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やほよろづ

 化けろ、と言われるままに化けた。
 従え、と言われるままに従った。
 気付いた時には、仲間が消えていた。

「怖いことなんてせんから、そう、唸るんやめてや」
 こっちが怖いわ、と笑う男は、自分の主だ。化けろ、言われたのは一本の矢。従え、と会わされたのは、友人と名乗る人。そして――憧れの存在だった人を、射抜いた。
 忘れてしまいたい「過去」となったそれは、未だに己の中にある。忘れてしまいたい。けれど、忘れてはならない。忘れられるはずもないのだ。
 どこで間違えてしまったのだろうか。従えという命を受け入れた時か。化けることを受け入れた時か。それとも、式に下ったあの瞬間か。思いを馳せたところで、己の罪が消えるはずもない。
「……あんなことさせられるとは、思ってへんかった」
「うーん、何やるんかとか聞かされてへんかったし、そこは悪かったと思うわ」
 己を従えた人間もまた、言われるがままであったと言う。ただ必要とされたから。こちらに害を為すようなことはないと、そう言われたから。だから従僕たる空狐を貸したのだと。口調こそ軽薄なものの、主が申し訳なく思っていることは伝わってくる。しかし、伝わってくるだけだ。それを飲み込むことができるかどうかについては、別の問題である。呼びかけには応じる。会話にも応じる。だが、目は合わせない。精一杯の反抗だった。
 今でも覚えている。あの、肉を破り骨にぶつかる感覚。あの射手が言うには、金毛九尾の悪狐にぶつけるとしたら善狐。それも力の強い空狐しか考えられなかったのだ、と。自身が空狐を持っていれば、と笑っていたが、そうそう空狐が手に入るはずもない。個体差はあるものの、千年を超える時を生きた狐が空狐となる資質を秘める。そこまで生きた存在が、たかだか数十年しか生きられぬ人間に従うと、どうして思えよう。
 それでも、もしも、を考えてしまう。もしも、彼女を射抜いたのが己ではなかったとしたら。
 仲間たちからは「同族殺し」と罵られる日々。悪狐として名を馳せた彼女だが、それでも、力の強さは、変化の能力は素晴らしいもので憧れている仲間も多かった。望めば何でも叶えられたであろう彼女が願ったことは、ただ、愛する人の傍にいることだけだ。そのためには、身につけてしまった妖力が大きすぎただけで。
 気が重いのは、彼女を殺そうとした人間に加担したからなのか、それとも、彼女を自分が射抜いたからなのか、仲間から罵られているからなのか。考えることに疲れてしまって、思考を停止する。もう、何も考えない。そうすればきっと、何も聞こえない。
 全てを閉ざそうとした心に、小さな声が罅を入れる。
「なあ、あの狐さん、弟が居るんやって」
「……ああ、銀毛八尾」
「やっぱ知っとったか」
 なら、話が早いわ。
 そう言った主は淡々と話す。姉がこうなった以上、弟も警戒対象であるということ。もしかしたら、近々争わなければならないかもしれない、ということ。
 そんな薄暗い話を聞き流す。きっと、射抜いてしまったあの時に自分も死んでしまったのだ。憧れていた存在の内、感じ取ってしまった温度の中で。
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