愛のきっかけは、戯曲にて。
「ロミオとジュリエットがいいと思うの!」
「他に案のある方はいらっしゃいますか?」
「特にねぇからラブの案でいいんじゃねぇか?」
「劇、良いと思います」「楽しそうですね」
「楽しそうという事は、きっとやりがいがあるのだろう」
「アベル様もよろしいですか?」
「皆でお芝居するって面白いね、いいんじゃないかな」
「配役はねー、ロミオがアベル様! で、ジュリエットがアビスくん!」
「え!? 女子のラブどのがジュリエットでしょ!?」
「チッチッチッ! ラブちゃん、今回は監督になりたいの〜!」
どうしても監督がいいの! のラブと、私じゃ無理ですよ! のアビスが言い争っていたが、ラブがジリジリと詰め寄った結果、アビスは震え出し何も言えなくなったので、この言い争いは、ラブの勝利となった。血反吐を吐いた後にそれは反則だとアビスは泣き言を申した。
ロミオとジュリエット以外の配役決めも監督の仕事なのー! とラブは気合を入れた。……だがしかし、ぶっちゃけ皆、「ロミオ、どうして貴方はロミオなの?」と、最終的に二人共死ぬ以外の内容が分からない。じゃあ何でこれにしたんだよとワースがラブに問えば、劇といえばロミオとジュリエットじゃない? と雑な回答が返ってきた。
劇をやるにしても何も揃っていない。まずは台本だ! という事で、図書室から本を借りた。学生がやるには中々難しい内容だし、全て上演しきるには時間が足りないので、ワースが削れる所は削って、観やすい作品になるように台本を書きあげた。
そしてその完成した脚本を見て……
「何この話。辛いの、辛すぎるの」
言い出しっぺのラブは号泣した。
でもワースが台本を書き上げてしまったからには、今更やっぱり別の物語で! などと言えるわけがない。ロミオとジュリエットに助言をする修道士はワースにする等配役を決め、音響はオルカ寮のマーガレット達に協力してもらい、照明や演出は監督のラブが図書室から演劇技術の魔法の本を借り、頑張って勉強をした。二人をくっつける為だ。面倒などと言うもんか。その努力する背中を見て、一人では大変だろうとワースはシュエン等、数人のレアン寮生に協力を煽った。
読み合わせ、稽古ともに順調に進んだが、ラブはある一つの問題にぶつかる。
「アベル様〜、ちょっとご相談がありますの〜」
「どうしたんだい、ラブ」
「衣装の事なんですけどね……」
アビスの衣装だけでも四着。出会いの場の仮面舞踏会でのドレス、普段から着ているドレス、修道士の助言の元、密かに挙げる結婚式のドレス、仮死状態になる薬を飲んだ後の葬儀の時のエンディングドレス……。この時点で余裕の予算オーバーである。アビス以外の登場人物の衣装も必要となるのに……。学校祭の予算が少なすぎる! と文句を上げ続けるラブ。
「あぁ、それなら僕の家が世話になっているデザイナーに頼もうか? お金も僕のポケットマネーから出すよ」
「えっ!? いいんですか?」
さすが名門貴族。専属のデザイナーがいるなんて凄い。相談して良かった。ていうか……ポケットマネー??
「父さんから仕送りが来るんだけど、遣ってもトランプとか食費や文具等だから、それ以外は貯めているんだ。衣装代くらい出せるよ」
名門貴族……やべぇの。ラブは腰を抜かした。ラブもパパからお小遣いを送ってもらっているが、ドレス一着でも無理だ。そして本当にお小遣いから出していいのかと、流石のラブも気にしたが、アビスの為ならと快諾してくれた。愛の力、すごいの。
週末、アベルとアビスとラブは、件のデザイナーの元へ。ウォーカー家専属のデザイナーとなると、ドレスの金額も桁違い……アビスにその考えが過ぎる前に、「生半可な劇は僕が許せない」と釘を指しておいた。罪悪感は口にはさせない。口をもごもごとさせているアビスを見ては、アベル様策士やなぁとラブは口笛を吹いた。傍に居た時間が誰よりも長い分、アベルはアビスに関して長けている。そしてドレスを着る本人を置き去りにして、ラブとアベルとデザイナーがあーだこーだと話し合っている。
普段から着ているドレスは白を基調として、紫色のお花の刺繍を入れてほしいとラブは要望する。アベルがレアンのカラーだから? と尋ねると、ラブは「アベル様の髪の色!」と耳打ち。それを聞いたアベルは珍しく頬を少し染める。ポーカーフェイスも恋のときめきには耐えられなかった。その他の衣装にもアベルの要素を取り入れていく。
ラブはこの二人が本当に付き合って、将来結婚した時、今みたいに結婚式の衣装一緒に考える事が出来たら嬉しいなと未来を描く。もちろん七魔牙 のメンバー全員式に参列。だって友達だもん。
そのデザイナーの固有魔法は、服を制作するものらしい。攻撃要素のない珍しい魔法にアビスとラブは驚くが、素敵な魔法だと感動した。そして衣装チェンジも魔法で出来るらしく、学校祭当日もお願いしたいと言うと、快く了承してくれた。デザインしたドレスが瞬く間に出来上がり早速試着。そもそも女性が苦手なアビスが女装なんて大丈夫か? と心配したが、意外にも堂々と着こなした。最初はジュリエット役に対し、無理無理! と断固拒否していたが、アベルがアビスと一緒に主演だなんて嬉しいよと微笑んだ結果、アベル様がお望みならば! とやる気満々になったらしい。それ故の堂々さ。清楚な見た目、可憐な立ち振る舞い……雑誌のモデルさんとかいけそうなのとラブは空想をする。
その他の出演者の衣装も無事に決まり、ゲネプロを行う。
結婚式のシーン。衣装に身を通したせいか、本当に結婚式をしてるようだと錯覚する。いつか……アベル様と……。あれ? 私、一体何を……? アビスは無意識のうちの願い事に戸惑う。この感情の名前を彼はまだ知る勇気がない。ただいつかアベルがどこかの令嬢と結婚する時、今アビスが立っている位置は、その令嬢の物となる。心に陰りが訪れる。この焦燥感を覚えてはいけないはずなのに……。
ゲネプロ後、アビスは少し距離を置いてだが、ラブに相談を試みる。相変わらず震えはするが、以前よりは震えの幅も小さくなっているし、目線も天井の隅ではなくラブの足元だ。血も一滴も吐かない。最近一緒にいる事が多いから慣れてきたのだろう。
「相談なんてどうしたの?」
「あの……アベル様のお相手になるなら、もっと綺麗にならなきゃと思いまして……。私は美容に疎いので、ラブどの、教えて頂けませんか?」
これは恋する乙女面なの! 夕暮れのように朱く染まる頬、切なくも甘い瞳。以前のアビスなら「アベル様の為に!」と気合を入れて言うはずだし、心境の変化があったのだろう。好きな人の為に綺麗になろうだなんて可愛い。ラブは笑顔で勿論と言い、マーガレットにも協力してもらおうと、次の週末に三人で化粧水やボディークリーム、メイク道具を買いに行った。その後肌のケア方法やメイクの仕方を細かく教授してもらい、アビスのメモはびっちりと埋まった。部屋で念入りにスキンケアするアビスを見て、ワースもこりゃ良い方向に来てるなと鼻歌を口遊む。その翌日に二人をくっつけ隊で報告会を行い、きっとあと少しだ! と皆で笑い合った。
そしてイーストン学校祭当日――
「それではレアン寮、七魔牙 と愉快なお友達の皆さんによる劇、ロミオとジュリエットです」
暗い舞台に仄かな光が二つ。濃紫の糸で刺繍が施された漆黒のテールコートとドレスを身に纏う仮面の男女が照し出された。二人は優美に踊って魅せ、その幻想的な光景に観客は息を飲む。この場面ではロミオとジュリエットを演じている生徒が誰か分かる者はいなかった。
その後のあの有名なシーン。「ロミオ、どうして貴方はロミオなの?」 素顔を晒した生徒の正体にどよめきが起こった。まさか七魔牙 の最強の二人だったとは……。アベルとアビスの演技は息がぴったりと合っており、ストーリーも流麗に進んでいく。会場は禁じられし激情的な恋の世界に包まれた。
ロミオとジュリエットの家は敵対関係にあるが、二人の愛がその争いを止める鍵となると確信した修道士は、密かに結婚式を挙げさせる。
「ロミオ、ジュリエット。永遠の愛を誓いますか?」
「はい、誓います」「私も誓います」
新たな人生を象徴する純白の衣装。門出を祝福するマルシュ。希望を思わす光。本物の結婚式に見え、劇である事を忘れる程、二人の誓いは愛に満ち溢れていた。
幸せも束の間、二人は両家の争いに巻き込まれる。そこでロミオは親友を殺され、その仇討ちをした結果、殺人罪で都市を追放された。
その後、悲しみに暮れるジュリエットは、父に別の男性と結婚するよう宣告される。ロミオ以外の男と添い遂げるなんて絶対に嫌! ジュリエットは修道士に泣きつき助けを求めた。『その男との結婚式の前日に、仮死状態になる薬を飲み、式を中止させる。そして訃報を聞き駆けつけたロミオと、駆け落ちするのはどうだろう』と助言を得た。
その助言通りにジュリエットは薬を飲み、仮初の永眠 に堕ちた。翌日、葬式が執り行われる。話を聞きつけ葬儀場に訪れたロミオは、深い絶望の淵に立たされた。久しぶりの再会がこんな形だなんて……。あの温かな頬、今は氷のように冷たい。ロミオは耐えきれぬ悲しみの中、毒を飲み、彼女と同じ所へ向かった。薬の効能が切れ、目が覚めたジュリエットは……
「ロ……ミオ……嫌……嫌……嫌ッ……ロミオ……ッ ロミオ……嫌ぁぁぁぁぁぁああああ!!」
泣き叫んだ。あまりにも悲痛なアビスの声に驚倒したが、会場からはすすり泣く声も聞こえた。その後ジュリエットはロミオの懐に隠されていた短剣で自害し、二人の亡骸が哀しく佇むままに幕は降りた。寄り添う遺体 は、きっと天国で愛し合う事だろう。今度こそ幸せに……。
終演後――
「レイザー先輩!! 凄かったです! 魔法演劇部に入部してくれませんか!?」
アビスはスカウトをされていた。私など大した事ありませんよとやんわり断りを入れるも、魔法演劇部員は、「先輩がいれば、演劇大会は優勝確実なのに!」「中の人が元宝塚は強すぎる!」「その美貌は舞台で映えに映える!」と諦めない。そもそも大会の最終戦は来年の七月らしい。三年生のアビスはとっくに卒業している。が、「留年してください!」と懇願までされてしまった。暫く付き纏われたが、耐えきれなくなり、アクセレイズで逃走。魔法演劇部員は物凄く悔しがっていた。
学校祭も終わりが近づき、最後のイベント、キャンプファイヤーが行われる。ここでは各々自由に踊るのが恒例。アビスの友達のマッシュは、リズミカルに腕と腰を左右に振っている。その友達 フィンや彼の婚約者(?)のレモン達も楽しげに踊っているのだが、何故か無表情だ。そして何だか目が離せない。謎の中毒性のあるダンス。アビスがそれを不思議そうに眺めていると、その光景を遮るように現れたのは、
「ジュリエット、一緒に踊りませんか?」
「アベル様……? 劇はとっくに終わりましたよ?」
「終わらせたくないんだ」
その真意を知らぬままではあるが、劇の冒頭の仮面舞踏会の場面の為に、皆との稽古後も二人は毎日一一〇七号室でダンスの練習をしていた。アベルもアビスも心地良く踊っていたので、また踊るのもいいなと、アビスはアベルの手を取る。
「君の演技は本当に素晴らしかった。特に最後の泣き叫ぶシーン……」
「アベル様が亡くなったと思うと……涙が止まりませんでした」
「感情移入していたんだね。……僕がいなくなったら寂しい?」
「当然です。アベル様がいなくなったら、私は生きていけません」
「そのくらい僕の事、好き?」
「えっ……あ……す……好き……なのかも……しれません」
「僕がこうやって、君と踊ってる理由分かる?」
「?」
「僕も君の事が好きだから。ここで一緒に踊った二人は幸せになれるってジンクスがあるらしいよ? 普段はあまりこういうのは信じないけど、今回は信じてみたい」
「……でも呪われた私と恋愛をするなんて……」
悪魔の目 は魔法不全者と違って殺処分対象ではない。それに場合によっては使い所があるはず。例えば悪者を懲らしめる時などとアベルは発案し、
「だから君は誰かを好きになっていいし、幸せになっていいんだ。それが僕となら嬉しいけど……」
「……本当に貴方は私を照らしてくれる。まるでお月さまですね。見てください、アベル様。今日は月が綺麗ですね」
「これからもずっと一緒に月を見ようね」
後日、アベルから七魔牙 に正式に交際する事になったと報告をした。メンバー全員ガッツポーズ。
「え? あの……何で皆さんガッツポーズされてるんですか?」
「アベルの想いが報われたからだよ」
「皆さん知っていたんですか!?」
「気付いていないの、本当アビスくんだけなの」
半泣きで赤面するアビス。皆で励まし、その後、交際おめでとうパーチーが開かれた。
「他に案のある方はいらっしゃいますか?」
「特にねぇからラブの案でいいんじゃねぇか?」
「劇、良いと思います」「楽しそうですね」
「楽しそうという事は、きっとやりがいがあるのだろう」
「アベル様もよろしいですか?」
「皆でお芝居するって面白いね、いいんじゃないかな」
「配役はねー、ロミオがアベル様! で、ジュリエットがアビスくん!」
「え!? 女子のラブどのがジュリエットでしょ!?」
「チッチッチッ! ラブちゃん、今回は監督になりたいの〜!」
どうしても監督がいいの! のラブと、私じゃ無理ですよ! のアビスが言い争っていたが、ラブがジリジリと詰め寄った結果、アビスは震え出し何も言えなくなったので、この言い争いは、ラブの勝利となった。血反吐を吐いた後にそれは反則だとアビスは泣き言を申した。
ロミオとジュリエット以外の配役決めも監督の仕事なのー! とラブは気合を入れた。……だがしかし、ぶっちゃけ皆、「ロミオ、どうして貴方はロミオなの?」と、最終的に二人共死ぬ以外の内容が分からない。じゃあ何でこれにしたんだよとワースがラブに問えば、劇といえばロミオとジュリエットじゃない? と雑な回答が返ってきた。
劇をやるにしても何も揃っていない。まずは台本だ! という事で、図書室から本を借りた。学生がやるには中々難しい内容だし、全て上演しきるには時間が足りないので、ワースが削れる所は削って、観やすい作品になるように台本を書きあげた。
そしてその完成した脚本を見て……
「何この話。辛いの、辛すぎるの」
言い出しっぺのラブは号泣した。
でもワースが台本を書き上げてしまったからには、今更やっぱり別の物語で! などと言えるわけがない。ロミオとジュリエットに助言をする修道士はワースにする等配役を決め、音響はオルカ寮のマーガレット達に協力してもらい、照明や演出は監督のラブが図書室から演劇技術の魔法の本を借り、頑張って勉強をした。二人をくっつける為だ。面倒などと言うもんか。その努力する背中を見て、一人では大変だろうとワースはシュエン等、数人のレアン寮生に協力を煽った。
読み合わせ、稽古ともに順調に進んだが、ラブはある一つの問題にぶつかる。
「アベル様〜、ちょっとご相談がありますの〜」
「どうしたんだい、ラブ」
「衣装の事なんですけどね……」
アビスの衣装だけでも四着。出会いの場の仮面舞踏会でのドレス、普段から着ているドレス、修道士の助言の元、密かに挙げる結婚式のドレス、仮死状態になる薬を飲んだ後の葬儀の時のエンディングドレス……。この時点で余裕の予算オーバーである。アビス以外の登場人物の衣装も必要となるのに……。学校祭の予算が少なすぎる! と文句を上げ続けるラブ。
「あぁ、それなら僕の家が世話になっているデザイナーに頼もうか? お金も僕のポケットマネーから出すよ」
「えっ!? いいんですか?」
さすが名門貴族。専属のデザイナーがいるなんて凄い。相談して良かった。ていうか……ポケットマネー??
「父さんから仕送りが来るんだけど、遣ってもトランプとか食費や文具等だから、それ以外は貯めているんだ。衣装代くらい出せるよ」
名門貴族……やべぇの。ラブは腰を抜かした。ラブもパパからお小遣いを送ってもらっているが、ドレス一着でも無理だ。そして本当にお小遣いから出していいのかと、流石のラブも気にしたが、アビスの為ならと快諾してくれた。愛の力、すごいの。
週末、アベルとアビスとラブは、件のデザイナーの元へ。ウォーカー家専属のデザイナーとなると、ドレスの金額も桁違い……アビスにその考えが過ぎる前に、「生半可な劇は僕が許せない」と釘を指しておいた。罪悪感は口にはさせない。口をもごもごとさせているアビスを見ては、アベル様策士やなぁとラブは口笛を吹いた。傍に居た時間が誰よりも長い分、アベルはアビスに関して長けている。そしてドレスを着る本人を置き去りにして、ラブとアベルとデザイナーがあーだこーだと話し合っている。
普段から着ているドレスは白を基調として、紫色のお花の刺繍を入れてほしいとラブは要望する。アベルがレアンのカラーだから? と尋ねると、ラブは「アベル様の髪の色!」と耳打ち。それを聞いたアベルは珍しく頬を少し染める。ポーカーフェイスも恋のときめきには耐えられなかった。その他の衣装にもアベルの要素を取り入れていく。
ラブはこの二人が本当に付き合って、将来結婚した時、今みたいに結婚式の衣装一緒に考える事が出来たら嬉しいなと未来を描く。もちろん
そのデザイナーの固有魔法は、服を制作するものらしい。攻撃要素のない珍しい魔法にアビスとラブは驚くが、素敵な魔法だと感動した。そして衣装チェンジも魔法で出来るらしく、学校祭当日もお願いしたいと言うと、快く了承してくれた。デザインしたドレスが瞬く間に出来上がり早速試着。そもそも女性が苦手なアビスが女装なんて大丈夫か? と心配したが、意外にも堂々と着こなした。最初はジュリエット役に対し、無理無理! と断固拒否していたが、アベルがアビスと一緒に主演だなんて嬉しいよと微笑んだ結果、アベル様がお望みならば! とやる気満々になったらしい。それ故の堂々さ。清楚な見た目、可憐な立ち振る舞い……雑誌のモデルさんとかいけそうなのとラブは空想をする。
その他の出演者の衣装も無事に決まり、ゲネプロを行う。
結婚式のシーン。衣装に身を通したせいか、本当に結婚式をしてるようだと錯覚する。いつか……アベル様と……。あれ? 私、一体何を……? アビスは無意識のうちの願い事に戸惑う。この感情の名前を彼はまだ知る勇気がない。ただいつかアベルがどこかの令嬢と結婚する時、今アビスが立っている位置は、その令嬢の物となる。心に陰りが訪れる。この焦燥感を覚えてはいけないはずなのに……。
ゲネプロ後、アビスは少し距離を置いてだが、ラブに相談を試みる。相変わらず震えはするが、以前よりは震えの幅も小さくなっているし、目線も天井の隅ではなくラブの足元だ。血も一滴も吐かない。最近一緒にいる事が多いから慣れてきたのだろう。
「相談なんてどうしたの?」
「あの……アベル様のお相手になるなら、もっと綺麗にならなきゃと思いまして……。私は美容に疎いので、ラブどの、教えて頂けませんか?」
これは恋する乙女面なの! 夕暮れのように朱く染まる頬、切なくも甘い瞳。以前のアビスなら「アベル様の為に!」と気合を入れて言うはずだし、心境の変化があったのだろう。好きな人の為に綺麗になろうだなんて可愛い。ラブは笑顔で勿論と言い、マーガレットにも協力してもらおうと、次の週末に三人で化粧水やボディークリーム、メイク道具を買いに行った。その後肌のケア方法やメイクの仕方を細かく教授してもらい、アビスのメモはびっちりと埋まった。部屋で念入りにスキンケアするアビスを見て、ワースもこりゃ良い方向に来てるなと鼻歌を口遊む。その翌日に二人をくっつけ隊で報告会を行い、きっとあと少しだ! と皆で笑い合った。
そしてイーストン学校祭当日――
「それではレアン寮、
暗い舞台に仄かな光が二つ。濃紫の糸で刺繍が施された漆黒のテールコートとドレスを身に纏う仮面の男女が照し出された。二人は優美に踊って魅せ、その幻想的な光景に観客は息を飲む。この場面ではロミオとジュリエットを演じている生徒が誰か分かる者はいなかった。
その後のあの有名なシーン。「ロミオ、どうして貴方はロミオなの?」 素顔を晒した生徒の正体にどよめきが起こった。まさか
ロミオとジュリエットの家は敵対関係にあるが、二人の愛がその争いを止める鍵となると確信した修道士は、密かに結婚式を挙げさせる。
「ロミオ、ジュリエット。永遠の愛を誓いますか?」
「はい、誓います」「私も誓います」
新たな人生を象徴する純白の衣装。門出を祝福するマルシュ。希望を思わす光。本物の結婚式に見え、劇である事を忘れる程、二人の誓いは愛に満ち溢れていた。
幸せも束の間、二人は両家の争いに巻き込まれる。そこでロミオは親友を殺され、その仇討ちをした結果、殺人罪で都市を追放された。
その後、悲しみに暮れるジュリエットは、父に別の男性と結婚するよう宣告される。ロミオ以外の男と添い遂げるなんて絶対に嫌! ジュリエットは修道士に泣きつき助けを求めた。『その男との結婚式の前日に、仮死状態になる薬を飲み、式を中止させる。そして訃報を聞き駆けつけたロミオと、駆け落ちするのはどうだろう』と助言を得た。
その助言通りにジュリエットは薬を飲み、仮初の
「ロ……ミオ……嫌……嫌……嫌ッ……ロミオ……ッ ロミオ……嫌ぁぁぁぁぁぁああああ!!」
泣き叫んだ。あまりにも悲痛なアビスの声に驚倒したが、会場からはすすり泣く声も聞こえた。その後ジュリエットはロミオの懐に隠されていた短剣で自害し、二人の亡骸が哀しく佇むままに幕は降りた。寄り添う
終演後――
「レイザー先輩!! 凄かったです! 魔法演劇部に入部してくれませんか!?」
アビスはスカウトをされていた。私など大した事ありませんよとやんわり断りを入れるも、魔法演劇部員は、「先輩がいれば、演劇大会は優勝確実なのに!」「中の人が元宝塚は強すぎる!」「その美貌は舞台で映えに映える!」と諦めない。そもそも大会の最終戦は来年の七月らしい。三年生のアビスはとっくに卒業している。が、「留年してください!」と懇願までされてしまった。暫く付き纏われたが、耐えきれなくなり、アクセレイズで逃走。魔法演劇部員は物凄く悔しがっていた。
学校祭も終わりが近づき、最後のイベント、キャンプファイヤーが行われる。ここでは各々自由に踊るのが恒例。アビスの友達のマッシュは、リズミカルに腕と腰を左右に振っている。その友達 フィンや彼の婚約者(?)のレモン達も楽しげに踊っているのだが、何故か無表情だ。そして何だか目が離せない。謎の中毒性のあるダンス。アビスがそれを不思議そうに眺めていると、その光景を遮るように現れたのは、
「ジュリエット、一緒に踊りませんか?」
「アベル様……? 劇はとっくに終わりましたよ?」
「終わらせたくないんだ」
その真意を知らぬままではあるが、劇の冒頭の仮面舞踏会の場面の為に、皆との稽古後も二人は毎日一一〇七号室でダンスの練習をしていた。アベルもアビスも心地良く踊っていたので、また踊るのもいいなと、アビスはアベルの手を取る。
「君の演技は本当に素晴らしかった。特に最後の泣き叫ぶシーン……」
「アベル様が亡くなったと思うと……涙が止まりませんでした」
「感情移入していたんだね。……僕がいなくなったら寂しい?」
「当然です。アベル様がいなくなったら、私は生きていけません」
「そのくらい僕の事、好き?」
「えっ……あ……す……好き……なのかも……しれません」
「僕がこうやって、君と踊ってる理由分かる?」
「?」
「僕も君の事が好きだから。ここで一緒に踊った二人は幸せになれるってジンクスがあるらしいよ? 普段はあまりこういうのは信じないけど、今回は信じてみたい」
「……でも呪われた私と恋愛をするなんて……」
「だから君は誰かを好きになっていいし、幸せになっていいんだ。それが僕となら嬉しいけど……」
「……本当に貴方は私を照らしてくれる。まるでお月さまですね。見てください、アベル様。今日は月が綺麗ですね」
「これからもずっと一緒に月を見ようね」
後日、アベルから
「え? あの……何で皆さんガッツポーズされてるんですか?」
「アベルの想いが報われたからだよ」
「皆さん知っていたんですか!?」
「気付いていないの、本当アビスくんだけなの」
半泣きで赤面するアビス。皆で励まし、その後、交際おめでとうパーチーが開かれた。
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