友達
今日も、いつもと同じように学校が始まる。楽しそうに何人かで集まって登校している人たちを横目に、私は一人。今日の一時間目は英語。二時間目は生物。三時間目は体育で、四時間目は世界史。五時間目は……あ、数学か。ということは、今日は三時間目と昼食時間がきつい。
そんなことを考えながら歩いていたら、校門が見えてきた。朝の挨拶運動で同級生や先生が並んでいる。彼らの挨拶に小さな声で返し、下足箱へと向かう。階段をのぼる足は、重い。
「……おはよう」
小さな声で呟くように。席について、机の中に教科書を移す。その時、生物の教科書を忘れたことに気づいた。
(どうしよう)
誰かに借りるとしても、借りられるような相手――悠や麻奈はまだ来ていない。今から待っていても、きっと、二人は始業時間ギリギリに来る。そもそも、二人のクラスで生物の授業があるとは限らないのだ。教科書のために時間を浪費するよりは、今日の予習をしていた方がましだ。
(生物は、諦めよう)
幸い、塾でもうやっている範囲だ。教科書がなくても大体分かる。先生に怒られるのは仕方ないこととして諦め、一時間目の英語の授業で行われる、小テストに向けての勉強を始る。
そうしていると、教室のざわめきが断ち切られる。チャイムの音。一時間目が始まった。
私と彼女達の関係は何?
(友達?)
本当に?
(クラスメート以上、友達未満?)
授業中も自問自答を繰り返し、いつも同じ結論に至る。違うクラスである二人とは、クラスメートよりも仲がいい。だが、本当に友達なのか、不安になる。だから、答えはあいまいなままだ。
休み時間になって、ふと思う。学校自体を休んでいない限り、二人はもう学校に来ているはずだ。それならば一度、生物の授業がないか聞いてみようか。もしあるのなら、貸してもらえないだろうか。
正直に言うと、生物の教科書はどうでもいい。それよりも、読みかけの本の続きが気になる。けれど、教科書が無いせいで先生に怒られる、というのは嫌だ。これまで「良い子」の仮面を被ってきたようなものだから、そこまで厳しく怒られないだろうとは思う。だからこそ、こんなことで築き上げてきたものを崩したくないのだ。例えそれが少しでも。
時計の針を見れば、次の授業が始まるまであと八分ある。
(続き、気になるんだけどな)
今回は我慢しよう。自分のミスのせいだ。仕方がない。
そう思って悠と麻奈を訪ねたはいいが、今日は生物の授業が無いとのこと。時間を無駄にした、と教室へ帰る途中で、二人と同じクラスの人達とすれ違った。
「今日の四時間目、何だった?」
「生物だよ。次は遺伝の所だってさ」
運が良いのか悪いのか。その部分がやけにはっきりと聞こえた。
(……生物、あるじゃん)
少しだけ、歩くスピードが速くなった。
予想通り、きつく怒られはしなかった。ただ、次はちゃんと持ってきなさい、と言われただけ。授業内容も、塾ですでにやった場所だ。塾の方が、詳しくやっているかもしれない。黒板に書かれたことをノートに写しつつ、何度目になるか分からない問いを繰り返した。
どうして同じじゃなきゃダメなんだろう。
答えは「不安だからだ」と思う。他者と自分の意見が違えば、自分の意見が間違っているのではないか、と不安になってしまう。他人と同じであれば、それが間違っていたとしても自分一人ではないから恥ずかしくない。それ以前に、間違っているとは考えないものだ。
他人と違うことを言うのは、間違っているのだろうか。
個人的には、間違っているはずがないと思う。他人と考え方が違う、というのは、意思を持つ生物である以上、当然のこと。そんな、自分とは違う意見を受け入れることで、人間は成長していくのではないだろうか。
不安になるから、違うものは拒絶する。
自分が正しいと思いたいから拒絶する。
だから、私は拒絶された。
少し違うかもしれないけれど、最近、そのことに思い至った。
そもそもの原因は、とても些細なことだった。
悠が「面白いから」と持ってきてくれた一冊の本。麻奈が読んで、続けて私も読んでみた。確かに、その本は面白かった。ただ、私と二人とで、面白いと感じたポイントが違ったのだ。
主人公が成長し、敵を倒すに至るまでの経緯を面白いと思うか。
周囲と触れ、主人公が皆と打ち解けていく姿を面白いと思うか。
『主人公が敵を倒すにいたるまでの経緯』の中に『周囲と触れ、主人公が皆と打ち解けていく』のは含まれている。仲間との交流を通して、自分の欠点を見つけることが出来たのだし、打ち解けることが出来たから、協力して共通の敵を倒すに至ったのだから。
要は、話の流れに重きを置くか、登場人物に重きを置くか、の違いなのだ。ただ、二人は私の全体中心の感想を聞いて、主人公をないがしろにしていると感じたらしい。周囲との交流よりも、ではなく、周囲との交流も含めて、の全体だ。それが、うまく伝わらなかったようで、少し険悪な雰囲気になった。休み時間での会話だ。次の授業が始まるため、その場はそのまま別れた。
たかが本を読んだ感想で、と思われるかもしれないが、その時の私達にとっては大きな問題だった。今から考えると、自分でも馬鹿らしいのだが。
とにかく、それからの私達の関係は、少し変わった。
三人で一緒にいても、二人で話をされる。たまに私が発言しても、軽く流されてしまう。無視されないだけましだと思いながら、さみしさは拭えなかった。
そんなことを考えながら歩いていたら、校門が見えてきた。朝の挨拶運動で同級生や先生が並んでいる。彼らの挨拶に小さな声で返し、下足箱へと向かう。階段をのぼる足は、重い。
「……おはよう」
小さな声で呟くように。席について、机の中に教科書を移す。その時、生物の教科書を忘れたことに気づいた。
(どうしよう)
誰かに借りるとしても、借りられるような相手――悠や麻奈はまだ来ていない。今から待っていても、きっと、二人は始業時間ギリギリに来る。そもそも、二人のクラスで生物の授業があるとは限らないのだ。教科書のために時間を浪費するよりは、今日の予習をしていた方がましだ。
(生物は、諦めよう)
幸い、塾でもうやっている範囲だ。教科書がなくても大体分かる。先生に怒られるのは仕方ないこととして諦め、一時間目の英語の授業で行われる、小テストに向けての勉強を始る。
そうしていると、教室のざわめきが断ち切られる。チャイムの音。一時間目が始まった。
私と彼女達の関係は何?
(友達?)
本当に?
(クラスメート以上、友達未満?)
授業中も自問自答を繰り返し、いつも同じ結論に至る。違うクラスである二人とは、クラスメートよりも仲がいい。だが、本当に友達なのか、不安になる。だから、答えはあいまいなままだ。
休み時間になって、ふと思う。学校自体を休んでいない限り、二人はもう学校に来ているはずだ。それならば一度、生物の授業がないか聞いてみようか。もしあるのなら、貸してもらえないだろうか。
正直に言うと、生物の教科書はどうでもいい。それよりも、読みかけの本の続きが気になる。けれど、教科書が無いせいで先生に怒られる、というのは嫌だ。これまで「良い子」の仮面を被ってきたようなものだから、そこまで厳しく怒られないだろうとは思う。だからこそ、こんなことで築き上げてきたものを崩したくないのだ。例えそれが少しでも。
時計の針を見れば、次の授業が始まるまであと八分ある。
(続き、気になるんだけどな)
今回は我慢しよう。自分のミスのせいだ。仕方がない。
そう思って悠と麻奈を訪ねたはいいが、今日は生物の授業が無いとのこと。時間を無駄にした、と教室へ帰る途中で、二人と同じクラスの人達とすれ違った。
「今日の四時間目、何だった?」
「生物だよ。次は遺伝の所だってさ」
運が良いのか悪いのか。その部分がやけにはっきりと聞こえた。
(……生物、あるじゃん)
少しだけ、歩くスピードが速くなった。
予想通り、きつく怒られはしなかった。ただ、次はちゃんと持ってきなさい、と言われただけ。授業内容も、塾ですでにやった場所だ。塾の方が、詳しくやっているかもしれない。黒板に書かれたことをノートに写しつつ、何度目になるか分からない問いを繰り返した。
どうして同じじゃなきゃダメなんだろう。
答えは「不安だからだ」と思う。他者と自分の意見が違えば、自分の意見が間違っているのではないか、と不安になってしまう。他人と同じであれば、それが間違っていたとしても自分一人ではないから恥ずかしくない。それ以前に、間違っているとは考えないものだ。
他人と違うことを言うのは、間違っているのだろうか。
個人的には、間違っているはずがないと思う。他人と考え方が違う、というのは、意思を持つ生物である以上、当然のこと。そんな、自分とは違う意見を受け入れることで、人間は成長していくのではないだろうか。
不安になるから、違うものは拒絶する。
自分が正しいと思いたいから拒絶する。
だから、私は拒絶された。
少し違うかもしれないけれど、最近、そのことに思い至った。
そもそもの原因は、とても些細なことだった。
悠が「面白いから」と持ってきてくれた一冊の本。麻奈が読んで、続けて私も読んでみた。確かに、その本は面白かった。ただ、私と二人とで、面白いと感じたポイントが違ったのだ。
主人公が成長し、敵を倒すに至るまでの経緯を面白いと思うか。
周囲と触れ、主人公が皆と打ち解けていく姿を面白いと思うか。
『主人公が敵を倒すにいたるまでの経緯』の中に『周囲と触れ、主人公が皆と打ち解けていく』のは含まれている。仲間との交流を通して、自分の欠点を見つけることが出来たのだし、打ち解けることが出来たから、協力して共通の敵を倒すに至ったのだから。
要は、話の流れに重きを置くか、登場人物に重きを置くか、の違いなのだ。ただ、二人は私の全体中心の感想を聞いて、主人公をないがしろにしていると感じたらしい。周囲との交流よりも、ではなく、周囲との交流も含めて、の全体だ。それが、うまく伝わらなかったようで、少し険悪な雰囲気になった。休み時間での会話だ。次の授業が始まるため、その場はそのまま別れた。
たかが本を読んだ感想で、と思われるかもしれないが、その時の私達にとっては大きな問題だった。今から考えると、自分でも馬鹿らしいのだが。
とにかく、それからの私達の関係は、少し変わった。
三人で一緒にいても、二人で話をされる。たまに私が発言しても、軽く流されてしまう。無視されないだけましだと思いながら、さみしさは拭えなかった。
1/2ページ