魔法の香水

 陽がまだ顔を出さない十二月の朝。金星を眺めるアベルとアビス。一一〇七号室でお泊まり会をしていない日は、授業前に談話室に集まって、紅茶とコーヒーを飲みながら静かに過ごす。夜遅くまで遊んで寝落ちるのも、こうやって朝早くから好きな人に会えるのも、どちらも幸せ。

「……ん? アビス、香水変えたのかい?」

「ええ、昨日買い物に行きまして」

「前と違う雰囲気だね」

「あ……合っていませんかね……」

「いや、逆だよ。似合いすぎている。どこで買ったんだい?」


 この香水はとても不思議な店で見つけた。

 魔法の香水店。

 マーチェット通りで眼帯を探していた時に偶然見かけた。店の窓からはファンシーな小瓶が沢山見え、バニラやフローラルといった数多の種類の香りが店外にも漂っている。複数の香りが混ざっているのに不快感は無い。むしろ惹かれていって……。使っている香水が無くなりかけているアビスは、興味本意で入店した。

「いらっしゃい。よく来たね、お嬢さん」

「あっ……あの、私は男ですが……」

「それは失礼。あまりにも美しかったもので、つい女性かと……。で、香水を作りに来たのかい? ここはね……」

 黒のレースのベールを纏い、ふわりと波打つ長髪。その華奢ぶりから女性のように思われるが、不思議とアビスは震えない。声音は低く穏やかなもの。 性別不詳。店主もそれを語るつもりは無いらしい。その店主からこの店についての説明を受ける。店主の固有魔法は、香水を作るもの。劇の衣装で世話になったアベル御用達のデザイナーの魔法のよう。攻撃性が無いと思われるが、毒性を持つ香りで敵を惑わせる事もあるらしい。その店主もアビスと同じく二本線。その香りの強さは想像を絶するものだろう。普通香水を買う時は、テスターで匂いを確かめるが、ここはそんな事をする必要もなく、様々な用途の香水が作れるらしい。自分に合う香水、好きな香りの香水、好物の香水……おにぎりの香水も作れるのか? そして好きな人の概念の香水などなど多種多様である。

「えっと……では、自分に合う香水をお願いしてもよろしいでしょうか」

「いいよ、作ってあげよう」

 店主から、まず生年月日、血液型、性格、趣味特技、好きな景色や花や果物について聞かれる。そして店主が感じた印象を紙に書いて……。

「よし、じゃあ作るよ。パルファーム」

 店主が硝子細工のような杖をくるりと回し魔法を唱えた後、水色の小瓶が出てきた。使ってご覧。と言われ、早速自身に振りかけてみると、爽やかでフルーティーな香りがした。

「これが……私に?」

「うん、すごく似合っているよ。君は大人しく、謙遜するタイプだね。今使っている香水も控えめなシャボンのもの。もっと自分の魅力を引き出す香水を使ってみるのもいいと思う」

 今まで使った事のないタイプの香水に戸惑いを感じながらも、アベルにどう思われるか、褒められたらな……と淡い期待が募る。

 その願い通りアベルに褒められ照れるアビス。

「ふぅん、そんな香水のお店があるんだね。僕も使ってる香水が無くなったら、行ってみようかな」

 アビスはギクリと肩を跳ねさせる。そう、その香水店は好きな人の概念の香水も作れる。崇拝する程大好きなアベルの香水をアビスが作らないわけが無い。つまりアベルの香水をもう持っているのだ。


「あっ……あの! 好きな人の概念の香水もお願いしていいですか?」

「いいよ。ではその好きな人について聞かせてもらえるかい?」

「私の好きな人は、とても素晴らしいお方です。至高の魔法はもちろん、お人柄も。皆を束ねる統率力、冷静な判断力……」

 アビスはついアベルの魅力を語り続けた。店主はにこやかに聞いてくれていたが、三十分経った頃……。

「……そろそろ好きな所等を聞いてもいいかい? どんな人というのはもう分かりきったよ……。馴れ初めとかそういうものを聞きたいね」

 若干呆れ気味であった。

 馴れ初めに関しては、元はアベルが世界から穢れを落とすべく神格者に成る為に、級硬貨コインを狩る事を目的にスカウトされた主従関係。無邪気な淵源イノセント・ゼロが関わっているので、言えるわけが無い。恋愛に発展したきっかけの学校祭の劇の話のみする。それは面白い、是非見てみてかったと店主は微笑む。

 好きな所……。あまり深く考えた事が無かったと気付く。先程までアビスが語っていたのは、どちらかと言えばアベルの特徴。もちろんそこも好きなのだが。どんな所が好き? と聞かれると悩む……。格好良い所はもちろん、優しい所も。

 ……そうだ、アベル様は私にとって……

「……私にとってのお月様。暗い闇の中にいた私を導いて、優しくしてくれる所……ですかね」

「フフ、とても愛されているね。では、作るよ……」

 今度は紫色の小瓶が出てきた。アベルの髪の毛先の色が紫色なんて、一言も言っていないのに……。

 店主は細い紙切れをアビスに差し出した。これに香水を付けてご覧と……。嗅いでみると、高貴で柔らかい香りがした。

「……アベル様だ」

「ふふ、それが好きな人の名前かい? ちゃんと概念の匂いになってたようだね」

「凄いです! またこれが無くなった時、作って頂けませんか?」

「勿論だよ。いつでもおいで」


 帰ってから早速礼拝をする。アベルの写真の近くに香水を振りまいてみると、

「アベル様だぁ……」

 あぁ、なんと素晴らしい礼拝なのでしょう。幸せな空間……ずっと浸っていたい。

「ただいまぁ」

「おかえりなさい、ワース」

「あ? さっきここにアベルいたか?」

「いえ、来ていませんが……」

「アベルの匂いがした気がしたが……」

 ワースもそう思うなんて……。普段アベルが使っているフゼア系の香水とは匂いも違うのに。魔法の香水、恐るべし。
 アビスは左手首にアベルの香水、右手首にアビスの香水を付け擦り合わせて、それを嗅いで悶えていた。キスやハグをした時の事を鮮明に思い出せたのだ。

 その様子をワースは、恋する乙女が暴走してんなぁ……と苦笑いしながら見守った。
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