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AnotherEpisode

AnotherEpisode:Ren
「初」めての人


これは全く自慢などではないのだけれど、あたしは昔から、天才美少女だとか、何年に1人の逸材だとかというレッテルを貼られ続けてきた。なんてことはなく、生まれた時からあらゆる物事がやれば出来るしやらなくてもそこそこ出来た。そのおかげで人生色々と楽をしてきたから、別に迷惑だとか思ってはいないし、この才能には感謝もしているけれど。しかしだ。天才だとしても、他の人と同じくらい人生苦労するようにこの世界はできているのだ。天が三物与えれば、それだけの代償が人間に降りかかる。

そう、あたしでいえば他人からの目線や態度だった。
小さい頃はよかったのだ。なんでもできるんだね、凄いね、自慢の娘だ、などと。親も友達もクラスメイトも、ただ褒めてくれた。あたしは「凄い子」というだけの存在だった。あたしは、それだけで良かったのだ。親から褒められて、友達と楽しく笑える。それだけで。

でも、いつからだろう。その「凄い」の裏に潜む黒い眼差し。その存在が見え隠れし始めたのは。他人を凄いと素直に褒め称えることが出来るのは小さな子供の頃くらいだ。それから先、いつの頃からか、凄い、羨ましい、妬ましい、と形を変えてしまう。
そう。あたしは、羨望の的になり、嫉妬される対象となっていった。


努力しているのに、あいつには追いつけない。
あいつは何もしていないのに。
凡人と違って、天才はやっぱり違うんだな。


時には、天才だからって見下しているんだろう、なんて誹謗中傷もいいとこな言いがかりをされたこともある。一度や二度じゃない。そうして次第に、親でさえもこの子は異常だ、変だ、という目で見てくるようになった。
あたしは酷く辛かった。やれば出来るだけで、中身は普通の女の子だ。精神面だって鋼鉄なわけじゃないのに。なんでも出来るから、なんにでも強いのだろうか?いいや、そんなことは無いのだ。どんな天才にだって必ず人間らしさがあって、弱みがある。それを、人が言うらしい凡人は、分かっていない。分かってくれなかった。

あたしの弱いところは、この重圧に耐えられるほど強くなかったところ。コミュニティから離脱して、孤独であることを、周りの目を気にして選択できなかったところ。
女子は特に、コミュニティから浮いているものを敵対視する傾向にあった。だから、弱いあたしは、攻撃されないために、嫌々輪の中に入っていた。羨望と嫉妬の目が、毎日痛かった。

友達もクラスメイトも、本当にあたしに興味のある人間なんて居ない。何かと擦り寄ってくるけれど、用があるのはあたしの才能だけ。あたしという”時思錬ときしれん”という人間には誰も見向きもしてくれなかった。上辺だけの友情を交わして、上辺だけの愛を語られた。


そんな日常が変わったのは、あの日からだった。





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ある日たまたま、足を骨折してしまったあたしは、少しだけ入院生活を強いられたことがあった。学校もその間は休んだし、授業も受けられなかったけれど、あたしにはなんら問題もなかった。それよりも、あの希薄な人達にしばらく合わなくてもいいし、合わせて会話をしなくてもいいことが嬉しかったのを覚えている。


「しばらく入院で寂しいだろうけど、同室は同年代の子達ばっかりだからきっと大丈夫ね」

「うん、ママ」

「じゃあ、面会時間も終わるし、パパ達は帰るからな。いい子にしているんだぞ」

「明日も来るからね」


「うん。じゃあね、また明日ね」


そんな会話をして、両親が帰るのを軽く手を振りながら見送った。
同年代の子達ばっかり、なんて言われても、これ以上友達なんか作りたくないのが本音だった。だから、なんとなく1人で過ごして、なんとなく時間が過ぎるのを待とうとした。暇になったら、眠ればいいのだ。



最初は、周りの子達をぼーっと眺めて観察していた。部屋は6人入るタイプの病室だった。子供ばかりいるのだから、多少人数が多くても手狭ではないというわけだ。入院生活が長い子もいるのか、親しげに話す様子の子達が見受けられた。あたしは足を骨折しているから動けなかったけれど、他の子達はなんの病気かわからないが元気に走り回ったりしていた。それを見て、あぁ、動けるのっていいなあなんて思った。

そして、いつの間にかみんな外に出て言ってしまって、病室にはあたしと、その隣に居るであろう誰かだけになってしまっていた。
___居るであろう、というのは、カーテンが締まり切っていて、中の様子が伺えなかったからだ___


(まるで外の世界と関わらないようにしているみたい)


外と関係を絶って、1人閉じこもる姿をそう感じた。まるであたしみたい。あたしの心はいつだって、殻に閉じこもって出られない。あたしそっくりな、「お隣さん」。

じっとそちらの方を見つめて、思いに耽ってぼおっとしていると、突然カーテンが開かれて、あたしは酷く驚いた。


「!?」


まさか開くとは思っていなかった。あたしは、中にいた「お隣さん」の姿を見つめたまま、硬直した。さてこのお隣さん。たいそう根暗な子かと思っていたものだから、想像とのギャップにまた驚いてしまった。

瞳はクリクリと大きくて、キャラメル色のタレ目。ふわふわとしたミルクティー色の淡い茶髪は触り心地が良さそうで、気高い白猫のよう。フランス人形のような、可愛らしい子だった。


「あっ…………こ、こんにちは………」


思わず挨拶をした。見つめたままだと気まずかったからだ。お隣さんは、人形のように可愛らしい顔には似つかわない、酷く冷たい無表情を浮かべていた。


「………なんだ、全員出ていったかと思ったのに。あんた、知らない人だけどもしかして今日入院してきた人?」

「そ、そうです……」



(なにこのひと〜!すごくこわいよ〜!!)


パッと見の印象は柔らかかったのに、言葉遣いは辛辣だし、とにかく態度が刺々しい。怖い。その容姿も、少し鼻にかかった子猫のように可愛らしい声も勿体ない。全て台無しである。もうこの子とは話すのをやめよう。あたしはとにかくそう思った。


「なるほど、足を怪我したから外に行けないんだね」

「ハイ………」


なのに、なぜかこの子___彼、なのか彼女、なのか分からない___は話を続けてきた。他人に興味ありません、という顔と態度をしているのにどういう思惑だ。


「ずっとこっちみてたよね、なに?」

「えっ………それは………」


見ていたのを気づいていたのか。まさか、あたしと似てるなって、シンパシーを感じた、などとこの場面ではほざけなかった。こんな子を目の前にしてあたしと同じだね……なんて言えるほど頭が抜けてはいない。


「……ああ
あんたも、読む?」


突然、何かに気づいた様子で声を発したかと思えば、そばに置いてある本を指さしながらそう告げられた。
__……もしかして、本を読みたいと勘違いしたのか。
別にそう思っていた訳じゃないが、たしかにこれから先、とても暇を持て余しそうになるのは大いに想像出来た。


「あんたなにももってなさそうだし……入院って、ずっとヒマだよ」

「じゃ、じゃあ……1冊、貸してもらってもいい?」

「どうぞ。シリーズものしかないけど、隣なんだし、勝手にもっていけるでしょ」


よく見ると、その子のそばにはたくさんの本があった。備え付けの机に積み重なり、寝ているベッドには散乱している。
あたしは、一番近くの棚に積んである本から、シリーズの第1巻と思われるものを手に取って、読み始めた。






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あたしが入院して、しばらくはあの子から借りた本を勝手に返して、続きを勝手に借りるような生活が続いた。一言もあの子とは会話しなかったし、あの子がいても無言で本を借りた。怖かったし、少し申し訳なさも感じていたけれど、なんせこの本、とにかく面白かった。続きが気になって、ついつい次の本へ手を伸ばし、返し、借り。それを繰り返して、いつの間にか最終巻になって。


(終わっちゃった……)


とにかく暇を持て余していたので、入院して翌日の夕方には全て読み終わってしまった。しかし、とても面白い本だった。よくあるような冒険記が題材の本だったけれど、あの子は本の趣味がいいみたいだ。
読み終わった衝撃と、本の世界の余韻で、あたしがほぅ、と息をつくと、ちょうど締め切っていたカーテンが開いた。


「読み終わったんだ?」

「うん。面白かった……ありがとう、…………えぇっと」

「お礼なんていいよ。どの本、読んでたの?」


珍しくグイグイ来るので不思議に思ったが、あたしもこの本の感想を言い合いたくて、すぐに手元の本を見せた。


「これ!」

「ああ、その本……面白いよね、最初、主人公が主人公らしくないんだけどさ……」

「そう!いろんな人と触れ合ううちに使命を全うする意識ができてきて!」


本の話になると、あの子はいつもとは違った柔らかい側面を見せた。あたしも、味わった感動を分かち合える嬉しさで高揚していたのと同じように、この子も少しだけ嬉しさを覚えているように思えた。


「あは、この本読んでる人少ないから……初めてこの本の話した」

「……!」


このとき、初めてあたしはこの子の笑顔を見た。
同年代にしては、無邪気さのない、斜に構えたような微笑みだったけれど。その笑顔をみてあたしは。


(あ、あれ?なんだろ。ちょっと暑い)


無自覚ながらも、この瞬間に恋に落ちたのだと思う。我ながら容易い女だとは思うが。
しかし、このときはまだこの感情の意味がわからず、恋だと気づく前にあたしは病院を去った。この子がどうなったかはわからないままだ。
「お隣さん」と会話をしたものの、あの子について分かっていることは、とにかく他人嫌いそうな雰囲気を出していたこと、頭に包帯があったから頭に怪我があったんだということ。頭の怪我だから、みんなと同じように元気に走り回ることは可能だったけれど、それをしなかったこと。___馴れ合いを必要としない、強い子だったこと。

名前も、性別だって知らない。
このとき、あたしがはっきりと自覚しながらこの子に抱いていた感情は。


(羨ましいな。
彼は、馴れ合いなんかしなくても平気なんだ……)


そんな、他人に抱いた初めての羨望だった。





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それからしばらくして、あたしは高校に上がった。あたしは「お隣さん」への羨望を憧れに昇華させて、あの子のような独りでいても平気で、誰にも媚びず馴れ合わない人間へと成長した。
まあ、歳が上がるにつれて、思春期頃の「馴れ合わない」が「かっこいい」という感覚が周りに芽生えたから浮かなくなったというのもあるだろう。高校も、これまでと変わらずに孤立した生活を送ろうと決めて、教室の扉を開ける。


その先に、あの子はいた。


見間違えようがない。ミルクティーの髪とキャラメルの瞳。甘美なフランス人形。
またここで、会えるなんて。そんな運命じみたものも感じた。
あたしは感動で動けないでいたが、男子制服に身を包んだ彼の方は、あの時のような無表情を浮かべて、教室の隅で何にも干渉しない姿勢を保っていた。この時点で、あたしのことを覚えていないことは用意に理解出来たが、悲しみなんて微塵も感じなかった。
生まれてきてからずっと、注目ばかりされて生きてきたけれど。彼の中であたしは初めて、凡人になれたのだと悟った。あたしを、なんでもない目で見るのは彼だけだ。
嗚呼。嗚呼、このときあたしははっきりと自覚した。彼のことが好きだ。あたしのことを、なんのフィルターもかけずに見てくれるのは彼だけだから。どうかもっと、あたしと触れて欲しい。

あたしに、時思錬はただの人だったのだと自覚させて。



あたしの、身を焦がすような初恋はここから始まったのだった。









AnotherEpisode:Ren end.
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