二刀流でなかった頃の話
人も刀剣男士も大勢いる場所だから逸れないように、迷子にならないように、と口うるさいほどに繰り返す主自身こそが危険なのではないか。言葉にはしなかったが、そんなことを考えていることはばれていたのだろう。同行する短刀や脇差の連中に「索敵が得意だとこういう場面でも役に立つんですよ」と耳打ちされる。己よりも長く主の側にいた彼らがそう言うのであれば間違いがないのだろう。
演練に行こう、と誘われたのは昨夜のこと。言葉こそ勧誘の形をしていたのだけれど、主の頭の中では共に会場を歩く姿が思い描かれていたに違いない。揶揄ってやりたくなり「うーん、どうしようかな」なんて。あわあわと演練の楽しさを説明してくれる姿を堪能してから頷いてやると、とても嬉しそうに笑ってくれた。あまりいじめてやるな、とその時の近侍くんに言われたのだけれど、そういう君だって同じ遊びをしていることを知っているんだからね、とは言わないでおいてやった。何しろ、気分が良かったものだから。
通常の戦場へと出陣を繰り返し、遠征や内番もこなすことで少しずつではあるが人の器というものにも慣れてきた。他人の目に晒してももう恥ずかしくはないと認められたようで、頬が緩んでしまうのは仕方のないことだ。
「兄者はいつも楽しそうだね」
「実際、いつも楽しいんだもの」
始めこそ敬語で話しかけてきていた主も、今では砕けた口調で呼びかけてくれる。緊張していたのか距離を掴みかねていたのか、そんなことはどうだっていい。鍛刀部屋で邂逅したあの時から、彼は髭切という太刀に対する憧れを隠そうとはしていなかった。励起することのできた喜び、言葉を交わすことのできる喜び、これから共に戦っていくことのできる喜び。敬語なんてもので取り繕っていても伝わってくるそれらに、既に混ざり始めていた砕けた口調に、どれほどの愛おしさを感じたことか。
主の口調一つで楽しさを見出していたのだから、日々が楽しくないわけがない。そこに、主に認められたのだという喜びが重なってきて誉桜を我慢することができようか。ひらひらと舞う薄紅は時間さえ経てば自然と消える。そのありがたさを感じているのは日々の掃除当番で、そうでなければ一振りの足取りに沿って花弁が落ちている事実に発狂したことであろう。
そんなわけで主に誘いをかけられてからは誉桜が常に舞った状態であったのだが、演練の会場に到着した瞬間にその量が僅かに増えたことは完全に無意識の出来事だった。同じ本丸の仲間たちは勿論のことながら、別の本丸の審神者やその刀剣男士たちからもどこかあたたかな眼差しを向けられたことにすら気がついていなかった。
「主、主、凄いね。あっちにも、ああ、あっちにも僕がいる」
「そう。だから絶対に逸れないように……聞いてないね。兄者、これは聞いてないね」
「失礼な。君の言葉を僕が取り零すとでも……おや、なんだろうね。あそこ、弟丸が随分と集まっているようだけれど」
かっこよさは持続しなかったかぁ、という主の言葉もしっかりと耳に捉えてはいたのだけれど、視線がその一点に集中してしまうことだけは許してほしかった。
慎重に進軍してきた主の本丸に、太刀は非常に少ない。髭切という、巷では珍しいと言われる太刀が初の太刀となっているほどである。最近では少しずつ太刀の数も増えてきたのだけれど、そんな状況にあるものだから弟が顕現するとするならばそれはずっと先のことに違いなかった。会うことができるに越したことはないけれど、そもそも、離れていた期間の方がずっと長い。本丸の方針も理解しているので、気長に待つつもりではあった。
それでも、だ。弟たちが集まっているそこに、目を向けずにいられようか。視線に気がついたらしい一振りがこちらに手を振ってくれたおかげで、他の弟たちもこちらに顔を向け、目礼をしたり、手を振ってくれたり。
「ああ、やっぱり。大元が同じでも、本丸によって個性はでるものなんだね」
うちに来る子は、どんな子だろう。兄者、兄者、と後をついて回ってくれる甘えん坊な子だろうか。それとも、しゃんと背筋を伸ばし、兄に相応しく在らんと強がるような子だろうか。どんな子であっても弟であることに変わりはないし、どんな子であっても己が兄であることに変わりはないだろう。ない、はずである。
「ねえ、主」
「膝丸を見つけるのは、もうちょっと待ってな」
「それは分かっているんだけれどね、僕、ちゃんとあの子の兄らしくできるかな」
大元が同じでも、本丸ごとに個性が現れてしまうのであれば。もしかしたら、己は兄らしい姿からは少し外れた個体として顕現してしまっているのかもしれない。食事では初めての味や食感と出会う度に大仰な反応をしてしまうし、初めての入浴では早くお湯というものに浸かってみたいがために飛び込んで怒られてしまった。短刀たちに連れ回されている姿はどちらが兄か分からないね、とは先日言われたばかりである。
どう答えたものか、と僅かに思案した主は、唐突にばしんと背を叩く。
「誰が何といおうと兄者は俺の髭切だし、兄者は俺の兄者だよ」
「……その言い方だと、兄者、というものが呼称なのか兄なのかが分からないね」
それでも、すとんと胸に落ちてきた。なるほど、主が己を「兄者」と呼ぶのであれば、彼もまた己の「弟」であるに違いない。それは顕現した当初に認識したことだ。日々の積み重ねに忘れかけてしまっていたそれを、再確認する。弟が兄と呼んでくれるのならば、きっと。
「とりあえず、熱烈な愛は受け取ったよ。ありがとう」
弟、を褒めるのであれば頭を撫でてやるべきか。自分の発言内容にか、それを受けた「兄」の行動にか、照れた主が早口で演練参加の手続きに向かうことを告げることもまた、琴線に触れる。視線が弟に吸い寄せられてしまうのは仕方がないことだ。可愛い可愛い、たった一人の弟なのだから。
演練に行こう、と誘われたのは昨夜のこと。言葉こそ勧誘の形をしていたのだけれど、主の頭の中では共に会場を歩く姿が思い描かれていたに違いない。揶揄ってやりたくなり「うーん、どうしようかな」なんて。あわあわと演練の楽しさを説明してくれる姿を堪能してから頷いてやると、とても嬉しそうに笑ってくれた。あまりいじめてやるな、とその時の近侍くんに言われたのだけれど、そういう君だって同じ遊びをしていることを知っているんだからね、とは言わないでおいてやった。何しろ、気分が良かったものだから。
通常の戦場へと出陣を繰り返し、遠征や内番もこなすことで少しずつではあるが人の器というものにも慣れてきた。他人の目に晒してももう恥ずかしくはないと認められたようで、頬が緩んでしまうのは仕方のないことだ。
「兄者はいつも楽しそうだね」
「実際、いつも楽しいんだもの」
始めこそ敬語で話しかけてきていた主も、今では砕けた口調で呼びかけてくれる。緊張していたのか距離を掴みかねていたのか、そんなことはどうだっていい。鍛刀部屋で邂逅したあの時から、彼は髭切という太刀に対する憧れを隠そうとはしていなかった。励起することのできた喜び、言葉を交わすことのできる喜び、これから共に戦っていくことのできる喜び。敬語なんてもので取り繕っていても伝わってくるそれらに、既に混ざり始めていた砕けた口調に、どれほどの愛おしさを感じたことか。
主の口調一つで楽しさを見出していたのだから、日々が楽しくないわけがない。そこに、主に認められたのだという喜びが重なってきて誉桜を我慢することができようか。ひらひらと舞う薄紅は時間さえ経てば自然と消える。そのありがたさを感じているのは日々の掃除当番で、そうでなければ一振りの足取りに沿って花弁が落ちている事実に発狂したことであろう。
そんなわけで主に誘いをかけられてからは誉桜が常に舞った状態であったのだが、演練の会場に到着した瞬間にその量が僅かに増えたことは完全に無意識の出来事だった。同じ本丸の仲間たちは勿論のことながら、別の本丸の審神者やその刀剣男士たちからもどこかあたたかな眼差しを向けられたことにすら気がついていなかった。
「主、主、凄いね。あっちにも、ああ、あっちにも僕がいる」
「そう。だから絶対に逸れないように……聞いてないね。兄者、これは聞いてないね」
「失礼な。君の言葉を僕が取り零すとでも……おや、なんだろうね。あそこ、弟丸が随分と集まっているようだけれど」
かっこよさは持続しなかったかぁ、という主の言葉もしっかりと耳に捉えてはいたのだけれど、視線がその一点に集中してしまうことだけは許してほしかった。
慎重に進軍してきた主の本丸に、太刀は非常に少ない。髭切という、巷では珍しいと言われる太刀が初の太刀となっているほどである。最近では少しずつ太刀の数も増えてきたのだけれど、そんな状況にあるものだから弟が顕現するとするならばそれはずっと先のことに違いなかった。会うことができるに越したことはないけれど、そもそも、離れていた期間の方がずっと長い。本丸の方針も理解しているので、気長に待つつもりではあった。
それでも、だ。弟たちが集まっているそこに、目を向けずにいられようか。視線に気がついたらしい一振りがこちらに手を振ってくれたおかげで、他の弟たちもこちらに顔を向け、目礼をしたり、手を振ってくれたり。
「ああ、やっぱり。大元が同じでも、本丸によって個性はでるものなんだね」
うちに来る子は、どんな子だろう。兄者、兄者、と後をついて回ってくれる甘えん坊な子だろうか。それとも、しゃんと背筋を伸ばし、兄に相応しく在らんと強がるような子だろうか。どんな子であっても弟であることに変わりはないし、どんな子であっても己が兄であることに変わりはないだろう。ない、はずである。
「ねえ、主」
「膝丸を見つけるのは、もうちょっと待ってな」
「それは分かっているんだけれどね、僕、ちゃんとあの子の兄らしくできるかな」
大元が同じでも、本丸ごとに個性が現れてしまうのであれば。もしかしたら、己は兄らしい姿からは少し外れた個体として顕現してしまっているのかもしれない。食事では初めての味や食感と出会う度に大仰な反応をしてしまうし、初めての入浴では早くお湯というものに浸かってみたいがために飛び込んで怒られてしまった。短刀たちに連れ回されている姿はどちらが兄か分からないね、とは先日言われたばかりである。
どう答えたものか、と僅かに思案した主は、唐突にばしんと背を叩く。
「誰が何といおうと兄者は俺の髭切だし、兄者は俺の兄者だよ」
「……その言い方だと、兄者、というものが呼称なのか兄なのかが分からないね」
それでも、すとんと胸に落ちてきた。なるほど、主が己を「兄者」と呼ぶのであれば、彼もまた己の「弟」であるに違いない。それは顕現した当初に認識したことだ。日々の積み重ねに忘れかけてしまっていたそれを、再確認する。弟が兄と呼んでくれるのならば、きっと。
「とりあえず、熱烈な愛は受け取ったよ。ありがとう」
弟、を褒めるのであれば頭を撫でてやるべきか。自分の発言内容にか、それを受けた「兄」の行動にか、照れた主が早口で演練参加の手続きに向かうことを告げることもまた、琴線に触れる。視線が弟に吸い寄せられてしまうのは仕方がないことだ。可愛い可愛い、たった一人の弟なのだから。