ぼくのかぞく
金田一勇太郎には同棲中の彼女がいるらしい。
そんな噂が当人の耳にまで届いたのは、大学に入って七か月目、夏休みも終わって後期の始まった頃のことだった。
「何でそんな話が……つか、いつからだよ」
昼食を終え、先程の講義で行われた小テストにおいて仲間内で最低点を取った友人が罰ゲームとして買ってきたお菓子を摘みながら、金田一は切り出した。大学内では女子と行動を共にすることなんて講義を除けば皆無に等しい金田一にとって、その噂の存在は正に寝耳に水。突然に姿を現した謎の存在であった。
金田一がそれを知ったのは、友人のうちの一人が「金田一の彼女」の存在を仄めかしつつ自身もそういった相手が欲しいと口にしたからである。そこまで言われたら、いくら鈍いと馬鹿にされ続けてきた金田一でも気付かないわけがない。しかしながら、きっとそれさえなければ皆の中で金田一は「彼女」と甘い生活を送り続けていたに違いなかった。
いつから、という明確な時期は誰も覚えていなかったのだが、少なくとも夏休み前から存在していたことは確からしかった。そして、恐らくは大学に入って三か月目辺り、お互いに新たな友人との人間関係を築いて慣れてきた頃、少し踏み込んだ会話もするようになった頃からだろう、というのがおおよそ正しいと思われる見解であった。
お前ら、彼女はいないのか。その問いに対する金田一の答えは、面倒な奴が近くにいるから今はいい、である。確かに金田一自身も言われてみればそう答えた記憶がないわけではなかった。勿論、それだけならば話は大きくならなかったのだ。火種は口にした金田一自身も忘れるような小さなものであったのだが、それを大きく燃え上がらせたのもまた、金田一なのである。
『今日はすぐ帰るから』
『俺が悪かったからいい加減にさ、機嫌直してくれよ』
『洗濯干すの忘れてて……了解、買って帰ってやるから頼んだぞ』
以上、ある日の金田一と「誰か」による電話でのやり取りを抜粋したものである。
電話でのそれは流石に回数が少ないものの、親密さを感じさせ、同じ家に暮らしている雰囲気を漂わせたそれは随分と印象に残っていた。金田一が実家通いであれば問題無かったのだろうが、幸か不幸か、彼が下宿生であることは仲間内では周知の事実だった。ともなれば勘繰りたくもなるものである。どうやら金田一は誰かと一緒に住んでいるらしい。どうも金田一の方が立場は弱いらしいぞ。惚れた弱みじゃないか。なるほど、奴は彼女と同棲しているらしい。これが、噂の原点であるらしかった。
そこまで言われてしまうと、金田一には確かに思い当たる節があった。彼女なんて可愛らしいものではなく、面倒な友人と同居していることは事実であるからだ。勿論、女ではなく男。金田一の中では当然のことであるそれを友人に説明したことがあったかどうか記憶を辿り、どうも口にしたことがないのではないか、という結論に至る。
当たり前のことでありすぎて説明しなくても分かってもらえていると思っていたのか、はたまた説明した気になっていたのか、とにかく、不可思議な噂の発端は自分自身にあったのだと金田一は納得した。原因が金田一自身であったとしても、それを邪推して広めてくれた友人たちにも非はあるのだろうが。その噂のせいで、金田一に訪れていたかもしれない春が遠ざかった可能性は否定できないだろう。
一人で納得している金田一を置いて、友人たちはお菓子を口に放り込む合間に好き勝手言い放題である。
「お前、頭が上がらねぇんだろ、そのクニミちゃんに」
「可愛いの? 一度、会ってみたいんだけど」
「俺らはちゃんと分かってるからな、照れずに正直に言えよ」
「お前ら全然分かってないからな。そもそも国見は男なんだから」
男、と金田一はここにきてようやく明言したわけであるが、数か月もの間、電話や会話の端々に現れる「クニミ」という人間が金田一の彼女、つまりは女性であると信じ切ってきていた友人たちからの視線は疑いの色を含んでいる。ならば本人の写真を見せてやろうではないかと金田一が画像フォルダを漁ろうとした時、タイミングよく渦中の相手から連絡が来た。
曰く、机の上にレポートがあるけど今日が締切だって言ってなかったか。
すぐに送られてきた写真には、確かに金田一が必死になって仕上げていたレポートが写っていた。国見と金田一は異なる大学に通っており、学んでいる内容も異なっている。とはいえ一方がリビングで資料を広げながら勉強をしていれば、暇ならばもう一方が手伝える範囲で手伝うという協力関係が成立していて、今回のレポートもまた国見の協力が無ければ終わっていなかったに違いないと金田一は断言できた。
そのレポートが何故、机の上に置かれた状態の写真として送られてきているのか。寝ぼけていたとはいえ忘れないよう、真っ先に鞄に突っ込んできたはずなのに。
嫌な予感がしてファイルの中を確認した金田一が見たのは、つい先日、新しい台所用品を買いたいと国見が持ち帰ってきたカタログであった。表紙は白地に白色の食洗機。日本の白物家電は世界でも高評価を得ている素晴らしいものであるが、そんな伝統色が仇になったと言えるだろう。
結局のところ、寝ぼけて確認もせずに鞄に突っ込んだ金田一の自業自得ではあるのだけれど、何かに罪をなすりつけて現実逃避をしていたかった。そんな金田一の様子を見て、友人たちは色々と察してくれたらしい。
「あー、どんまい」
「流石に取りに帰ってる時間はない、よな」
金田一の家は、大学から自転車でおよそ二十分のところにある。レポートを提出しなければならない講義は三限に控えているので、その開始時刻まで残り三十分ほど。急いだところで往復していれば授業に遅刻することは確実であった。
担当の教授は様々な面で厳しく、遅刻者に対して執拗に小言をぶつける姿はこれまでに何度も目撃されていた。レポートを取りに戻ることでその標的になることは避けたいのだが、しかし講義の初めに回収すると宣言されているそのレポートを回収の時点で出すことができなければ、受け取ってもらえるかどうかも分からない。そうなれば、あの眠い眠いと文句を言いつつも手伝ってくれた国見がどのような反応をしてくれることか。少なくとも今晩の夕飯は覚悟しておかなければならないだろう。
金田一と国見が異なる大学に通っていながらも同居しているその理由は、家賃が半額で済むことも理由の一つではあるが何より家事なんて全くしたことのない――言ってしまえばバレーボール以外には何もできなかった金田一の下宿生活を危惧した母親が国見に頼み込んだからである。強制的に一人暮らしをせざるを得なくなってしまった国見のことは金田一の家でも心配していて、母親は特に彼のことを気にしていたように思う。だから二人の通うことになった大学がそこまで離れておらず、中間地点に良さそうな物件があるのだと知った時に金田一を理由にして声を掛けたに違いない。そうでもしなければ、きっと国見は一人ぼっちの生活を続けていってしまうから。
理由がどうであれ、そのお蔭で金田一が助かっていることも事実であった。家事全般を国見に任せてしまっていて申し訳ないとは思うのだが、お前は台所に立つなと禁止令を出され、せめて掃除や洗濯くらいはと張り切ってみてもダメだしをされた上で「俺がやった方が尻拭いをしなくていいから楽だ」と言い切られる始末。金田一にできることといえば、とにかく感謝の言葉をことある毎に伝え、買い物における荷物持ちをする程度である。最近になってようやく、国見は金田一に買い物を任せてくれるようになった。金田一が野菜の良し悪しを判別できるようになったのは、少しでも国見の役に立てる人間にならなければと必死になって国見の行動を観察して覚えた結果である。
ともかく、生活の大半を国見に頼り切ってしまっている金田一にとって国見の機嫌を損ねてしまうことは死活問題であった。ドロドロの恋愛ドラマで聞くような「実家に帰らせていただきます」なんて言葉を口にされた時にはきっと下宿先でてんてこ舞いになって生活が破綻してしまうだろうし、聞きつけた母親によって制裁を加えられてしまうに違いない。きっと、友人たちが「金田一はクニミちゃんに頭が上がらないらしい」と判断した理由はそこである。
「あー……」
うだうだと悩んでいても仕方がない。金田一は鞄の中から財布を取り出すと、残金を確認した。そして軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。何が始まるのか、と固唾をのんで見守ってくれている友人の前で、意を決してその番号をタップした。電話は、すぐに繋がる。
「嫌だ」
金田一が口を開く前に、そんな言葉が電話の向こうから投げつけられた。
「国見、あのさ」
「持ってこいって言うんだろどうせ。俺、犬じゃないから」
「それがないとさ、単位落としそうなんだって」
「知らない。あんだけ眠い目を擦りながら手伝ってやったレポートが机の上に残ってるのを見た時の俺の衝撃、分かる? 分かんないよな、お前、らっきょだから」
「ごめんって。その、持ってきてくれたらさ、バーゲンダッツのさ、塩キャラメル味をさ」
「すぐ行くから金の用意だけして待っとけよ金田一。四個分な」
「は!?」
一方的に切られてしまった電話。最後の言葉が不穏であるものの、その辺りは金田一の説得次第で緩和されるのだろうか。様子を見守ってくれていた友人たちに、念願の「クニミちゃん」とご対面できるぞなんて冗談めかして言いながら、金田一は件の噂が国見の耳に入りはしないかと心配になった。一応は口止めしておくけれど、大学に入ってから行動を共にしてきたこのメンバーの大体の性格は掴めている。何となく、ではあるが金田一の不安や心配を理解した上で、楽しそうだからと口にされてしまう可能性が高いように思えた。国見の耳に入ってしまえば面倒なことになることは確実であるだろうと思いながら、金田一は自身の財布に対する心配へとそれをすり替えた。少し高級なアイスで釣り上げてはみたけれど、はたしてどれだけの出費となるのだろうか、と。
結局、女であると勘違いをされていたことを知ってしまい臍を曲げた同居人の為に、金田一は当初の想定に対して五倍もの出費を強いられることになる。
そんな噂が当人の耳にまで届いたのは、大学に入って七か月目、夏休みも終わって後期の始まった頃のことだった。
「何でそんな話が……つか、いつからだよ」
昼食を終え、先程の講義で行われた小テストにおいて仲間内で最低点を取った友人が罰ゲームとして買ってきたお菓子を摘みながら、金田一は切り出した。大学内では女子と行動を共にすることなんて講義を除けば皆無に等しい金田一にとって、その噂の存在は正に寝耳に水。突然に姿を現した謎の存在であった。
金田一がそれを知ったのは、友人のうちの一人が「金田一の彼女」の存在を仄めかしつつ自身もそういった相手が欲しいと口にしたからである。そこまで言われたら、いくら鈍いと馬鹿にされ続けてきた金田一でも気付かないわけがない。しかしながら、きっとそれさえなければ皆の中で金田一は「彼女」と甘い生活を送り続けていたに違いなかった。
いつから、という明確な時期は誰も覚えていなかったのだが、少なくとも夏休み前から存在していたことは確からしかった。そして、恐らくは大学に入って三か月目辺り、お互いに新たな友人との人間関係を築いて慣れてきた頃、少し踏み込んだ会話もするようになった頃からだろう、というのがおおよそ正しいと思われる見解であった。
お前ら、彼女はいないのか。その問いに対する金田一の答えは、面倒な奴が近くにいるから今はいい、である。確かに金田一自身も言われてみればそう答えた記憶がないわけではなかった。勿論、それだけならば話は大きくならなかったのだ。火種は口にした金田一自身も忘れるような小さなものであったのだが、それを大きく燃え上がらせたのもまた、金田一なのである。
『今日はすぐ帰るから』
『俺が悪かったからいい加減にさ、機嫌直してくれよ』
『洗濯干すの忘れてて……了解、買って帰ってやるから頼んだぞ』
以上、ある日の金田一と「誰か」による電話でのやり取りを抜粋したものである。
電話でのそれは流石に回数が少ないものの、親密さを感じさせ、同じ家に暮らしている雰囲気を漂わせたそれは随分と印象に残っていた。金田一が実家通いであれば問題無かったのだろうが、幸か不幸か、彼が下宿生であることは仲間内では周知の事実だった。ともなれば勘繰りたくもなるものである。どうやら金田一は誰かと一緒に住んでいるらしい。どうも金田一の方が立場は弱いらしいぞ。惚れた弱みじゃないか。なるほど、奴は彼女と同棲しているらしい。これが、噂の原点であるらしかった。
そこまで言われてしまうと、金田一には確かに思い当たる節があった。彼女なんて可愛らしいものではなく、面倒な友人と同居していることは事実であるからだ。勿論、女ではなく男。金田一の中では当然のことであるそれを友人に説明したことがあったかどうか記憶を辿り、どうも口にしたことがないのではないか、という結論に至る。
当たり前のことでありすぎて説明しなくても分かってもらえていると思っていたのか、はたまた説明した気になっていたのか、とにかく、不可思議な噂の発端は自分自身にあったのだと金田一は納得した。原因が金田一自身であったとしても、それを邪推して広めてくれた友人たちにも非はあるのだろうが。その噂のせいで、金田一に訪れていたかもしれない春が遠ざかった可能性は否定できないだろう。
一人で納得している金田一を置いて、友人たちはお菓子を口に放り込む合間に好き勝手言い放題である。
「お前、頭が上がらねぇんだろ、そのクニミちゃんに」
「可愛いの? 一度、会ってみたいんだけど」
「俺らはちゃんと分かってるからな、照れずに正直に言えよ」
「お前ら全然分かってないからな。そもそも国見は男なんだから」
男、と金田一はここにきてようやく明言したわけであるが、数か月もの間、電話や会話の端々に現れる「クニミ」という人間が金田一の彼女、つまりは女性であると信じ切ってきていた友人たちからの視線は疑いの色を含んでいる。ならば本人の写真を見せてやろうではないかと金田一が画像フォルダを漁ろうとした時、タイミングよく渦中の相手から連絡が来た。
曰く、机の上にレポートがあるけど今日が締切だって言ってなかったか。
すぐに送られてきた写真には、確かに金田一が必死になって仕上げていたレポートが写っていた。国見と金田一は異なる大学に通っており、学んでいる内容も異なっている。とはいえ一方がリビングで資料を広げながら勉強をしていれば、暇ならばもう一方が手伝える範囲で手伝うという協力関係が成立していて、今回のレポートもまた国見の協力が無ければ終わっていなかったに違いないと金田一は断言できた。
そのレポートが何故、机の上に置かれた状態の写真として送られてきているのか。寝ぼけていたとはいえ忘れないよう、真っ先に鞄に突っ込んできたはずなのに。
嫌な予感がしてファイルの中を確認した金田一が見たのは、つい先日、新しい台所用品を買いたいと国見が持ち帰ってきたカタログであった。表紙は白地に白色の食洗機。日本の白物家電は世界でも高評価を得ている素晴らしいものであるが、そんな伝統色が仇になったと言えるだろう。
結局のところ、寝ぼけて確認もせずに鞄に突っ込んだ金田一の自業自得ではあるのだけれど、何かに罪をなすりつけて現実逃避をしていたかった。そんな金田一の様子を見て、友人たちは色々と察してくれたらしい。
「あー、どんまい」
「流石に取りに帰ってる時間はない、よな」
金田一の家は、大学から自転車でおよそ二十分のところにある。レポートを提出しなければならない講義は三限に控えているので、その開始時刻まで残り三十分ほど。急いだところで往復していれば授業に遅刻することは確実であった。
担当の教授は様々な面で厳しく、遅刻者に対して執拗に小言をぶつける姿はこれまでに何度も目撃されていた。レポートを取りに戻ることでその標的になることは避けたいのだが、しかし講義の初めに回収すると宣言されているそのレポートを回収の時点で出すことができなければ、受け取ってもらえるかどうかも分からない。そうなれば、あの眠い眠いと文句を言いつつも手伝ってくれた国見がどのような反応をしてくれることか。少なくとも今晩の夕飯は覚悟しておかなければならないだろう。
金田一と国見が異なる大学に通っていながらも同居しているその理由は、家賃が半額で済むことも理由の一つではあるが何より家事なんて全くしたことのない――言ってしまえばバレーボール以外には何もできなかった金田一の下宿生活を危惧した母親が国見に頼み込んだからである。強制的に一人暮らしをせざるを得なくなってしまった国見のことは金田一の家でも心配していて、母親は特に彼のことを気にしていたように思う。だから二人の通うことになった大学がそこまで離れておらず、中間地点に良さそうな物件があるのだと知った時に金田一を理由にして声を掛けたに違いない。そうでもしなければ、きっと国見は一人ぼっちの生活を続けていってしまうから。
理由がどうであれ、そのお蔭で金田一が助かっていることも事実であった。家事全般を国見に任せてしまっていて申し訳ないとは思うのだが、お前は台所に立つなと禁止令を出され、せめて掃除や洗濯くらいはと張り切ってみてもダメだしをされた上で「俺がやった方が尻拭いをしなくていいから楽だ」と言い切られる始末。金田一にできることといえば、とにかく感謝の言葉をことある毎に伝え、買い物における荷物持ちをする程度である。最近になってようやく、国見は金田一に買い物を任せてくれるようになった。金田一が野菜の良し悪しを判別できるようになったのは、少しでも国見の役に立てる人間にならなければと必死になって国見の行動を観察して覚えた結果である。
ともかく、生活の大半を国見に頼り切ってしまっている金田一にとって国見の機嫌を損ねてしまうことは死活問題であった。ドロドロの恋愛ドラマで聞くような「実家に帰らせていただきます」なんて言葉を口にされた時にはきっと下宿先でてんてこ舞いになって生活が破綻してしまうだろうし、聞きつけた母親によって制裁を加えられてしまうに違いない。きっと、友人たちが「金田一はクニミちゃんに頭が上がらないらしい」と判断した理由はそこである。
「あー……」
うだうだと悩んでいても仕方がない。金田一は鞄の中から財布を取り出すと、残金を確認した。そして軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。何が始まるのか、と固唾をのんで見守ってくれている友人の前で、意を決してその番号をタップした。電話は、すぐに繋がる。
「嫌だ」
金田一が口を開く前に、そんな言葉が電話の向こうから投げつけられた。
「国見、あのさ」
「持ってこいって言うんだろどうせ。俺、犬じゃないから」
「それがないとさ、単位落としそうなんだって」
「知らない。あんだけ眠い目を擦りながら手伝ってやったレポートが机の上に残ってるのを見た時の俺の衝撃、分かる? 分かんないよな、お前、らっきょだから」
「ごめんって。その、持ってきてくれたらさ、バーゲンダッツのさ、塩キャラメル味をさ」
「すぐ行くから金の用意だけして待っとけよ金田一。四個分な」
「は!?」
一方的に切られてしまった電話。最後の言葉が不穏であるものの、その辺りは金田一の説得次第で緩和されるのだろうか。様子を見守ってくれていた友人たちに、念願の「クニミちゃん」とご対面できるぞなんて冗談めかして言いながら、金田一は件の噂が国見の耳に入りはしないかと心配になった。一応は口止めしておくけれど、大学に入ってから行動を共にしてきたこのメンバーの大体の性格は掴めている。何となく、ではあるが金田一の不安や心配を理解した上で、楽しそうだからと口にされてしまう可能性が高いように思えた。国見の耳に入ってしまえば面倒なことになることは確実であるだろうと思いながら、金田一は自身の財布に対する心配へとそれをすり替えた。少し高級なアイスで釣り上げてはみたけれど、はたしてどれだけの出費となるのだろうか、と。
結局、女であると勘違いをされていたことを知ってしまい臍を曲げた同居人の為に、金田一は当初の想定に対して五倍もの出費を強いられることになる。