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二次log

 昔はちょっとやんちゃしてた、と笑って言うような人だった。それなりに長く一緒に居る仲であるものだから、それが「ちょっと」どころでないことも、なんなら「昔」に限らないことも知っているのだけれど、対外的には「昔はちょっとやんちゃしてた」としていた方が生きやすい事を理解しているので口を噤んでいる。実際、多少は落ち着いたことは事実なのだ。
 元より血の気の多いところはあったが、己の出自を知った直後は本当にもう酷かった。勢いのままに何人か殺してしまって、なんて未来だって想像したし、もしかしたらどこかでとち狂ってこの世からフライアウェイしてしまうのではないかと危惧したことだってある。罵倒やら拳やら脚やらを受け止めながら、付きまとい続けたのはそんな、彼にとっては不名誉な想像ばかりが頭の中を埋め尽くしていたからだった。おかげさまで、並大抵のことでは凹まない強い心と、見切り受け身のスキルを手に入れた。さすがに日々喧嘩で腕を磨き続けている彼に対しては、スキルが上がったと思えば相手もまた腕を上げてくるので成功率が高いとは言えないが、そこら辺でバイクやら何やらをふかしている輩連中には負けないだけのスキルとなった、のではないだろうか。近場で絡まれる機会がゼロに等しかったので、正確なところは分からないのだけれど、多分、きっと、そうだった。
 元気に反社の道へまっしぐら、かと(失礼ながら)考えていたのだけれど、どこでどう道を誤ったのやら、まあ真っ白とは言い難いが真っ黒ではない道を選んでくれたものだから、随分と隣を歩きやすくなった。
 気紛れに店を開けて、持ち込まれるバイクを弄る。お金がないのならば身体で返せと作業を手伝わせながら、今日は何しただの、明日は何をするだの、そんな話をつれづれと。喧嘩の話があればガヤを入れ、激しくなりすぎるようなら乱入して場を収め。
 自由気ままな在り方が許されていたのは、共にグレーな道を選択してくれたらしい仲間たちのおかげである。黒寄りだとか白寄りだとか、そのグレー度合いは人によりけりであるものの、かつてリーダーと仰いだ彼を、それぞれの場所から支えてくれる優しい人たち。ガソリン臭い小さな店に集まる面々はなかなかに癖の強い面々だけれど、真っ黒な泥沼に落ちそうな子の手を引いて、そっと、明るい方へと押し出して。まだ歩けない、という子には走り出すための「脚」を用意してやるための場所、天竺。ただのバイク屋に大層な名前だけれど、彼の理想が詰め込まれた小さくも立派な「王国」だった。
 兄がいたんだ、と教えてくれたのはいつだったか。施設へと会いに来てくれた唯一の家族、お兄さん。会いに来てくれたことも、それが兄であったことも、とにかく嬉しかったようでとにかくとにかく煩かった。面会の後しばらくはあれをしただのこれをしただの、あんな話こんな話、延々と同じ話を繰り返される。自慢かと思いきやそんなこともなく、適当に相槌を打って居るだけでも気にされないことに気がついてからは、本を読みながら宿題をしながら二人の記憶を詰め込まれ続けた。会話なんて全部合わせて一時間にも満たない程度の「お兄さん」なのに、趣味嗜好嫌いなものの情報を一通り網羅してしまった。
 妹がいたんだ、と教えてくれたのはいつだったか。施設へ入る前、ほんの少しだけ一緒に暮らしていたのだという。まだ小さくて、とにかく小さくて、どう接したら良いのかが分からなかった、と。何もできないくせに、そのおかげで母さんに見てもらえているヤツ。自分は施設で妹は新しい家に、ということに苛立ったこともあったけれど、一緒に暮らしていたら何をしていたか分からないからこれでよかったのだ、と笑っていた。兄らしいことなんて、小さな頃に泣いていたのを乱暴にあやしてやったくらい。そんな距離で良かったのだろう、と笑っていた。
 弟がいるんだ、と教えてくれたのは最近になってのことだった。お兄さんの弟であるその「弟くん」のことを、長らく受け入れることができなかったらしい。お兄さんとの会話に弟くんが出てくると途端に機嫌が悪くなってしまうくせに、それでもお兄さんとの記憶だからと怒涛のエピソードラッシュにその話題を組み込んでくる面倒臭さ。嫌いなのにどんどん弟くんについての情報が詰め込まれてしまうものだから、こちらに吐き出して捨てているつもりだったのでは、疑惑が浮上している。まあ、お兄さん関連の記憶というか記録というか、その辺りの情報を取りこぼしたり受け流したりしていると怒り狂う暴君だったので、捨てたつもりらしい一連の記録もきっちりと拾い上げさせていただいていた。長い年月を掛けてようやく「弟」を受け入れられるようになったからと、こちらの引き出しを乱雑に開けては情報を再ダウンロードしていく。それは十年以上前のデータでしかないというのに、何も知らないから、これだけでも十分なのだと笑っていた。

 いつだって、狭い世界に満足していた人だった。
 いつだって、狭い世界を守ることに必死な人だった。

 喧嘩ばかりで血みどろの道を歩いてきた人だったから、きっと落ちる先は地獄だろうと笑っていた。一緒に落ちて、と言うものだから、叩いてやったのはいつのことだったか。
「――迎えに、行かなきゃ」
 そう、迎えに行くのだ。地獄に落ちるなんて真っ平なので、迎えに行って、そして天竺へと向かうのだ。一緒にいる輩のせいで天国には、いや、極楽か? とにかく綺麗な場所になんて入れてもらえないだろうから、それなら責任を取って名誉国民として面倒を見てくれ、と。そんな約束をした、はずだ。いや、約束をしていた。まだ覚えている。そうだ、約束をした。絡めた小指の温度はもう残っていないのだけれど、覚えている。大丈夫。

 今回は成功したと思っていた。
 未だ幼い写真の中で笑う姿に、つい先ほどまで隣にあったはずの姿が塗り潰されていく。全て塗り潰されてしまう前に、書き残す言葉はいつだって同じだった。

 ――迎えに行ってくる。

 何度も何度も地獄へと落ちてしまう幼馴染を持つと、本当に大変だ。それでも約束は守らなければならないので、今回もまた、迎えに行ってやらねばならない。約束さえしなければ、とは思うのだけれど、何度繰り返しても約束を交わしてしまうのはどうしてだろう。敢えて理由を探すとすれば、彼の見出す天竺へと行きたいから、か。暴力の中で生きたくせに、優しい世界を夢見た人。その旅路の先を、見てみたかった。
 彼のいない世界は須く「失敗した世界」であるので未練などあるはずもなく、それよりも、早く地獄まで迎えに行ってやらねばという使命感に突き動かされるままに駆け出した。あぁ、次こそは天竺へと辿り着けますように。
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