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異界滞在記

 七夜の元いた世界では、最近人気のアトラクションがある。カグヤ、と呼ばれるそのアトラクションは、簡単に言えば本の中に自分の分身を放り込み、その作品の主人公として物語を経験するというものだ。開発当初は昔話を中心としていたが、最近では利用者へのアンケートをもとに、ベストセラーとなった小説の中へも入れるようになった。
 このシステムの面白いところは、中に入った人間の行動によって、シナリオが変化するという部分だ。いくつかのパターンが用意されており、主人公となった人間の行動によって結末は変わる。原作通りに進んでもよし。原作を変えてしまうもよし。シナリオのパターンは、最近の本が元の話ならその作者の意向が第一だが、それ以外なら定期的に一般募集もされるため、かなりの数が用意されている。勇者となった主人公が、魔王の恋人となってかつての仲間たちと戦う、というシナリオパターンまである。
 さて、人気のこのアトラクションに、最近になって面倒な問題が発生した。主人公となった人間以外は、全てが元からその作品の世界にいる人物であることが普通だ。例外として、管理会社側が用意したオリジナルキャラクターがいる場合もあるが、それも利用者が彼らの登場を希望すれば、の話である。
 ところが、利用者どころか管理会社も認知しないキャラクターが現れた。
 サイ、と名乗るそのキャラクターは、その世界には元々存在しないはずの「賽の河原」という場所に出現し、ただひたすら塔を作り続けている。存在しなかった場所にも関わらず、その世界の住人はその「賽の河原」を受け入れてシナリオを進めている。利用者はその「オリジナルキャラクター」の出現を選択していないし、そもそも、会社側で「サイ」というキャラクターを作ったという記録がない。とにかく、全てが謎に包まれている問題だった。
 だが、カグヤの製作に携わった七夜が調査に送り込まれた理由は、もっと大きいところにある。

 サイと出会った利用者の記憶が、一部ではあるものの抜け落ちてしまうのだ。

 前日一日だけの記憶だけならまだいい。報告されている中で最悪の症状は、人間一人を丸々忘れてしまっている。その人間に関わること全ての記憶を失ってしまったその利用者は、医療機関での治療を受け続けているものの記憶が戻る見込みはない。
 とにかく、原因を解明するためには実体験が一番いい。
 様々な調査をした結果そう結論付けた会社は、七夜を送り込んだ。理由は簡単だ。七夜がシナリオ管理の責任者だから。システムのシナリオ上での問題は、シナリオ管理に不備があったからだということらしい。
(それにしても、本当に適当)
 初めは現れることが稀だった「サイ」だが、最近では人気作品にほぼ毎日出現している。だから、まだサイが出現していなくて、利用者に人気の話を選んで七夜を送り込んだ。七夜自身は興味が惹かれなかったため、その本を読んだことが無いのだが。そして、指令は簡単。塔の破壊とサイの捕獲。利用者の話を聞いていると、サイの作る塔は徐々に高くなってきている。理由は分からないが、とりあえず破壊しろとのことだ。
「あー、どうしようかなぁ」
「何が」
 サイの捕獲方法、と素直に答えかけて七夜は言葉を飲み込む。危うく、本人にその相談をするところだった。咳払いをして、続ける。
「今後のこと。考えたけど、浮かばなくて。やっぱ、村に行くのが一番かな?」
 七夜の言葉に、サイは頷いた。
「それがいい。皆、優しいから」
 妙に力の入ったその言い方に、七夜は少しだけ笑った。
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