ねがいごと
欲しいものは全て手に入ったわ。だから、彼を手放したくなかったの。
あら、どうしたの? 私は今忙しいの。何? 私達のことが聞きたいの? 仕方ないわね。少しだけでいいわね。終わったら通しなさい。
そうね、まずはあの子との出会いから。私は王の一人娘として、大事に育てられたわ。それはよく分かっているし、感謝もしている。でもね、私を心配するあまり、父様は私を外に出してくださらなかったの。周囲にいるのは大人ばかりで、皆優しかったけれど、私だけが幼いというのは、少し寂しかった。だから、父様に頼んだことがあったの。友達が欲しい。年の近いの女の子がいいって。そして連れてこられたのがあの子。魔女の娘として育ったから、沢山のことを知っていて、外のことを色々教えてくれたの。いつも顔を布で隠していたけど、あの子の瞳はとても優しくて、安心できたわ。
ずっと二人で過ごしていたけど、そこにある日、一人の少年が加わるの。それが、彼。年を取って辞めた庭師の後任として、彼が新しくやって来たの。歳も私達と近かったし、すぐに仲良くなったわ。彼はバラが好きだって言って、とても大切にバラを育てていた。庭には元から多くのバラが植えられていたけど、彼が来てから更に増えたわ。三人で過ごす日々は、とても楽しかったの。
でも、だんだん苦しくなった。
あの子と彼は外から来たんだもの。外のことを楽しそうに話す二人を見ているのが、とても辛かった。だって、私は二人のように経験したわけじゃない。外のことを、ただ読んだだけ。聞いただけ。知っているだけ。また少し、寂しくなったわ。
だから、二人を離したの。あの子とはずっと一緒にいたけれど、彼とはまだ少しだけ。もっと彼のことが知りたくて、あの子には彼の分の仕事も与え、私は彼と一緒にいることが多くなったわ。そして、時を重ねるごとに、彼への想いは少しずつ変わっていったの。初めはただの興味だったのに、いつの間にか好きになっていたのね。彼の全てを知りたいと思ったし、彼も私の気持ちに応えてくれた。とても、とても幸せだったわ。
けれど、すぐに父様にばれてしまったの。どうせ、あの子が告げ口したに決まっている。私達のこと、羨ましそうにずっと見ていたもの。父様はとても怒ったわ。すぐに私には婚約者を決め、使用人同士ならお似合いだって、彼とあの子を結婚させようとしたの。一度結ばれたらもうおしまいよ。諦めたくはなかったけれど、父様に逆らうのがとても怖かった。
けれど、それ以上にあの子が怖かったわ。ねぇ、あなた知ってる? 父様とあの子の契約。あの子が私の願いを千個叶えたら、あの子の願いが一つ叶えてもらえるの。あの子が何を願うのか、父様が何を思って契約したのか、私の願いがいくつ叶ったのかは分からない。
ただ、父様があの子に彼と結婚するように言った時、あの子は笑ったの。とても嬉しそうに。もしかしたら、あの子が願ったから二人が結婚することになったのかもしれない。そう思うと悔しかったわ。
だから、彼と話して決めたの。今夜、二人で逃げるって。あ、このことはもちろん内緒にしていなさいね。
さぁ、そこをどいて。私の話はここまで。
さようなら、今までありがとう。
◇ ◆ ◇
「さあ、行こうか」
王女が差し出された手を取ったとき、魔女は二人の元へ辿り着いた。二人を引き留めるため、繋ぎ止めるために。しかし、婚約者という立場になったはずの庭師は、王女の手を引いて迷うことなく走り出す。
今が夜だとはいえ、誰か他の人に見つからないとは限らない。魔女が人を呼ぶかもしれないとは思ったが、それはそれで仕方ないだろうと、王女は手を引かれるままに走り出す。だが、魔女は二人の後を追うことを選んだ。見失えばそこで終わりだと知っているのだろう。必死に、ひたすらに。
城でしか生きたことのない王女が走り慣れていなかったせいなのか。互いの距離は少しずつ縮まり、城下町を抜ける頃には、庭師から少し遅れて走る王女の手を魔女が掴めるほどになっていた。一歩ごとに掠り、掠り、そして、絡む。
「お待ち下さい! どうか、城へお戻り下さい」
「嫌よ! 私は外で彼と暮らしたいの」
どうせ、ここまで追ってきたのは彼を取り戻すため。或いは、王の怒りに触れるのが怖いからに違いない。そう思うと、戻る気にはなれなかった。
王女にとっては初めての世界。絵ではない、本物の世界だった。城よりも汚い。それでも、どこか生き生きとしている世界。こちらで一生を終えたいと思った。
どれだけ走ったのだろう。不意に魔女はその手を離す。そして、そのまま走り出そうとする二人に――いや、王女に最後の言葉を掛けた。泣きそうに、けれど微笑みながら。
「最後に一つだけ、あなたの願いを叶えさせてください」
王女が立ち止まり、庭師も止まる。魔女は考える時間を与えるようにゆっくりと、けれども少しずつ二人に近付いていく。
だが、辿り着く前に王女は最後の願いを告げた。
「あなたはすぐに城へ戻って。そして、私達のことは誰にも言わないで」
それだけを告げて再び走りだす二人。だが、すぐに止まる。
ゆっくりと倒れていく庭師。支えた王女の手には赤い色。顔を上げれば、すぐ側に魔女がいた。
彼を刺したナイフを持って。
あら、どうしたの? 私は今忙しいの。何? 私達のことが聞きたいの? 仕方ないわね。少しだけでいいわね。終わったら通しなさい。
そうね、まずはあの子との出会いから。私は王の一人娘として、大事に育てられたわ。それはよく分かっているし、感謝もしている。でもね、私を心配するあまり、父様は私を外に出してくださらなかったの。周囲にいるのは大人ばかりで、皆優しかったけれど、私だけが幼いというのは、少し寂しかった。だから、父様に頼んだことがあったの。友達が欲しい。年の近いの女の子がいいって。そして連れてこられたのがあの子。魔女の娘として育ったから、沢山のことを知っていて、外のことを色々教えてくれたの。いつも顔を布で隠していたけど、あの子の瞳はとても優しくて、安心できたわ。
ずっと二人で過ごしていたけど、そこにある日、一人の少年が加わるの。それが、彼。年を取って辞めた庭師の後任として、彼が新しくやって来たの。歳も私達と近かったし、すぐに仲良くなったわ。彼はバラが好きだって言って、とても大切にバラを育てていた。庭には元から多くのバラが植えられていたけど、彼が来てから更に増えたわ。三人で過ごす日々は、とても楽しかったの。
でも、だんだん苦しくなった。
あの子と彼は外から来たんだもの。外のことを楽しそうに話す二人を見ているのが、とても辛かった。だって、私は二人のように経験したわけじゃない。外のことを、ただ読んだだけ。聞いただけ。知っているだけ。また少し、寂しくなったわ。
だから、二人を離したの。あの子とはずっと一緒にいたけれど、彼とはまだ少しだけ。もっと彼のことが知りたくて、あの子には彼の分の仕事も与え、私は彼と一緒にいることが多くなったわ。そして、時を重ねるごとに、彼への想いは少しずつ変わっていったの。初めはただの興味だったのに、いつの間にか好きになっていたのね。彼の全てを知りたいと思ったし、彼も私の気持ちに応えてくれた。とても、とても幸せだったわ。
けれど、すぐに父様にばれてしまったの。どうせ、あの子が告げ口したに決まっている。私達のこと、羨ましそうにずっと見ていたもの。父様はとても怒ったわ。すぐに私には婚約者を決め、使用人同士ならお似合いだって、彼とあの子を結婚させようとしたの。一度結ばれたらもうおしまいよ。諦めたくはなかったけれど、父様に逆らうのがとても怖かった。
けれど、それ以上にあの子が怖かったわ。ねぇ、あなた知ってる? 父様とあの子の契約。あの子が私の願いを千個叶えたら、あの子の願いが一つ叶えてもらえるの。あの子が何を願うのか、父様が何を思って契約したのか、私の願いがいくつ叶ったのかは分からない。
ただ、父様があの子に彼と結婚するように言った時、あの子は笑ったの。とても嬉しそうに。もしかしたら、あの子が願ったから二人が結婚することになったのかもしれない。そう思うと悔しかったわ。
だから、彼と話して決めたの。今夜、二人で逃げるって。あ、このことはもちろん内緒にしていなさいね。
さぁ、そこをどいて。私の話はここまで。
さようなら、今までありがとう。
◇ ◆ ◇
「さあ、行こうか」
王女が差し出された手を取ったとき、魔女は二人の元へ辿り着いた。二人を引き留めるため、繋ぎ止めるために。しかし、婚約者という立場になったはずの庭師は、王女の手を引いて迷うことなく走り出す。
今が夜だとはいえ、誰か他の人に見つからないとは限らない。魔女が人を呼ぶかもしれないとは思ったが、それはそれで仕方ないだろうと、王女は手を引かれるままに走り出す。だが、魔女は二人の後を追うことを選んだ。見失えばそこで終わりだと知っているのだろう。必死に、ひたすらに。
城でしか生きたことのない王女が走り慣れていなかったせいなのか。互いの距離は少しずつ縮まり、城下町を抜ける頃には、庭師から少し遅れて走る王女の手を魔女が掴めるほどになっていた。一歩ごとに掠り、掠り、そして、絡む。
「お待ち下さい! どうか、城へお戻り下さい」
「嫌よ! 私は外で彼と暮らしたいの」
どうせ、ここまで追ってきたのは彼を取り戻すため。或いは、王の怒りに触れるのが怖いからに違いない。そう思うと、戻る気にはなれなかった。
王女にとっては初めての世界。絵ではない、本物の世界だった。城よりも汚い。それでも、どこか生き生きとしている世界。こちらで一生を終えたいと思った。
どれだけ走ったのだろう。不意に魔女はその手を離す。そして、そのまま走り出そうとする二人に――いや、王女に最後の言葉を掛けた。泣きそうに、けれど微笑みながら。
「最後に一つだけ、あなたの願いを叶えさせてください」
王女が立ち止まり、庭師も止まる。魔女は考える時間を与えるようにゆっくりと、けれども少しずつ二人に近付いていく。
だが、辿り着く前に王女は最後の願いを告げた。
「あなたはすぐに城へ戻って。そして、私達のことは誰にも言わないで」
それだけを告げて再び走りだす二人。だが、すぐに止まる。
ゆっくりと倒れていく庭師。支えた王女の手には赤い色。顔を上げれば、すぐ側に魔女がいた。
彼を刺したナイフを持って。
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