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恋の歌

●少年少女の新学期●

 新年度に入り、学校の階段を上る足取りは重い。大袈裟に言えば、私にとって今年度における学校生活の全てを左右する、一大イベントが待っているのだから。
 階段で、廊下で、友人とすれ違う度にあいさつを交わす。旧クラス番号の教室へ入ろうと扉に手をかけ――深呼吸。
「伏木、おはよ」
 よし、と手に力を入れたと同時に、後ろから声をかけられた。力が抜けて、扉にもたれかかりたくなったのは、ぐっと我慢する。
「浦見」
「何?」
「訴えてやる」
「何で!」
 私の一大決心を踏みにじり、教室に入るタイミングがずれたんだもん。当然の報いだよ。
 元旦に「大凶」を引いてから、浦見に恋愛相談を始めた。いい加減、誰かに言いたくなった、というのが一つ目の理由。二つ目の理由は、神様に恋愛は無理だと断定された仲間だから、励まし合って頑張れるんじゃないかって思ったから。浦見自身はどうか知らないけど、私は少しだけ頑張ろうって思えるようになった。何だかんだ言いつつ、三人で遊んでても自然に二人っきりにしてくれるし。まあ、ちょっとだけだけどね。あんまり長いと、私の心臓が持たないって。
 だから、本人には言わないけど、浦見には感謝してる。感謝してるけど、扉の前で気合を入れていた私を見て、全てが分かったような顔をするのはやめてほしい。
「大丈夫。違うクラスになっても協力するから」
「いや、浦見とは別にクラスが離れても気にしないし」
 全然理解してなかった。大真面目に見つめながら言われると、友人とはいえ照れる。ふいと顔を背けた先に――想い人発見!
「うっさぎー!」
「ウサギって言うな!」
 ドンと体を押すと、軽く頭を叩かれた。あんまり痛くない。嫌じゃないし、むしろ嬉しい。エムじゃないけどね。
「おはよ、宇佐見」
「おはよ。ほら伏木。浦見を見習えって」
 浦見を、か。見習うべき所があるかどうかは別として、宇佐見に言われたんだから、呼び方については素直に従っておこう。
「宇佐見、クラス分けどうなると思う?」
「さあ? ま、いい加減浦見からは離れたいけどな」
 あー、小一からずっと同じクラスだって言ってたっけ? 宇佐見、と浦見、だからいつも席は前後。同じ学年には内海さんとか宇野さんとか梅本さんとかがいるのに、一度も同じクラスになったことが無く、席順前後記録は更新中らしい。それはそれですごいし、記録が途絶えてしまうのは勿体ないと思う。そうは思っても、浦見は別のクラスであってほしい。だって、付き合いの長さの差なのか、性別の壁が立ちはだかっているのか、最終的に優先されているのは大抵が浦見。男に嫉妬する私って、心が狭いのかな? まあ、多分、宇佐見関連のみ。
 とはいえ、浦見が一緒のクラスである方がいい気もする。仲が良いとはいえ、常に一緒にいるわけじゃない。私にも、女友達はいるし、そちらとの時間も大切にしたい。となると、男子の方へわざわざ行く気にはなれない。人懐っこくて絡みやすい浦見がいるから、女友達と集団で男子の会話に仲間入りすることはあるけど、宇佐見だけだったら……無理。絶対、無理。間に「浦見」という緩衝材がいる(ある?)から耐えられるのであって、浦見がいない宇佐見との空間に、耐えられる自信が全く無い。欲しい時に欲しい助け船を出す、という芸当は浦見にしか出来ないと思う。
「とりあえずさ、中に入ろう。で、じゃんけんで負けた人が全員分見てこよう」
「何で」
「皆が群がってて、表が見難いと思うから、罰ゲームに丁度いい」
「いや、罰ゲームする意味が分かんねぇ」
 そこはノリだ、ノリ。
 緊張は解れたし、会話しているうちに諦めもついた。一番扉に近いのが私だったし、罰ゲームについて文句を言う二人を放置して扉を開ける。
「おはよー」
 返事は、主に黒板前から。予想通り、黒板に張られたクラス替えの表の前には人だかり。他人のが気になるのは分かるけど、自分のを見たんならさっさと退けばいいのに。
「はい、じゃんけんしよっか」
 私の提案に、浦見がため息をついた。
「俺が見てくる」
「えー?」
 面白くない。
 反対する前に、黒板の方へ行かれた。もしかしたら、これが最後の三人でのじゃんけんになるかも――ってのは、さすがに大袈裟か。
「ウサギさん、ウサギさん」
「干支だからって、今年中言うつもりか? それ」
 音が似てるのが悪い。
「次も同じクラスかな?」
「んー、俺としてはどっちでも」
 無意識の言葉だろうからこそ、傷は深いんだよ。これは、脈無し……だよね?
「けど、一緒だったら楽しいよな」
 どうしよう! 無意識だろうからこそ、すごく嬉しいんだけど! 不意打ちだって! 胸のど真ん中をドーンと打ち抜いたよ! うん、やっぱり私は宇佐見が大好きだ。
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