愛することによって失うものは何も無い
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「気のせいでは」
「あれ?顔が赤いような……?」
「……誰のせいですか」
「嘘よ。顔色変わってないわ」
「………………」
七海は、やってしまったと言いたげに天を仰ぐ。
響雨子はというと、再び堪えきれなくなりクスクスと笑う。
「もうお願いだから、これ以上笑わせないで」
「誰のせいだと思ってるんですか」
やれやれと言いたげな苦々しい表情に、何故か晴れやかな心が見えた。
浮かれを隠そうとする顔に、直前までの疲労感や響雨子への憂いは、そっと鳴りをひそめる。
ああ、よかった。
いつも他人の心配ばかりしてしまうこの人を、安らげる事が出来た。
ふと、七海は思い出したように腕時計を見る。
「いつまでもじゃれ合っている場合ではありませんね。そろそろ予約の時間になってしまう」
「予約って、何の?」
「レストランです。貴女の退職祝いと転職祝い、まだだったでしょう?」
全く、思いがけない。
転職だけでなく退職も祝ってくれる辺りは、なんとも七海らしい。
しかし、心は安らいだかもしれないが、任務明けの体は少なからず疲れているはず。
「……言っておきますが、任務明けだからという気遣いは無用です」
七海は、目だけで響雨子を見下ろす。
「私、口に出してた?」
「顔に書いてありました」
ふ、と笑んで、ごく自然に左手を差し出されたため、何の迷いも無くその手を取ってしまった。
大きくて、逞しく、温かい手が、そっと強く響雨子の手を包み込む。
機嫌がいいのだな、と思う。
お互いの自宅で2人きりの時はともかく、外ではせいぜい小指を握らせてくれる程度が、この七海建人なのだから。
手を引かれ、人混みの中を抜けていく。
「まだ早い時間ですし、夕食を済ませたら場所を変えてゆっくりしましょう。……時間、平気ですか?」
「平気だし、勿論いいけど……おうちの方がゆっくり出来るんじゃない?本当に、無理してない?」
そんなに疲れていないと言う七海をいまいち信じきれず、その顔を覗き込めば、何故か困ったような顔で見詰め返された。
「やはり……そのように思わせてしまうようになったのは、私のせいですね。何度も言いますが、今日の任務はそれ程大変ではありませんでした。だから、無理はしていません。いいですね?」
響雨子が頷くのを確認して、続ける。
「……夜、この後色々と済ませたら、私の部屋に来ていただけませんか。私が……"呪術師"がどんな仕事をしているのか、お話しします。……あまり面白い話ではないでしょうが」
「行く。聞くわ。……教えてほしい」
これ以上、七海に「自分のせいだ」と思ってほしくはない。
響雨子自身も、七海が向き合うものと向き合いたい。
今度は彼を、支えるために。
七海は響雨子の返事に答えない代わりに、困った表情を消して微笑んだ。
こちらを見下ろす澄んだ瞳に、じんわりとした熱がこもる。
「それと……外で響雨子とゆっくりしたいと言ったのは、せっかく可愛くしてきてくれた貴女を、少しでも長く連れて歩きたいからですよ」
言いながら、繋いだままの響雨子の手を自分のコートのポケットにつっ込む。
言葉も行為も不意打ちで、咄嗟に反応が出来ない。
「……繊細で単純な男心なんですから、察してください」
はあ、とわざとらしい溜息が混じる語尾に浮かれが見えた。
甘い言葉をかけられ七海の隣を歩く響雨子の足元は、地面からほんの少し宙に浮いていたかもしれない。
「今日、会えてよかったわ」
「私もですよ」
どちらからともなく、ポケットの中でぎゅっと握り合った手。
お互いに、きっとこの手は離すまい。
fin.
「あれ?顔が赤いような……?」
「……誰のせいですか」
「嘘よ。顔色変わってないわ」
「………………」
七海は、やってしまったと言いたげに天を仰ぐ。
響雨子はというと、再び堪えきれなくなりクスクスと笑う。
「もうお願いだから、これ以上笑わせないで」
「誰のせいだと思ってるんですか」
やれやれと言いたげな苦々しい表情に、何故か晴れやかな心が見えた。
浮かれを隠そうとする顔に、直前までの疲労感や響雨子への憂いは、そっと鳴りをひそめる。
ああ、よかった。
いつも他人の心配ばかりしてしまうこの人を、安らげる事が出来た。
ふと、七海は思い出したように腕時計を見る。
「いつまでもじゃれ合っている場合ではありませんね。そろそろ予約の時間になってしまう」
「予約って、何の?」
「レストランです。貴女の退職祝いと転職祝い、まだだったでしょう?」
全く、思いがけない。
転職だけでなく退職も祝ってくれる辺りは、なんとも七海らしい。
しかし、心は安らいだかもしれないが、任務明けの体は少なからず疲れているはず。
「……言っておきますが、任務明けだからという気遣いは無用です」
七海は、目だけで響雨子を見下ろす。
「私、口に出してた?」
「顔に書いてありました」
ふ、と笑んで、ごく自然に左手を差し出されたため、何の迷いも無くその手を取ってしまった。
大きくて、逞しく、温かい手が、そっと強く響雨子の手を包み込む。
機嫌がいいのだな、と思う。
お互いの自宅で2人きりの時はともかく、外ではせいぜい小指を握らせてくれる程度が、この七海建人なのだから。
手を引かれ、人混みの中を抜けていく。
「まだ早い時間ですし、夕食を済ませたら場所を変えてゆっくりしましょう。……時間、平気ですか?」
「平気だし、勿論いいけど……おうちの方がゆっくり出来るんじゃない?本当に、無理してない?」
そんなに疲れていないと言う七海をいまいち信じきれず、その顔を覗き込めば、何故か困ったような顔で見詰め返された。
「やはり……そのように思わせてしまうようになったのは、私のせいですね。何度も言いますが、今日の任務はそれ程大変ではありませんでした。だから、無理はしていません。いいですね?」
響雨子が頷くのを確認して、続ける。
「……夜、この後色々と済ませたら、私の部屋に来ていただけませんか。私が……"呪術師"がどんな仕事をしているのか、お話しします。……あまり面白い話ではないでしょうが」
「行く。聞くわ。……教えてほしい」
これ以上、七海に「自分のせいだ」と思ってほしくはない。
響雨子自身も、七海が向き合うものと向き合いたい。
今度は彼を、支えるために。
七海は響雨子の返事に答えない代わりに、困った表情を消して微笑んだ。
こちらを見下ろす澄んだ瞳に、じんわりとした熱がこもる。
「それと……外で響雨子とゆっくりしたいと言ったのは、せっかく可愛くしてきてくれた貴女を、少しでも長く連れて歩きたいからですよ」
言いながら、繋いだままの響雨子の手を自分のコートのポケットにつっ込む。
言葉も行為も不意打ちで、咄嗟に反応が出来ない。
「……繊細で単純な男心なんですから、察してください」
はあ、とわざとらしい溜息が混じる語尾に浮かれが見えた。
甘い言葉をかけられ七海の隣を歩く響雨子の足元は、地面からほんの少し宙に浮いていたかもしれない。
「今日、会えてよかったわ」
「私もですよ」
どちらからともなく、ポケットの中でぎゅっと握り合った手。
お互いに、きっとこの手は離すまい。
fin.
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