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Re;Birth



「おー、雪三郎。また来たのか」
 二階から聞こえてきた声で、私は目を覚ました。
 ここは、本屋LEGIONレギオン。敷地は狭いけど、一階と二階が売り場になっている。一階は人気の本が中心、二階は店主の趣味丸出しの売り場だ。三階の喫茶店には入ったことがないから何とも言えない。因みに、二階の本のジャンルはよく変わる。自分が読みたいと思った本を取り寄せ、そのついでに売るという感じだから、二階の本の在庫は少ない。世界各国の神話大全が多く揃っていたと思えば、その一か月後には植物図鑑が棚の大半を占めている、ということも多いし。
(まあ、そこもこの店の魅力なのかな)
 何度も足を運ぶ客の中には、友人と「今回の二階取扱いジャンルは何か」という賭けをしている人もいるほどだから。
 ぐっと伸びをしたら、背骨がいい音を立てた。店番をしていたら、いつの間にか寝ていたみたい。
(雪三郎……って、誰だっけ)
 どうしても思い出せない。思い出そうと唸っていたら、二階から一樹が降りてきた。一樹は店主の友人の息子。そんな繋がりから、暇な時は店の手伝いをしていて、私も一緒に店番をする。
「あ、双葉。起きたんだ」
 にやにやと笑いながら言う一樹は、私が眠っているのを知っていながら起こさなかったんだ。酷い。返事なんてしてやらない。
 一樹から目をそらそうとして、肩に止まっている雀に気付いた。
「双葉、覚えてるか? ほら、前に店の窓にぶつかった奴」
 ジッと雀を見つめ、一樹の言葉と合わせて何か思い出せないかと必死で頭を働かせる。
(一樹の言葉からして、この雀が雪三郎……だよね?)
 雀。窓に激突。雪。
 この三つから、ようやく思い出せた。
 あれは、風邪予防のためにと、暖房を一度止めて、換気をしていた時だ。珍しく雪が降ってきて、中に入ってきたら本がやばい! と急いで窓を閉めに行った一樹が、二階で発見した雀。逃がすために一樹が捕まえようとすると、抵抗せずにあっさりと捕獲完了。面白がった一樹は、店の図鑑で雀が何を食べるのかを調べ、エサが簡単に手に入る――というか、ちょうど、休憩室にあったパンでも食べることが分かったので、パンを千切って雀にやった。
 すると、彼(彼女?)は時々窓から遊びに来るようになった。
『俺が一樹で、お前が双葉だろ? 雪の日に会ったし、雪三郎でいいよな』
 一樹は雪三郎が雄だと決めつけているけど、もし雌だったら「雪三郎」という名前は可哀想。まあ、一樹が気に入ってるならいいかな? 雪三郎自身、嫌がってないし。まあ、嫌がっていたとしても分からないんだけどね。

 一樹が雪三郎のエサを取りに行っている間、私と雪三郎は見つめ合っていた。



 雪三郎。
 それが、私に与えられた名前。

 それは、風が冷たくて、飛んでいて気持ちがいいと思った日。いつもより遠くまで飛んでみていたら、雪が降ってきた。突然冷たい「何か」が体にぶつかってきて、驚いた。とりあえず、羽を濡らしたくなくて建物の影へ――と思ったら、窓が開いていたみたいで建物の中へ入ってしまっていた。
 ぐるりと私を取り囲むように生えている、大きな壁。壁の模様はとても不思議なもの。しかも、途中に隙間がある。
(大丈夫なのかな?)
 そう思った直後、気付いた。これ、本棚だ。考えていることが読まれていたら、ものすごく恥ずかしい勘違いだった。
 もう少し休んでから帰ろうと思い、一息ついた。その時だった。
「雪!? 本がっ!」
 床から声が聞こえてきて、思わず飛び立つ。大きな音が近付いて来て、パニックに陥った。そして、何かにぶつかった。
「痛っ」
 床から聞こえたのと同じ声が、今度は頭上から聞こえた。

「おー、マジで食った」
 本能的な行動だから仕方がない。
 彼に撫でられつつ、彼の手に乗せられたパン屑を食べる。偶に公園でお爺さんが撒いてくれるけど、これ、意外とおいしい。
(……食べにくい)
 食べようと構えたら、ぼすっと手が降ってくる。ちょっとだけタイミングが狂う。まあ、暖かいから別にいいんだけど。
 彼にぶつかって驚いて、手が伸びてきてもすぐには動けなかった。そのせいで逃げる機会を逃した気がするけど、おいしいものが食べられるから満足。まあ、私の方をじっと見てくる犬の視線が、少し怖いけど。
(私、エサじゃないよ)
(誰がお前みたいなチビ鳥を食うか)
 目だけで主張してみたら、何か、そう言われた気がした。
「双葉、雪三郎はエサじゃないからな」
(雪三郎……私のことかな?)
 正直、どうでもいい。名前で呼び合うことなんてないから。
 お腹がいっぱいになって、外を見てみた。そしたら、もう雪は止んでしまっていて。
「あ、もう行くのか」
 もぞもぞと体を動かしていたら、彼は窓まで私を運んでくれた。
暖かな手が離れると同時に、冷たい風が体にまとわりつく。
(ああ、この風)
 気持ちがいいと思った、清らかな風だった。
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