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二次log

 寝坊に気がついて、慌てて飛び起きた。
 気分としてはそんな感覚だった。慌てすぎてベッドから転がり落ちてしまったのだけれど、幸いなことに誰にも見られていなかったので、そのまま「なかったこと」にしてしまう。転落の衝撃のおかげで目はしっかりと覚めた。寝坊もなにも、己はもう時間に縛られることのない存在となってしまったというのに。心臓が痛い。
 己の掲げていた正義との乖離に苦しみながらも、同じく苦しんでいた幼馴染と支え合いながら「仕事」に打ち込んだ日々。未熟であることは誰よりも分かっていて、だからそこ、細心の注意を払っていた。筈だった。
 潜入捜査官であることがバレてしまったということは、きっとそういうことなのだ。何がきっかけとなったのかも分からず、悔しさと焦りに追い立てられながら駆け抜けた夜の路地裏。暗闇の中に残していかなければならない幼馴染のことが気掛かりで、この失態が彼を追い詰めやしないかと不安ばかりが広がっていく。挽回が不可能である以上、己に残された道が「仲間」の存在に気付かれぬよう離脱することであることは明白だった。
 古巣へと戻るか黄泉路へと進むか。そんな分岐点に第三の道を突き付けられたことには驚いてしまった。ウイスキートリオだなんてふざけた呼び名のワンセット。その全員がNOCであっただなんて、そんな判定の甘い組織に自分たちは手こずっているのか、と。
 呆然とし、そして気が抜けてしまったその一瞬に響いた足音。どこか焦った様子で振り返った男の姿に、それが望まぬ来訪であることを悟る。
 組織への接触方法にさえ目を瞑ってしまえば、諸星大――いや、赤井秀一という男は優秀な捜査官であった。共に組んで行動するのだからと念入りに調べあげたにもかかわらず、尻尾を掴ませてはくれなかった。幼馴染は決して認めようとしなかったのだけれど、狙撃技術は勿論のことながら接近戦もこなし、頭の回転まで早い「ライ」と組んで進めた仕事は、随分とやりやすかった。彼が裏側の人間であるだなんて、と考えていたのが自分だけではないことを知っている。
 だからこそ、殺されるのであれば「ライ」が良かった。更なる高みへと登るために己の屍を使うのならば、それはライでなければならないとすら思えた。バーボンにだってスコッチを殺すことはできるのだけれど、それは降谷零が諸伏景光に殺されるも同然のことで、赤井秀一であれば諸伏景光と心中をしてくれないのだろうという確信があった。
 近付いてくる足音。
 そして、銃声。

 未だ夢に見る最期の場面は、いつだって心臓の痛みを伴っている。一種の幻肢痛とすら言えるのかもしれない。悶え苦しんだところで、原因の一欠片ですら見つけてもらえやしない。それでも構わなかった。この痛みこそが生きていた証で、己の罪で、罰で、自己満足の贖罪だった。
 床に転がったまま、ベッドを見上げる。戻る気にはなれなかった。久しぶりに顔を合わせた幼馴染は、随分と忙しそうだった。一緒に眠り始めたのが一時間ほど前のことであるはずなのに、その姿がベッドの上どころか部屋のどこにもないことを分かっている。仕事を手伝ってやりたいのに、何もできない。ああ、心臓が痛い。
 ゆっくりと起き上がり、玄関へと向かう。いつの間にか置かれるようになったクッションの上で丸くなり、そして瞼を下ろす。疲れ切って帰ってくる彼をすぐに出迎えてやることは、今の自分にできる数少ない仕事のひとつだった。以前よりも体力の落ちてしまったこの身体では、彼と過ごすことのできる短い時間ですら耐えきれずに寝落ちてしまうことがある。不在の間は寝て過ごすこともまた、仕事のひとつとしてカウントすることを許してほしい。

 耳に届いた足音に、一瞬で覚醒する。近付いてくるそれが誰のものであるのかを知っている。二度と違えてはならぬそれが扉の前で止まる。そして。

「アン!」

 おかえり、と言いながら駆けて身を寄せる。血や硝煙の臭いはせず、むしろ香ばしい匂いが残っている。今日はポアロで平穏な時間を過ごすことができたらしい。
 ただいま、と返ってくる一言で胸がすぐいっぱいになる。血を流していた傷痕が埋められて、痛みは喜びにすりかわる。ああ、今日も幼馴染は生きている。

 心臓を弾丸が貫き、そして黄泉路へと歩を進めたあの夜。振り返って目にしたのは、闇に差し込む光だった。己が選択を誤らなければ、傍に在り続けたはずのものだった。それは紛れもなく己の失態だった。
 すぐに闇へと沈んだせいで詳細は分からないのだけれど、あの夜に死んだのは己の存在だけであったようだ。赤井秀一がうまく立ち回ってくれたらしく、降谷零は生きていた。
 諸伏景光は、降谷零を道連れにしなかった。それが救いでも何でもなかったことに気がつくことができたのは、この小さな命に生まれ変わって、そして幼馴染と再会してしばらく経ってからのことだった。
 あの廃ビルの屋上で、引き金を引いたのは諸伏景光だった。それがライの所業へと変わっていて、ライがスコッチを殺したことをバーボンは、降谷零は怒っている。ライが組織でのしあがるために偽ったのだ、と考えていたのだけれど、あの夜を夢で繰り返す中で気がついた。
 スコッチにも諸伏景光にも後はなくて、だからこそライに追い詰められ、赤井秀一が手を差し伸べようとしていた。バーボンが駆け回り、そして助け出そうとしてくれていた降谷零の足音が、引き金となった。
 それを引くことを選択したのは諸伏景光ただひとりの失態であるというのに、それで納得するはずがないのが降谷零という男であることをよく知っている。誰よりも守りたかった男を殺してしまうところであったのだということを、赤井秀一がすくいあげてくれたのだということを、随分と後になってから理解した。
 スコッチを殺したのはライであるとすることで、諸伏景光を殺したのは降谷零ではないのだと。
 スコッチを殺したのは諸伏景光で、諸伏景光を殺したのはスコッチだった。当人としてはそんな単純な話で終わったはずだったのに、とにかく面倒に拗れた話へと変貌していた。そんなに背負うなよ、と言ってやりたい。降谷零も赤井秀一も、諸伏景光の失態を背負わなくて良かったのに。それができないからこその、彼らなのだろうけれど。
 気にすんなよ、とは言えない。言えなくなってしまったし、真っ先に離脱したやつが何を言っているんだとすら言われそうだ。だからこそ、今はただ穏やかな日常の一部分として、降谷零に寄り添っている。いつか彼が優しい嘘に気がついた時、諸伏景光が降谷零を殺してしまわぬように、この小さな命を使うと決めたのだ。
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