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二次log

 主は、どうも癖のある霊力を持っているらしい。
 そのことに気がついたのは、本丸にもある程度の刀剣男士がそろい始め、重なってしまった存在を錬結に回すまでの余裕ができてからのこと……いや、正直に言おう。本当は、薄々感じていた。それがはっきりと表面化した事件が、錬結の際に起こったのだというだけで。
 出陣可能な戦場では未だ打刀を拾うことができず、また、日々の鍛刀も手入れで必要になるであろう資材の残量を考えると最低限で回すことになる。となれば、自然と短刀ばかりが集まるのは当然のことであった。皆もある程度育ってきたことだし、そろそろ脇差を狙って鍛刀してみるのも悪くはないね、などと話しながら錬結を行ったのが悪かったのであろうか。初鍛刀によりやってきた今剣は、その後しばらくの鍛刀や戦場の周回によってやってきた同位体を錬結されることが多かった。もう、慣れた「作業」となってしまっていたのだろうか。その慢心が悪かったのだろうか。
「うわぁ、きれいな光だ……!」
 その日、顕現して初めて己の身で錬結を受けた五虎退は、自身に同位体が光となって吸収される様をきらきらとした目で見つめていた。本体たる五虎退につられてか、同じく光を眺める仔虎の眼差しが――十対。十対である。
「これで分かったかい、主。僕の忠告は正しかっただろう」
「かわいらしいですが、まだ、うちには養うよゆうがないですからね!」
 増えた仲間の数に目をぱちくりとさせながら、まあ良いかと言わんばかりに戯れ始めた十匹の仔虎。彼らに囲まれた五虎退が、決して彼は悪くないというのに泣きそうになっている。予め「もしかすると」を伝えていたのが良かったのかもしれない。そうでなければ泣いていただろう。初期刀であるという矜持故に堪えているが、歌仙だって泣きたい。
 錬結に立ち会っていた今剣は、しゃがみ込んで一度に三匹の仔虎を抱き上げる。彼の頭は、今では歌仙の肩と並んでいた。始めは歌仙の胸の辺りまでしかなかったというのに、子どもの成長が早いのは良いことだ。平安爺だけれど。本丸に顕現している刀剣男士のなかでは最高齢だけれど。
 今剣は身長が伸び、五虎退は眷属たる仔虎の数が増えた。この現象が発生するのは今のところ同位体を錬結した場合に限られているらしいことが、ようやく判明したところである。初めて錬結を行ったのが今剣であったので気がつくのが遅れてしまったのは悪手だった。だって、じわじわと身長が伸びるのだ。そもそも、人型を得たとはいえ本体は刀。本体の大きさで人型の大きさも決まっているようなものであるから、まさか「身長が伸びる」なんて現象が起こるとは思ってもみなかった。おや、慣れてきたのか今剣の話し方も舌足らずさが抜けてきたな、などと呑気に構えていた。さいきんは上の棚のものにも手がとどくようになったんです! と誇らしげな言葉を聞いて、これはおかしいぞ、とようやく気がついた。
 あらためて向きあい、その目線が己と近くなっていることに気がついて、さてどこの柱に傷をつけようかと現実逃避をした歌仙は悪くないはずだ。子どもの成長は早いもの。日々の記録を柱の傷で目視できるようにすれば――いや駄目だ。本来は「成長」しないはずの存在の「成長」を受け入れて形に残すだなんて、そんなことをして良いはずがない。
 事を重く考えた歌仙兼定が初期刀で、事を軽く考えた今剣が初鍛刀で、きっと両者の均衡はうまい具合に保たれていた。今剣自身が不具合を感じておらず、むしろ、手足の届く範囲が広がったことによって日常生活における不便が減ったのだと笑っていた。それが戦場においても役立てばよかったのだが、その点については要経過観察と言ったところか。伸びた手足のせいで間合いが変わってしまうらしく、多少の戸惑いがあるようであったから。そんな戸惑いも、力で押し切っていたけれど。いまなら岩融にだって腕相撲でかてそうです、と胸を張っていた。夢が大きいのは良いことだ。……きっと、夢で終わる。終わってくれ。あっさりと勝てるようになってしまっていたら、いつかやって来るであろう岩融が泣いてしまう。
 身長が伸びたことで偵察はしやすくなったようだけれど、隠れることは少し苦手になっていた。身体が大きくなったことでできるようになったこと、できなくなってしまったこと、その釣り合いを取り切る前に身体を成長させてしまっては余計な傷が増えるだけだからと、どうして成長してしまうのかを政府に問い合わせようという話になったのは今剣が重傷で手入れ部屋に入った回数が二桁を超えた頃のこと。しかし、それを止めたのは今剣自身であった。
 多分、原因は同位体。身体に入ってくる感覚が明らかに違うから、多分、絶対そうだ。
 要約するとそんなことを口にして、多分なのか絶対なのか、どちらかに統一しろと歌仙が苦言を呈したのが今朝のこと。であれば確認をしてみようかと話し合い、主による全力の推薦により選ばれたのが五虎退であった。推薦の理由を決して話そうとしなかったのだけれど、連結の結果を目にした表情を見た今ならば分かる。あれは、期待していた。もふもふ癒し要員が増えることを期待していた。五虎退の身長が伸びずに仔虎が増えたのは、主のそんな想いが理由だろう。邪念、とは言わない。もふもふは正義なのだ。
 まずは、五虎退に五虎退以外の刀を錬結してみた。十回ほど精密に身長をはかり直したけれども身長は伸びていなかった。今剣、という刀に理由があるのかもしれないという考察から、今剣自身がこっそりとため込んでいたらしいものまで錬結してみたけれど、結果は変わらなかった。岩融! かたぐるま! という悲痛な叫びは黙殺した。岩融を肩車できるほどに大きくなってほしくない。子どもには、いつまでも可愛らしくいてほしいので。
 ここでようやく、五虎退の同位体が登場する。といっても、どこかわくわくとした様子で主が五振り持ってきたので、すぐさま今剣が四振りを強奪した。曰く、やっと身長が並んだ気がするので、一気に大きくなられてしまっては追いつけないではないか、と。主はどこか残念そうだったけれど、確かに、本丸にあった今剣の同位体は全て五虎退に錬結されてしまっている。歌仙には懸念していることもあったので、今剣の追撃をする。一度に成長しすぎては、身体を慣らす時間がかかってしまうだろうから、と。主の耳には加えて今剣の悲痛な叫びが残っていたので、僅かばかりの良心が痛んだこともあって五虎退に錬結される同位体は一本のみとなった。
 そろそろ脇差を狙ってみたいね。脇差はどんな「成長」をするんだろうね。その前に歌仙の「成長」も見てみたいな。
 そんな主の戯言を聞き流しながら、歌仙は考えていた。錬結の結果の成長は、五虎退に現れるのだろうか。それとも、仔虎に現れるのだろうか。そして結果は御覧の通り、である。

 今剣はどこまで伸びるのか、五虎退の仔虎はどこまで増えるのか。他の仲間たちはどんな「成長」をするのか。そして己はどのような「成長」を見せるのか。
 少し心が躍ってしまうあたり、歌仙もまたこの主によって顕現された刀に違いなかった。
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