死がふたりを分かつまで
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「今日は、何があっても、絶対に渋谷には近寄らないでください。いいですか、絶対ですよ」
スマホの留守電に残されていた声はぞっとする程に研ぎ澄まされていて、それが誰であるのか理解していながら、あまりに別人のような声の雰囲気に頭の中が混乱した。
あの時は、その声がどんな心情を表しているのかなど考えもしなかった。
単に、ハロウィンイベントの喧騒に巻き込まれないようにという警鐘だと思っていた。
この歳で、浮かれた若者達のイベントに魅力を感じるはずが無い。
「行くわけないでしょ。心配しないで」と送ったSMSには、今でも既読マークは付いていない。
あの日、あの場所で、一体何があったのか詳しくは知らない。
ただ、大勢の人が死んだ。
呪詛師や呪霊と呼ばれる者達の策謀と、それを阻止しようとした呪術師達。その呪術師達の中に、七海建人という男もいた。
思い返さない日は無い程に、同じことばかりを考えている。
ぼんやりとした考え事を一度断ち切るように、明るい廊下が突き当たりに差し掛かる。手前にある白い扉の前で立ち止まり、ふうと息を吐いた。
扉を開ける前のほんの一瞬、優しく澄んだ香りのする白昼夢を見る。
今日は、この扉を開けた先に、いつもと変わらない七海がいる。きっと、笑って「遅いですよ」と言って溜め息をつくのだ。
ああ、きっと、そうだ。
希望に期待をして胸を高鳴らせるのは瞬きをするよりも短い時間で、扉を開けた途端に夢は覚めてしまう。
それは、シャボン玉が割れる瞬間の感覚に似ている。
白い壁の病室の奥に横たわる人、今日もまた、その反応は無い。
心電図から漏れる無機質な電子音だけが、病室を訪れる人を迎える。
ベッドサイドには、昨日までは無かった白やブルー系の花が飾られていて、朝のうちに誰かがお見舞いに訪れていたことが伺えた。
10月31日の事件から数ヶ月が過ぎる。その間、一度たりともお見舞いの花が途切れることは無かった。
いつも誰かがこうして会いに来ては、回復を願ってくれている。それだけで、七海という男がどんな人間なのかが分かる気がした。
ようやく、花々のもとで眠りにつく人物に目を向ける。
清潔なベッドの上で、深い深い眠りの底に沈む七海。寝息すら聞こえず、心電図が無ければ生きているのかどうかさえ曖昧になる。
七海は、左半身の重度の火傷と左眼の損傷、意識不明という重体で、高専関係のこの病院に運ばれた。
高専の医師の素早い処置もあり、どうにか一命を取り留めたものの、意識だけが戻らない。
着替えの入ったバッグとお見舞いの花束を置き、傍にあった椅子に腰を下ろす。
点滴の管に繋がれた右手をそっと握っても、ひんやりとしたその大きな手が握り返してくれることは無い。
左半身に、未だ残る痛々しい火傷の跡。左目には白い眼帯が施されており、その下の眼球は失われていた。
もともと色素の薄い肌は、白さを通り越して青白くすら見える。
「……寒くない?」
きっと応えは無いだろうと思いつつも話し掛けてしまうのは、ドラマティックな奇跡を信じているからかもしれない。
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