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二次log

 幼い頃はとにかく体調を崩しやすく、季節の変わり目には寝込むことが多かった。一度でもそうなってしまうと回復までに時間が必要で、結局、一年を通して殆どを布団の上で過ごした、という年があったくらいだと聞いている。どうしてだか父方の家はそんな「身体の弱い子ども」が生まれやすい血筋であるようで、親戚の中ではそれが自分一人であるのだけれど、それほど疎まれてはいなかったような気がしている。むしろ、揃って手厚く面倒を見てくれていたものだから、そのせいで苦労をするという認識がなかった。成長するにつれ身体も丈夫になってきたのだけれど、過保護は相変わらず。鬱陶しさを感じたこともあるのだけれど、全てが善意によるものであると分かっているだけに、なかなか振り払うことはできずにいた。
 殆ど外に出ることなく過ごしていたものだから、ゆっくりと外を出歩くことがとにかく楽しくて仕方がなかった。目的があるわけでもなく、ただひたすらにのんびりと道を歩くだけ。付き合わせることが申し訳なくて同行の申し出はいつも断っていたのだけれど、多分、少し距離を取って誰かが常に見守ってくれていた。そうでもなければ、体調や体力を見誤って道端で力尽きたタイミングで、都合良く遭遇して回収することができるはずもない。ありがたさと申し訳なさ、そして僅かな恥ずかしさ。次こそはちゃんと自力で帰るのだ、という決意を重ねながらも同じ失敗を繰り返してきたことは、苦い記憶である。
 いつだって外に憧れていたからだろう。外気との差が大きすぎさえしなければ、部屋の窓は開け放たれて、外の空気を感じ取ることができるようにしてもらえていた。それでも、部屋の中と外とでは感じ方が全く違う。何よりも、見える風景が全く異なるのだ。夕日を初めて目にした日のことを、決して忘れることはないだろう。高い塀に阻まれて、自分の部屋からでは見ることの叶わなかった世界。自力では動くことができなくなった。目を離すことができなかった。赤く色を変えて沈む太陽、青から赤へと色の移りゆく空、複雑な色の絡み合う雲。この景色を見るために生まれてきたのだ、と、その時から今でもずっと信じている。
 外の世界で目にする景色は当然のように感動を与えてくれるものであるのだけれど、同時に面白いのは道ゆく人々の多様性だった。部屋を訪れる人間の服装は皆が同じで、聞くところによると病原菌がだとか、感染症対策がだとかで家には専用の更衣室があり、そこで全身の消毒をした上で消毒済みの衣服へと着替えてから会いに来てくれていたらしい。その世界しか知らなかったものだから、初めて外に出て、道ゆく人が見たこともない服を着ていることにまず驚いたし、誰一人として同じ格好をしていないことにも驚いたものだった。
 赤いワンピースの人、髪をくるくると巻いている人、水玉のスカートを履いている人、甘い匂いのする人、踵の高い靴を履いている人、犬に連れられるように歩く人、本を読みながら歩く人、緑の綺麗なコートを纏う人、目のたくさんある人、赤ん坊を抱いている人、泣きながら足早に立ち去る人、何がおかしいのか笑い続けている人、丸刈りの人、ピアスをたくさん開けている人、大きな口をしている人、靴を履かずに歩く人、逆立ちをして両手で道を歩く人、スキップをしながら進む人、くるくると回りながら進む人、片足を引き摺りながら歩く人、穴のたくさんあいたズボンを履く人、服を着ていない人、眼鏡をかけている人、電線の上を歩く人、指輪をじゃらじゃらとつけた人、歌を口ずさみながら歩く人、いつだって長靴で歩く人。
 あんまり他人をじろじろ見るのもではない、と教わっていたので意識して目を向けたことは無かったのだけれど、路上で思わず目を向けてしまった人との遭遇が運命の分かれ道だった。
 道のど真ん中に陣取って、取れそうで取れない程度に繋がった腕を振り回して同じ言葉を繰り返していたのだからこちらは悪くない、はずだ。体表に複数あるどれかと目が合ったと思った瞬間に、その人は勢いよくこちらへと駆けてきて、その勢いに思わず両手を前に突き出した。ただただその勢いが怖かったのだ。来ないでほしいと、止まってほしいと、そう思って広げた指の先から広がった糸は両脇の家の塀と塀とを繋ぐように掛かり、勢いよく飛び込まれたにも関わらずぴんとはられたままのその糸は、あっと声を上げる間もなく、綺麗な断面でその人を裁断してしまった。ごとり、と落ちた首を見て、すとん、と記憶が落ちてくる。
 ――ああ、そうだ。かつて、己もああやって首を落とされて死んだのだった。
 目前で起こった惨劇と唐突に流れ込んできた記憶のせいで、そのまま意識を失ってしばらく熱を出して寝込んだことは、当然の結果であったと言えるだろう。

「――というのが、僕が自分の術式を認識した初めての瞬間かな」
 場所は東京都立呪術高等専門学校。体調のせいで、学校生活どころかまともな生活を送ることもままならなかった糸井晴いといせいという人間を、それでも受け入れてくれた素敵な学校だ。と言い切ることができればよかったのだが、体力面に不安のある人間であっても、きっちりと指導し、人手不足に喘ぐ呪術師業界の糧にしようという非常にブラックな学校へと入学し、最初の授業というか、レクリエーションのテーマとして与えられた「自分の術式について説明しましょう」をトップバッターとしてこなしている最中の糸井は、なんとも言えない表情を浮かべるクラスメイトの様子に首を傾げた。流石に前世云々を口にすることはよろしくないと分かっているのでぼかしたが、それ以外に何か気になるところでもあったのだろうか、と。
 いつだって人手不足、を体現するかのように、糸井自身を含めて同級生は四人だけ。これでもまだ多い方に入ると言われたものだから、どれだけ人が足りないのかといっそ笑えてくるというものだ。首を傾げる糸井に対し、紅一点ながら早々に皆と馴染んだ家入が呆れたように言う。
「散歩中に会ってる人、何人か人じゃなくて呪霊じゃん」
「言い方的に、人なのか呪霊なのか微妙なのが何人かいるね」
 続く夏油の苦笑いに、果たしてどうだったかと糸井は朧げになりつつある記憶を辿ろうとしてすぐに諦めた。実のところ、先程の語りで口にした「すれ違った人たち」は、比較的最近目にした方々の特徴だ。いくら驚いたといえ、道ゆく人たちの特徴を全て記憶しながら歩いていられるはずもない。術式の発現した当時は特にありとあらゆる意味で「純粋培養」であったので、外の世界全てが新鮮で驚きに満ち溢れていたのだ。初めて首を落とした相手がどのような姿をしていたのかは強く印象に残っているのだけれど、その他となると全くダメだった。
 黙ったままの五条は何が引っかかったのかと、じっと、その表情を探る。見られたことをトリガーとする呪霊対策だ、というサングラスのせいで分かりづらいが、歯の奥に何かが挟まっているような気持ち悪さ、であるような気がする。よく分からないが。
「……そんだけ身体弱いアピしてんのに天与呪縛がそこじゃないとか詐欺だろ」
「アピってな……くないか。んー、こればっかりは単純な体質だし、最近は色々と免疫もついたみたいで比較的まあ問題ないことの方が多いから安心して」
「全く安心できる言い方じゃなくてウケる」
「それにほら、いざとなったら術式でくいくいくいっと、ね?」
「ね、じゃねぇよ馬鹿」
 効果音を付けるとしたら「スパン」だろうか。勢いよく手首のスナップをきかせ、音と衝撃は激しいもののそこまで痛くないツッコミ。人生初のそれに感動を隠せぬまま叩かれた場所を押さえていると、加害者たる五条は大きな溜息を吐きながらうなだれていた。
 糸井には天与呪縛がある。しかし「身体が弱い」というものではないので、ただただ単純に予防をすれば伏せることは避けることができる。だから頑張れ、とは担任となった夜蛾からのありがたいお言葉だ。とはいえ、成長に伴い倒れる回数が減ったのは事実であるものの、これが初めましてとなるクラスメイトのために色々と気を回さなければならない、というのは確かに面倒なものだろう。申し訳ない、とは思うが「学校生活」というものを諦められなかったのは糸井の我儘だ。だから。
「症状や場面に合わせた薬の類は実家から定期的に届くから安心して」
「そっち方面の気遣いとかいらねぇし」
 それが、四年間を共に過ごす学友とのファーストコンタクトだった。

 綾取り、と聞くと糸を使った昔からある手遊びを連想されることだろう。ただし、呪術師界においては少々事情が異なって、糸井家相伝の術式「 綾取操術りょうしゅそうじゅつ」の通称が「綾取り」である。自他共にそう呼称するものだから、正式名称を言われてもピンとこない人間がいるほどである。呪力を糸状に編み、意のままに操るこの術式は、糸の強度を上げることで攻守共に活用できるばかりか、張り巡らせた糸によって相手の動きを探ることもできる。使い道によっては無限の可能性が広がっている素晴らしいものであるのだ。
「ってのにお前、ほんと、殺意高すぎじゃね?」
「……傑、ごめんね」
「うーん、いいよ、とはそろそろ言えないかな」
 糸井家や五条家、高専の伝で手に入れた資料をもとに各々の術式について研鑽を続ける日々。糸井は術式発現時の使用がまず攻撃であったこともあり、攻撃に用いる術式の習得は早かった。要は「とにかく硬い糸で切り刻む」であるので、硬度はそのままに対象を包み込むことによって、鎧やシェルターのように防御へと用いることも習得した。あまり対象に近付けすぎると逆に傷付けてしまうので、少し、どころかかなり幅を広く取ってしまうことが難点か。それでも、そこにさえ目を瞑ってしまえば何とか実戦でも使用可能なものには仕上がっていた。
 しかしながら、どうしたってうまくいかないのが、糸を探索に用いる術式であった。薄く伸ばした糸を張り巡らせることによって、相手の居所や動きを感じ取るもの。薄く広くという呪力の使用法であるので、習得さえすれば天与呪縛により呪力量が底上げされている糸井であればかなりの範囲をカバーできるものに仕上がることだろう。だというのに、糸を弱める、ということがどうしても苦手だった。
 治療要員として家入が待機しているものの、糸の強度を調整するたびに五条が自身の周囲に無下限術式を発動させて通過してみたり、夏油が呪霊を通過させたり、色々とやってはみたが悉く失敗である。弱すぎて糸が切れたことにも気付くことができなかったり、かと思えば強くしすぎて対象を傷付けてしまったり。傷付ける、で止まればまだ良い。夏油の操る三級呪霊を通したところ問題なくその身体を切り落とし、切り落としどころが悪くそのまま祓ってしまうこと数回。いくら温厚であろうとする夏油であっても、堪忍袋がそろそろヤバい。初めこそ学友の糧となるのならばと差し出していた呪霊たちも、こうも小気味良くすぱすぱと切り刻まれては苛立つというものだ。
「ほら、操り人形にする糸。あれができるんだからできて当然だろ」
「それは言わないお約束。何か、こう……うん、うまく繋がらなくて」
 操り人形にするという表現のとおり、糸を繋いだ相手の身体をそのまま強引に動かす術がある。そこで用いる糸は相手を傷つけることがない絶妙な強度であり、そのおかげで断ち切ろうと思えば比較的簡単に断ち切られてしまうものであるのだが、探索に用いる糸もせめてその強度であろう、ということは分かっている。ただ、それを実践することができるかとなると話は別で、どうしても糸は強くなってしまうし、当然、その分だけ流れる呪力量も増えるので糸を広げられる範囲も狭くなる、というわけだ。
「こう、二本足で歩けてるんだから逆立ちして両手でも歩けるよねって言われてる気分」
「言わんとすることは分かるんだけど、まあ、勿体無いよね」
「もうこれ、索敵必殺って感じで攻撃用の術式に昇華しろよ」
「……悔しいから、何とか頑張るね」
 索敵必殺も悪くはないのだろうけれど、相手を自由に動かしたままその動向を探ることが必要な場面は、特に対呪詛師で必要となることがある。その為に使える手札は多い方が良いことは当然であるし、何よりも、できなくてもまあいいよ、という雰囲気に流されてしまうことが悔しかった。
 何本かの糸を出し、それぞれを爪弾いてそのたわみを視認する。これは糸がすぐに負ける、これは相手に感知される、ああこれは相手を切ってしまう。
「無償での治療はあと一回、その後は傷ひとつにつき一本な」
 唯一の救護班からの宣告に、糸井は慌てて糸を消す。この術式訓練で傷を作ることなんて、大抵が糸井自身による感覚の確認とその失敗に伴うものだ。五条にはまず糸が届かないし、夏油の被害は呪霊が被る。つまり、傷ひとつに対して要求された煙草は糸井が用意しなければならなくなってしまうのだ。お小遣いやら任務に対しての報酬やらで懐事情としては問題がないものの、学生の身で煙草を工面するというのはかなりの重労働となる。
 糸井の行動にほんとに訓練はもういいのかとどこか残念そうな家入、まだまだ付き合ってやるぜ、とおもしろがっている五条と夏油。この三人のおかげでか、糸井が探索術をマスターするのはかなり後になってからのことだった。
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