復活×探偵
そもそも、沢田綱吉に与えられた「日本での仕事」とは何なのか。簡単に言ってしまうと、とある展示会の企画運営である。地元の博物館で装飾品の展示を行うにあたり、担当者は目玉となるような装飾品を探していた。その話が知り合いから知り合いへ、果ては遠く海を渡ってきたのだという。
「貸金庫として使わせてあげるから送ってこいとか、どこの悪徳業者かと思いましたよね……」
「言い方には問題しかないけどさ、正直、俺からも似たようなこと言おうとしてた」
「やめてください。ほんと、本気で、本当に」
曰く、就職祝いというか、引き抜き祝いというか、そんな感じで舞い上がった親族一同から贈られた装飾品、の宝石の価値がとてつもない。だというのに、寮の一室で一般的な金庫に放り込まれているだけだというのだから、その存在を知る面々の心配の種となっていた。そもそもその寮のセキュリティが比較的しっかりとしているとはいえ、金庫自体は一般に流通しているものであるので、誰にでもすぐに開けられてしまうのだとか。
「でも、金庫に入ってるんだよね?」
「ごくごく普通のね」
実際のところ、中に住む人間の安全を第一に作られたそもそものセキュリティが万全な寮、かつ、住む人間の大半が「新人類」「人間を超えた存在」「逸般人」と呼ばれている者ばかり、頭脳勝負の面々が面白がって作った各種仕掛け等(新しく作ったり、壊れたり、が頻繁に起こるので、ある意味では日々更新されるもの)が設置されているともなれば、金庫を用意しただけ褒めてほしい、というのがランボくんの主張である。もちろん、口にしてしまえば「自分の持ち物のセキュリティを他人任せにするな」という至極真っ当な方向から叱られてしまうので口にしたことはないのだ、とこっそり教えてくれた少年には苦笑いしか返すことができない。
ちょっとその道を齧った人間であれば簡単に開けられてしまう程度の金庫だというけれど、見た目の圧というものは大切だし、何より「ちょっとその道を齧った人間」がそうホイホイとやって来ても困る。何より、並大抵ではなくなってしまったセキュリティを掻い潜って侵入できている時点で、どんなものであれ金庫くらい簡単に破壊して中のものを奪い取るくらいのことはするだろう、とランボくんは主張しているのだけれど。
「癖の強い金庫にしておけば、解錠に手間取っている間に取り押されられるか、あるいは諦めてくれるかもしれないですね」
「それはそうですけど、まずは侵入者が盗みに入ってくる前提で考えるのをやめません?」
ごもっともである。
「ともかく、役に立つかも分からない金庫にお金をかけたくないオレとしては、いい加減ちゃんとした箱を用意しろという言葉に辟易していて」
「だから『貸金庫』の誘いに乗った、と」
「色々と状況を鑑みて、都合も良かったしね」
都合、と言葉を繰り返すコナンくんに反応してか、追加注文のカフェラテを啜った沢田氏は「大人には色々とあるのです」と冗談めかして笑う。そう、大人には色々とあるのだ。本当に。彼らの言う大人の事情が気になるところではあるが、果たしてどこまで踏み込むことが許されるのか。駆け引きを楽しむか否かを考えている間にも、すぐさま答えが明かされる。
曰く、この時代で「怪盗」を名乗る者と話をしたかった。
曰く、その「好敵手」とされる者と話をしてみたかった。
故に。
「予告状が届いたらちゃんと招待するね、キッドキラーさん」
来日目的のひとつを達成してしまった、と笑ってはランボくんに呆れられている沢田氏であるが、なるほど、キッドキラーと呼ばれるコナンくんがポアロをよく利用すると知っていて足を運んだのか、つまりは彼のことを知っていながらも律儀に「はじめまして」の段階を踏んだのかと、ほんの少し前のやり取りを思い返す。知っている、ということを微塵も感じさせなかったその様子、沢田綱吉という男の底がまた見えなくなる。
正直なところ、問題の宝石がイタリアで保管されようが日本で保管されようがどちらでもよかった。もっと言えば、仮に適当な金庫で済ませていたことで盗まれてしまおうがどうでもよかったのだ、と笑う彼。
「酷い」
「その時は奪還作戦の指揮を任せるよ」
「作戦としてもらえるのは嬉しいんですけど、それ、一種の罰ゲームでは?」
「自分は持ち物を間抜けにも盗られてしまったので助けてください、だもんなぁ。ま、そうならないように気をつけろって話ですよね」
「ちょっと、この流れで話を振ってこないでください」
何と返せばよいのか困る話題を回してこないでほしい。優しく微笑みながら何という暴投をぶつけてくるのかと内心では思いつつも、表に出すのは小さな苦笑いだけだ。素直であることが美徳である場面は確かに多いのだけれど、全てを曝け出せば良い、というものでもないので。大人の世界は嘘と本音と建前とで回っている。
ずずず、とアイスコーヒーを啜りつつ、冷めた様子で一連のやり取りを傍観しているコナンくんに追加ドリンクが必要かと問うた沢田氏は、特に返答らしい返答を求めていなかったようでそのまま強引に話を戻す。
「地元、並盛はほんとなにもない平々凡々で穏やかな街なんだ。それでも素敵な場所はたくさんあるし、これを機に遊びに来てくれる人が増えたらいいなぁ、と思ってるんだよね」
「その、宝石で?」
「宝石と、怪盗キッドパワーで」
そのための話題作りってところかなぁ、と犯罪者すらもエンターテイメントのひとつとして数えているらしい様子に不安が過ぎるが、それが伝わったのか弁明が入る。怪盗キッドは人を殺さない、盗んだ宝石も返却される、だから大丈夫だ――と、勘が言っている。
「勘、ですか」
「勘をバカにしないでくださいね。直感が正しかった、なんて経験、あるでしょう?」
「まあ、ありますけど」
無意識のうちに拾い上げた情報と、そこから無意識のうちに導き出される結論。それこそが「勘」であるとされている局面もあり得るので、ひとまとめにして勘の全てを否定することはできないと思っている。それでも、根拠として堂々と提示されてしまうと話は別で、異なる理由を探したくなってしまうのはなぜなのか。この僅かな時間の付き合いでしかないのだけれど、沢田氏の「勘」という言葉の裏には幾重にも重なり、絡まり合った情報が隠れているような気がしてならない。
コナンくんも同様の感想を抱いたようで、もっと他に何かあるのだろうと、隠さなくてもいいでしょうと、可愛らしく噛み付いてみせているのだけれど、沢田氏は困ったように笑うばかりだ。
「言葉の裏とか、ほんとにないんですよ、この人は。そのくせ外すことがないんだからタチが悪い」
「タチが悪いだなんて、悪いことを言うのはこの口か?」
「いたたたたたたた」
口、と言いつつ頬を摘んだ上で捻る。痛い。容赦なくいった。これは、痛い。
「確かに、実際のところは無意識のまま、情報の取捨選択をしてるんだろうけど」
勘で書類を仕分けたり行動を決めたりし続けていると、頭が痛くなってパンクするから。そうボヤきつつも、そっとランボくんの頬を解放した暴君は小さく自慢げに笑う。
「でもね、ここ最近はコイントスで外したことが無いんだ」
「ほぅ」
ここ最近と言いつつ年単位でしょう、という呆れた様子の言葉は聞こえなかったことにする。コイントス自体、一年に一回か二回、あるかないかという頻度であるはずなのだ。日本ではスポーツの先攻後攻を決めるだとか、それこそ賭け事でもない限り触れる機会のないゲームである、はずなので。一瞬過った組織でのあれやこれやは黙殺する。あそこは、そう、異常なので。構成員も国際色豊かであるわけだし。沢田氏現在のホームが日本ではないことも、忘却の彼方へと放り投げておく。信じがたい話である以上、やむを得ないだろう。
背を向けて、更には目隠しをした状態でも大丈夫なのだと笑う言葉が真実であるのか、試してみたい。この感覚は探偵としてだろうか。探り屋として? 警察官としてかもしれないし、ただただ純粋な個人的興味であるのかもしれない。仮にそれが本当だったとして、どこかにトリックがあるに違いないと、そう思っていたのに。
「……嘘でしょ、ねぇ、どうやったの?」
「説明しようにも、全部勘だとしか言いようがないんだよなぁ」
「……ランボくんがモールス信号が何かで」
「だったらオレ、店の外に出て窓からも見えない位置に行きましょうか」
完敗だった。十回のコイントスで表裏を見事に当ててみせ、これでどうだ、と笑いながら、この勘が大丈夫だと言うから怪盗キッドを迎え入れても大丈夫なのだと言い放つ姿に、そういえばそういう話だったかと思い出す。それにしても、迎え入れる?
「迎え入れるって、警備とかは?」
「勿論、ちゃんとそれなりには整えるし、キッドキラーくんも配置するよ。ただ、今回はキッドを捕まえるとか宝石を守るとか、そういうのが目的じゃないんだ」
それなりには整える、ということはある一定の基準だけ満たしておいて万全にはしないということか。キッドキラーことコナンくんを作戦に組み込むというのも、彼らの目的であったキッドの好敵手と話をしてみたいというものが根底にあるものでありそうだし。という点に思い至ったところで気が付いてしまった。そうだ、そもそも彼らの目的のひとつには怪盗と話がしたいというものではなかったか。
この短時間でなかなかにぶっ飛んだ人であることは理解してしまったので、深く考えることはやめた。持ち主や主催者たる彼らが受け入れているのであれば、部外者である自分たちがとやかく言う権利もない。警察官としての己が何やら騒いでいるような気もするが、今、表にいるのは私立探偵兼喫茶店ポアロの店員兼毛利小五郎の弟子である安室透なのだから黙殺する。
「……そういえば、その発端となった宝石ってどんなものなんです?」
怪盗キッドはいわゆるビッグジュエルを主に狙っている様子。そんな彼を釣り上げるためのエサとして選出された宝石であるのだから、それなりに大きく、価値のあるものであるのだろう。であれば、どういったものであるのかは気になるところ。コナンくんも興味があるようで、写真を見せて、と後に続く。
「宝石としてはDiaspor? ごめんね、写真はなくて」
「……ダイアスポア、ですか?」
「そう、Diaspore。代々受け継がれていたものを譲り受けたらしくて」
緑色から赤色へとカラーチェンジをする様から愛され、敬意を込めて「雷の騎士」と名付けられた至宝。
「Cavaliere del tuonoの実物が見たければ、ぜひ、並盛へ!」
軽くウインクをしながら宣伝してみせた沢田氏ではあるが、なるほど、ダイアスポア。同一の宝石でありながら、どうも一般に宣伝する際には「ズルタナイト」の名も多く用いられがちであるのでややこしいのだが、代々受け継がれてきたものであるのならば「ダイアスポア」と呼ぶべきなのだろう。
ギリシャ語で「散らばる」を意味する「diaspeirein」を語源とするこの宝石は、加熱すると内包する水分を遊離して爆ぜ散ってしまう。大きな結晶は希少な上、簡単に言えば薄い板が密着したような構造であるため、加工しようとすると砕けやすくカットが極めて難しい。天然石で「ビッグジュエル」と呼ばれるようなものであるのならば、確かに怪盗キッドを釣り上げるには相応しいエサであると言える。なるほど、金庫にも拘れと口煩くなってしまうのも頷ける話だ。
「でも、そんなビッグジュエルをぽんとお祝いに渡してくれる親戚って」
「言わないでください。オレ自身、ほんと、身に余る? 分不相応? だと思ってるんで」
「もー、確かにぶっ飛んだ贈り物だけど、それだけ喜んでもらえたってことだろ? 自信持てって」
そう思ってないとやってられない、とどこか遠い目をする沢田氏にも似たような贈り物をされた経験があるのかもしれないけれど、ここは大人しく、藪を突かないことにした。平々凡々、ただの喫茶店で繰り広げられる話題には、どうも収まり切らないような気がしたので。
「貸金庫として使わせてあげるから送ってこいとか、どこの悪徳業者かと思いましたよね……」
「言い方には問題しかないけどさ、正直、俺からも似たようなこと言おうとしてた」
「やめてください。ほんと、本気で、本当に」
曰く、就職祝いというか、引き抜き祝いというか、そんな感じで舞い上がった親族一同から贈られた装飾品、の宝石の価値がとてつもない。だというのに、寮の一室で一般的な金庫に放り込まれているだけだというのだから、その存在を知る面々の心配の種となっていた。そもそもその寮のセキュリティが比較的しっかりとしているとはいえ、金庫自体は一般に流通しているものであるので、誰にでもすぐに開けられてしまうのだとか。
「でも、金庫に入ってるんだよね?」
「ごくごく普通のね」
実際のところ、中に住む人間の安全を第一に作られたそもそものセキュリティが万全な寮、かつ、住む人間の大半が「新人類」「人間を超えた存在」「逸般人」と呼ばれている者ばかり、頭脳勝負の面々が面白がって作った各種仕掛け等(新しく作ったり、壊れたり、が頻繁に起こるので、ある意味では日々更新されるもの)が設置されているともなれば、金庫を用意しただけ褒めてほしい、というのがランボくんの主張である。もちろん、口にしてしまえば「自分の持ち物のセキュリティを他人任せにするな」という至極真っ当な方向から叱られてしまうので口にしたことはないのだ、とこっそり教えてくれた少年には苦笑いしか返すことができない。
ちょっとその道を齧った人間であれば簡単に開けられてしまう程度の金庫だというけれど、見た目の圧というものは大切だし、何より「ちょっとその道を齧った人間」がそうホイホイとやって来ても困る。何より、並大抵ではなくなってしまったセキュリティを掻い潜って侵入できている時点で、どんなものであれ金庫くらい簡単に破壊して中のものを奪い取るくらいのことはするだろう、とランボくんは主張しているのだけれど。
「癖の強い金庫にしておけば、解錠に手間取っている間に取り押されられるか、あるいは諦めてくれるかもしれないですね」
「それはそうですけど、まずは侵入者が盗みに入ってくる前提で考えるのをやめません?」
ごもっともである。
「ともかく、役に立つかも分からない金庫にお金をかけたくないオレとしては、いい加減ちゃんとした箱を用意しろという言葉に辟易していて」
「だから『貸金庫』の誘いに乗った、と」
「色々と状況を鑑みて、都合も良かったしね」
都合、と言葉を繰り返すコナンくんに反応してか、追加注文のカフェラテを啜った沢田氏は「大人には色々とあるのです」と冗談めかして笑う。そう、大人には色々とあるのだ。本当に。彼らの言う大人の事情が気になるところではあるが、果たしてどこまで踏み込むことが許されるのか。駆け引きを楽しむか否かを考えている間にも、すぐさま答えが明かされる。
曰く、この時代で「怪盗」を名乗る者と話をしたかった。
曰く、その「好敵手」とされる者と話をしてみたかった。
故に。
「予告状が届いたらちゃんと招待するね、キッドキラーさん」
来日目的のひとつを達成してしまった、と笑ってはランボくんに呆れられている沢田氏であるが、なるほど、キッドキラーと呼ばれるコナンくんがポアロをよく利用すると知っていて足を運んだのか、つまりは彼のことを知っていながらも律儀に「はじめまして」の段階を踏んだのかと、ほんの少し前のやり取りを思い返す。知っている、ということを微塵も感じさせなかったその様子、沢田綱吉という男の底がまた見えなくなる。
正直なところ、問題の宝石がイタリアで保管されようが日本で保管されようがどちらでもよかった。もっと言えば、仮に適当な金庫で済ませていたことで盗まれてしまおうがどうでもよかったのだ、と笑う彼。
「酷い」
「その時は奪還作戦の指揮を任せるよ」
「作戦としてもらえるのは嬉しいんですけど、それ、一種の罰ゲームでは?」
「自分は持ち物を間抜けにも盗られてしまったので助けてください、だもんなぁ。ま、そうならないように気をつけろって話ですよね」
「ちょっと、この流れで話を振ってこないでください」
何と返せばよいのか困る話題を回してこないでほしい。優しく微笑みながら何という暴投をぶつけてくるのかと内心では思いつつも、表に出すのは小さな苦笑いだけだ。素直であることが美徳である場面は確かに多いのだけれど、全てを曝け出せば良い、というものでもないので。大人の世界は嘘と本音と建前とで回っている。
ずずず、とアイスコーヒーを啜りつつ、冷めた様子で一連のやり取りを傍観しているコナンくんに追加ドリンクが必要かと問うた沢田氏は、特に返答らしい返答を求めていなかったようでそのまま強引に話を戻す。
「地元、並盛はほんとなにもない平々凡々で穏やかな街なんだ。それでも素敵な場所はたくさんあるし、これを機に遊びに来てくれる人が増えたらいいなぁ、と思ってるんだよね」
「その、宝石で?」
「宝石と、怪盗キッドパワーで」
そのための話題作りってところかなぁ、と犯罪者すらもエンターテイメントのひとつとして数えているらしい様子に不安が過ぎるが、それが伝わったのか弁明が入る。怪盗キッドは人を殺さない、盗んだ宝石も返却される、だから大丈夫だ――と、勘が言っている。
「勘、ですか」
「勘をバカにしないでくださいね。直感が正しかった、なんて経験、あるでしょう?」
「まあ、ありますけど」
無意識のうちに拾い上げた情報と、そこから無意識のうちに導き出される結論。それこそが「勘」であるとされている局面もあり得るので、ひとまとめにして勘の全てを否定することはできないと思っている。それでも、根拠として堂々と提示されてしまうと話は別で、異なる理由を探したくなってしまうのはなぜなのか。この僅かな時間の付き合いでしかないのだけれど、沢田氏の「勘」という言葉の裏には幾重にも重なり、絡まり合った情報が隠れているような気がしてならない。
コナンくんも同様の感想を抱いたようで、もっと他に何かあるのだろうと、隠さなくてもいいでしょうと、可愛らしく噛み付いてみせているのだけれど、沢田氏は困ったように笑うばかりだ。
「言葉の裏とか、ほんとにないんですよ、この人は。そのくせ外すことがないんだからタチが悪い」
「タチが悪いだなんて、悪いことを言うのはこの口か?」
「いたたたたたたた」
口、と言いつつ頬を摘んだ上で捻る。痛い。容赦なくいった。これは、痛い。
「確かに、実際のところは無意識のまま、情報の取捨選択をしてるんだろうけど」
勘で書類を仕分けたり行動を決めたりし続けていると、頭が痛くなってパンクするから。そうボヤきつつも、そっとランボくんの頬を解放した暴君は小さく自慢げに笑う。
「でもね、ここ最近はコイントスで外したことが無いんだ」
「ほぅ」
ここ最近と言いつつ年単位でしょう、という呆れた様子の言葉は聞こえなかったことにする。コイントス自体、一年に一回か二回、あるかないかという頻度であるはずなのだ。日本ではスポーツの先攻後攻を決めるだとか、それこそ賭け事でもない限り触れる機会のないゲームである、はずなので。一瞬過った組織でのあれやこれやは黙殺する。あそこは、そう、異常なので。構成員も国際色豊かであるわけだし。沢田氏現在のホームが日本ではないことも、忘却の彼方へと放り投げておく。信じがたい話である以上、やむを得ないだろう。
背を向けて、更には目隠しをした状態でも大丈夫なのだと笑う言葉が真実であるのか、試してみたい。この感覚は探偵としてだろうか。探り屋として? 警察官としてかもしれないし、ただただ純粋な個人的興味であるのかもしれない。仮にそれが本当だったとして、どこかにトリックがあるに違いないと、そう思っていたのに。
「……嘘でしょ、ねぇ、どうやったの?」
「説明しようにも、全部勘だとしか言いようがないんだよなぁ」
「……ランボくんがモールス信号が何かで」
「だったらオレ、店の外に出て窓からも見えない位置に行きましょうか」
完敗だった。十回のコイントスで表裏を見事に当ててみせ、これでどうだ、と笑いながら、この勘が大丈夫だと言うから怪盗キッドを迎え入れても大丈夫なのだと言い放つ姿に、そういえばそういう話だったかと思い出す。それにしても、迎え入れる?
「迎え入れるって、警備とかは?」
「勿論、ちゃんとそれなりには整えるし、キッドキラーくんも配置するよ。ただ、今回はキッドを捕まえるとか宝石を守るとか、そういうのが目的じゃないんだ」
それなりには整える、ということはある一定の基準だけ満たしておいて万全にはしないということか。キッドキラーことコナンくんを作戦に組み込むというのも、彼らの目的であったキッドの好敵手と話をしてみたいというものが根底にあるものでありそうだし。という点に思い至ったところで気が付いてしまった。そうだ、そもそも彼らの目的のひとつには怪盗と話がしたいというものではなかったか。
この短時間でなかなかにぶっ飛んだ人であることは理解してしまったので、深く考えることはやめた。持ち主や主催者たる彼らが受け入れているのであれば、部外者である自分たちがとやかく言う権利もない。警察官としての己が何やら騒いでいるような気もするが、今、表にいるのは私立探偵兼喫茶店ポアロの店員兼毛利小五郎の弟子である安室透なのだから黙殺する。
「……そういえば、その発端となった宝石ってどんなものなんです?」
怪盗キッドはいわゆるビッグジュエルを主に狙っている様子。そんな彼を釣り上げるためのエサとして選出された宝石であるのだから、それなりに大きく、価値のあるものであるのだろう。であれば、どういったものであるのかは気になるところ。コナンくんも興味があるようで、写真を見せて、と後に続く。
「宝石としてはDiaspor? ごめんね、写真はなくて」
「……ダイアスポア、ですか?」
「そう、Diaspore。代々受け継がれていたものを譲り受けたらしくて」
緑色から赤色へとカラーチェンジをする様から愛され、敬意を込めて「雷の騎士」と名付けられた至宝。
「Cavaliere del tuonoの実物が見たければ、ぜひ、並盛へ!」
軽くウインクをしながら宣伝してみせた沢田氏ではあるが、なるほど、ダイアスポア。同一の宝石でありながら、どうも一般に宣伝する際には「ズルタナイト」の名も多く用いられがちであるのでややこしいのだが、代々受け継がれてきたものであるのならば「ダイアスポア」と呼ぶべきなのだろう。
ギリシャ語で「散らばる」を意味する「diaspeirein」を語源とするこの宝石は、加熱すると内包する水分を遊離して爆ぜ散ってしまう。大きな結晶は希少な上、簡単に言えば薄い板が密着したような構造であるため、加工しようとすると砕けやすくカットが極めて難しい。天然石で「ビッグジュエル」と呼ばれるようなものであるのならば、確かに怪盗キッドを釣り上げるには相応しいエサであると言える。なるほど、金庫にも拘れと口煩くなってしまうのも頷ける話だ。
「でも、そんなビッグジュエルをぽんとお祝いに渡してくれる親戚って」
「言わないでください。オレ自身、ほんと、身に余る? 分不相応? だと思ってるんで」
「もー、確かにぶっ飛んだ贈り物だけど、それだけ喜んでもらえたってことだろ? 自信持てって」
そう思ってないとやってられない、とどこか遠い目をする沢田氏にも似たような贈り物をされた経験があるのかもしれないけれど、ここは大人しく、藪を突かないことにした。平々凡々、ただの喫茶店で繰り広げられる話題には、どうも収まり切らないような気がしたので。
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