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二次log

 移動教室の合間、大好きな姿が見えたものだから全力で走り……かけて慌てて己の脚にブレーキを掛ける。廊下は走る場所ではない、と注意されたことを思い出すことができた自分を褒めてやりたい。いや、褒めてもらいたい。そう思うと駆け出しそうになる身体は欲望に素直なもので、しかし、ここで、従ってしまっては怒られるだけであるとは学んでいるので。

「クルーウェル先生!! 褒めてください!!」
「廊下で叫ぶな駄犬!!」

 そもそも褒められる理由はなんだ、と問う先生の声もよく響いているのだけれど、叫んでいるわけではないし、オレに注意をする立場である先生がまさか自らその禁を破るはずもない。先生、という立場故か、発声方法が違うのだろう。いや、どのような声であってもこのオレの耳が聞き逃すはずもなく、よく通る先生の声は最高であるという話だ。という話ではなかった気がするがまあいいか。
 廊下を走らなかったから褒めて、と口にしながら近付いていけば、先生の手には教材一式。授業が一段落して、教室から引き上げるところであるらしい。

「あれ、この後って一年の」
「材料採集の野外実習だ」

 なるほど、納得。
 頷くオレを見て先生は小さくため息。この後に続く言葉は分かりきっている。何度も口にされたので。

「余計なことを覚えていないで」
「勉強に回してる部分だけで単位は取れてますし」

 科目や単元によっては欠点をギリギリ回避、なんてものもあるけれど、それでもちゃんと最低ラインをこなしていることに変わりはないので。もしも仮に「クルーウェル先生ファッション史」なんてものがあれば満点連発の首位独走には自信があるのだが、悲しいことにそのような科目も単元も設置されていないものだから、成績は平均レベルを維持し続けている。
 何がきっかけだったのかは分からないけれど、そう、まさに雷が落ちてきたかのような衝撃と共に、オレの心にその存在が刻み込まれた人。あの日、マタタビでも持ってたんじゃないかな。オレ専用の。褒めてくれる言葉がほしくて、ちゃんといい子の「仔犬」になろうと思った。猫だけど。耳と尻尾がある時点で犬だと言い張ってもいい気はしたけど、そもそも先生、種族関係なく生徒は全員「仔犬」扱いだった。平等で優しすぎてほんと好き。オレだけにしてって思わないでもないけど。
 ああもう、話が四方八方に散らばってどうにもならなくなるのはオレの悪い癖だ。でも、仕方がない。興味のある方向へ直ぐに意識が向いてしまって、それが話題選びにも適用されてしまうから。それでも、大抵は最後までちゃんと聞いてくれるし、オレが見失った話題の終着点まで道筋を作ってくれるし、先生、ほんと神。
 卒業してしまうと会えなくなってしまうのが寂しいので、先生のところに永久就職したい、と話したら何とも言い難い表情をした上で長く重苦しい溜息で返されたことは記憶に新しい。永久就職っていう表現が悪かったなっていうのは直ぐに気付いたから褒めてって言おうとしたら、口に出した時点で駄目だって怒られた。まだ、褒めてって言ってないのに。理由も言ってなかったのに。ばっちり思考が読まれていたみたいで、そこまでオレのことを理解してくれた先生への愛がより一層高まった出来事だ。という自慢をルームメイトにしたら、しょっぱい顔をしながら言葉の定義を確認された。永久就職は永久就職だよ。先生の下でずっと働き続けたい。

 これは、そんなオレが先生のところに永久就職するまでの紆余曲折……になるかもしれない話の一コマだ。
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