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花人

 あ、と漏らした声が綺麗に重なってしまったことによって、二人の感性が同じであるのだということを知る。もしかしたら微妙にずれてしまっているのかもしれないのだけれど、少なくとも、今、目前に広がっている場面については。
 年齢指定映画、というと「イカガワシイもの」を想像されてしまうのかもしれないのだけれど、黒尾がレンタルで借りてきたのはどちらかというならば凄惨な映像だった。血が出て、肉が落ちて、そんなスプラッタ映像だから年齢制限が掛かっているのだというお話。
 いくつかランク分けされているうちのどれを黒尾が持ち込んできたのか、ということについては明言を避けておくが、熱心に部活動に打ち込んでいるからか発育良く育ったその身体を以てすれば年齢確認などきっと受けなかったに違いない。孤爪は黒尾の一つ下だという実際の年齢を抜きにしても、年齢確認のできる身分証の提示を求められたはずだ。いつまでたっても真っ直ぐに他人と目を合わせることのできない挙動不審さが、それに拍車をかけて。
 内容が内容だからか、思わずといった様子で漏らしてしまった言葉以外には余計な音が介在することなく、これまでにも繰り返し多くの人間の前で繰り広げられたのであろう凄惨な事件の再生は幕を閉じた。
 一人の女を愛した男が嫉妬に狂って事件を引き起こす、そんなラブストーリーだったのだ。少なくともその男にとっては。人間がどこでどう狂ってしまうのか、そのきっかけがどこに転がっているのかなんて誰にも分からない。
「研磨、感想は」
「生きてる人間が一番怖い」
 だよな、なんて軽く口をしながら黒尾はいそいそと次のDVDをセットしている。お財布事情を考慮して、全てが当日返却らしい。その状態で、五作品。一つが二時間であったとしても単純計算で十時間。翌日の開店前に返却ポストへ放り込む、という戦法を取るにしたって手際よく回転させていかなければならないのだから、目前の男は一体何を考えているのだろうと思った。それが三時間ほど前の話である。
 砂を吐くとはこのことか、と思いながら王道のラブストーリーを視聴し、血肉と嫉妬にまみれた邪道なラブストーリーを視聴し、そして今。どちらも一時間半ほどであったから連続で見たものの、そろそろ休憩を挟みたいというのが孤爪の本音であった。
 朝から今日はゲーム漬け、なんて計画を立てていた孤爪の邪魔をしたのは黒尾が家を訪れた際に鳴らしたチャイムであった。
 時刻は午前十時三十分。開店に合わせて自転車を飛ばし借りてきたのだ、と五枚のディスクを扇のようにして見せる黒尾が何を言いたいのかは分からなかったものの、止める間もなく部屋へと上がられた時点で嫌でも理解させられた。成程、このお節介な幼馴染は一人で留守番をする孤爪が寂しくないようにと気に掛けてくれているらしい。
 親戚に不幸があって、しかし遠方であるせいでほとんど関わりのない相手であったからと両親は孤爪に留守番を任せて行ってしまった。だから誰にも咎められることなく一日中ゲームをできると考えていたのに。
「クロ」
「セットするだけだから」
 何も言わなくたって孤爪の願いは通じていたらしい。続けて食欲の有無を訊ねられるけれど、先程の映画の内容を抜きにしたって空腹感とは程遠い。ストレートにそれをぶつけると、次の映画の準備が終わったらしい黒尾は「台所を覗くからな」と一応は声を掛けて何やら探し始めた。
 暫く戸棚を開けたり閉めたりする音が続いていたが、やがて何らかの袋を見つけて手に取ったらしい音とその戸棚を閉める音を最後にして黒尾が孤爪の隣へと戻ってくる。その手には、ポップコーンの大袋。
「今日だけ、だからな」
 お腹なんて空いていない、という孤爪に合わせてのその選択は、確かに親の目があるところでは許されないものだろう。孤爪としては「お菓子だけどちゃんと食べてる」と言いたいところであるが、認められないのが世の常らしい。食事を抜いているわけでもないのに、理不尽な世界である。
 映画を見てるんだからポップコーンだろ、なんて楽しそうに口にする黒尾に対し、その大袋が母親のお楽しみ袋であることを伝えるべきであるか、孤爪は少しだけ悩んだ。買い物中に何やらビビッときたらしく、時間のある時にゆっくりと一人で食べきってみたいから置いておいてね、なんて言われたのが少し前のこと。けれど、今それを口にしてこの時間に水を差してしまうこともなんだかなぁ、と思ったので黙っておくことにした。両親が帰ってくる前に買い足してそっと戻しておけば、きっとばれないだろうから。

 他愛もない話をしながら、思い出すのは先の映像にあったワンシーン。自分を愛したせいで狂ってしまった男の為に、自らの首を差し出した女の姿。
 どこか幸せそうに愛する女の首を抱いた男の姿を見て、孤爪が重ねたのは幼い頃の黒尾だった。ぽとり、と落ちた孤爪のことなんてもう記憶に残っていなかっただろうに、愛おしそうにその落ちた花弁を撫でてくれていた。
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