復活×探偵
じぃ、とメニューを眺めている姿を見ていると、これはもしかするともしかするのかもしれない、と考えてしまう。昼食には遅く、夕食には早い。かといって軽食やおやつと言うには重い。そう、パスタである。本場イタリアを生活拠点としている人へ提供するのだと考えると緊張するが、それでも相手は日本人である……はずだ。生まれはともかく、様々な事情から国籍を変更する人もいないわけではなく、その上でわざわざ確認することでもないので確証はないが、まあ、性根は日本人だろう。己の中の何かがそう囁いている。ともかく、相手は日本人なのだと思えば少しばかり気が楽になるし、そもそもここは喫茶店。その土壌で戦うとなれば負ける気はしないので、あとは覚悟を決めるだけだった。
「追加の注文、されますか?」
コーヒーも、あと一口でなくなってしまうタイミング。それならば押し付けがましくはないだろう、と声を掛ける。コーヒーのおかわりでも、デザートの追加でも、どうやら未練があるらしいパスタでも何でも来い、と、そう意気込みながら。
「そうですね、じゃあコーヒーをおかわり、と」
どうしようかな、と呟きながらさまよう視線の先にあるのは軽食のページ。パスタと、それからオムライスとの間で心が揺れているらしい。少しばかり目を瞑ってまで真剣に悩む姿に、裏メニューのことを伝えようかとすら思う。常連の皆様の熱い要望により、実はハーフ&ハーフなるメニューが存在しているのだ。店内の状況や希望の品にもよるが、この状況、パスタとオムライスであれば対応は可能。望みは薄いとしても、未来の常連客になってくれやしないか、という希望を込めて。
第三の案を提言しようとしたその時、沢田氏はふと背後を振り返った。視線の先にあるのは店の出入り口。釣られてそちらへと目を向けるが、誰の姿もない。どうかしたのか、と問う前に当の本人の意識は注文の方へと戻ったらしい。口を挟むタイミングを逃してしまい、ちらり、と小さな名探偵の様子を確認する。こちらの見逃してしまった何かがあったのならば教えてくれるのではないかと期待したのだけれど、彼もまた察知できなかった行動であるようで「どうしたの」と可愛らしく問うていた。
「そろそろ、合流できそうな気がしてね。パスタとオムライス、ひとつずつお願いしてもいいですか?」
「合流できそうなのに、二品も注文するの?」
「合流できそうだから、かな。小腹も空いている頃だろうし、どうせならここで軽く食べて、共犯者になってもらおうと思って」
二人でシェアする前提で、気になったメニューを注文してしまおうと、そういう魂胆であるらしい。小さく笑みを浮かべつつ、言い放つ内容は可愛らしいような可愛らしくないような。目前の小学生が呆れた表情を隠そうともしていないのに、気にした様子もない。それどころか、共犯者になるかとメニューを差し出す始末である。
「今から食べさせてしまうと、夕飯が入らなくなってしまいますからね」
だからダメです、と続ける前にそのことに思い至ったらしい沢田氏は、それでも「共犯者」が欲しいのか、一口だけでもどうかと口にする始末。どこまでが本気なのかが分からないものの、念のために目を光らせておいた方が良いのかもしれなかった。ちょっとだけ、という軽い気持ちの小さな一歩が大きな過ちに繋がりがちなのだということを、嫌と言うほどに知っているので。
咎めるような視線に気がついたのだろう。誤魔化すように浮かべられた笑みは不自然なほどに完璧で、どうも年齢にはそぐわないように見える。まるで数多の場数を踏んできたらしいそれに、そっと己の中で整理している「沢田綱吉」という男のフォルダを書き換える。どうにも騙されそうになるが、少なくともその年齢にしては優秀な人材でありそうだ。そこそこ、なのか、かなり、なのかは不明なものの、話し方や所作から推察するに、後者である気がしているところである。散々、年齢について言及しておきながらその正確なところは分からない、という点には目を瞑っておいてほしい。なにしろ、相手が恐ろしいほどの童顔なのだ。
白々しく「残念だなぁ」と口にする姿に苦笑が溢れるものの、沢田氏と未だ見ぬ共犯者の胃袋に消える予定のものであるパスタとオムライスだけは作る必要がある。食材やら食器やらを用意するためにその場を離れ、とまずはとパスタをお湯の中に投入している間に、話題はここへ向かっているらしい「お迎え」の話に移ったらしい。
「ここに来るのって、どんな人なの?」
「どんな……そうだな、頑張り屋のいい子かな」
どのような人間なのかを改めて説明しようと思うと、なかなか難しい。少し考えてから口にされた評価からは親密さがうかがえる。いい子、という言い方から推測するに沢田氏よりも年下。……一体、何歳なのだろうか。そもそも彼の年齢が不詳であるおかげで全く読めないのだけれど、これはかなり年齢層の低い職場であることを疑ってしまう。
同じく言い方が気になったらしいコナンくん。ストレートな豪速球で「若い人なの?」と問うている。大人になってしまうと余計なしがらみやら気遣いやらが顔を覗かせてしまい、言葉にできる内容にもある程度の縛りが発生してしまうので、羨ましい限りである。その好奇心が時には痛い目を見せることもあるようだけれど、人間、誰しもそうやって失敗をし、傷つきながら学んでいくものだ。いざとなれば近くの大人が助けてやればよいのであって、つまり、何が言いたいのかというと、いいぞもっとやれ、だ。
オムライス用のケチャップライスを用意する大人のそんな醜い期待を背負っていることを知る由もなく、小さな名探偵くんはぐいぐいと迫っている。どんなお仕事なの、だとか、日本にはよく来るの、だとか。それに対して、みんなの幸せを守るお仕事だとか、ほとんどイタリアで勤務なんだ、だとか、当たり障りのない返答ばかりの沢田氏は、実際のところどういった仕事をしているのだろうか。みんなの幸せを守る、なんて捉え方によって無数に候補がある。とはいえ流石にそれ以上の情報は引き出すことが難しいらしく、問いかけはうまい具合に煙に巻かれているようだった。大きな声では言えない仕事なのか、と邪推してしまうのは職業病であると信じたいのだが、なんとかしたい悪い癖だ。
そうこうしている間にも、パスタは茹で上がる。引き上げた麺を合間に炒めておいた具材と混ぜ合わせれば、パスタは完成だ。まずは、と皿に移して提供をすると沢田氏は目を輝かせてフォークへと手を伸ばす。ただ、危ういところで待ち合わせを思い出してしまったらしく、どこか残念そうに手を引いていた。
「……出来立てがおいしいのは、分かってるんですよ。でも、あともう少しで来る気がするので、すみません」
「いえいえ、気にしないでください。こちらが早く作りすぎたんですから」
合流してから食べるつもりだということは、予め聞いていた。それを無視して提供したのは店側の、というよりは敏腕アルバイター安室透のミスだ。気分的にはそんな感覚であるので、それが事実であるとして相違ないだろう。
僅かな申し訳なさは感じるものの、一人で店を回している以上は仕方のないことだ。割り切って、フライパンを熱して卵を落とす。早く出しすぎてしまうこと以上に、客を待たせてしまうことの方が問題であるので。
卵の焼ける音、香ばしい匂いに紛れて届くのは楽しそうな会話だ。何がどう転んだのやら、イタリアにあるというおすすめのピザ専門店に関する話題がテーマとなっているようだ。クワトロフォルマッジにおいて、拘り抜いた蜂蜜の味で他の追随を許さぬという名店。蜂蜜のために蜜蜂を飼い、蜜蜂のために花畑を整備するという拘りよう。とても気になるのだが、会話へ参戦するには早いところ料理を完成させなければならなかった。片手間にしたせいで焦がしました、なんてことになると最悪の料理なのだから仕方がない。薄く広げた卵の上へ、ケチャップライスを投入。破らないように気をつけながら、薄く焼けた卵で包み込むように、そして息を整え、フライパンを返して皿の上へと盛り付ける。形を整え、野菜を添えて完成だ。
「はい、オムライスです。が、少し早すぎましたかね」
「いや、もう着くと思うんで大丈夫ですよ」
美味しそうだなぁ、としみじみ呟く姿は下手をすると年齢よりも幼く見える。よほどお腹が空いているのか、きらきらと輝く瞳にどこかそわそわした空気。潔く食べ始めたって良いだろうに、待ち人を律儀に待つ辺りに人間性が表れている。
何か軽く摘めるものをサービスしてしまおうか、と考えた矢先、扉が開かれる。いらっしゃいませ、の声に重なるように投げ掛けられたのは、ごめんねー、という軽い謝罪だ。癖の強い黒髪になかなか奇抜な牛柄のシャツという出立ちの彼が、待ち人であるらしかった。きっと沢田氏より若い子が来るのだろうと予想はしていたものの、思っていた以上に年若く見える。未だ「少年」の範疇にあるような気がするのだが、どうなのだろうか。
カウンターに並べられたパスタとオムライスの皿を見て小さく溜息を吐きながら近付いてきた少年のため、コナンくんは一つ隣の椅子へと移る。気遣いのできる、本当に良い子だ。守るべき日本の宝である。
「……自由すぎません? 夕飯、入らなくなりますよ」
「大丈夫大丈夫。これ、ランボと半分こするつもりで頼んだから。お腹、空いてるだろ?」
だから食べるよな? そんな副音声が聞こえたような気がしたし、なんなら、返答を待つことなくパスタ用のフォークをランボくん? に持たせている。強引に巻き込む姿は、暴君と呼ぶに相応しい。
ボスが言うなら喜んでー、とかなりの棒読みで返答しつつパスタを口へ運んだ共犯者の姿を確認してようやく、沢田氏はオムライスを食べ始めた。お気に召したらしく、揃って口元を綻ばせるその横から、コナンくんが恐る恐る声を掛ける。
「……えっと、沢田さんって、ランボさん? のボスなの?」
「そうそう、俺の世代では一応、俺がチームのボスってことになっててね。あ、こいつはチームリーダー最年少のランボ」
「チームリーダー?」
「あー、グループリーダー、かも? チームの中で何個か部門があって、その部門のリーダーなんで」
どっちだろうね。どっちでもいいんじゃないですか? そんなやり取りをしつつ着実に食べ進める姿に毒気が抜かれるものの、チームだろうがグループだろうが、ランボ、と呼ばれる少年はリーダーとして随分と若すぎる。
と、考えていると、沢田氏の瞳がきらりと光る。
「ふふ、今、ランボがリーダーとして若すぎるって思ったでしょう」
「すみません。でも、随分とお若く見えるので」
「実際、ランボはまだ身分としては学生だって言っても問題ないですからね。ただ、うちは実力主義なので。ほんと、優秀なんですよ、彼。五歳でうちにヘッドハンティングしたんですから」
「ちょ、やめてくださいよ」
ふふん、と胸を張る沢田氏の隣で赤くなりつつ慌てるランボ氏。五歳で、というのが本当なのかは不明なものの、実力主義だというのは事実であるのだろう。
「ランボさんって、ギフテッド?」
並の人間では太刀打ちできないほどの才能に恵まれた存在なのか、という問いに対する返答は両極端なものが重なった。
「え? まさかまさかまさか。至って普通の人間ですよ」
「どんな苦境でも諦めずに頑張れる、そういう才能に満ち溢れた子だよ」
互いの答えはしっかりと耳に届いたのだろう。何を言っているのだ、と目を見開いてぶんぶんぶんと勢いよく首を振るランボ氏に、沢田氏は、自信を持てって、と肩を叩いている。
沢田氏の口にした「才能」も、確かに大切なものなのだろう。ただ、それだけでヘッドハンティング、とするには足りない。問いを投げかけたコナンくんも物足りなさを感じたようで、ちらりと向けられた視線が交わった。軽く頷いてやる。そうだ、行け。このまま突っ込んでしまえ。
「ねぇねぇ、ボク、どんなお仕事してるのか、もっと教えてほしいなぁ」
応援に背を押されたからなのか、かなり捨て身で突っ込んでいる。大人びたところのある子であると知っているだけに、なりふり構わず子どもらしさを前面に出した姿はどことなく必死さを感じてしまう。果たして、初見となる二人には通用するのかどうか。何故だかごくりと唾を呑み込みつつ反応を窺ってしまう。
どう答えたものかと考えつつ、いつの間にか半分を食べ終えたらしいそれぞれの皿を交換する沢田氏と、静かにそれを見守るランボ氏。そして。
「みんなの幸せを守るお仕事、かな」
それさっきも聞いたよ、と返すコナンくんの眼差しに呆れが混ざっているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
「追加の注文、されますか?」
コーヒーも、あと一口でなくなってしまうタイミング。それならば押し付けがましくはないだろう、と声を掛ける。コーヒーのおかわりでも、デザートの追加でも、どうやら未練があるらしいパスタでも何でも来い、と、そう意気込みながら。
「そうですね、じゃあコーヒーをおかわり、と」
どうしようかな、と呟きながらさまよう視線の先にあるのは軽食のページ。パスタと、それからオムライスとの間で心が揺れているらしい。少しばかり目を瞑ってまで真剣に悩む姿に、裏メニューのことを伝えようかとすら思う。常連の皆様の熱い要望により、実はハーフ&ハーフなるメニューが存在しているのだ。店内の状況や希望の品にもよるが、この状況、パスタとオムライスであれば対応は可能。望みは薄いとしても、未来の常連客になってくれやしないか、という希望を込めて。
第三の案を提言しようとしたその時、沢田氏はふと背後を振り返った。視線の先にあるのは店の出入り口。釣られてそちらへと目を向けるが、誰の姿もない。どうかしたのか、と問う前に当の本人の意識は注文の方へと戻ったらしい。口を挟むタイミングを逃してしまい、ちらり、と小さな名探偵の様子を確認する。こちらの見逃してしまった何かがあったのならば教えてくれるのではないかと期待したのだけれど、彼もまた察知できなかった行動であるようで「どうしたの」と可愛らしく問うていた。
「そろそろ、合流できそうな気がしてね。パスタとオムライス、ひとつずつお願いしてもいいですか?」
「合流できそうなのに、二品も注文するの?」
「合流できそうだから、かな。小腹も空いている頃だろうし、どうせならここで軽く食べて、共犯者になってもらおうと思って」
二人でシェアする前提で、気になったメニューを注文してしまおうと、そういう魂胆であるらしい。小さく笑みを浮かべつつ、言い放つ内容は可愛らしいような可愛らしくないような。目前の小学生が呆れた表情を隠そうともしていないのに、気にした様子もない。それどころか、共犯者になるかとメニューを差し出す始末である。
「今から食べさせてしまうと、夕飯が入らなくなってしまいますからね」
だからダメです、と続ける前にそのことに思い至ったらしい沢田氏は、それでも「共犯者」が欲しいのか、一口だけでもどうかと口にする始末。どこまでが本気なのかが分からないものの、念のために目を光らせておいた方が良いのかもしれなかった。ちょっとだけ、という軽い気持ちの小さな一歩が大きな過ちに繋がりがちなのだということを、嫌と言うほどに知っているので。
咎めるような視線に気がついたのだろう。誤魔化すように浮かべられた笑みは不自然なほどに完璧で、どうも年齢にはそぐわないように見える。まるで数多の場数を踏んできたらしいそれに、そっと己の中で整理している「沢田綱吉」という男のフォルダを書き換える。どうにも騙されそうになるが、少なくともその年齢にしては優秀な人材でありそうだ。そこそこ、なのか、かなり、なのかは不明なものの、話し方や所作から推察するに、後者である気がしているところである。散々、年齢について言及しておきながらその正確なところは分からない、という点には目を瞑っておいてほしい。なにしろ、相手が恐ろしいほどの童顔なのだ。
白々しく「残念だなぁ」と口にする姿に苦笑が溢れるものの、沢田氏と未だ見ぬ共犯者の胃袋に消える予定のものであるパスタとオムライスだけは作る必要がある。食材やら食器やらを用意するためにその場を離れ、とまずはとパスタをお湯の中に投入している間に、話題はここへ向かっているらしい「お迎え」の話に移ったらしい。
「ここに来るのって、どんな人なの?」
「どんな……そうだな、頑張り屋のいい子かな」
どのような人間なのかを改めて説明しようと思うと、なかなか難しい。少し考えてから口にされた評価からは親密さがうかがえる。いい子、という言い方から推測するに沢田氏よりも年下。……一体、何歳なのだろうか。そもそも彼の年齢が不詳であるおかげで全く読めないのだけれど、これはかなり年齢層の低い職場であることを疑ってしまう。
同じく言い方が気になったらしいコナンくん。ストレートな豪速球で「若い人なの?」と問うている。大人になってしまうと余計なしがらみやら気遣いやらが顔を覗かせてしまい、言葉にできる内容にもある程度の縛りが発生してしまうので、羨ましい限りである。その好奇心が時には痛い目を見せることもあるようだけれど、人間、誰しもそうやって失敗をし、傷つきながら学んでいくものだ。いざとなれば近くの大人が助けてやればよいのであって、つまり、何が言いたいのかというと、いいぞもっとやれ、だ。
オムライス用のケチャップライスを用意する大人のそんな醜い期待を背負っていることを知る由もなく、小さな名探偵くんはぐいぐいと迫っている。どんなお仕事なの、だとか、日本にはよく来るの、だとか。それに対して、みんなの幸せを守るお仕事だとか、ほとんどイタリアで勤務なんだ、だとか、当たり障りのない返答ばかりの沢田氏は、実際のところどういった仕事をしているのだろうか。みんなの幸せを守る、なんて捉え方によって無数に候補がある。とはいえ流石にそれ以上の情報は引き出すことが難しいらしく、問いかけはうまい具合に煙に巻かれているようだった。大きな声では言えない仕事なのか、と邪推してしまうのは職業病であると信じたいのだが、なんとかしたい悪い癖だ。
そうこうしている間にも、パスタは茹で上がる。引き上げた麺を合間に炒めておいた具材と混ぜ合わせれば、パスタは完成だ。まずは、と皿に移して提供をすると沢田氏は目を輝かせてフォークへと手を伸ばす。ただ、危ういところで待ち合わせを思い出してしまったらしく、どこか残念そうに手を引いていた。
「……出来立てがおいしいのは、分かってるんですよ。でも、あともう少しで来る気がするので、すみません」
「いえいえ、気にしないでください。こちらが早く作りすぎたんですから」
合流してから食べるつもりだということは、予め聞いていた。それを無視して提供したのは店側の、というよりは敏腕アルバイター安室透のミスだ。気分的にはそんな感覚であるので、それが事実であるとして相違ないだろう。
僅かな申し訳なさは感じるものの、一人で店を回している以上は仕方のないことだ。割り切って、フライパンを熱して卵を落とす。早く出しすぎてしまうこと以上に、客を待たせてしまうことの方が問題であるので。
卵の焼ける音、香ばしい匂いに紛れて届くのは楽しそうな会話だ。何がどう転んだのやら、イタリアにあるというおすすめのピザ専門店に関する話題がテーマとなっているようだ。クワトロフォルマッジにおいて、拘り抜いた蜂蜜の味で他の追随を許さぬという名店。蜂蜜のために蜜蜂を飼い、蜜蜂のために花畑を整備するという拘りよう。とても気になるのだが、会話へ参戦するには早いところ料理を完成させなければならなかった。片手間にしたせいで焦がしました、なんてことになると最悪の料理なのだから仕方がない。薄く広げた卵の上へ、ケチャップライスを投入。破らないように気をつけながら、薄く焼けた卵で包み込むように、そして息を整え、フライパンを返して皿の上へと盛り付ける。形を整え、野菜を添えて完成だ。
「はい、オムライスです。が、少し早すぎましたかね」
「いや、もう着くと思うんで大丈夫ですよ」
美味しそうだなぁ、としみじみ呟く姿は下手をすると年齢よりも幼く見える。よほどお腹が空いているのか、きらきらと輝く瞳にどこかそわそわした空気。潔く食べ始めたって良いだろうに、待ち人を律儀に待つ辺りに人間性が表れている。
何か軽く摘めるものをサービスしてしまおうか、と考えた矢先、扉が開かれる。いらっしゃいませ、の声に重なるように投げ掛けられたのは、ごめんねー、という軽い謝罪だ。癖の強い黒髪になかなか奇抜な牛柄のシャツという出立ちの彼が、待ち人であるらしかった。きっと沢田氏より若い子が来るのだろうと予想はしていたものの、思っていた以上に年若く見える。未だ「少年」の範疇にあるような気がするのだが、どうなのだろうか。
カウンターに並べられたパスタとオムライスの皿を見て小さく溜息を吐きながら近付いてきた少年のため、コナンくんは一つ隣の椅子へと移る。気遣いのできる、本当に良い子だ。守るべき日本の宝である。
「……自由すぎません? 夕飯、入らなくなりますよ」
「大丈夫大丈夫。これ、ランボと半分こするつもりで頼んだから。お腹、空いてるだろ?」
だから食べるよな? そんな副音声が聞こえたような気がしたし、なんなら、返答を待つことなくパスタ用のフォークをランボくん? に持たせている。強引に巻き込む姿は、暴君と呼ぶに相応しい。
ボスが言うなら喜んでー、とかなりの棒読みで返答しつつパスタを口へ運んだ共犯者の姿を確認してようやく、沢田氏はオムライスを食べ始めた。お気に召したらしく、揃って口元を綻ばせるその横から、コナンくんが恐る恐る声を掛ける。
「……えっと、沢田さんって、ランボさん? のボスなの?」
「そうそう、俺の世代では一応、俺がチームのボスってことになっててね。あ、こいつはチームリーダー最年少のランボ」
「チームリーダー?」
「あー、グループリーダー、かも? チームの中で何個か部門があって、その部門のリーダーなんで」
どっちだろうね。どっちでもいいんじゃないですか? そんなやり取りをしつつ着実に食べ進める姿に毒気が抜かれるものの、チームだろうがグループだろうが、ランボ、と呼ばれる少年はリーダーとして随分と若すぎる。
と、考えていると、沢田氏の瞳がきらりと光る。
「ふふ、今、ランボがリーダーとして若すぎるって思ったでしょう」
「すみません。でも、随分とお若く見えるので」
「実際、ランボはまだ身分としては学生だって言っても問題ないですからね。ただ、うちは実力主義なので。ほんと、優秀なんですよ、彼。五歳でうちにヘッドハンティングしたんですから」
「ちょ、やめてくださいよ」
ふふん、と胸を張る沢田氏の隣で赤くなりつつ慌てるランボ氏。五歳で、というのが本当なのかは不明なものの、実力主義だというのは事実であるのだろう。
「ランボさんって、ギフテッド?」
並の人間では太刀打ちできないほどの才能に恵まれた存在なのか、という問いに対する返答は両極端なものが重なった。
「え? まさかまさかまさか。至って普通の人間ですよ」
「どんな苦境でも諦めずに頑張れる、そういう才能に満ち溢れた子だよ」
互いの答えはしっかりと耳に届いたのだろう。何を言っているのだ、と目を見開いてぶんぶんぶんと勢いよく首を振るランボ氏に、沢田氏は、自信を持てって、と肩を叩いている。
沢田氏の口にした「才能」も、確かに大切なものなのだろう。ただ、それだけでヘッドハンティング、とするには足りない。問いを投げかけたコナンくんも物足りなさを感じたようで、ちらりと向けられた視線が交わった。軽く頷いてやる。そうだ、行け。このまま突っ込んでしまえ。
「ねぇねぇ、ボク、どんなお仕事してるのか、もっと教えてほしいなぁ」
応援に背を押されたからなのか、かなり捨て身で突っ込んでいる。大人びたところのある子であると知っているだけに、なりふり構わず子どもらしさを前面に出した姿はどことなく必死さを感じてしまう。果たして、初見となる二人には通用するのかどうか。何故だかごくりと唾を呑み込みつつ反応を窺ってしまう。
どう答えたものかと考えつつ、いつの間にか半分を食べ終えたらしいそれぞれの皿を交換する沢田氏と、静かにそれを見守るランボ氏。そして。
「みんなの幸せを守るお仕事、かな」
それさっきも聞いたよ、と返すコナンくんの眼差しに呆れが混ざっているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。