ゆめうつつに、こい。
ふっと、意識が浮上する。分霊が体験している出来事は、夢のように微睡の中を通り過ぎていく。薄い膜越しに触れることが殆どではあるが、時折、現実味を帯びたものがある。今回もそれだった。
墓場から、いきぞこなったまま生まれてしまった二振り。
微睡に甘え、そして、めざめ。
幸せだった夢は終わり、そして多くの感情が墓場にて眠りについた。
人の身体を持たずにいる時間の方が長かったはずなのに、多くの分霊から送られてくる記憶のせいで、むしろ身体のない状態に違和感を覚える。ああ、自分はどうやって彼に声をかけていたのだろうか。
「なあ、起きているかい」
これで、間違ってはいなかっただろうか。こちらを押しつぶそうとする暗闇の中、ただその一言だけが空気に溶ける。この場所に、生者はいない。頼りない声が響くばかりで、こちらを強引に寝かしつけようとするその重みだけが増していく。
「なあ」
堪えきれずに声を上げた鶴丸のため、空気が揺れる。
「ああもう煩いですね。静かにしていただけませんか」
待ち望んでいた、聞きたかったものだ。これが夢の中ならば、と考えた鶴丸は思い出す。刀剣男士として戦うことを選んだものたちは、以前よりも多くの人間にその存在を周知された。そう、刀剣男士という、人の身体を持った付喪神として。それは歴史修正主義者との戦争に助力する小さな見返り、とも言えるだろう。それ故か、意識さえすれば人型を取ることができるようになったのだ。静を好む場所であるからか、その機会は非常に少なかったのだけれど。
意識をし、瞼を上げる。薄暗い中、仄かに光る肌がある。滑らかなそれに、触れてみたくて。いつかの夢のように、逃げることは無かった。どこか冷たく感じてしまうのは、この場所で眠っているからだろうか。
「酷い夢を、見ていたんだ」
触れた手を、緩く握る。軽く握り返されたことに安堵しつつ表情を伺うと、揃いの金色が鶴丸を見つめている。星を閉じ込めたそれは、どの本丸においても鶴丸が愛したものである。周囲が闇に包まれているからか、それとも彼が本霊であるからなのか、その光彩はどこか眩しい。
瞬く星は、一瞬だけ伏せられる。しかしすぐに向けなおされたそれは、どこか甘い色を孕んでいるようだった。
「いつだって酷い貴方が、それを言うのですか」
口にはしないものの、心外だという鶴丸の感情は聡い一期一振にはしっかりと伝わっていたらしい。先程の、と彼は言葉を続ける。
「先程の夢も、そうでした。貴方はいつだって、私を置いていく」
「いや、違うぞ。君がいつだって俺を置いていくんだ」
置いていく、というのは残される側の目線でしかない。本当は置いていく夢だって見ているはずなのに、鮮烈に残る感情は残され側のものばかりだ。どうして。どうして。どうして。行き場のないそのような感情が胸に渦巻き、叫び続けている。どうして、一緒に在れないの。
この話題では議論が平行線のまま進んでしまうことは分かっていた。多くの分霊は同じ時間を過ごしているようだけれど、本霊がこうして言葉を交わすことは随分と久しい。無駄な言葉は無いのだけれど、それでも、どうせならば楽しい時間を過ごしたいものだ。
「ああそうだ。先の夢ではな、俺が二振りいたんだ」
「二振り、ですか」
「眠り続ける一振り目と、その後に顕現された二振り目と」
ああ、と一期一振が声を漏らす。その夢ならば私もつい先程、と。どうやら同じ夢を見ていたらしい。それは奇跡のような確率の話で、それだけで心が躍る。
「一振り目の俺は強情で、人間らしい己を受け入れられなかった」
「そんな貴方を待つ時間も、悪くはありませんでした」
「不具合が生じた一振り目の代わりに顕現された二振り目の俺は」
「一振り目の貴方よりも素直だったのに、我慢を強いてしまいましたな」
「なあに、やりきれない思いならば刀の時分に幾度も葬ってきたものさ」
どちらからというわけでもなく、肌を辿り合う。どこか冷たいその滑らかさは、正に刀身に触れているようだった。人間によって呼び出された時ならばともかく、今は自らの力だけで人型をとっているだけだ。人の形を模しているだけで、人間とは異なる部分も多くある。
けれど、それでも構わなかった。こうして触れ合うことができるなど、想像もしなかったことだ。ここは、いきぞこないたちが眠る墓所。冷たく研ぎ澄まされた感覚であるほうが、いっそ、心地良い。
「もう、眠りませんか。邪魔されてしまった夢の続きを、私は見たい」
「……そう、だな。そうしよう。次は夢の中で触れ合うことにするか」
「ああ、夢の中でも騒々しくされることだけはご勘弁を」
「黙って君を抱きしめるだけに留めるさ」
力を抜けば、微睡の中へと意識が戻る。さあ、次の夢を見るとしようか。
墓場から、いきぞこなったまま生まれてしまった二振り。
微睡に甘え、そして、めざめ。
幸せだった夢は終わり、そして多くの感情が墓場にて眠りについた。
人の身体を持たずにいる時間の方が長かったはずなのに、多くの分霊から送られてくる記憶のせいで、むしろ身体のない状態に違和感を覚える。ああ、自分はどうやって彼に声をかけていたのだろうか。
「なあ、起きているかい」
これで、間違ってはいなかっただろうか。こちらを押しつぶそうとする暗闇の中、ただその一言だけが空気に溶ける。この場所に、生者はいない。頼りない声が響くばかりで、こちらを強引に寝かしつけようとするその重みだけが増していく。
「なあ」
堪えきれずに声を上げた鶴丸のため、空気が揺れる。
「ああもう煩いですね。静かにしていただけませんか」
待ち望んでいた、聞きたかったものだ。これが夢の中ならば、と考えた鶴丸は思い出す。刀剣男士として戦うことを選んだものたちは、以前よりも多くの人間にその存在を周知された。そう、刀剣男士という、人の身体を持った付喪神として。それは歴史修正主義者との戦争に助力する小さな見返り、とも言えるだろう。それ故か、意識さえすれば人型を取ることができるようになったのだ。静を好む場所であるからか、その機会は非常に少なかったのだけれど。
意識をし、瞼を上げる。薄暗い中、仄かに光る肌がある。滑らかなそれに、触れてみたくて。いつかの夢のように、逃げることは無かった。どこか冷たく感じてしまうのは、この場所で眠っているからだろうか。
「酷い夢を、見ていたんだ」
触れた手を、緩く握る。軽く握り返されたことに安堵しつつ表情を伺うと、揃いの金色が鶴丸を見つめている。星を閉じ込めたそれは、どの本丸においても鶴丸が愛したものである。周囲が闇に包まれているからか、それとも彼が本霊であるからなのか、その光彩はどこか眩しい。
瞬く星は、一瞬だけ伏せられる。しかしすぐに向けなおされたそれは、どこか甘い色を孕んでいるようだった。
「いつだって酷い貴方が、それを言うのですか」
口にはしないものの、心外だという鶴丸の感情は聡い一期一振にはしっかりと伝わっていたらしい。先程の、と彼は言葉を続ける。
「先程の夢も、そうでした。貴方はいつだって、私を置いていく」
「いや、違うぞ。君がいつだって俺を置いていくんだ」
置いていく、というのは残される側の目線でしかない。本当は置いていく夢だって見ているはずなのに、鮮烈に残る感情は残され側のものばかりだ。どうして。どうして。どうして。行き場のないそのような感情が胸に渦巻き、叫び続けている。どうして、一緒に在れないの。
この話題では議論が平行線のまま進んでしまうことは分かっていた。多くの分霊は同じ時間を過ごしているようだけれど、本霊がこうして言葉を交わすことは随分と久しい。無駄な言葉は無いのだけれど、それでも、どうせならば楽しい時間を過ごしたいものだ。
「ああそうだ。先の夢ではな、俺が二振りいたんだ」
「二振り、ですか」
「眠り続ける一振り目と、その後に顕現された二振り目と」
ああ、と一期一振が声を漏らす。その夢ならば私もつい先程、と。どうやら同じ夢を見ていたらしい。それは奇跡のような確率の話で、それだけで心が躍る。
「一振り目の俺は強情で、人間らしい己を受け入れられなかった」
「そんな貴方を待つ時間も、悪くはありませんでした」
「不具合が生じた一振り目の代わりに顕現された二振り目の俺は」
「一振り目の貴方よりも素直だったのに、我慢を強いてしまいましたな」
「なあに、やりきれない思いならば刀の時分に幾度も葬ってきたものさ」
どちらからというわけでもなく、肌を辿り合う。どこか冷たいその滑らかさは、正に刀身に触れているようだった。人間によって呼び出された時ならばともかく、今は自らの力だけで人型をとっているだけだ。人の形を模しているだけで、人間とは異なる部分も多くある。
けれど、それでも構わなかった。こうして触れ合うことができるなど、想像もしなかったことだ。ここは、いきぞこないたちが眠る墓所。冷たく研ぎ澄まされた感覚であるほうが、いっそ、心地良い。
「もう、眠りませんか。邪魔されてしまった夢の続きを、私は見たい」
「……そう、だな。そうしよう。次は夢の中で触れ合うことにするか」
「ああ、夢の中でも騒々しくされることだけはご勘弁を」
「黙って君を抱きしめるだけに留めるさ」
力を抜けば、微睡の中へと意識が戻る。さあ、次の夢を見るとしようか。