やほよろづ
気付いた時にはもう、誰もいなかった。明るい世界に生まれ落ちた瞬間のことはうっすらと覚えていて、その時には、優しく触れてくれる温もりがあって、声があって。
けれど。
気付いた時にはもう、誰もいなかった。暗闇に世界に、ぽつんと取り残されてしまった。本能では、守ってくれる存在が傍にいない今の状況がおかしいのだと分かっている。それでも、今いる場所を動いてもいいのかが分からない。もしかしたら、あの温もりの持ち主が帰ってきてくれるかもしれないからと、自分を騙し続けてどれだけの時間がたったか。
暗闇ばかりだったはずの世界に、たった一つだけある出入り口から光が差し込む。いや、何度も何度も光は訪れていたというのに、気が付かないフリをしていただけだ。
(……ここ、でよう)
きっと、もうあの温もりは帰っては来ないから。
ようやく認めることのできたその事実に、視界が歪む。だが、立ち止まってはいられないのだ。お腹がすいたという欲求をねじ伏せようにも、もう限界なのだから。
暗闇から、眩い世界へ。急に変わった光の量に、思わず目を閉じてしまう。歩かなければ、と思って上げていた足も、もとあった場所に下ろされてしまう。ほんの一瞬だけ見た視界からの情報と、今も絶え間なく聞こえてくる聴覚からの情報。暗闇に閉じこもっていた頃と比べると、圧倒的に多いその量。
思わず立ちすくんでしまった彼を追い立てたのは、大きすぎるほどの喧騒。
びくり、と体を震わせた彼に、その音は容赦なく近付いてくる。ゆっくりと瞼を上げれば、飛び込んでくるのは宙に浮かぶ黒いナニカ。バサバサ、という音の合間に彼らは口を開き、騒ぎ立てる。はやくここから立ち去れ、とでも言うように。
彼らが何なのか、何を言っているのかなど、全く分からない。けれど、自分を追い出そうとしているのだということだけは分かって、それが分かると急に怖くなる。早くこの場を離れなければ、危ないのではないか、と。
逃走本能の赴くままに走り始めた彼を、空を飛ぶ彼らは追ってくる。背後から「立ち止まるな」とでも言うように追い立て、時折、行く手を阻んで。そして木々の間を抜けて、草の間を駆けて。
そろそろ体力の限界だ、という状態になって、不意に追ってくるものたちが自分を追い越した。行く手を阻むためではなく、その先に立つ影に集まるように。
あるものは、その人の肩に。あるものは、その人の腕に。あるものは、その人の指先に。その人に乗ることができなかったものたちは、周囲にある高い場所へと腰を落ち着かせて。
ようやく静かになった世界に戸惑う彼に、目前の影は話しかける。
「なんや、えらい珍しい仔が来よったな」
しゃがみ込んで抱きかかえてくれる腕に、懐かしい温もりを感じた気がして。
「こいつら、お前をここまで連れてきたかっただけみたいやから、許したってくれん?」
その言葉に、思わず頷いてしまって。
「ずっと何も食うとらんらしいな。ちょっと待っときぃや」
地面に下ろして離れていってしまうその影に、行ってほしくないと思う自分がいることに気が付いて。
(ああ、さみしかったのか)
ようやく自分の置かれた状況を受け入れても良いような気がした。ひとりでいる間は、どうしたって認めることができなかった。そうしている間に襲われでもしたら、と思うと怖かったから。一人になって、捨てられて、それでも、生きていたかったから。
それは生まれて初めて泣いた日のこと。
けれど。
気付いた時にはもう、誰もいなかった。暗闇に世界に、ぽつんと取り残されてしまった。本能では、守ってくれる存在が傍にいない今の状況がおかしいのだと分かっている。それでも、今いる場所を動いてもいいのかが分からない。もしかしたら、あの温もりの持ち主が帰ってきてくれるかもしれないからと、自分を騙し続けてどれだけの時間がたったか。
暗闇ばかりだったはずの世界に、たった一つだけある出入り口から光が差し込む。いや、何度も何度も光は訪れていたというのに、気が付かないフリをしていただけだ。
(……ここ、でよう)
きっと、もうあの温もりは帰っては来ないから。
ようやく認めることのできたその事実に、視界が歪む。だが、立ち止まってはいられないのだ。お腹がすいたという欲求をねじ伏せようにも、もう限界なのだから。
暗闇から、眩い世界へ。急に変わった光の量に、思わず目を閉じてしまう。歩かなければ、と思って上げていた足も、もとあった場所に下ろされてしまう。ほんの一瞬だけ見た視界からの情報と、今も絶え間なく聞こえてくる聴覚からの情報。暗闇に閉じこもっていた頃と比べると、圧倒的に多いその量。
思わず立ちすくんでしまった彼を追い立てたのは、大きすぎるほどの喧騒。
びくり、と体を震わせた彼に、その音は容赦なく近付いてくる。ゆっくりと瞼を上げれば、飛び込んでくるのは宙に浮かぶ黒いナニカ。バサバサ、という音の合間に彼らは口を開き、騒ぎ立てる。はやくここから立ち去れ、とでも言うように。
彼らが何なのか、何を言っているのかなど、全く分からない。けれど、自分を追い出そうとしているのだということだけは分かって、それが分かると急に怖くなる。早くこの場を離れなければ、危ないのではないか、と。
逃走本能の赴くままに走り始めた彼を、空を飛ぶ彼らは追ってくる。背後から「立ち止まるな」とでも言うように追い立て、時折、行く手を阻んで。そして木々の間を抜けて、草の間を駆けて。
そろそろ体力の限界だ、という状態になって、不意に追ってくるものたちが自分を追い越した。行く手を阻むためではなく、その先に立つ影に集まるように。
あるものは、その人の肩に。あるものは、その人の腕に。あるものは、その人の指先に。その人に乗ることができなかったものたちは、周囲にある高い場所へと腰を落ち着かせて。
ようやく静かになった世界に戸惑う彼に、目前の影は話しかける。
「なんや、えらい珍しい仔が来よったな」
しゃがみ込んで抱きかかえてくれる腕に、懐かしい温もりを感じた気がして。
「こいつら、お前をここまで連れてきたかっただけみたいやから、許したってくれん?」
その言葉に、思わず頷いてしまって。
「ずっと何も食うとらんらしいな。ちょっと待っときぃや」
地面に下ろして離れていってしまうその影に、行ってほしくないと思う自分がいることに気が付いて。
(ああ、さみしかったのか)
ようやく自分の置かれた状況を受け入れても良いような気がした。ひとりでいる間は、どうしたって認めることができなかった。そうしている間に襲われでもしたら、と思うと怖かったから。一人になって、捨てられて、それでも、生きていたかったから。
それは生まれて初めて泣いた日のこと。