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輪廻の縁で逢いましょう

 あっ、という声が聞こえたので思わず足を止めてしまった。声の聞こえた方向を確認すれば、見慣れぬ少年の姿。袈裟、にしては些か派手すぎるような気もするが、きっと、恐らく、纏っているのは袈裟である。随分と親しげに手を振ってこちらへとアピールしてくれる彼に全く心当たりがないのだが、まあ多分「そう」なのだろうな、という予測は簡単についた。誰というべきなのか、どれというべきなのか悩ましいところであるが、ひとまず、彼の名は分からないもののどういった存在であるのかは分かる。最近、同級生となった神倉の従える刀剣男士のうちの一振りである、はずだ。顔を合わせたことが無いので自信がないが。この世界で縁を結ぶ前から、生得領域(彼らの言うところの本丸)から外の様子は窺い知ることができるらしく、一方的に見られてはあれこれと勝手に言われているのだということを(主人たる神倉も含め)つい先日に知ったばかりである。
 これはこちらから近付いた方が良いのかと考える間にも一瞬で距離を縮めてこられたことで、思わず一歩引いてしまったことは許されるだろうか。これで相手が敵対する呪詛師や呪霊であれば死へと直結してしまう出来事であるので、むしろ、反射的に攻撃なり防御なりの対処をしてしまわなかっただけマシだろう。
 辺りを見渡しても神倉の姿はない。彼女を抜きに刀剣男士と顔を合わせた経験は五条にも夏油にもなく、悪いものではないと分かっていても自然と緊張に身体は強張ってしまう。彼らの速度をもってすれば、それこそあっという間に命を絶たれてしまうのだということを知っている。無敵の障壁を持っているとも言える五条といえど、それを常時発動できているというわけでもないので、発動していないタイミングで闇討ちでもされたならば敵う相手ではないのだ。
「やっほー、さとるっちにすぐるっち!」
「……ち?」
 首を傾げる二人に対し「名前間違えてた? ごめんごめんー!」と慌てる姿。間違えてはいないのだが、初対面にして名前呼びどころか可愛らしい渾名で呼び掛けられては反応も微妙なものとなって当然だろう。
「いや、間違っちゃいねぇんだけどさ、そんな呼び方されたことなくて」
 傑はどうか知らねえけど。私だってないよ。無言でそんなやりとりをする最強コンビに、推定刀剣男士殿は何ら気にした様子もない。
「ありゃ、二人の初めて奪っちゃった感じ? ごめんね! 返そっか」
「返せるもんなの」
「儂があっちまで戻る、で、その間に二人はさとるっち、すぐるっちと呼び合う。ほら完璧!」
「そういうところ、ほんと美琴にそっくりだわ」
 よく言われるー! とからから笑った彼は、そこでようやく思い出したように名乗った。
「儂は太閤左文字。宗三っちの弟って感じかな」
 続けられた「宗三っちにはもう会ってたよね」という問いには何とか頷くことができたのだが、あまりにも呼び名のインパクトが強かった。宗三っち。神倉が五条を使って最初に縁を結んだ鶴丸国永の縁をたどり、続いて縁を結ぶに至った刀剣男士の一振り。織田信長の手にあったのだという彼、宗三左文字は、何というか、物憂げな立居振る舞いに鋭い言い回しというなかなかに強烈な存在であった。あまり長く話したわけでもないのだが、少なくとも「宗三っち」などという呼び名を許すようなタイプではないことを確信している。それが許されているのは、彼が「弟」だからだろうか。
 刀に兄弟の概念があるのか。少なくとも刀剣男士にはあるらしい。刀種、刀身の長さに応じて刀剣男士として顕現する際のおよその年齢が定まっているらしく、その年齢区分に従って同派を兄弟刀として扱うのだとか。せっかく人らしく顕現されたのだから、と疑似的な兄弟関係を各々が楽しんでいるのだと聞く。一部微妙な関係性の面子もいるにはいるらしいが、基本的には同派の縁者は仲が良いと考えて差し支えない。この太閤左文字が宗三左文字のことを「宗三っち」なんて呼んでも許されているのは、ひとえにその兄弟という関係性故だろう。打刀であり兄である宗三左文字と、短刀であり弟である太閤左文字と。神倉が「そざさん」と微妙に略しているのは、まあ、別問題として。
「色々と言いたいことはあるけれどもとりあえず置いといて、美琴どこ」
「主はあっちの方かな。今、色々と実験してんの」
 実験、という単語では伝わらないことは分かっているようで、まあまあのハイテンションで流れるように行われた説明を要約するならば「どこまで主と離れて行動ができるか」というものであるらしい。六眼を通して見た様子や感覚的なものを信じるならば、一種の式として顕現している彼らは「呪霊」の括りに近い。そこに神としての要素やら神倉の言うところの触媒やら何やらが混ざり合っているのでおかしなことになっているのだが、いずれにせよ、呪力に目覚めていない人間には見えない存在である。だからこそ誰でも良いということになったのだろうが、それにしたって、よくもまあ思い切った選出だな、と思った。まだそれほど理解しきれているとは言い難いが、この手のタイプは「見えている」と分かれば全力で絡みに行くタイプだ。悪い存在ではないことを知っているならばまだしも、知らずに突撃でもされてみろ、目も当てられないことになりかねない。
 五条の懸念は夏油の懸念。彼もまた同じ心配に至ったらしく、それでも、一応は空気を読むことのできる人間であるので、やや遠回りな問いを投げる。何か、実験にあたっての約束事の類はなかったか、と。
「んー、まあ一応?」
「ちなみに、どんな?」
「知らない人にはついて行かない、声を掛けない、驚かさない!」
 完全に、はじめてのおつかい状態である。
「あと、見えてるっぽい人がいたら覚えておいて、その場を離れる」
「今、全力で破ってんじゃん」
「ぽい人じゃなくて見えてる人だし、別に知らない人じゃないしー?」
 なお、見えているらしい人を記憶しておけ、というのは勧誘活動の一助とするためであるらしく、また、その場を離れろという約束事も、刀剣男士を知らぬ呪術師であるならば攻撃をされかねないからである。そう易々と祓われるつもりもないが、余計な争いは避けるべきであるという方針により定められたその約束事は、今のところは杞憂に終わっているとのこと。つまりは見えていそうな人には遭遇していないということで、それはこの業界に入る新たな人材が見つかっていないということなのだけれど、今回ばかりはそれもまた悪くはないのだろう。
 刀剣男士の本体は刀であるので、神倉が太閤左文字の本体を手元に残して実験を執り行うという案も出たには出たのだが、結局のところ、刀剣男士が神倉から離れるとするならばそれは索敵や戦闘の際である。つまり、本体は彼ら自身の手元にある状態であるので、その条件は同じにしておくべきだろう、ということになったのだとか。それならばせめて、と手渡されたのはひとつの御守であったのだと太閤左文字は懐を探る。
「じゃじゃーん! 見て見て、これ、主が儂のために作ってくれたやつ! 御守の第一号!」
 青色の布で形作られた、分かりやすいほどに御守らしい御守。嬉しそうに、そして誇らしげに見せられたそれをどこか微笑ましく見る夏油とは対照的に、五条は少し、ほんの少しだけ引いていた。
「悟、どうした?」
「……その御守さ、なんか、すげぇな」
「でしょでしょー! あげないからね!」
 いらない、とは言えないので、五条は黙っておくことを選択した。何というか、効能としては完全に身代わりだとか治癒だとかの呪具と近しい力が込められている様子なのだけれど、第一号、という言葉が正しいのならば本当に初めて作ったのだろう。強い念が篭りすぎていて、おどろおどろしささえ感じてしまう。作られた目的はどう考えても自身の刀剣男士の身の安全を願ってのものであるはずなのに、その熱量たるや、愛が呪いに転じるとはこのことだと言わんばかりである。いや、決してその御守は呪いの品ではないのだけれど。
 なんでも、神倉の前世にはこういった御守が普通に売られていたらしい。対象は刀剣男士に限るものの、仮に破壊されたとしても、一度はその身を癒すもの。最低限、逃げられる程度にまで回復させる御守と、完全に傷を癒す御守の二種。作成が初めてだからあまり効果は期待しないでほしい、と神倉が作成した御守は最低限治癒の御守を模しているらしいのだが、五条の見立てでは全快させられるほどの力が込められているように思う。それを、受け取ったものが、周囲で見ていたものが分からぬはずもないというのに。
「本当は十分すぎるほどに役目を全うする御守になってるってことくらい、分かってるよ。でもさ、この勢いで全振分作ってみなよ。主、ぶっ倒れちゃう」
 心配のあまりに力を込めすぎてしまったのだろうけれど、今回の御守をひとつ作っただけで、彼女は倒れてしまった。文字通り命を削るような作り方をしてまで、守ってほしいとは思っていない。それでも、戦う己の刀剣男士を案じての行動が嬉しくないはずがないのだ。
「今回は自分が下手だから倒れたんだって思ってるけどさ、そしたら、次はどうしたら良いのかをちゃんと考えられる人なんだよね。だから、みんな何も言わないってわけ。できないって思ってるから、次はもっと慎重に、力の込め方を探る人なんだよ」
 そうやって実地で適量を学んでいけば良いのだと、神倉が倒れている間に決めたらしい。本当はその「適量」をそばで見て教えてやった方が早いのだろうけれど、それではつまらない。少なくとも、安定して全振への御守が用意できるようになるまでの間は、彼女の頭を占めるのはそのことばかりとなるだろう。今まで言葉を交わすことができなかった分、その時間を欲して何が悪い、と笑っている。
「いい性格してんね」
「ラブラブだからね」
 それじゃあそろそろ、と話を切り上げる彼は短刀らしく幼い見目をしているのだけれど、確かに、彼もまた長く在る刀剣の一振りであった。……まあ、色々とぶっ飛びすぎていて忘れてしまいそうになるのだけれど。
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