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二次log

 あまりにも自然に「一緒に住むか」と言われたものだから、思わず「昨日何食べた」と返してしまった。一緒に食ったろ、とにやにや笑っている様子に、言いたいことが分かっていながら敢えてそう返してきたことを理解する。たいして強くも早くも奇をてらったわけでもない拳を甘んじて受け入れられている程度には気に入られていると思っていたのだけれど、なるほど、思った以上に気に入られていたらしい。
 発端は、高校卒業を機に家を出るつもりなのだ、と話したことにある。幼い頃であれば気にもならなかったのだけれど、最近は少し、家が手狭になってきたのだ。自分と弟。ありがたいことに縦にそこそこ成長したし、自然と部屋には物が増えていった。捨てろ、と言われたら手放せる物も多く、取捨選択をしてしまえば、本当の意味で「置いておかなければならない物」という物はきっと少ないのだろうな、とは思っている。それでも、一度部屋に置くことを決めてしまった品々は、そこまで切羽詰まっていない今、手放すには惜しい。であるならば、いつまでも親や祖父母の世話にもなっていられないのでいっそ家を出てしまおう。その結論に至ったことは至極当然のことであり、まあ、保護者の同意を得るために少々の議論は必要であったものの、無事に許可を取ったのが先日のことである。
 ちなみに、最難関として立ち塞がってきたのは弟だった。あの子も自分のものが増えたから、スペースが広くなることは喜ばしいことであり、だからこそ、早く出ていけと言われるものとばかり思っていた。決して仲が悪いからではなくて、ただ、引き留めるほど好感度が高い、とは思っていなくて。なにせ、身近な兄弟姉妹関係を持つ「仲良し」な面々は、流石に時と場所とは考えられているものの、問題がなければべったりとくっついて過ごすことに抵抗がない様子だったので。何ペアか例を挙げたところで、流石にそれは弟が可哀想だと苦言を呈してきていた二人に止められた。比較対象が愛情表現に抵抗のない面々ばかりであるせいで何の参考にもなっていない、と。最後に二人の名前を出すつもりであったので、その前に止められておいて良かったと思う。流石に、照れ隠しで殴られそうだった。
「今、名前を挙げられた面々は仲が良すぎるだけで、一般的なところだと、お前らんとこくらいの距離感だからな?」
「その中でも割と仲良しの部類に入ってっからな?」
「そんなもんかな?」
「そんなもんなの。悪かったら、舌打ちとか、殴るとか、そんなだから」
「突き詰めると存在無視だけどな」
 そんなもんなのか。会話がないわけでもなく、なんなら相槌に終わらず普通の「会話」が続く時点で好感度は高いもの、らしい。であるならば、可哀想なことをしてしまったと思う。そして何よりも。
「じゃああれ、一緒に住みたいってことだったのか」
「何か察したけど一応聞くわ」
「家出るって言ったら、一緒に出るって」
「めちゃくちゃ好かれてんじゃん」
 そのまましばらく話していて、どうせなら近くに部屋が見つかるといいね、と言い放ってしまった直後のあの表情はそういうことだったのか、と。口に出してしまっていたらしいそれに、上げて突き落とすとか鬼の所業か、と震え上がるふりをされる。失礼な。
「もう分かってると思うけど」
「言うな」
「着いていくって言われてる時点で相当好かれてっからな?」
「言うなって」
「思春期の弟心を分かってねぇなぁ」
 苦し紛れに、思春期の弟心が分からない姉心が分かるのかと問う。分かるわけねぇじゃん。ぶっ飛ばすぞ。そんな軽口を叩きつつも凹む私を憐れんだのか、それとも面白がっているのか。ぽんぽん、と慰めるように頭を撫でる手は新鮮だった。この手で、何人を血祭りにしてきたのだろうかと考える。昨日はその握力だか腕力だかを使ってハンバーグのタネを捏ねさせていたけれども。あれ、結構面倒なので。
 今からでも一緒に住むかと声を掛けるべきか、いやでもヘソを曲げた弟は頷かないだろうな、もったいないことをしたな、可哀想なことをしたな、なんてことをぐるぐると考えていたものだから、耳へ届いた言葉を理解することに少し時間が必要だった。
「じゃあオレらと一緒に住むか」
「……昨日、何食べた?」
「オレらが捏ねさせられたハンバーグ。一緒に食ったろ」
「切ったり焼いたりは私だしっていうかそうじゃないの分かってて言ってるな?」
 変なものでも食べた、の意味合いであることを分かっているくせに。
 なんだかんだで部屋を開けることが多いので、家のことをやってくれる人がいてくれたら便利だよな、という話をしていたことがあるらしい。でも知らないやつはちょっと、という結論に落ち着いたところで、家を出るという私の話を聞いたものだから、と。強請られるがままに食事を作りに部屋へお邪魔してきた経験もまた、この突飛な発言へと繋がる要因となったようだった。
「住み込みハウスキーパーになれって?」
「嫁かもしんねぇけど」
「なおさら女ばっかに押し付けんな」
「だから一緒に捏ねたじゃん」
「言われる前に動けないとなぁ」
 花嫁修行だから、と家で料理を手伝わされることは度々あった。その理由付けに思うところはあるが、学ぶ機会があるに越したことはないし、タイミングさえあれば弟も無言で食器を運ぶなどの手伝いは――まさか、あれも好意の発出だったのでは? 単なる躾の結果ではなく? 分からなくなってきた。
 楽しそうに笑い合っている様子を見るに、同居のお誘いは冗談であるのだろう。まあ、数パーセントくらいは本気であったのかもしれないけれど、微々たるそれはないものとして。
「仮にシェアハウスするとしてさ」
「うん」
「服についた血は自分で落としてほしいんだけど」
「めんどくせ」
「捨てようぜ」
「捨てた枚数だけおかず減らすからな」
 驚いた様子でこちらを見てくるけれども、当然だと思う。血抜き……いや、染み抜きの手間を知らんのか。お金のありがたみを知らんのか。同じ服を買って入れ替えたら、なんて悪知恵を働かせてくれているけれども、多分、その日の洗濯物に出されるかどうかで判別はできる、と思われる。出し抜けるか、見抜けるか、の勝負になるのではないだろうか。
 他に定めるルールとしては、行き先を告げること、帰る時間を連絡すること、は鉄則だと言えばうんざりとした表情で。
「それさぁ、お宅の弟くんは?」
「守らせてますけど?」
「それでも一緒に着いてくるってくらい、愛されてっからな?」
「めちゃくちゃ刺さるから言うな」
 イイ顔をしながら悲しい現実を思い出させてきた未来の同居人カッコ笑さんたちには、特製の手作り料理を振る舞ってやる必要がありそうだ。ひとまず、しばらくは嫌いなものを一品は入れる、と言うことで。


◇灰谷蘭(卒業前の姿)
トマトを食べられるようになった。

◇灰谷竜胆(卒業前の姿)
なすびを食べられるようになった。

◇羽宮一蝶(卒業前の姿)
友人の好き嫌いを改善してしまった。
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