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花人

 随分と久しぶりに、強い雨が降ってしまったと思った。恐らく、一学期が始まってからは初めての雨。満開に近付いてきた桜を目にして、花見を週末に控える人間も多いというそんな時期に、久しぶりの雨が降った。
 外で活動を行う部活動に所属している友人からは雨のたびに恨みがましいような目を向けられるのだけれど、室内競技だからといって雨の影響を全く受けないわけではないのだ。確かに、練習場所の確保には困らない。しかし、湿った空気が肌にまとわりつく感覚はどうしたって嫌なものであるし、練習場所が足りないからと追いやられてきた他の部活に体育館の一部を明け渡さなければならないことだってある。金田一にとっての雨とは、不快ではないけれども面倒事を運んでくるものであるという印象であった。傘に弾かれる雨の音、地に叩き付けられる雨の音は好きなのだ。まあ、水溜り等によって足元の状態が悪いことだけは気に入らないのだけれど。
 教室について真っ先に行ったのは、カバンの中のチェックだった。教科書やノートの類は机の中や部室のロッカーの中に置いてあるために問題は無いが、練習着をはじめとした部活で使うものは毎日持ち運んでいる。雨で濡れてしまっていたら放課後までに乾かさなければならない。幸いなことに弁当箱を包んでいた巾着だけは濡れてしまっていたが、その他のものは湿気ている程度に留まっていた。椅子の背にでもかけておけば、昼までには乾いていてくれそうなその状態に安堵した金田一の耳に、馴染んだ声が届けられる。
「タオル、貸して」
「挨拶もなしに何……どうしたんだよ、傘は?」
「あー、壊れた」
 挨拶もなくタオルを貸せと言い放つ友人に苦言を呈そうと振り返った金田一の目に飛び込んできたのは、床に水溜りを作ってしまうほどにぐっしょりと濡れそぼった情けない姿であった。肌に張り付いてしまったシャツが白いせいで、運動部員にしては、身長の割には線の細いその姿が猶更痛々しく映る。
 濡れていなくてよかった、と安堵したばかりのタオルを慌てて放り投げ、それだけでは飽き足らずに金田一はやや乱暴にそれを使って国見の身体を拭いていく。強く拭いすぎて冷えてより一層白くなってしまっていた国見の肌が赤くなってしまったのはご愛嬌だと許してもらいたい。
 痛い、痛いと嫌がりつつもされるがままになっていた国見は、窓の外を見てぽつりと漏らした。
「いたい、なぁ」
 何となくこれまでの「痛い」とは響きが違う気がしたけれど、金田一はそれに気付かなかったふりをした。
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