた姿から随分とやつれているようだった。杏寿郎に気がついた彼が小さくそっと頭を下げたものだから、自然と背筋が伸びる。身体に入っていた余計な力はすとんと落ちて、熱くなりすぎていた思考がすっとクリアになる。軽く頷いて見せた杏寿郎を穏やかに見つめる姿は、確かに父親のものだった。
 片付けは一応とのことだったが、それでも随分と綺麗な部屋へと案内されて、これは帰ったら自室を綺麗に掃除しなければと思わされてしまった。二段ベッドと本棚、それから座卓。弟と同室らしいのだが、今日は友達と遊びに出ているらしい。ひとまずは、と座卓を挟んで向かい合うように座る。何から話せば良いものか定めきれず、炭治郎が道中に回収してくれたお茶を啜ることで間をもたせる。何から、どう話すべきか。少なくとも、目前で可哀想なほどに緊張している少年に口火を切らせてしまうことだけは、避けなければならないだろう。
「さて、一応はちゃんと自己紹介をしておこう」
「自己紹介、ですか」
「まあケジメのようなものだな」
 親しき仲にも礼儀あり。いくら幼い頃から知る相手であるとしても、なあなあで済ませて良いものではない。
「俺は煉獄杏寿郎。第一性は男で、第二性がDomだ」
「俺は竈門炭治郎。第一性が男で、第二性はSub、です」
「まず初めに誓っておくが、この部屋で強引に支配することも、Glareをぶつけることもしないから安心してほしい」
 そう言ったところで難しいことはわかっている。それでも、せめてもう少し、肩の力を抜いてくれやしないかと。
「緊張、してるのはバレてると思うんですけど、でも、煉獄さんが怖い、というわけじゃなくて、ええと」
 言葉を探す姿に、ゆっくりでいいと声をかける。はく、と音にならないまま口を開閉させる様子は、どこか応援したくなる。なんとか絞り出された「だからお話しましょう」の言葉が、愛おしくてたまらなかった。だからこそ。
「朝は確認ができなかったが、不調の自覚はあるのだろう? その、原因は」
 センシティブな問題だ。あまり大きな声でするものではない。それでも、今はその話をしに来て、迎え入れ、受け入れられたのだから良いだろうと開き直っている。もちろん、炭治郎の顔色を含めて様子を見ながらではあるが。何とかしてやりたいとは思っている。しかし、そのせいで更なる不調に追い込んでしまうことは望んでいないのだから。――いっそ、そこまで追い詰めて縋り付かせることも悪くはない、と考えてしまう心からは目を背けている。見ないふりをして押さえつけて、そして表に出さなければ大丈夫だろう。そう、バレなければいいのだ。バレなければ。
 よくない方向に傾きかけた思考を、緩く頭を振って散らす。そんな杏寿郎の姿は、どう答えたものかと考え込んでいた炭治郎には見られずに済んだようである。
「まず、俺、最近になってSubとして発現したんですけど」
「ああ」
「そしたら、教室とか、通学路とか、色々と過敏になってしまったみたいで」
 誰も悪意があるわけではなく、同じようにDomとして、或いはSwitchとして発現したばかりの性に振り回されてしまっているのだということは分かっているのだと言う。それでも、拾い上げてしまう感覚のせいで体調は悪くなる一方であるし、致命的な被害が出ているわけではない以上、薬で押さえつけることも極力は避けた方が良い、と言われているそうだ。未だSubとして、それ以前に人間として成長過程にある身体にはあまり良くないから、と。
「やっぱり、何人かに一人はこういうタイプもいるみたいで、学校も、落ち着くまではプリントとか、自宅学習で対応してくれるみたいで」
 違う、と思った。杏寿郎に心配を掛けまいとしてか、不安や不調を笑い飛ばしてしまいたいからか、力なく浮かべられた笑みは杏寿郎の知らなかったものだ。今朝、初めて目にしたものだ。ぐ、と不快に傾いた感情のせいでGlareが僅かに漏れ出してしまったようで、炭治郎がぎしりと身を固めたことに気付く。
「っ、悪い。宣言しておいて情けないが、コントロールが上手くいかず……と言うのはただの言い訳だな。申し訳ない」
 ふうう、と大きく息を吐く。同時にGlareを散らすよう意識すれば、炭治郎もまた、そろりと身体から力を抜いたようだった。
「あの、よく分かりませんが、何かが気に障った、んですよね」
 だったら俺が悪い、と続けられそうであることは予想に難くなく、杏寿郎は慌ててそれを止める。
「ストップだ炭治郎、それは違う!」
「あ、ぁ」
 先の比ではなくぴたりと身を固めてしまった姿に、失態を悟る。きっと「ストップ」がダメだった。かといって「待て」やら「止まれ」やら、そんな言葉でもダメだったのだろう。Domが命じSubが応える、いわゆる「プレイ」で使用される言葉にこれといった決まりは無く、敢えて言うならば命令されたと分かりやすいものが一般的だ。そうなると、少なくとも日本においては自然と英単語を用いるものは「命令」だという風潮が生まれてきた。もちろん、今の杏寿郎に命令の意図はなかった。それでも、朝から燻っている苛立ちや、聞きたくないという思いが言葉に乗ってしまった。発現したばかりで過敏になっているのだという炭治郎が、英単語による言葉を拾い上げてしまった。言ってしまえばこれもまた事故であるのだろうけれど、ぶつけないと言ったGlareをぶつけた上に、しないと言った支配をしてしまった衝撃に血の気が引く。それでも、優先するべきは炭治郎であることは分かっていた。
 可哀想なほどに真っ白になった顔色。ああ、間の座卓が煩わしい。
「炭治郎、止まってくれてありがとう。動いて大丈夫だ。構わない」
 今度は意識して言葉を向けて、小さく震えつつも炭治郎が息を細く吐き出しながら力を抜いていくことにそっと胸を撫で下ろす。なるほど、過敏とはこういうことか、と身をもって納得させられた。瞼を下ろして意識を無理やりに炭治郎から逸らす。もちろん、完全にではないのだけれど、冷静に話そうとするにはDomとしての本能を一度落ち着かせてやらなければならなかったので。
 ある程度は落ち着いたと己に言い聞かせながら瞼を上げた杏寿郎は、どこか心配を滲ませる炭治郎の眼差しに胸が痛くなる。悪いのはこちらだというのに、これでは大層生き辛いに違いない。
「申し訳ない。また、やらかしてしまったな」
「いえ、そのつもりがなかったことは俺も分かるんです。でも、ダメで」
 もはや本能による反射的な反応だ。本人にだってどうしようもなく、むしろ苦しめられているそれをどうして責めることができようか。
「炭治郎、その、嫌でなければ、なのだが」
 きょとりとしたその表情が、愛おしい。浮かびあがろうとしてくる感情を笑顔の下に押し留めながら、どうだ、と提案する。
「隣に行っても、良いだろうか」
 中途半端な距離のせいで、目の前にいる不調のSubに対してこちらも過剰に煽られているような気がする、というのは建前でしかない。ただ単純に、杏寿郎が炭治郎のそばへと寄りたいだけだ。こくりと小さく、けれども確かに頷いた姿にほっとしながら、驚かせないようそっと移動する。座卓の一辺に並んで座るにはどうしても幅が足りなくて、正座でぴったりとくっついてもどちらかがはみ出ることになる。ただし、まだそこまでの関係性を築くことができていない自覚はある杏寿郎が選択したのは、胡座だった。行儀は悪いが、身体の距離は保ちながらも自然と当たってしまている状態を装うことができるので。悪い大人? 策略家、と言ってほしいところである。
 行儀よく正座を崩さずにいる炭治郎は、膝の上でゆるく手を握っている。ゆっくりとした手の動きは炭治郎も捉えているだろうに、止められなかったということは良いのだろう、と判断した杏寿郎は包み込むように手を重ねた。緊張のせいか、それとも先の杏寿郎のせいか、そこは氷のように冷たい。
「まったく、不甲斐ない。何をしているんだろうな、俺は」
「煉獄さん?」
 その気がなかったとはいえ、立てたはずの誓いを破ってしまった。しかも、それはDomとして守らなければならなかったはずのものである。そんなつもりはなかっただとか、相手が過敏になっていただとか、そんなものは言い訳にもならない。
 重なった手のひらの下、そっと指を伸ばした炭治郎はそのまま一緒に広げられた杏寿郎の指の間に自身の指を差し込むと、そのまま絡めるように握り込んでいく。相変わらずひんやりと冷たいものの、じわりと杏寿郎の熱が移っていくのが分かる。
「……そりゃ、びっくりしました。けど、ふふ、ちゃんと褒めてもらえて、俺も嬉しかったんで大丈夫です」
 何が大丈夫なものか。あんなに真っ青になって、今でも指先が冷え切っていて、それでも大丈夫なのだ、と言い切ってしまうのがこの竈門炭治郎という少年であることを知っている。だからこそ、今日、杏寿郎はここへと来たのだ。
「……不快でなかった、と言うのならば、俺に君をcareさせてはくれないだろうか」
 対面で命令を拾い上げてしまったのならば、褒めてやれば良い。しかし、軽微に漏れたGlareを拾い上げてしまったのであれば話は別だ。漏らした当人に自覚がない以上は当てられたSubに気がつくことは滅多にないだろうし、そうなれば不調としてSubの、炭治郎の中で淀んでいくばかり。何とかしてやりたいという思いからここまで来たことは事実である。それがDomとしての本能からくるものなのか、炭治郎だからどうにかしてやりたいと思ったのか、その辺りは杏寿郎の中で入り乱れてしまっていて判別のつかないところではあるのだけれど、今はさほど大きな問題でもないだろう。
 嫌悪や恐怖、ではないだろう。戸惑いからか視線を彷徨わせる炭治郎に、ダメ押しとばかりに「ダメか」と問う。そうすれば、この良い子は頷いてくれると知っているから。
「ん。ありがとう。そうだな、少しベッドに腰掛けさせてもらっても?」
 椅子があればよかったのだが、この部屋には無い。すぐ後ろにあるベッドで代用しても良いかと問えば、相変わらず戸惑いの渦中にいるようであるが確かに頷いた。上下関係だとか主従関係だとか、杏寿郎はそんな表現は好きではないのだが、DomとSubの関係性を表現する際にはよくその言葉が使われる。互いの立ち位置を理解しやすくなるからなのか、物理的に目線に差異を作った方がSubも落ち着くという研究結果すらあるのだ。簡易的なcareだからこそ、少しでも炭治郎が満たされやすいように場を整えてやりたかった。
 杏寿郎がベッドに腰掛けると、床に座ったままの炭治郎は自然と見上げる動作を取る。それが思った以上に、ぐっときた。
「……よし。careのためとはいえ、一度、俺の支配で君の中を上書きしようと思う。命令はKneelだけだ。分かるな?」
 やれ、という意味合いではなかったのだが、炭治郎が動こうとしたので慌てて止める。今度は命令としての意味を持たぬよう、意識をしながら。困惑する炭治郎に、命令の意図を理解できているかを尋ねたのだと補足すれば、先走ったことが恥ずかしかったのか赤くなりつつも答える。
「えっと、床に座る、こと?」
「まあ、そんな感じだな。ふふ、ちゃんと知ってて、行動にも移せるだなんて偉いじゃないか」
 落ちている炭治郎の体調を良くすることが目的のプレイだ。小さなことでも褒めてやることにすれば、早速、どこか照れたように笑う姿にこちらも満たされる。
「さて、一応はプレイになるわけだからセーフワードを決めておきたいんだが」
 プレイの最中、どうしても命令が受け入れ難い時にSubの発する救難信号。人によっては使い慣れた(と言って良いのかは分からないが、万が一の時にちゃんと発することができるくらいに身体に馴染んだ)言葉を持っていることもあるが、炭治郎はまだまだ経験も浅く馴染みの言葉もないだろう。その予想通りあまりピンと来ていない様子の彼に、ひとまずはこちらから提案をしてみることにする。
「無理だ、と思ったら『赤』と言ってくれ。赤信号の赤だ。言わせるような状況にするつもりはないが、これも決まりだからな」
 赤信号の赤。停止を求める色。そして、今もなお杏寿郎の内側で燃えている炎の赤。全てを焼き尽くそうとする色。どちらがちらついたとしても止まることができるだろうと思う。もちろん、ちらつかないことが一番なのだが。
 数度、小さく口の中で二音を転がしていた炭治郎は、きちんと飲み込むことができたらしい。いつでもいい、とでも言うように杏寿郎を見上げている。
「それでは、始めるとしようか。炭治郎、Kneelだ。できるな?」
「でき、ます」
 軽く足を開き、間に入り込みやすくしてやれば、指示をしたわけではないのだが炭治郎は僅かに移動してすっぽりと収まってくれる。正座を崩し、ぺたりと床に尻をつけてこちらを見上げてくる視線の中には、確かに期待が混じっていた。それに応えぬ理由もなく、杏寿郎はそっと炭治郎の髪をかき混ぜる。
「ふ、言われなくても場所が分かっているじゃないか。Good。偉いぞ。よくできた」
 心地よさからか緩く目元を綻ばせる様子に、く、と軽く手のひらで指示を与えてみる。左足の方へ、傾くように。何の抵抗もなく重心を移動させた炭治郎は杏寿郎の腿へと頭を預けてくれて、その姿に自然と撫でる手にも力が籠もる。意を汲んで動いてくれる、本当に良い子だ。だからこそ、ここで少しばかり心を鬼にしなければならないことが心苦しい。しかし、やらねばならなかった。杏寿郎が嫌だと言って、そのせいで他の誰かが手出しをすることにでもなってしまえば、そちらの方が耐えられそうになかったので。
 そっと撫でる手を止めても、炭治郎は落ち着くのか瞼を下ろし、杏寿郎に身を預けてくれている。縋るように腕が足へと添えられていて、空いている手でその手を取ってもされるがままだ。穏やかな心境を表すように温くなっている指を握ってやりつつ、指先で軽くとんとんと叩けば、呼ばれたことが分かったのかゆるりと瞼を上げて杏寿郎へと視線を向けた。
「……さて、セーフワードは覚えているな?」
 あか、と小さく答える声にほっと息を吐く。少なくとも、第一段階はクリアだ。ここでもう答えられないほどに意識が保てていないようであるならば、やり方を変えなければならないところだった。答えられたことを褒めるように軽く撫でてやると、嬉しそうに小さく笑みを浮かべる姿が愛おしい。
「炭治郎、今、どんな感じだ?」
「どんな……ふわふわ、します」
「ふわふわ、だな。それは俺が支配をしているから、なんだが、気持ち悪くはなっていないか?」
 だいじょうぶです、と返す言葉が既に浮ついていて、Dom冥利に尽きるというものだ。それは良かった、と言いながらも、杏寿郎は次の言葉がもたらすであろうものに備え、そっと炭治郎の手を握りなおす。
「じゃあ、俺と会う前を少し思い出してみようか」
「あう、まえ……?」
「そうだ。どんな感じだった?」
「どん、な……?」
 握っていても、いや、握っているからこそ、その指先から温度が失われていくのが分かる。助けを求めるように指を握られ、そして見上げられるが、杏寿郎はただ温度を移すようにその指を撫でさすり、髪を撫で梳かしてやるだけだ。
「大丈夫、怒ってはいない。塗り替えてやりたいだけだ。だから、ひとつだけでいい。教えてはくれないか」
 怒っていない、だなんてどの口が言うのか。 Glareをぶつけていないだけで、やっていることはプレイで言うところのお仕置きと何も変わらないことは分かっている。それでも、炭治郎の中で積み重ねられてしまった数多の余計なDomの痕跡を、一度にどうにかしてしまおうとするのならばこれが最も手っ取り早かったのだ。不要なものを受けたのだと自覚させ、それを塗り替える。お仕置きとして言わせ、反省させて褒めてやった方がSubとして満たされることは分かっているのだけれど、偶然に当てられたことへの一時的なcareではなくて、竈門炭治郎という個人のために行われるcareはこれが初めてなのだという彼には、きっとまだ難しいだろうから。
 正確にはお仕置きとしての形式を満たしていないから、仮に答えられなかったところで炭治郎に反動はない。それでも過度の負担とはならないように、炭治郎の感覚を探りながら待つ杏寿郎の指がきゅうと握られる。
「……おも、くて、ぐるぐる、で、しんどかった」
「そう、か。大変だったなぁ。しんどかっただろうに、よく頑張った」
 たくさん教えてくれてありがとう、と身を屈めて覆い被さるように近付きつつ褒めてやると、つぅ、とその目尻から伝う一筋。もう大丈夫だ、怖いものは何もない、と囁きながら身体のラインをなぞるように頭から首筋へ、そして背筋へと手のひらを滑らせる。イメージはそこから熱を注ぎ込むように、走らせるように。悪いものは全て焼き尽くして、優しい熱が灯るように。数度往復させてやるうちに、ぐ、と足への重みが増す。
「ん? ああ、眠ったのか」
 動きを止めるとねだるように身じろぎをするものだから、仕方がないな、と撫でる動きを再開させる。それにしても、まさか眠ってしまうとは。それほどまでに満たされ、そして居心地がよかったのだろうし、無防備に身を預けても良いのだと、信頼されたのだということに、かっと心に火が灯る。頭が、胸が、腹の奥底が熱くなる。
 今回のcareで、しばらくは保つはずだ。それくらいに満たしてやるつもり臨んだし、その目論見は十二分に成功したと言えるだろう。
「さて、ここからどうしてやればよいものか」
 なあ、君はどうしてほしい。
 燃え盛る炎の中心で眠る姿に、ぱちり、と心が爆ぜている。
15/27ページ
    スキ