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五悠ワンドロ

 ばぁ、とわざとらしい言葉と共に目前を埋め尽くしたものは、あまりに近すぎて「色鮮やかな何か」であることしか分からなかった。戸惑いに静止した思考が動き始めてようやく、ほのかな芳香を感知する。これは花だ、ということを理解しつつ当たりをつけて相手の腕を探り掴み、ぐぐっと押して距離を取る。視界を覆い尽くしていた花束に隠れていたのは、予想通りの相手だった。
「先生、おかえり。今日は花が土産?」
 綺麗にラッピングされたそれは思った以上に大きくて、そこそこ良いお値段がしたのではなかろうか。花が案外高いものだということを虎杖はよく知っている。
「たっだいまー。現役男子高校生には、花より団子の方が良かったかな」
 でもごめんね、新幹線で食べちゃった、と悪びれもせずに笑う五条に虎杖は「次は一緒に食わしてくれるってんなら、許してやってもいいぜ」と強かにねだる。身分としては教師であると同時に特級呪術師であるのが、この五条悟という男。出張の殆どが危険なものであることは知っているのだが、自他ともに認める「最強」の称号に偽りなくいつだって飄々とした様子であるものだから、ついつい気軽にお願いをしてしまう。冗談つもりだった「甲子園の砂」は、ちょっぴりしょっぱかったけれども。虎杖自身はその場所に立ったことがないし、何より、球児ですらない。それなのに、青春の血と汗と涙を受け止めてきた土の入った小瓶をどう取り扱ったものなのか、と。なお、その時の仕事場がまさにその球場で、歴代の高校球児やらプロやらその他大勢の負の感情を糧としたものを祓ってきたのだ、ということは聞かなかったことにした。余計に扱いにくくなるので。今はひとまず部屋の窓辺に置いている。球児といえば青空。であるならば、日当たり良好な窓辺であろう、と。
 閑話休題。そんなこんなで色々と持ち帰って来てくれる五条ではあるが、花は初めてのことだった。差し出された、のだろうと何となく両手でその束を受け取ると、思ったよりも随分と重い。
「これを片手でとか、先生、すげぇな」
「まあ、どうせならカッコつけたいじゃない」
「なるほど、気合か」
「そうそう。こう、ふんっ、とね」
 わざとらしく拳を握って力瘤を作って軽く言うが、脱いだらすごい、を体現する男であることを知っている虎杖は適当に相槌を打つのみである。それよりもどうやって飾ったものかと、そちらの方へと意識が傾く。
「これって、ユリ、だよな?」
「いや、アルス……あー、もうユリでいいよ。店先に置いてあったのに目が吸い寄せられちゃってね。ほら、この元気な色合い、悠仁みたいで」
 アルストロメリア。百合水仙、ともいうくせにユリではないという食わせ者。初めの三音で虎杖の表情が凍ったので、細かいことは気にしないことにした。それが何であるかより、どう在るか、の方が重要だろうと。
 つん、と指先で弾かれる花弁のベースは橙、中心に向かって薄らと黄が混じりながらところどころに茶色の斑点。それが己であるかはさておき、元気な色合い、という表現には虎杖も同意する。その場にあるだけで気分が上がりそうだ。
 コップに挿せる数輪だけを受け取って残りは校内に飾ってもらおうか、いやでもせっかく「お土産」として買ってきてくれたのにそれは。虎杖の思考はそんなところだろうかと、その百面相を静かに眺める五条はあたりをつけている。どうせ花の寿命は短いのだ。極端な話、受け取った次の瞬間に捨てられたって気にしなかった。ただ、虎杖悠仁と彼に似た花束の並ぶ様を見てみたくて店内にある全てを使って花束にしてもらったのだ、ということを伝えてしまうと余計に困ってしまうのだろうということは分かりきっていたので、五条はほんの少し前の記憶をそっと胸の内に秘めておくことにした。困ってへにゃりと下がった眉のまま見上げられると、何だかこう、グッとくる、という事実と共に。
 五条が新たな秘密を抱えながら見守っていることに気付かぬまま、虎杖は手持ち無沙汰に手中の花束を弄っている。片手で抱え込みながら一輪を突いたり、撫でてみたり。一体どのような柄なのかと顔を寄せ、そして強まる芳香にすんと鼻を鳴らす。一度目は興味を示しつつどこか慎重に、そして二度目は僅かに目元を緩ませて。
「なんかさ、美しい自殺の方法にユリの花に囲まれてってのがあるらしいけど」
「ああ、実際のところは眉唾モノっていう」
「夢がねぇなぁ」
 うろ覚えながら、ざっと流し見た情報を引っ張り出してきただけであるのだけれど、その辺りを適当に誤魔化すことには慣れたもの。生徒の誤りを早い段階で正すこともまた教師の務めだと嘯けば、それよりも前に自殺を止めろと正論で返された。
「きゃー悠仁くん死なないでー」
「すっげぇ潔いほどの棒読み」
 くすくすと笑いつつ、虎杖はその「死をもたらす」らしい花束に顔を埋めながら五条を見上げる。
「でも確かに、こういうのをサプライズで渡されたら、胸がいっぱいになって死んじまうかもな」
 ま、今回は何かしらの土産があることを知ってたからセーフだけど! なんて言いつつも虎杖が自分の言葉に照れたらしいことは、より強く花束に押し付けられた顔や覗き見える肌が火照っていることから明白であった。見られないことをいいことに上を向いた五条は、ぐっと目を瞑り噛み締める。最強の男がまさかただの花束に殺されることになろうとは予想をしていなかったので、これは思いのほかダメージが大きい。そっと目隠しをずらして様子を伺うも、すぐに後悔した。照れるな照れるな、弱く見えるぞ。
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