捨て猫の夢
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「苗字くん、おつかれ~」
「お疲れ様でした」
店の更衣室でエプロンを脱ぎ、鞄とスマホを手し、店長に挨拶して、バイト先の本屋から出る。
辺りはすっかり真っ暗で、ふと見上げた空は雨でも降るのか雲のせいで月も星も見えない。
ほんのり湿った匂いがする。
手にしたスマホを操作すると、LINEが1件。
母からの「あんた傘持ってった?」との内容だ。
「持ってない。迎えに来てよ」と返信してみる。
期待はしていなかったが、返事はすぐに来た。
「呑んだからむり」
「傘の心配するくらいなら呑むなよ!」
思わず一人でツッコミを入れると、LINEに返信することなくスマホをポケットにつっこんだ。
早く帰ろう。
本当に降ってきそうだ。
バイト先の本屋から自宅までは歩いて15分程。
本来であれば自転車で通っていたのだが、生憎昨日パンクしてしまったため週末修理に出す予定だった。
明日も学校。
湿った制服を着て登校なんてごめんだ。
俺は足早に家路を急いだ。
しばらく歩くと目の前にわりと大きな公園が見えてきた。
あの公園を突っ切ると近道だ。
公園に入ろうとしたその時、
ぽつ、ぽつ
ザァー
「嘘だろ!?」
いきなりの大粒の雨。
俺は急いで公園の端にあるトイレに駆け込んだ。
しかし、時すでに遅く一瞬にしてずぶ濡れ。
明日は湿った制服での登校決定だ。
「はぁー」
思わず大きなため息が出る。
髪はシャワーでも浴びたみたいに水が滴っていた。鞄に入れてあったタオルを取り出し、ガシガシと頭を拭く。
あ、タオルも湿ってるわ。
帰ってからどう乾かすか、いやその前にこの土砂降りの中走って帰るか止むまで待つか…
そもそも止むのか?
雨音を聴きながら途方に暮れていると、雨音のなかにガサガサと何かが動く音がするのに気がついた。
さらに「みー」というか細い声も
視線を足元にやると、走り込んできた時には気づかなかったが小さなダンボールがあった。
それはトイレの入口、気持ち程度にある屋根の下に置いてあり、ダンボールの端は土砂降りの雨に濡れていた。
嫌な予感がして急いでダンボールの中を確認する。
嫌な予感は当たるもので、中には小さな猫が入っていた。
しかも2匹。
雨が振り込んでしまったせいですっかり濡れている子猫たちは、身を寄せあって震えていた。
誰だよ、捨てた奴!
しかもこんな雨の日に!
顔も知らない捨てたであろう人物に軽く殺意を抱きながら、急いでダンボールを抱えトイレの中にそっと置く。
すぐに濡れた体を拭いて温めてやりたいが、生憎タオルはさっき自分で使ってすでに使い物にならない。
抱えて帰ろうにも、雨はまだ強く止みそうにない。
どうするか…
ダンボールを覗き込み途方に暮れる。
「みーみー」
ダンボールの中の猫は、1匹は黒白。いわゆるハチワレと呼ばれる模様。もう1匹は汚れてはいるが、多分白猫。
白猫の方は元気が無いのか目を閉じて蹲っている。そんな白猫を守るように寄り添い、ハチワレ猫はみーみーと鳴いている。
兄弟かな?
とにかく、家に連れて帰ってやらなきゃな。
うちは一軒家で何も飼ってはいないが、まあ特に文句を言う人はいないだろう。
それにしても、雨止まないな…
ダンボールの猫たちから視線を外し、外の様子を見ようと振り返ったその時、
バシャバシャバシャ
遠くの方から、派手な水しぶきの音。
目を凝らすと誰かがこちらに走って来るのが見える。
凄い速さで走ってきた人物は、雨の中傘を持っているにも関わらず何故か差さずに真っ直ぐ公園のトイレまで駆け込んできた。
「はぁ、はぁ」
トイレまで駆け込んできた人物は、黒い学ランの様な服を着た男だった。
中学、高校生?
同い年くらいかな…
そんな事を考え見ていると、膝に手を付き下を向いていた男がパッと頭を上げたので、バッチリ目が合う。
ヤバい、不躾に見すぎだった。
「あ、あの!」
男が何か言いたげに声を出すが、余程急いできたのか息が整っていない。
そこでふと思い出す。
ここがトイレで、自分がいるのは男子トイレの入口。
丁度塞ぐ形で立っていることに。
「あ、すみません。漏れそうでしたか?」
邪魔だったか、と思いすっと奥へ体を寄せる。
漏れたら可哀想だもんな。
そんな俺を見て、一瞬キョトンとした顔をした男はすぐに理解できなかったのか間を置いて
「いや、違うわ!」
と見事なツッコミを入れた。
「あれ、違いましたか?」
「あ、うん。漏れそうとかじゃなくて…そう、猫!猫見なかった?」
「あぁ、猫?猫ならここに…」
言葉と共に一時的にトイレの中に避難させたダンボールに目線を移す。
「あぁ、よかった」
男は安心したようにダンボールに近づき中を覗き込んで微笑んだ。
笑った顔は優しそうだが、ここに猫がいると知っていると言うことは…
「あんたが捨てたの」
意識せず、声が冷たくなる。
そんな俺に驚いたのか、こっちを見た男は慌てて否定する。
「いや、違くて!昼間にここでコイツら見つけたんだけど、俺任む…仕事で。それに寮じゃ飼えないし…。でも、どうしても気になって。そしたら雨降ってくるし、いても立ってもいられなくて…」
なんとなくしどろもどろに話す男は、心配して傘もささずに走って様子を見に来たようだ。
優しい笑顔の通り、いい奴だ。
「そっか、疑ってごめんな」
「いや、いいよ。キミが避難させてくれたんだな!えーと」
「苗字、苗字 名前。高1です」
「お、タメじゃん!俺は虎杖悠仁、よろしくな」
「虎杖くんね、よろしく」
「くんとかいいから、苗字」
そう言って気安く呼ぶ虎杖は、人懐っこくニカッと笑う。
友達多そうだな。
虎杖の笑顔に、俺も自然と笑みが零れる。
雨の降る夜の公園、トイレの中で男子高生が2人、自己紹介をして微笑みあっている…変な状況だな。
「それにしても…」
俺はトイレから外を見る。
雨は相変わらず降り続いている。
「なあ、苗字んちは猫飼えんの?」
「んー、動物飼った事ないけど、多分大丈夫」
「ホントか!よかった」
「連れて帰りたいけど、この雨じゃさらに濡れて、コイツら弱っちゃいそうで」
早く止まないかな?
そう零すと、虎杖はうーん、と少し考えるように腕を組んで、ポンと手を叩く。
「俺が傘さして家まで送ってくからさ、苗字ダンボール抱えてってってくれよ」
「え、あーありがとう。でもその傘に2人入らなくね?」
「いや、俺はもうずぶ濡れだから」
「そうか?まあ、こっからなら急げば5分くらいで着くけど…」
「大丈夫大丈夫!俺丈夫だから」
そう言って腕をブンブン振り回す虎杖。
いや、水飛ぶからやめて。
全身ずぶ濡れの虎杖を見て、ふといい事を思いつく。
「じゃあ、虎杖はうちでシャワー浴びてけよ」
「え、いいの?ありがと!じゃ、決まりだなー」
虎杖はそう言って傘を準備する。
俺はダンボールをそっと抱え込み、念の為絞って水気をとったタオルを上にかける。
中の猫たちは息をしているが、濡れたまま放置すれば弱って死んでしまうかもしれない。
「じゃ、急いで帰ろう」
かくして、猫の入ったダンボールを抱え、俺は会ったばかりの虎杖と家に帰るのであった。
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