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二次log

主へ

 君がこれを読んでいる、ということは、僕は無事に修行へ旅立つことができたのだろうね。手渡しをしたのか、置いているものを君が見つけたのか。今、これを書いている段階では未来の僕がどのような選択をしたのかが分からないのだけれど、無事に君の手に渡ったようで安心しているよ。
 時の政府も頭が固い。修行に必要な旅装束、旅道具、手紙一式は彼らが指定したものに限るだなんて。報酬をぶら下げることで戦果を挙げさせようだなんて、全く雅じゃない。それに釣られる主も主だ。勿論、君のことも含めているからね。連隊戦だって、修業道具が報酬にあることを確認していながら手を抜いていただろう。それが僕の、歌仙兼定の修行が認められると分かった瞬間に、鬼気迫る陣形へ早変わりだ。
 大器晩成型の槍や薙刀をのんびりと育てるために組まれた部隊は解体。第一部隊は確実に進軍できる面々で構成されて連隊戦へ、第二部隊、第三部隊、第四部隊は遠征へ休む間もなく出陣だ。君は、連隊戦の意味を分かっているのかな。控える部隊もなく第一部隊のみで片をつけろ、遠征部隊は小判を拾って来い。言葉にはされなかったけれど、皆が感じ取っていたからね。急に方針が変わった出陣形態に、不平不満もなく従ってくれる仲間たちで本当に良かった。思うところはあれど、今はまだその時ではない、とね。そうだな、僕が居ない間に彼らの小言を聞いておくといいよ。明らかに僕の修行が理由の変更だったからね。僕の目の届く範囲では口にできなかっただろうから。
 さて、前置きはこの辺りでやめておこうか。本当は旅先から三通の文を送ることが習わしだけれど、出立前に残す文があってはならない、という決まりもないからね。僕が過去の主たちと向き合う前に、そこで何かを掴んでくる前に、今の主である君とのこれまでに向き合っておこうと思う。

 僕が君に選ばれたのは三年前。満開の桜に見守られながら君に顕現されたあの日が、僕にとって、そして君にとっても始まりの日だった。
 人の身体に慣れないまま単騎で出陣を。当然のことだけれど重症で帰還した僕を、震える手で手入れしていた君も、今では本丸を率いる立派な主となった。敵も強くなり、どうしても無傷では帰還ができない。それでも、必ず直すからと戦場へと送り出す毅然とした態度が、僕はとても好ましく、そして誇らしい。右往左往してばかりだった頃を知っているからかもしれないね。
 鍛刀は、本丸の運営がある程度軌道に乗ってから。こんのすけが言うままに初めての鍛刀を行って今剣を迎えた君が宣言したその言葉は、あの日を除いて破られることがなかった。戦場で未顕現の依代を拾ってくるよりも明らかに効率が良いだろうに、同期の本丸がどんどん大きくなっていく様を見続けながら、君は決してぶれなかった。人の身体に慣れない面々の面倒を見切れないからと、掲げられた理由に納得していたしね。その芯の強さは僕も認めているのだけれど、ほんの少しだけ、後悔しているんだ。
 ある程度軌道に乗ってから。
 便利な、そして曖昧な言葉だった。文系を自称する僕が、それに気がつくべきだった。いつまでその方針を貫くのか、明確な到達点があるわけではなかったから君も切り替える時を見いだせずにいたのだろう。僕たちが強くなると同時に、敵も強くなっていく。どうしたって短刀や脇差、打刀が主軸となるものだから、太刀や大太刀を見つけた時には大喜びで本丸まで持ち帰ったものさ。敵の本陣へと切り込むことがどうしても難しくて、納得のできる戦果を残すことができなくて、それでも、意地になっていたのだろうね。
 苦しんでいるとはいえ、自らの課した縛りのことだ。戦果にさえ目を瞑ってしまえば、本丸内における関係は良好だった。当初の狙い通りに緩やかな増員が功を奏し、大きな問題もなく皆が人の身体に慣れていくことができたから。だから、僕たちは見守ることを選んだ。本丸の運営が軌道に乗ってきたんじゃないかと進言しても良さそうだけれどね、と話してすぐのことだったように思う。今剣が、君の懐刀であった彼が、折れてしまったのは。
 本当は、撤退をさせるつもりだったんだろう。それでも、君が戦地へと送ったのは進軍を指示する信号だった。気がついた時には遅く、撤回をする前に敵に見つかってしまった。ああ、聞こえていたとも。君の祈る声も、泣きそうな声も、そして、静かに泣く声も。
 折れてしまった今剣を抱えたまま、君が真っ先に向かったのは鍛刀部屋だった。これまで、資材は手入れにしか使ってこなかったからね。共に出陣していた、怪我をして帰ってきた隊員への手入れよりも先に、君は鍛刀部屋に閉じ籠ってしまった。それまでの君の、主として成長してきた君の姿からは考えられない行動で、それでも、僕たちは何も言えなかった。
 これまでは手入れにしか使用してこなかったから、資材は山のようにあった。同じ存在ではないけれど、それでももう一度、降りてきてくれますように。祈りが届いたのは資材の山が半分になる頃で、二振り目の彼を連れて出てきた君は、怪我を放置してしまったことを謝りながら手入れをしてくれた。謝るべきは僕たちの方で、君の懐刀を守り切ることができなかった不甲斐なさ、悔しさが胸の内で暴れまわっていたよ。それでも、彼が折れてしまったことを、ただの「悲しいこと」で終わらせてはならない、という思いは君も同じだった。
 慣れからの慢心を、身を以て正してくれた懐刀。立ち直るには時間がかかるだろうけれど、戒めたる二振り目の彼を懐に抱き戦い続けていく。
 その言葉通り、まずは短刀を戦地に出すことが減った。撤退を命じることが増えた。そんな時期を本丸中が必要なことだと受け入れた。もう一度、立ち上がるために。前を向いて戦うために、それが君に必要なことだと分かっていたから。君がただ臆病風に吹かれているわけではなく、己の心と向き合うために必要な時間だと知っていたから。二振り目の今剣が一振り目の彼よりも強くなる頃には、君も歩き始めていたね。
 夜の京都が戦場となり、短刀が有利に活躍できると知れば迷わずに出陣を命じるようになった。多少の傷では撤退を命じなくなった。折れてしまったところから足掻き、そして強く成長した主のことを、僕たちはもう誰一人欠けることなく守り抜く。君の嘆き悲しむ姿は、もう見たくないからね。
 政府が本霊と何らかの取引を交わしたのか、鍛刀によって希少な四振りが顕現する確率が上がった、という通達はいつの頃だっただろう。短刀の多くは粟田口派。本丸の創成期から縁の下の力持ちとして世話になった彼らを、長兄たる一期一振に会わせてやりたい。そんな思いから、長く続いてきた鍛刀をしないという縛りはようやく解除されたっけ。すぐに表示された三時間二十分の数字に喜んで、やってきたのは鶴丸国永。続いて江雪左文字、鶯丸。物欲せんさあ、と言うんだったか。肝心の一期一振はどうしても来てはくれず、結局、政府の定めた期間を過ぎてから本丸に降り立ったことをよく覚えているよ。求めてくれたこと、弟たちのことを思ってのこと、嬉しく思いますがここまで資材をつぎ込まなくとも、という苦言と一緒にね。
 京都を駆けまわっている最中、政府から「極」というものが解放されると通達があった。強さの上限を解放し、更に強くなるための制度である、と。初めは短刀から、というそれに、君が悩んだのは一瞬だったね。
 今剣を修行へ送る。
 鍛刀によって初めて降り立った懐刀。最初で最後の折れた刀で、唯一の二振り目。短刀はどうしたって体力がなく、身を守ってくれる刀装を持つことのできる数も少ない。もう二度と折れないように、彼の修行を始まりとする。
 始めこそ皆が見守っていた二振り目だけれど、もうそんなことを感じさせないくらいに強くなっていた。夜に戦場を率い、敵を屠っていく姿を誰もが目にしていたものだから、そして主が今剣に抱いている思いも知っていたから、不満なんて誰も持っていなかったよ。もっとも、当の今剣は悩んでいたようだけれどね。彼は己が二振り目の懐刀だと知っていた。だからこその「特別扱い」ではないか、と。
 勿論、君は知らないだろう。その背を押したのは、僕だからね。初期刀たる僕や数多の一振り目に負い目を感じるのであれば、それはお門違いだ。初期刀という、主に選び取られた唯一という「初」以外、この本丸では全ての「初」を今剣という刀が得てきた。初鍛刀、初どろっぷ、検非違使が初めて落としたのも今剣だったか。そして、初めて折れた唯一の二振り目。数々の「初」に拘っていない、と言えば嘘になるけれど、それでも、初めて修行へと送り出す存在として相応しいと誰もが認めているというのも事実なのだから、とね。そうでなければ、既に修業が認められる立場にあった五虎退が黙ってはいないだろうとも。彼はどうしたって泣き虫の印象があるけれど、それでもこの本丸では夜を駆けまわる主戦力の一振りだから。
 本丸中の期待を背負った彼を送り出した後で、君は僕にだけ謝ったね。修行は顕現した順に、つまりは初期刀から、という方針を打ち出した本丸のことを知っていたから。その時に納得しているし不満はない、と言った僕の言葉は本当だよ。本当だけれどね、ほんの少しだけ、小匙の半分にも満たないくらいの嫉妬や羨望が無かった、とは言えない。嘘はつけないからね。その事実を今、初めて告白しよう。
 だって、僕は「初期刀」だもの。君が選んで、君が、本丸が弱かった頃から共に歩んできた。今剣が懐刀であるとするならば、僕は愛刀である、と自負したっていいだろう。違う、とは言わせない。君が皆を大切に思っていることは知っている。知っているけれど、それでも新たな戦場での先鋒を任されるのはいつだって僕だった。困った時の第一部隊隊長は僕で、長く近侍を務めているのも僕。つまりはそういうことだろう。
 そんな僕よりも先に修行へ旅立つ懐刀がね、ほんの少しだけ羨ましかった。だって、修業は強くなるためのものだ。僕よりも強くなって、そして僕よりもずっとそばで主のことを守ることができるのだろう。始まりが短刀から、ということは次に脇差、打刀はその次だろうから。実際にそうだったしね。まあ、打刀の中でも初期刀と呼ばれる僕たちが最後になってしまったのは誤算だった。
 今剣の次に修行へ旅立ったのは、にっかり青江だった。脇差の中で最初に本丸へ来たのは堀川国広だったけれど、偵察を得意とするにっかり青江が部隊を率いることが多かったからね。彼が旅立ったことで、ほんの少しだけ不安になった。君が、修業へと送り出す順番として顕現順に拘らないということが実証されてしまったわけだからね。打刀の中では僕が一番強いのだけれど、それだっていつ覆るか分からない。打刀の修行が順に解放され、情報が出る度に「ああ、今回は違うのか」と思ったものさ。己でないのか、という落胆と、主が僕よりも先に修行を認めるのは君じゃないのか、という安堵と。嫉妬、というのは醜いね。けれど、止まらない。うちの本丸にはいないけれど、源氏の重宝たる一振りが鬼に転じてしまうと口にするのも分かる気がするよ。
 だからね。
 僕の修行が認められそうだという噂が流れた瞬間に、君が出陣の方針を変えたこと。本当に嬉しかった。一応、外聞があるからね。ただ一振りのために無茶な出陣を繰り返すこと、寝る間を惜しみ、ため込んでいた小判で通行手形を買い、集める蛍が三倍や十倍になるという不思議な虫籠を買ってまで修業道具を揃えようとする姿を咎めはしたさ。これまでの政府による企画でも、修業の道具は報酬として用意されていただろう。それを真面目に取り組んでこなかったツケ、なわけだからね。まったくもって雅じゃない。
 これに懲りたら、次はちゃんと取り組むんだよ、と言った僕に君が言い返した言葉。一言一句、忘れることはない。戦場で誉を取った後だったから気付かれていないと信じているのだけれど、いつもよりも多い桜に君は気がついてしまっただろうか。

 だって、今、必要なんだから。
 歌仙が、うちの初期刀が、やっと修行に行けるんだから。

 旅装束と旅道具は手配ができそうだけれど、もしも手紙一式が間に合わなければ愛用の筆記用具を渡すからそれで行ってきて、なんて。旅先で見つけた「これだ」というものを、心に触れたもの、心動かされたもの、心に響いたものを、送ってくれたらいいよ。何が好きなのか、何を選ぶのか、何を見せてくれるのか楽しみにしているよ、なんて。
 君の愛用する筆記用具、に少しだけ心は揺れたけれど、それでもね、仮に政府がそれを認めたとしてもね、僕は断るだろう。旅先で文をしたためるのには、僕の愛用する筆記用具を持って行くよ。君に贈る文だから、君の手を煩わせるわけにはいかないさ。僕が旅先で選んだ品に、という案は採用させてもらうけれどね、連れて行くのは長く使ってきた筆と硯となるだろう。文系を自称する僕に、君が初めて贈ってくれたものだからね。きっと、それが相応しい。

 任務によっては、長く本丸を開けることもあった。それでも、不安になるものだね。きっと、到達点が見えていないからだ。修行の旅へ出ることによって、過去の主と向き合うことによって、僕が何を得るのか。それによって、どう変わるのか。
 その変化は決して悪いものではないだろう。それでもね、長く連れ添ってきた僕の変化を、君は受け入れてくれるのか。君と過ごしてきた時間が長いからこそ、の贅沢な心配だと分かっているのだけれどね、それでもどうにもならないのが「心」というものなのだろう。
 君のことだから、僕のことも笑顔で送り出したのだろう。出迎える際も、笑顔で迎え入れてくれるのだろう。それだけでいい。ここが変わった、あそこが変わった、なんて思うところも確かにあるだろう。それでも、ただ最初の第一声だけは、笑顔で「おかえり」と。それだけを支えに、僕は過去と向き合おうと思う。
 変わってしまった僕とどう付き合うのか、それはまだ分からないだろう。それでもね、もう一度、新しい気持ちで先へ進む良い機会だと思っているよ。これまでぶつかり合いながら歩いてきたように、これからもぶつかり合いながら先へと進んで行けることを、切に願っている。

  二〇一八年七月十六日
   歌仙兼定
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