やほよろづ
この時期になると、身体が疼いて仕方がない。そういった季節なのだから仕方がない、と割り切っているつもりではあるのだけれど、実際にその日を迎えてしまったら、暫くの間はやはり引き摺られてしまうのだろうな、と。頭では分かっていても、感情が追い付かないこともある。釣り合いを取ることが非常に難しかった。
初夏、と言われる時期に入ったせいで、暑いわけでもないが涼しいわけでもない中途半端な夜を迎えた女郎は、しかし、熱源になり得る子供を抱えたまま布団に入っていた。事実、子どもの体温は女郎よりもずっと高い。
「冷た……」
眠れそうな、眠れそうにないような、ようやく手に入れたそんな微睡みの中で届いた声は幼子のもの。閉じていた瞼をゆっくりと開けて、腕の中に納まる子に目を向ける。冷たい、というのは女郎の身体のことだろう。一族の性質上、年齢によってその属性は異なる。長い時を生きてきた女郎の性質は水だが、生まれたばかりの子の性質は火。相反する性質は、分かりやすく体温にも表れている。
冷たい、と主張されても女郎には離す気なんてさらさら無かった。例え、平時ならばすぐに手放していたであろう熱を放つ子であったとしても。むしろ逃がしてやるものかと言うように抱え込む。
眠りやすい体勢を探してか、身動ぎをする子の背をとんとんと叩く。一瞬だけ交わった視線は、恥ずかしさのためか逸らされて女郎の胸の中へと居場所を落ち着けた。頭を擦り付けてくるその動作が愛しくて、逆効果になると理解しながらも囲う腕に力を込める。案の定、嫌がるその背に「今日だけ」と声を掛けてみると、ゆっくりとその動きは止まる。互いの表情は見えないものの、身体が揺れたことで女郎が笑ったことは分かったのだろう。咎めるような声が女郎の身体にぶつかって鈍く響く。
「ほら、もう寝んと」
小さな声でそっと囁くと、声は出さないままに首を振る。眠りたくない、と。今夜は満月だからと、寝室へは灯りを持ち込んでいない。僅かに開いている襖の隙間から微かな光が差し込んでいて、心許無いものの、今日はそれで良かったと思った。こんな日に、どんなものであれ火は見たくない。
身体の奥底に眠る熱が、やり過ごせたと思っていた熱が、渦巻く。触れ合う場所が布越しである筈なのに熱く、焼けていく感覚。逃げ出してしまいたい、けれど、離したくない。
「っ」
漏れた苦悶の声は、どちらのものだったのだろう。表面ばかりを焼いていた炎が、皮膚を破って内臓まで炙る感覚。ぎり、と奥歯を噛み締めて声を押し殺し、熱いはずなのに震える身体を抱き締める。
――もう、腕の中に子はいない。
表面を舐めていた火は身体の内へと潜り込み、出口を探すかのように全身を内部から焼き焦がしていく。熱を冷ましてしまいたいのに、吐く息は勿論のこと、吸い込む息ですら熱く感じてしまうから、ただ、辛い。けれど、本当に辛いのは、こうやって己の内へと還ってくるしかなかった子なのだ。育つこともできず、水の優しさも知らず、ただ炎の熱さだけを知って消えるしかない子供。
ようやく、荒れ狂っていた熱が収まってきた。相変わらず熱を孕んだままの息は、彼らが内へと還ってきてから暫くは続く。熱は、内部で燻ったままなのだから。落ち着いて眺めることの出来るようになった室内は、どこか明るい。
「……また、朝を迎えられんかったか」
黄昏時に生まれ、宵闇の中で還ってくる子供たち。次こそは、朝を共に迎えることができたならと。
初夏、と言われる時期に入ったせいで、暑いわけでもないが涼しいわけでもない中途半端な夜を迎えた女郎は、しかし、熱源になり得る子供を抱えたまま布団に入っていた。事実、子どもの体温は女郎よりもずっと高い。
「冷た……」
眠れそうな、眠れそうにないような、ようやく手に入れたそんな微睡みの中で届いた声は幼子のもの。閉じていた瞼をゆっくりと開けて、腕の中に納まる子に目を向ける。冷たい、というのは女郎の身体のことだろう。一族の性質上、年齢によってその属性は異なる。長い時を生きてきた女郎の性質は水だが、生まれたばかりの子の性質は火。相反する性質は、分かりやすく体温にも表れている。
冷たい、と主張されても女郎には離す気なんてさらさら無かった。例え、平時ならばすぐに手放していたであろう熱を放つ子であったとしても。むしろ逃がしてやるものかと言うように抱え込む。
眠りやすい体勢を探してか、身動ぎをする子の背をとんとんと叩く。一瞬だけ交わった視線は、恥ずかしさのためか逸らされて女郎の胸の中へと居場所を落ち着けた。頭を擦り付けてくるその動作が愛しくて、逆効果になると理解しながらも囲う腕に力を込める。案の定、嫌がるその背に「今日だけ」と声を掛けてみると、ゆっくりとその動きは止まる。互いの表情は見えないものの、身体が揺れたことで女郎が笑ったことは分かったのだろう。咎めるような声が女郎の身体にぶつかって鈍く響く。
「ほら、もう寝んと」
小さな声でそっと囁くと、声は出さないままに首を振る。眠りたくない、と。今夜は満月だからと、寝室へは灯りを持ち込んでいない。僅かに開いている襖の隙間から微かな光が差し込んでいて、心許無いものの、今日はそれで良かったと思った。こんな日に、どんなものであれ火は見たくない。
身体の奥底に眠る熱が、やり過ごせたと思っていた熱が、渦巻く。触れ合う場所が布越しである筈なのに熱く、焼けていく感覚。逃げ出してしまいたい、けれど、離したくない。
「っ」
漏れた苦悶の声は、どちらのものだったのだろう。表面ばかりを焼いていた炎が、皮膚を破って内臓まで炙る感覚。ぎり、と奥歯を噛み締めて声を押し殺し、熱いはずなのに震える身体を抱き締める。
――もう、腕の中に子はいない。
表面を舐めていた火は身体の内へと潜り込み、出口を探すかのように全身を内部から焼き焦がしていく。熱を冷ましてしまいたいのに、吐く息は勿論のこと、吸い込む息ですら熱く感じてしまうから、ただ、辛い。けれど、本当に辛いのは、こうやって己の内へと還ってくるしかなかった子なのだ。育つこともできず、水の優しさも知らず、ただ炎の熱さだけを知って消えるしかない子供。
ようやく、荒れ狂っていた熱が収まってきた。相変わらず熱を孕んだままの息は、彼らが内へと還ってきてから暫くは続く。熱は、内部で燻ったままなのだから。落ち着いて眺めることの出来るようになった室内は、どこか明るい。
「……また、朝を迎えられんかったか」
黄昏時に生まれ、宵闇の中で還ってくる子供たち。次こそは、朝を共に迎えることができたならと。
11/11ページ