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Re;Birth

 仲の良かった友人――加奈が引っ越して、一ヶ月がたとうとしている。別れ際に「手紙をたくさん書くから」と言葉を交わしたが、それはまだ一度も守られてはいない。たくさん、どころか一通も書かれていないのだから。
(とはいえ、そう言う私も書いてないんだけど)
 相手は、最近にしては珍しいであろう携帯を持っていない人間だ。当然、連絡を取ろうと思うと電話か手紙。引っ越した先はここから遠く、会いに行こうにも、金銭的な壁が立ちはだかる。
 こちらから書かない理由は、何を書けばいいのかが分からないからだ。物静かで、なかなかクラスに馴染めなかった加奈は、新しい場所、新しい学校で、新しい友人を作ることが出来たのだろうか。
 高校に入り、私も「新しい学校」へと来ているわけだが、中学時代の友人が同じ高校にいる。家へと帰れば、近所には別の高校に通うことになった友人もいる。でも、加奈にはそういった存在がいない。そんな中で、こちらの楽しいことを書く、というのは加奈を傷つけてしまうのではないか。そう思い始めると、何も書けなくなってしまうのだ。
 かといって、手紙よりはいくらか気楽な電話で連絡を、という訳にもいかない。我が家の電話機はリビングに置いてあるのだが、心理的に、親の前で電話をすることに抵抗がある。学校と家とで、見せている顔が違う、という自分にも問題はあるのだろうが、それでなくとも、会話の内容が筒抜けとなるのは何となくいやだ。
 相手からの連絡も、こちらから連絡をすることもなく、そのままの状態がずっと続くと思われたある日。小さな変化が訪れた。

「おはよう」
「え?」
 教室に入ると、加奈がいた。それだけでも違和感があるのに、いつもならいるはずの他のクラスメート達は、姿を消している。
 加奈は何をするわけでもなく、ただ椅子に座ってぼんやりと外を眺め、私が教室に入ったから振り向いて挨拶をした。そのまま自然に外へ視線を戻そうとするものだから、危うくこの状況に流されてしまいそうになった。
「ちょっと、加奈。引っ越したんじゃなかった?」
 引っ越した彼女が、今、この場所にいるはずがない。
 そんな思いから発した言葉に、加奈はゆっくりと答える。
「ん。そうだね」
 何でそんなに軽く言うの?
 そう言おうと口を開きかけた時、私は気付いた。教室に入った瞬間、中にいる人に対して違和感があったけれど、他にも何か変だと思った。それは――
「ここ、中学の教室じゃん」
 私達の通っていた中学校。後ろの掲示板に貼ってあるのは、終業式の日まで飾られていた「三年間の思い出」というテーマの新聞。一人一枚書かされたその新聞は、それぞれの道を歩む私達に、笑顔と涙を与えたのをよく覚えている。
 なぜこんなことになっているのかなど、言いたいことは色々ある。だが、今、加奈に聞きたいことは一つだけだ。
「ねぇ、加奈。聞きたいことが……」
 キーンコーンカーンコーン
「あ、もう時間だ。もう帰るね。また電話してよ。ばいばい」
 状況についていけていない私に手を振ると、加奈はすぐそばの窓を開け――飛び降りた。
「ちょっと、ここ、四階!」
 慌てて窓に駆け寄って下を覗き込む。けれど、加奈の姿はない。
 とまどう私の体が、ふわりと浮きあがった気がした。
「え?」
 そして、そのまま私は窓の外へと放り出される。ぐんぐん迫ってくる地面。当然、空中で止まるなんて芸当は不可能で――

 いやな汗をかきながら、私は目を覚ました。時計を見れば午前五時。今日は日曜日なので、安心して二度寝も可能な時間だ。
「夢……だったのかな?」
 それにしては、妙にリアルな夢だった。夢であるはずなのに、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
(そういえば、最後に『電話して』って)
 夢の中での言葉なのだが、印象に残っている。何を話せばいいのか、なんて、悩む必要もない。ただ、今朝不思議な夢を見た、と言えばいいだけなのだ。もしかしたら、それがきっかけで交流が再開されるかもしれない。さすがにまだ時間が早すぎるので、私は午前九時になるのを待ち、加奈に電話をかけた。
「もしもし、加奈?」
「違ったらどうするの?」
 そんな会話で始まったおかげか、一ヶ月話していなかったとは思えないくらい、すらすらと言葉が出た。
 今日の夢に、加奈が出てきたこと。場所は中学校だったこと。質問があったのに、尋ねる前に加奈が四階から飛び降りたこと。驚いて窓に駆け寄ると、自分も落ちて目が覚めたこと。
「四階からって、私、何がしたかったんだろう」
 全てを黙って聞いた後、加奈はポツリと漏らした。そんなこと、私に聞かれても困る。むしろ、こちらがその理由を知りたい。
「まあ、夢の中の話だしね。で、質問って何?」
「へ?」
「だって、何か私に聞きたいことがあったんでしょう?」
 そう。今回の電話で一番大きな目的は、夢の中ですることのできなかった質問を行い、それに答えてもらうこと、だ。
 ところが、いざ質問をするとなると緊張してしまう。あー、とか、うー、とか、言葉になっていない声を発し続ける私を、加奈は辛抱強く待ってくれた。いつまでも待たせるわけにはいかない、と、私は大きな深呼吸をひとつ。
「えっと、何で手紙をくれないの?」
 受話器の向こうで、加奈が息をのんだような気がした。
(こんな質問、どうしてしちゃったんだろう)
 他にも、新しい学校は楽しいか、など色々あるだろうに。
 今度は加奈が言葉を探すように、意味もなく言葉を並べる。
「だから、その、つまり、あれよ」
「なによ」
 深刻な雰囲気になるのは避けたいから、わざとからかうように言う。少しでも、加奈の気が楽になるように。
 その思いが通じたのか、加奈は少し間をあけて言った。
「……何を書けばいいのか、分からなかったの」
 そして、最近の様子を教えてくれた。
 近所には、同じ高校に通う同い年の子が住んでいること。その子の友達も同じ高校で、今はとても仲良くしていること。
「その様子を書いたら、そっちでのことを忘れていってるって思われそうで」
「何で」
「自分でもよく分かんないんだけど、何となくそう思っちゃって」
 別に、新しい友人について書くことが悪いことだとは思っていない。それでも、いざ書こうとするとなぜかためらってしまい、何を書けばいいのか分からなくなってしまうのだとか。
 その話を聞いているうちに、自然と笑みがこぼれた。向こうにも伝わったのだろう。少し怒ったような声が聞こえる。
「ごめん。でも、同じだなぁと思ってさ」
「同じ?」
「そ。私も何書けばいいのか分かんなくて、手紙が書けなかった」
 相手から手紙が来たら返事を書こう。お互いにそう思っていたせいで、手紙のやりとりが行われなかったようだ。理由さえ分かってしまえば、もう大丈夫だ。今日のように電話でもいいけれど、出来るならば、後に残る手紙の方がいい。その思いを伝えると、加奈は快諾してくれた。
「もうすぐ私の誕生日でしょ?プレゼントに携帯を買ってもらうことになってるんだけど、メールじゃなくていい?」
 その言葉に、少し心が揺れる。けれど――
「メールは楽だけど、加奈の字が見たい。手書きの方が、気持ちが伝わる気がするし」
「了解。じゃあ、買ってもらったら手紙で番号とメアド教えるから、登録はしといて」
「急ぎの時は、そっちで連絡をとる、と」
「そういうこと。時間がかかっても、手書きの方が気持ちが伝わるっていうのに、私は賛成だし」
 話したいことはたくさんあったけれど、それは手紙で伝えることになった。これまで出せなかった分、気持ちを込めて手紙をだそう。そう約束して、電話を切った。

 ポストに手紙を投函してから数日後、加奈から手紙が来た。
 加奈の字は、以前と何一つ変わっていなかった。
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