五悠ワンドロ
これ、ポストカードで見たことあるやつだ。
思わずといった様子で呟やかれた言葉に、背をかがめて目線を合わせながら同じ方向を見る。綺麗に色付いたイチョウの並木が一直線に伸びる道。
「確かに、この公園じゃ一番有名なスポットだろうね。上ばっかり見上げて、色々と見落とさないように」
「だいじょーぶだって」
ほらあそこ、と虎杖が指差す先には、枝の先できょろきょろと周囲を見渡している小さな呪霊の姿がある。手に持ったマップに赤丸をつけてどこか満足気な様子が微笑ましい。大勢の人が集まる観光地は、一過性とはいえ様々な念が渦巻いている。万が一にも凶悪なものへと成長してしまったら被害が大きい。だからこそ早いうちに芽を摘んでしまわなければ――という名目で組まれている校外実地研修であるが、実際のところは上京してきた生徒のために組まれた遠足的意味合いの強い校外学習だ。もちろん、名目とされている任務はきっちりと果たす。ただ、呪霊を探して歩く場所が都内有数の紅葉スポットであるだけで。
敷地が広いため二手に分かれ、呪霊を見つけたらマップにマーキング。祓ってしまえるのならばその場で対応するが、観光地ということもあって人目も多い。最終的には「放課後活動」として、閉園後にまとめて祓って回る予定となっている。ならば初めから人気のない時間帯に来い、という御意見への反論は簡単だ。人命が関わるのだから対応は早い方がいい。何より、何事も下見が大切なのだから、と。
立ち止まってカメラを向ける人々の合間を縫って進むうちに、辺りの色合いは文字通り一変する。黄色から赤色へ。真っ赤に染まる木があれば橙の混じる木もあって、その濃淡というか、深みというか、思わず息を止めてしまうような美しさがある。その幹に絡みつく嫌な姿が無ければ、という悔しさは幸運にもすぐに晴らすことができた。周囲からの視線が少ないことをいいことに、枝へと手を伸ばす振りをしてワンパンチ。呆気ないが、見上げた先でそそくさと枝葉の向こう側へと隠れる影がひとつ。流石に、手の届かない場所にいるものをこの場で祓うわけにはいかないので、晴らされたはずの悔しさが戻ってくることとなった。
――と、不意に強く風が吹く。ざあ、と葉の擦れ合う音。振り落とされたらしく、目前へ落ちてきたものを難なく捕まえた虎杖は、そのままぐっと力を込める。抵抗らしい抵抗もできぬままに形を崩した呪霊の代わりに、手中に残ったのは小さな木の葉。その色と形から連想したものが、ひとつ。浮かんでしまえば、あとは行動に移すのみである。好奇心旺盛な男子高校生であるもので。
運を味方につけ、連続で呪霊を祓い終えた教え子が勢いよく戻ってくる姿に五条は大型犬を幻視する。褒めて褒めて、と全身でアピールをしながら全力で尻尾を振る姿。虎という字を姓に持つというのに、日常の中ではどうもわしゃわしゃと撫で回し、可愛がってやりたくなるのだ。
駆け戻ったとはいえほんの数メートル。その勢いのまま、息を乱すことなく虎杖は動きを止めない。
「あ、先生、ちょっとじっとしてて」
顔へと伸ばされる腕に思わず反応してしまいそうになった五条を、虎杖はただその言葉だけで縛る。正確には五条がその言葉だけで縛られてやっている、という状況であるのだろうが、その辺りは今回は重要ではないだろう。求められるままに動きを止めた五条の頬に手を寄せると、虎杖は満足気に笑う。
「っし。紅葉の手」
もみじのて。
たった五音がうまく言葉に結びつかず、反応するまでに僅かな間。しかし虎杖にはそれだけでも十分であったようで、五条の頬に寄せた紅葉の葉を己の手元へと引き戻し指先だけでくるくると回している。
「……ん」
ふう、と大きく息を吐き出して、五条は勢いよく両手で自らの頬を挟み込む。べちんだとかばちんだとか、そんな破裂音を響かせての行動に、虎杖はびくりと身体を震わせて目を白黒とさせている。
「せ、せんせ?」
「つまりは、こういうこと、だよね」
赤く染まった頬には大きな手形。先の小さな手形とは似ても似つかないことは分かっているが、あの小ささでとてつもない衝撃を受けてしまったことを誤魔化す方法がこれしか浮かばなかったので仕方がなかった。
思わずといった様子で呟やかれた言葉に、背をかがめて目線を合わせながら同じ方向を見る。綺麗に色付いたイチョウの並木が一直線に伸びる道。
「確かに、この公園じゃ一番有名なスポットだろうね。上ばっかり見上げて、色々と見落とさないように」
「だいじょーぶだって」
ほらあそこ、と虎杖が指差す先には、枝の先できょろきょろと周囲を見渡している小さな呪霊の姿がある。手に持ったマップに赤丸をつけてどこか満足気な様子が微笑ましい。大勢の人が集まる観光地は、一過性とはいえ様々な念が渦巻いている。万が一にも凶悪なものへと成長してしまったら被害が大きい。だからこそ早いうちに芽を摘んでしまわなければ――という名目で組まれている校外実地研修であるが、実際のところは上京してきた生徒のために組まれた遠足的意味合いの強い校外学習だ。もちろん、名目とされている任務はきっちりと果たす。ただ、呪霊を探して歩く場所が都内有数の紅葉スポットであるだけで。
敷地が広いため二手に分かれ、呪霊を見つけたらマップにマーキング。祓ってしまえるのならばその場で対応するが、観光地ということもあって人目も多い。最終的には「放課後活動」として、閉園後にまとめて祓って回る予定となっている。ならば初めから人気のない時間帯に来い、という御意見への反論は簡単だ。人命が関わるのだから対応は早い方がいい。何より、何事も下見が大切なのだから、と。
立ち止まってカメラを向ける人々の合間を縫って進むうちに、辺りの色合いは文字通り一変する。黄色から赤色へ。真っ赤に染まる木があれば橙の混じる木もあって、その濃淡というか、深みというか、思わず息を止めてしまうような美しさがある。その幹に絡みつく嫌な姿が無ければ、という悔しさは幸運にもすぐに晴らすことができた。周囲からの視線が少ないことをいいことに、枝へと手を伸ばす振りをしてワンパンチ。呆気ないが、見上げた先でそそくさと枝葉の向こう側へと隠れる影がひとつ。流石に、手の届かない場所にいるものをこの場で祓うわけにはいかないので、晴らされたはずの悔しさが戻ってくることとなった。
――と、不意に強く風が吹く。ざあ、と葉の擦れ合う音。振り落とされたらしく、目前へ落ちてきたものを難なく捕まえた虎杖は、そのままぐっと力を込める。抵抗らしい抵抗もできぬままに形を崩した呪霊の代わりに、手中に残ったのは小さな木の葉。その色と形から連想したものが、ひとつ。浮かんでしまえば、あとは行動に移すのみである。好奇心旺盛な男子高校生であるもので。
運を味方につけ、連続で呪霊を祓い終えた教え子が勢いよく戻ってくる姿に五条は大型犬を幻視する。褒めて褒めて、と全身でアピールをしながら全力で尻尾を振る姿。虎という字を姓に持つというのに、日常の中ではどうもわしゃわしゃと撫で回し、可愛がってやりたくなるのだ。
駆け戻ったとはいえほんの数メートル。その勢いのまま、息を乱すことなく虎杖は動きを止めない。
「あ、先生、ちょっとじっとしてて」
顔へと伸ばされる腕に思わず反応してしまいそうになった五条を、虎杖はただその言葉だけで縛る。正確には五条がその言葉だけで縛られてやっている、という状況であるのだろうが、その辺りは今回は重要ではないだろう。求められるままに動きを止めた五条の頬に手を寄せると、虎杖は満足気に笑う。
「っし。紅葉の手」
もみじのて。
たった五音がうまく言葉に結びつかず、反応するまでに僅かな間。しかし虎杖にはそれだけでも十分であったようで、五条の頬に寄せた紅葉の葉を己の手元へと引き戻し指先だけでくるくると回している。
「……ん」
ふう、と大きく息を吐き出して、五条は勢いよく両手で自らの頬を挟み込む。べちんだとかばちんだとか、そんな破裂音を響かせての行動に、虎杖はびくりと身体を震わせて目を白黒とさせている。
「せ、せんせ?」
「つまりは、こういうこと、だよね」
赤く染まった頬には大きな手形。先の小さな手形とは似ても似つかないことは分かっているが、あの小ささでとてつもない衝撃を受けてしまったことを誤魔化す方法がこれしか浮かばなかったので仕方がなかった。