ねがいごと
欲しいものは全て奪われてしまった。だから、彼はどうしても欲しかったの。
どうされたのですか? 私、今とても急いでいるんです。私の過去? 話さなければ通さない? では、少しだけでもよろしければ。
私を育ててくれたのは、世間では「魔女」と呼ばれている人でした。魔法が使えるわけではありません。ただ、普通の人よりも医学に詳しく、主に薬作りを仕事としている、というところでしょうか。医者と何が違うのか、私には分かりませんが。ただ、いつの頃からか誰かが「魔女」と呼び始めた。それがいつの間にか広まっていたのだそうです。
私の母は、私を産んだことで命を落としました。母を愛していた父は私を恨み、憎み、殺そうとした。そこから助けてくれたのが、産婆をしていた魔女さんでした。私はそのことを幼い頃から教わって育ちました。悲しくはありましたが、魔女さんと暮らす日々はとても楽しかった。共に笑い、物事の良し悪しを教え、時には叱りながらも確かな愛情で包んでくれた。実の両親よりも育ての親、とでも言いましょうか。
けれど、ある日、全てが壊れたのです。王女が友達を欲しがっているからと、私は城へ連れてこられました。魔女と引き離され、泣きながら日々を過ごしました。えぇ、王女の相手なんて当然できません。ですが、見かねた王が約束して下さったのです。王女の願いを千個叶えたら、私の願いを一つ叶える、と。
初めはそれだけのために王女と共にいました。私の「願い」を使って、大好きな人の元へ帰りたかった。けれど、いつの間にか、そんなことは関係がなくなってきたのです。純粋に王女の笑顔を見たいと思うようになったのです。帰りたくなくなったわけではありませんが、以前よりもその気持ちが薄まってきていたのは事実です。
そんな中に彼がやってきて、私達の関係は壊れてしまいました。彼へ淡い恋心を抱いていた王女は、私が彼に近付くことを嫌がりました。私に仕事を押しつけて、王女は彼と二人で会うようになりました。私はそれを遠くから見ているしかなかった。とても悔しかった。
彼が王女に笑顔を与えていることに対し、嫉妬していたのでしょう。その役目は私にあったのですから。ですが、それと同時に王女へ嫉妬していたのです。彼に微笑みかけてもらえる場所にいることが、羨ましかった。私の中で嫉妬が混ざりあい、どろどろとした、ぐちゃぐちゃとした感情がとぐろを巻いた。
だから、王に告げたのです。王女が庭師へ恋心を抱いているのだと告げました。その結果、彼は私の婚約者となった。大方、王が私を哀れんだのでしょう。王女の友として、私にも自由はなかったものですから。与えられたものであったとしても、幸せでした。幸せになれるはずでした。それなのに、彼は王女を選んだのです。二人が相談しているのを聞きました。今夜、二人で逃げるらしいです。ああ、待って。今から私が二人を説得しに行くのですから。大勢で行って刺激しない方が良いでしょう。
そろそろ行かなくては。王女の元に彼が来る時間です。ほら、あなたも仕事に戻って。
それでは、今までありがとうございました。最後の仕事にならないよう、頑張ります。
◇ ◆ ◇
「あなたはすぐに城へ戻って。そして、私達のことは誰にも言わないで」
やはりそうか、と魔女は思った。自分も同じ状況なら、そう言うだろうから。けれど、共感するからといって素直に従うわけではない。
親を奪われ、家族を奪われ、自由を奪われた。
これ以上何も失いたくないのに、彼も奪われようとしている。そんなの嫌だった。だが、どうしたらいいのか分からない。
それなのに、二人が走り出した時、体が勝手に動いていた。
薬作りの時に使うナイフを持ったことを認識した瞬間、どうしてだろうと思った。そして、自分が何をしようとしているのかに気付いた時、嫌だと思った。
それなのに、全てが遅すぎた。
魔女の手に伝わった嫌な感触。ゆっくりと倒れていく庭師。それを支える王女。自分のやったことを理解した時、魔女の中で次の行動が自然に決まった。
すぅっと息を深く吸い込めば、不思議と心が落ち着く。庭師を守ろうとする王女を前に、魔女はナイフを握る力を強める。
「もう、何も奪わせません」
王女に聞こえたかどうかは関係ない。乱暴に引き離すと、魔女は庭師の横に座り、優しく頬を撫でる。優しく、優しく。何度も、何度も。
そして、ナイフを振り上げた。
「 」
どうされたのですか? 私、今とても急いでいるんです。私の過去? 話さなければ通さない? では、少しだけでもよろしければ。
私を育ててくれたのは、世間では「魔女」と呼ばれている人でした。魔法が使えるわけではありません。ただ、普通の人よりも医学に詳しく、主に薬作りを仕事としている、というところでしょうか。医者と何が違うのか、私には分かりませんが。ただ、いつの頃からか誰かが「魔女」と呼び始めた。それがいつの間にか広まっていたのだそうです。
私の母は、私を産んだことで命を落としました。母を愛していた父は私を恨み、憎み、殺そうとした。そこから助けてくれたのが、産婆をしていた魔女さんでした。私はそのことを幼い頃から教わって育ちました。悲しくはありましたが、魔女さんと暮らす日々はとても楽しかった。共に笑い、物事の良し悪しを教え、時には叱りながらも確かな愛情で包んでくれた。実の両親よりも育ての親、とでも言いましょうか。
けれど、ある日、全てが壊れたのです。王女が友達を欲しがっているからと、私は城へ連れてこられました。魔女と引き離され、泣きながら日々を過ごしました。えぇ、王女の相手なんて当然できません。ですが、見かねた王が約束して下さったのです。王女の願いを千個叶えたら、私の願いを一つ叶える、と。
初めはそれだけのために王女と共にいました。私の「願い」を使って、大好きな人の元へ帰りたかった。けれど、いつの間にか、そんなことは関係がなくなってきたのです。純粋に王女の笑顔を見たいと思うようになったのです。帰りたくなくなったわけではありませんが、以前よりもその気持ちが薄まってきていたのは事実です。
そんな中に彼がやってきて、私達の関係は壊れてしまいました。彼へ淡い恋心を抱いていた王女は、私が彼に近付くことを嫌がりました。私に仕事を押しつけて、王女は彼と二人で会うようになりました。私はそれを遠くから見ているしかなかった。とても悔しかった。
彼が王女に笑顔を与えていることに対し、嫉妬していたのでしょう。その役目は私にあったのですから。ですが、それと同時に王女へ嫉妬していたのです。彼に微笑みかけてもらえる場所にいることが、羨ましかった。私の中で嫉妬が混ざりあい、どろどろとした、ぐちゃぐちゃとした感情がとぐろを巻いた。
だから、王に告げたのです。王女が庭師へ恋心を抱いているのだと告げました。その結果、彼は私の婚約者となった。大方、王が私を哀れんだのでしょう。王女の友として、私にも自由はなかったものですから。与えられたものであったとしても、幸せでした。幸せになれるはずでした。それなのに、彼は王女を選んだのです。二人が相談しているのを聞きました。今夜、二人で逃げるらしいです。ああ、待って。今から私が二人を説得しに行くのですから。大勢で行って刺激しない方が良いでしょう。
そろそろ行かなくては。王女の元に彼が来る時間です。ほら、あなたも仕事に戻って。
それでは、今までありがとうございました。最後の仕事にならないよう、頑張ります。
◇ ◆ ◇
「あなたはすぐに城へ戻って。そして、私達のことは誰にも言わないで」
やはりそうか、と魔女は思った。自分も同じ状況なら、そう言うだろうから。けれど、共感するからといって素直に従うわけではない。
親を奪われ、家族を奪われ、自由を奪われた。
これ以上何も失いたくないのに、彼も奪われようとしている。そんなの嫌だった。だが、どうしたらいいのか分からない。
それなのに、二人が走り出した時、体が勝手に動いていた。
薬作りの時に使うナイフを持ったことを認識した瞬間、どうしてだろうと思った。そして、自分が何をしようとしているのかに気付いた時、嫌だと思った。
それなのに、全てが遅すぎた。
魔女の手に伝わった嫌な感触。ゆっくりと倒れていく庭師。それを支える王女。自分のやったことを理解した時、魔女の中で次の行動が自然に決まった。
すぅっと息を深く吸い込めば、不思議と心が落ち着く。庭師を守ろうとする王女を前に、魔女はナイフを握る力を強める。
「もう、何も奪わせません」
王女に聞こえたかどうかは関係ない。乱暴に引き離すと、魔女は庭師の横に座り、優しく頬を撫でる。優しく、優しく。何度も、何度も。
そして、ナイフを振り上げた。
「 」