Re;Birth
『そろそろ僕は捕まるだろう。あの子が心配だ。監視の目が厳しくて、今更逃がしてやることも出来ない。あの子が僕と離れる事を嫌がっていたから、と言い訳を作っていたけど、実際には僕の方が離れたくなかったのかもしれない』
この辺りを読むのは、幸せだけど辛い。お父様は、私にずっと優しかった。だから、ずっと悩んで苦しんでいたのに、私にはどうすることも出来なかった。ただ、傍にいることしか出来なかったけれど、それがもっとお父様を苦しめていたかもしれない。でも、私にはどうすればいいのかが分からなかった。私の手では、支えることも出来ない。それなのに、お父様はずっと私を守ってくれた。たった一人の手で、ずっと、ずっと。
私が生まれたとき、お父様は一人ぼっちだったらしい。研究に没頭するお父様を、家族が見捨てた。だから、私が生まれたときは本当に嬉しかったと、何度も話してくれた。でも、その頃のお父様の日記は、事務的だから嫌い。私が、いついなくなってもおかしくないから。いなくなった後で読み返しても辛くないように、と言っていたけど、今じゃその立場も逆になっている。いなくなったのがお父様で、残ったのが私。日記を読み返すのは私だ。だから、私の生まれたときの事を客観的に書かれているのを見ると、ちょっと悲しい。
仕方がないんだって、分かってる。でも、理解と感情は同一ではないと、お父様が教えてくれた。それでいいんだよって、許してくれた。
『人間の役に立つ生物の研究というテーマで実験を繰り返している中、割れた道具で怪我をする。誤って僕の血が混ざった状態で錬成を行ってしまった。ところが、その結果人語を理解し、喋ることの出来る合成獣が誕生した。これが本当の‘怪我の功名’だろう。ベースは犬、足したのは猫と少量の人間の血ということで、具体的にどのような状況での利用が可能か、と聞かれると『不明』と言わざるを得ない。とはいえ、現時点では唯一の成功例。今後の様子を観察していこうと思う』
ほら、やっぱり硬い。どうして犬と猫で錬成しようと思ったのかと聞いたことがあるけど、何か、やけくそになったんだって。何と何を組み合わせても失敗続きだったから、合わせてもあまり変化が無さそうで、誰もやってなかった掛け合わせを本気でやってやろうと。鬱々とした気分でやっていたら、置いていたフラスコを落とし、片付けの時に手を切り、錬成陣に血が付いて、書き直すのも面倒で……と、聞いていたら酷い経緯。でも、この話は嫌いじゃない。お父様も人間なんだって思えるから。初めは本当に機械みたいだった。それがだんだん優しくなっていって、少しびっくりした。
日記で書いていた通り、最初は「実験」と「観察」だったの。それがいつの間にか「家族」と「生活」になっていた。別々にとっていた食事も、一緒にとるようになった。何気ないことでも話しかけてくれるようになった。今日はいい天気だね、とか、今日は林檎が安かったよ、とか。時々、よく分からない言葉が出てくると、質問して教えてもらう。お父様はすごく丁寧に教えてくれた。それがとても嬉しくて、もう知っている言葉でも質問を繰り返した。それなのに、お父様は何度でも教えてくれる。忘れたふりをした方が構ってもらえるんだと思って、忘れたふりをしていただけだけど、お父様は本当に忘れたんだと思っていたみたい。
『何度教えても、あの子はどんどん忘れてしまうようだ。ある程度は覚えているようだが、その‘ある程度’を過ぎると忘れてしまう。ものによっては一日も記憶がもたない。教え直すのは別に構わないが、少し可哀想だ。合成獣として生み出されたあの子に出来ることは、人間との会話だけ。僕はそれだけで充分だけど、周囲の人からすればそれでは足りない。会話だけなら人間でも出来るから。そんな、代用可能な能力で、しかも記憶力があまり無いとなると、あの子の位置付けは中途半端。今の所は、僕にしか懐いていないのと唯一の成功例ということで甘く見てもらっているが、いつ政府の研究所に連れて行かれてもおかしくない。連れて行かれたら、ただの‘研究対象’としか見られないだろう。しかも、他のもっと良い成功例が出たらきっと捨てられる。あの子にもっと血をあげれば良かった。そうすれば、もしかしたらもっと色々なことが覚えていれたのかもしれない』
そんなに気にしなくてもよかったのに。確かに、お父様の話を聞いている限り、私の記憶力は人間よりも悪い。興味のあることでも、反復しなければ二週間もすれば忘れてしまう。私としては興味があったということも忘れているのだけれど、お父様が「あんなに熱心に聞いていたのに」ってもらすことがあるから、きっとそうなんだと思う。そんな私の記憶力だけど、お父様は「興味があることでも三日」だと思っているみたいだった。
けれど、記憶力が悪いことは、私にとってそれほど重要ではなかった。なにかを忘れてしまっても、それを教え直してくれるお父様との「勉強」が楽しかったから。それに、私の一番忘れたくないこと――お父様についての記憶は、不思議なことによく覚えていることができたから。私の中にお父様の血が入っているからかもしれない。万が一忘れてしまっても、新しい記憶が、いや、思い出ができるから。
忘れてしまったことを忘れてしまえるくらいに。
けれど、私という成功例ができたことで、お父様は少しずつどこかおかしくなっていた。
『今日も錬成が失敗した。何がいけないのだろう。早くあの子よりも出来の良い合成獣を生み出さなければ、あの子が奪われてしまう。やはり、人間の血を混ぜることが必要なのだろうか』
私といるために、お父様は私の「弟」や「妹」を錬成しようとし、失敗を繰り返していた。私みたいな出来の悪い「姉」の為に、出来の良い「弟」や「妹」が犠牲になるという事は分かった。けれど、それが嬉しいことなのか、悲しいことなのかが分からない。お父様がその行動を繰り返すのは、私のためだから。悲しい、なんて思いは忘れた――ふりをした――ことは忘れてしまいたかった。
錬成によって生まれた私を気遣ってか、お父様は「弟」や「妹」の錬成を、どこか別の所で行っていた。失敗してしまった彼らを見せたくなかったのかもしれない。失敗して、研究して、また失敗して、という流れを繰り返すうちに、どんどんお父様の帰ってくる時間は遅くなっていった。一人で待つのは寂しい。けれど、お父様は「宿題」をくれる。
帰ってきたら、好きな本の冒頭を暗唱。
帰ってきたら、花の名前を十個言う。
帰ってきたら、一曲歌う。
帰ってきたら――
その「宿題」をやっていたら、寂しさは薄れた。けれど、薄れただけ。やっぱり、寂しかった。
いつの間にか、お父様はたくさんの血の匂いをさせて帰ってくるようになった。腕に巻いた包帯は、もう白い部分を残してはいない。
『血を混ぜると、それらしくはなるようだが、やはり駄目だ。力を重視すると、知能がどうしても足りなくなってしまう。ベースとなる生物を強化するだけのようなものだから、当然と言えば当然なのだが。それを、政府の奴らは分かっていない』
周囲からの期待が、重圧が、お父様を壊してしまった。
『ならば、人間をベースにすればどうだろうか』
そこからずっと、どのように実験をすればいいかを考えた内容が続いていく。私を構ってくれなくなったわけではないけれど、以前のお父様とはどこかが違った。どこが、と聞かれても答えられないけれど、ただ、家にいても、一緒にいても、寂しくなった。
ただ、お父様の考えは政府に気付かれたらしかった。正確には、最近起こっていた通り魔事件が、錬成に使う血を欲していたお父様による犯行だと考えた警察が証拠を探していた際に、お父様の人間錬成計画を書き留めたメモを見つけたらしかった。
通り魔事件については、まだ明確な証拠が無い。けれど、人間錬成計画については、お父様の筆跡で書かれたメモが見つかっている。未遂とはいえ、危険思想。どちらの容疑でいつ捕まってもおかしくなくなった。
警察と名乗る人たちが家に来た日から、お父様は錬成をやめた。ずっと一緒にいてくれるようになった。これまで以上に、沢山のことを教えてくれた。前のお父様が帰ってきたような気がして、嬉しかった。
でも、お父様は寂しそうだった。
『もういつ捕まってもおかしくない。あの子は政府の研究所送りだ。そこでは‘人間’として扱ってもらえないだろう。いっそこの手で殺してやろう、と何度も思ったけれど、出来ない。錬成で生んだ沢山の合成獣。でも、自分の子供だと思えたのはあの子だけだから』
どこまでも、私の身を案じてくれたお父様。私は何も知らないふりを続けた。変わらない私を見ることが、お父様の笑顔に繋がっていたから。
『あの子の笑顔を消したくない。でも、僕がいなくなればあの子は悲しむ。錬成の失敗続きで家に帰るのが遅くなったとき、あの子はずっと寂しそうだった。気付いていながら、見なかったふりをしていた。あの子との幸せのためだと自分に言い聞かせて。けれど、次に外へ出るときは、もう帰って来れない。あの子が僕のことを全て忘れてくれたらいい。僕のことを忘れてしまえば、僕のいない生活も寂しくなくなるだろうから』
そして、日記の最後のページ。
『虫の知らせ、とでもいうのかな? 明日僕は捕まるだろう。あの子への最後の宿題は、もう決めてある。残酷だ、と罵られようが、あの子にはずっと笑っていてほしいから』
そして、その日記の翌日、本当にお父様は捕まった。でも、そんな素振りは見せないで、ただ錬成に行くときのように、笑ってから出て行った。
帰ってきたら、笑顔で迎えること。
それが、今回の「宿題」だった。
寂しい、なんて思いは忘れた。
苦しい、なんて思いは忘れた。
悲しい、なんて思いは忘れた。
全部、忘れた。
でも、笑顔だけは忘れなかった。
◇ ◆ ◇
お父様が出て行ってから、私は知らない人たちに、どこか別の場所へと連れて行かれた。ここが、お父様の恐れていた「政府の研究所」なのかもしれない。だって、ここでは自由じゃない。檻の中に閉じ込められたから。
連れてこられたとき、お父様の日記は手放さなかった。お父様の願いには反するけれど、お父様のことを忘れたくなかった。
何度も何度も繰り返し読んで、お父様の事を忘れないようにした。
でも、手の温もりを忘れてしまった。
でも、声の温かさを忘れてしまった。
顔だけは忘れたくない。
でも、思い出してもどこか違う気がした。
研究所に連れてこられてしばらくたってから、隣の檻に新しい合成獣が入ってきた。それが「弟」なのか「妹」なのか、それとも「親戚」なのか「赤の他人」なのか、気にしたことなんてなかった。それなのに。
どこか、懐かしい気がした。
日記の最後、締めくくりの言葉は、一つの約束だった。
『再会できたら、あの子に名前を付けてあげよう。別れを恐れて、ずっと付けてあげなかったけれど。次に会えたら、もう離れたくないから』
その日、私は私の名前を知った。
この辺りを読むのは、幸せだけど辛い。お父様は、私にずっと優しかった。だから、ずっと悩んで苦しんでいたのに、私にはどうすることも出来なかった。ただ、傍にいることしか出来なかったけれど、それがもっとお父様を苦しめていたかもしれない。でも、私にはどうすればいいのかが分からなかった。私の手では、支えることも出来ない。それなのに、お父様はずっと私を守ってくれた。たった一人の手で、ずっと、ずっと。
私が生まれたとき、お父様は一人ぼっちだったらしい。研究に没頭するお父様を、家族が見捨てた。だから、私が生まれたときは本当に嬉しかったと、何度も話してくれた。でも、その頃のお父様の日記は、事務的だから嫌い。私が、いついなくなってもおかしくないから。いなくなった後で読み返しても辛くないように、と言っていたけど、今じゃその立場も逆になっている。いなくなったのがお父様で、残ったのが私。日記を読み返すのは私だ。だから、私の生まれたときの事を客観的に書かれているのを見ると、ちょっと悲しい。
仕方がないんだって、分かってる。でも、理解と感情は同一ではないと、お父様が教えてくれた。それでいいんだよって、許してくれた。
『人間の役に立つ生物の研究というテーマで実験を繰り返している中、割れた道具で怪我をする。誤って僕の血が混ざった状態で錬成を行ってしまった。ところが、その結果人語を理解し、喋ることの出来る合成獣が誕生した。これが本当の‘怪我の功名’だろう。ベースは犬、足したのは猫と少量の人間の血ということで、具体的にどのような状況での利用が可能か、と聞かれると『不明』と言わざるを得ない。とはいえ、現時点では唯一の成功例。今後の様子を観察していこうと思う』
ほら、やっぱり硬い。どうして犬と猫で錬成しようと思ったのかと聞いたことがあるけど、何か、やけくそになったんだって。何と何を組み合わせても失敗続きだったから、合わせてもあまり変化が無さそうで、誰もやってなかった掛け合わせを本気でやってやろうと。鬱々とした気分でやっていたら、置いていたフラスコを落とし、片付けの時に手を切り、錬成陣に血が付いて、書き直すのも面倒で……と、聞いていたら酷い経緯。でも、この話は嫌いじゃない。お父様も人間なんだって思えるから。初めは本当に機械みたいだった。それがだんだん優しくなっていって、少しびっくりした。
日記で書いていた通り、最初は「実験」と「観察」だったの。それがいつの間にか「家族」と「生活」になっていた。別々にとっていた食事も、一緒にとるようになった。何気ないことでも話しかけてくれるようになった。今日はいい天気だね、とか、今日は林檎が安かったよ、とか。時々、よく分からない言葉が出てくると、質問して教えてもらう。お父様はすごく丁寧に教えてくれた。それがとても嬉しくて、もう知っている言葉でも質問を繰り返した。それなのに、お父様は何度でも教えてくれる。忘れたふりをした方が構ってもらえるんだと思って、忘れたふりをしていただけだけど、お父様は本当に忘れたんだと思っていたみたい。
『何度教えても、あの子はどんどん忘れてしまうようだ。ある程度は覚えているようだが、その‘ある程度’を過ぎると忘れてしまう。ものによっては一日も記憶がもたない。教え直すのは別に構わないが、少し可哀想だ。合成獣として生み出されたあの子に出来ることは、人間との会話だけ。僕はそれだけで充分だけど、周囲の人からすればそれでは足りない。会話だけなら人間でも出来るから。そんな、代用可能な能力で、しかも記憶力があまり無いとなると、あの子の位置付けは中途半端。今の所は、僕にしか懐いていないのと唯一の成功例ということで甘く見てもらっているが、いつ政府の研究所に連れて行かれてもおかしくない。連れて行かれたら、ただの‘研究対象’としか見られないだろう。しかも、他のもっと良い成功例が出たらきっと捨てられる。あの子にもっと血をあげれば良かった。そうすれば、もしかしたらもっと色々なことが覚えていれたのかもしれない』
そんなに気にしなくてもよかったのに。確かに、お父様の話を聞いている限り、私の記憶力は人間よりも悪い。興味のあることでも、反復しなければ二週間もすれば忘れてしまう。私としては興味があったということも忘れているのだけれど、お父様が「あんなに熱心に聞いていたのに」ってもらすことがあるから、きっとそうなんだと思う。そんな私の記憶力だけど、お父様は「興味があることでも三日」だと思っているみたいだった。
けれど、記憶力が悪いことは、私にとってそれほど重要ではなかった。なにかを忘れてしまっても、それを教え直してくれるお父様との「勉強」が楽しかったから。それに、私の一番忘れたくないこと――お父様についての記憶は、不思議なことによく覚えていることができたから。私の中にお父様の血が入っているからかもしれない。万が一忘れてしまっても、新しい記憶が、いや、思い出ができるから。
忘れてしまったことを忘れてしまえるくらいに。
けれど、私という成功例ができたことで、お父様は少しずつどこかおかしくなっていた。
『今日も錬成が失敗した。何がいけないのだろう。早くあの子よりも出来の良い合成獣を生み出さなければ、あの子が奪われてしまう。やはり、人間の血を混ぜることが必要なのだろうか』
私といるために、お父様は私の「弟」や「妹」を錬成しようとし、失敗を繰り返していた。私みたいな出来の悪い「姉」の為に、出来の良い「弟」や「妹」が犠牲になるという事は分かった。けれど、それが嬉しいことなのか、悲しいことなのかが分からない。お父様がその行動を繰り返すのは、私のためだから。悲しい、なんて思いは忘れた――ふりをした――ことは忘れてしまいたかった。
錬成によって生まれた私を気遣ってか、お父様は「弟」や「妹」の錬成を、どこか別の所で行っていた。失敗してしまった彼らを見せたくなかったのかもしれない。失敗して、研究して、また失敗して、という流れを繰り返すうちに、どんどんお父様の帰ってくる時間は遅くなっていった。一人で待つのは寂しい。けれど、お父様は「宿題」をくれる。
帰ってきたら、好きな本の冒頭を暗唱。
帰ってきたら、花の名前を十個言う。
帰ってきたら、一曲歌う。
帰ってきたら――
その「宿題」をやっていたら、寂しさは薄れた。けれど、薄れただけ。やっぱり、寂しかった。
いつの間にか、お父様はたくさんの血の匂いをさせて帰ってくるようになった。腕に巻いた包帯は、もう白い部分を残してはいない。
『血を混ぜると、それらしくはなるようだが、やはり駄目だ。力を重視すると、知能がどうしても足りなくなってしまう。ベースとなる生物を強化するだけのようなものだから、当然と言えば当然なのだが。それを、政府の奴らは分かっていない』
周囲からの期待が、重圧が、お父様を壊してしまった。
『ならば、人間をベースにすればどうだろうか』
そこからずっと、どのように実験をすればいいかを考えた内容が続いていく。私を構ってくれなくなったわけではないけれど、以前のお父様とはどこかが違った。どこが、と聞かれても答えられないけれど、ただ、家にいても、一緒にいても、寂しくなった。
ただ、お父様の考えは政府に気付かれたらしかった。正確には、最近起こっていた通り魔事件が、錬成に使う血を欲していたお父様による犯行だと考えた警察が証拠を探していた際に、お父様の人間錬成計画を書き留めたメモを見つけたらしかった。
通り魔事件については、まだ明確な証拠が無い。けれど、人間錬成計画については、お父様の筆跡で書かれたメモが見つかっている。未遂とはいえ、危険思想。どちらの容疑でいつ捕まってもおかしくなくなった。
警察と名乗る人たちが家に来た日から、お父様は錬成をやめた。ずっと一緒にいてくれるようになった。これまで以上に、沢山のことを教えてくれた。前のお父様が帰ってきたような気がして、嬉しかった。
でも、お父様は寂しそうだった。
『もういつ捕まってもおかしくない。あの子は政府の研究所送りだ。そこでは‘人間’として扱ってもらえないだろう。いっそこの手で殺してやろう、と何度も思ったけれど、出来ない。錬成で生んだ沢山の合成獣。でも、自分の子供だと思えたのはあの子だけだから』
どこまでも、私の身を案じてくれたお父様。私は何も知らないふりを続けた。変わらない私を見ることが、お父様の笑顔に繋がっていたから。
『あの子の笑顔を消したくない。でも、僕がいなくなればあの子は悲しむ。錬成の失敗続きで家に帰るのが遅くなったとき、あの子はずっと寂しそうだった。気付いていながら、見なかったふりをしていた。あの子との幸せのためだと自分に言い聞かせて。けれど、次に外へ出るときは、もう帰って来れない。あの子が僕のことを全て忘れてくれたらいい。僕のことを忘れてしまえば、僕のいない生活も寂しくなくなるだろうから』
そして、日記の最後のページ。
『虫の知らせ、とでもいうのかな? 明日僕は捕まるだろう。あの子への最後の宿題は、もう決めてある。残酷だ、と罵られようが、あの子にはずっと笑っていてほしいから』
そして、その日記の翌日、本当にお父様は捕まった。でも、そんな素振りは見せないで、ただ錬成に行くときのように、笑ってから出て行った。
帰ってきたら、笑顔で迎えること。
それが、今回の「宿題」だった。
寂しい、なんて思いは忘れた。
苦しい、なんて思いは忘れた。
悲しい、なんて思いは忘れた。
全部、忘れた。
でも、笑顔だけは忘れなかった。
◇ ◆ ◇
お父様が出て行ってから、私は知らない人たちに、どこか別の場所へと連れて行かれた。ここが、お父様の恐れていた「政府の研究所」なのかもしれない。だって、ここでは自由じゃない。檻の中に閉じ込められたから。
連れてこられたとき、お父様の日記は手放さなかった。お父様の願いには反するけれど、お父様のことを忘れたくなかった。
何度も何度も繰り返し読んで、お父様の事を忘れないようにした。
でも、手の温もりを忘れてしまった。
でも、声の温かさを忘れてしまった。
顔だけは忘れたくない。
でも、思い出してもどこか違う気がした。
研究所に連れてこられてしばらくたってから、隣の檻に新しい合成獣が入ってきた。それが「弟」なのか「妹」なのか、それとも「親戚」なのか「赤の他人」なのか、気にしたことなんてなかった。それなのに。
どこか、懐かしい気がした。
日記の最後、締めくくりの言葉は、一つの約束だった。
『再会できたら、あの子に名前を付けてあげよう。別れを恐れて、ずっと付けてあげなかったけれど。次に会えたら、もう離れたくないから』
その日、私は私の名前を知った。
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