二次log
気まぐれに気まぐれを重ねて、そこに僅かな好奇心。
自らの行動原理を問われたならば、そうとしか答えようがないのだが、目前の獲物が口にする「何で」は挨拶のようなものであって答えを求めるものではないことを知っている。故に、雲雀はゆっくりと手のひらを這わせるばかりで何も言葉を返してはいない。邪魔な毛先を払ってやると、剥き出しになる白い首筋。浮かぶ筋をなぞるように指先が滑れば、擽ったいのか僅かに身体を跳ねさせて。その様に、ゆるりと口角が上がる。
急所であるその場所をさらけ出しながらも身を預けられているという優越感。支配欲、征服欲が満たされた、と言った方が正しいか。人畜無害を装いながらも、長く続くイタリアンマフィアのボスなんてものに就任した男にとって、背後を取られることも、急所を無防備に晒すことも、更には無遠慮に触れられることも、本来ならば避けるべき事柄であるはずだ。いくら超直感という一種の予知に近い能力を有していても、ゼロ距離でぶつけられる攻撃に対して万能ではないのだから。
「折れそうだね」
「折らないでくださいよ!?」
軽く浮かされた頭部はやんわりと押さえ付けて元の位置へ。一応はクッション代わりに書類の山を敷いてやっている。強引に押さえ付けたってよかったのだろうが、それでも優しくしてやったのは、何となくそんな気分であったから。押さえ付けるために置いた手でゆっくりと頭の形を確かめる。ふわふわとした毛に隠されている場所は、思ったよりも小さく。
「……ねえ、中、ちゃんと詰まってる?」
「何なんですかさっきから」
詰まってますって、と続く声はどこか情けない。髪をかき乱しながら滑らせた手のひらで、固く緊張する首筋を辿り、肩をなぞる。ぐ、と力を込めても反発すらしない鉄板のようなそれ。それでも構わずにぐうと押さえ込めば、あ゙ー、と声を漏らしながら少しずつ身体から力が抜けていく。自由を明け渡されたことが、ひどく心地好い。
「ほら、服脱ぎな」
「何で!?」
二度目の浮上は強引に押し戻す。何枚かの書類が皺になったような気がするが、知ったことではない。動く彼が悪いのだから。
「シャツが皺になってもいいのなら、そのままでもいいけど」
「この体勢で、どう脱げと」
「ボタンを外したらすぐでしょ」
ぶつぶつと何事かを呟きながらではあるが、おとなしく手を動かしているご褒美だ、と、こめかみの辺りをぐりぐりと押さえ回してやる。んー、と零される声にこちらのきぶんもよくなり、そのまま額、頬など顔の形を辿る。指先に触れる肌は随分と滑らかで、世の女性達がきっと羨むだろうな、と考える。その辺の石鹸で適当に顔を洗っていた時代もあったようだけれど、いつ頃からか、ボスたるもの身嗜みにも気をつけろと、洗顔料、化粧水、乳液に美容液まできっちりとカスタマイズされたと聞いている。誰に、とは今更確認するまでもない。
ボタンを外し終わったらしく、もぞもぞと蠢く身体にまとわりついているシャツを引き抜いてやる。来客用に設置されているソファに放り投げてから、改めてその体つきを見る。炎があるとはいえ、己の身ひとつで敵に向かう武闘派だというのに、筋肉が付きにくい体であるらしい。特に晴に属する面々と裸の付き合いをすることは気恥ずかしくなる、とはいつの言葉だったか。炎の属性が絡むのか、或いは偶然にも彼らの趣味嗜好と体質が合致しただけなのか、いわゆる「肉体美」とはこのことだと言わんばかりの面々が多いので。もっとも、よく世話になっている家庭教師様は本職がヒットマンであるからか、いくらか「スリム」である。が、何しろ第一印象が「赤ん坊」であったので、その当時から比べると随分と立派に育ってしまっているおかげで目のやり場に困るらしい。なお、その表現はやめろ、と銃口を向けられていた。
いつもきっちりと着込んでいるからか、肌の色は随分と白い。適度な室温に保たれているとはいえ、それも衣服があってこそ。薄っぺらい鎧を剥ぎ取られて縮こまろうとしている肩に触れると、もう僅かに冷え始めている。
「……ちゃんと食べてるの」
「割とガチトーンで言わないでください」
筋肉でも贅肉でも、どちらでも良いからとりあえず肉をつけるべきではないかと。どちらの場合でも運動には存分に付き合ってやるというのに。もちろん、腑抜けた動きをするようであれば容赦なく噛み殺す。
ゆっくりと撫でるうちに少しずつ熱が移る。手当て、とはよく言ったものだ。心地良いのか、ぼんやりと身を預けるその横顔は、完全に気を抜いている。ぐ、と首の付け根を押してやると、痛むのか僅かに表情が歪んだ。
「どう?」
「いい、ですけど」
「けど、なに」
ちょっと怖い、と素直にも口に出してくれた男のために、加減していた力を強めてやる。隠したところで意味がないからと即座に表へと出す潔さは好ましいが、それとこれとは話が別なので。
「別にこんな方法で寝首は掻かないよ、つまらない」
どうせやるならば全力で真正面から噛み殺しにかかる。こんな騙すような方法なんて、どこぞの霧でもあるまいし。
押さえる場所を少しずつ移動させていけば、ここが良いのだと強請るように相手も小さく身動ぎをする。そこで動くな、と言うほどに狭量ではない。これでも、労わる気持ちは持ち合わせているが故の気紛れであるのだから。ベストコンディションの小動物を味わうための下準備だと思えば、なんの苦でもない。
「ほら、身体は解してやるから早く書類を終わらせなよ」
「なんなんですかほんと、暇なんですか」
「暇だよ、暇。だから早く相手しな」
「そういう人、でしたよね。知ってましたけど」
害意がないことさえ理解すればあとは従順だ。組織の頂点に立つ男としてどうなのかと思う部分はあるが、長いものには巻かれろ、を素直に実践する男である。度重なる理不尽のせいで諦めが良くなったのだ、とは本人の言葉であるが、その理不尽が度重なる前からそうなのだということ知られていないとでも思っているのか。
だらりと力を抜いた姿にボスとしての威厳はない。まだ若いというのに凝り固まった肩の持ち主。いっそ哀れになってくる。加減すれば心地良さしか与えない指圧に眠気が訪れたらしく、いくら守護者とはいえここまで身を預けられてしまうとどこかむず痒かった。
自らの行動原理を問われたならば、そうとしか答えようがないのだが、目前の獲物が口にする「何で」は挨拶のようなものであって答えを求めるものではないことを知っている。故に、雲雀はゆっくりと手のひらを這わせるばかりで何も言葉を返してはいない。邪魔な毛先を払ってやると、剥き出しになる白い首筋。浮かぶ筋をなぞるように指先が滑れば、擽ったいのか僅かに身体を跳ねさせて。その様に、ゆるりと口角が上がる。
急所であるその場所をさらけ出しながらも身を預けられているという優越感。支配欲、征服欲が満たされた、と言った方が正しいか。人畜無害を装いながらも、長く続くイタリアンマフィアのボスなんてものに就任した男にとって、背後を取られることも、急所を無防備に晒すことも、更には無遠慮に触れられることも、本来ならば避けるべき事柄であるはずだ。いくら超直感という一種の予知に近い能力を有していても、ゼロ距離でぶつけられる攻撃に対して万能ではないのだから。
「折れそうだね」
「折らないでくださいよ!?」
軽く浮かされた頭部はやんわりと押さえ付けて元の位置へ。一応はクッション代わりに書類の山を敷いてやっている。強引に押さえ付けたってよかったのだろうが、それでも優しくしてやったのは、何となくそんな気分であったから。押さえ付けるために置いた手でゆっくりと頭の形を確かめる。ふわふわとした毛に隠されている場所は、思ったよりも小さく。
「……ねえ、中、ちゃんと詰まってる?」
「何なんですかさっきから」
詰まってますって、と続く声はどこか情けない。髪をかき乱しながら滑らせた手のひらで、固く緊張する首筋を辿り、肩をなぞる。ぐ、と力を込めても反発すらしない鉄板のようなそれ。それでも構わずにぐうと押さえ込めば、あ゙ー、と声を漏らしながら少しずつ身体から力が抜けていく。自由を明け渡されたことが、ひどく心地好い。
「ほら、服脱ぎな」
「何で!?」
二度目の浮上は強引に押し戻す。何枚かの書類が皺になったような気がするが、知ったことではない。動く彼が悪いのだから。
「シャツが皺になってもいいのなら、そのままでもいいけど」
「この体勢で、どう脱げと」
「ボタンを外したらすぐでしょ」
ぶつぶつと何事かを呟きながらではあるが、おとなしく手を動かしているご褒美だ、と、こめかみの辺りをぐりぐりと押さえ回してやる。んー、と零される声にこちらのきぶんもよくなり、そのまま額、頬など顔の形を辿る。指先に触れる肌は随分と滑らかで、世の女性達がきっと羨むだろうな、と考える。その辺の石鹸で適当に顔を洗っていた時代もあったようだけれど、いつ頃からか、ボスたるもの身嗜みにも気をつけろと、洗顔料、化粧水、乳液に美容液まできっちりとカスタマイズされたと聞いている。誰に、とは今更確認するまでもない。
ボタンを外し終わったらしく、もぞもぞと蠢く身体にまとわりついているシャツを引き抜いてやる。来客用に設置されているソファに放り投げてから、改めてその体つきを見る。炎があるとはいえ、己の身ひとつで敵に向かう武闘派だというのに、筋肉が付きにくい体であるらしい。特に晴に属する面々と裸の付き合いをすることは気恥ずかしくなる、とはいつの言葉だったか。炎の属性が絡むのか、或いは偶然にも彼らの趣味嗜好と体質が合致しただけなのか、いわゆる「肉体美」とはこのことだと言わんばかりの面々が多いので。もっとも、よく世話になっている家庭教師様は本職がヒットマンであるからか、いくらか「スリム」である。が、何しろ第一印象が「赤ん坊」であったので、その当時から比べると随分と立派に育ってしまっているおかげで目のやり場に困るらしい。なお、その表現はやめろ、と銃口を向けられていた。
いつもきっちりと着込んでいるからか、肌の色は随分と白い。適度な室温に保たれているとはいえ、それも衣服があってこそ。薄っぺらい鎧を剥ぎ取られて縮こまろうとしている肩に触れると、もう僅かに冷え始めている。
「……ちゃんと食べてるの」
「割とガチトーンで言わないでください」
筋肉でも贅肉でも、どちらでも良いからとりあえず肉をつけるべきではないかと。どちらの場合でも運動には存分に付き合ってやるというのに。もちろん、腑抜けた動きをするようであれば容赦なく噛み殺す。
ゆっくりと撫でるうちに少しずつ熱が移る。手当て、とはよく言ったものだ。心地良いのか、ぼんやりと身を預けるその横顔は、完全に気を抜いている。ぐ、と首の付け根を押してやると、痛むのか僅かに表情が歪んだ。
「どう?」
「いい、ですけど」
「けど、なに」
ちょっと怖い、と素直にも口に出してくれた男のために、加減していた力を強めてやる。隠したところで意味がないからと即座に表へと出す潔さは好ましいが、それとこれとは話が別なので。
「別にこんな方法で寝首は掻かないよ、つまらない」
どうせやるならば全力で真正面から噛み殺しにかかる。こんな騙すような方法なんて、どこぞの霧でもあるまいし。
押さえる場所を少しずつ移動させていけば、ここが良いのだと強請るように相手も小さく身動ぎをする。そこで動くな、と言うほどに狭量ではない。これでも、労わる気持ちは持ち合わせているが故の気紛れであるのだから。ベストコンディションの小動物を味わうための下準備だと思えば、なんの苦でもない。
「ほら、身体は解してやるから早く書類を終わらせなよ」
「なんなんですかほんと、暇なんですか」
「暇だよ、暇。だから早く相手しな」
「そういう人、でしたよね。知ってましたけど」
害意がないことさえ理解すればあとは従順だ。組織の頂点に立つ男としてどうなのかと思う部分はあるが、長いものには巻かれろ、を素直に実践する男である。度重なる理不尽のせいで諦めが良くなったのだ、とは本人の言葉であるが、その理不尽が度重なる前からそうなのだということ知られていないとでも思っているのか。
だらりと力を抜いた姿にボスとしての威厳はない。まだ若いというのに凝り固まった肩の持ち主。いっそ哀れになってくる。加減すれば心地良さしか与えない指圧に眠気が訪れたらしく、いくら守護者とはいえここまで身を預けられてしまうとどこかむず痒かった。
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