愛することによって失うものは何も無い
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その理由に、漠然と気付いた。
帰宅ラッシュの人混みと、人混みに紛れてしまうような背丈の響雨子。そして、ヘアスタイルを変えたばかりという3要素が、七海の目を撹乱しているのだ。
七海に限ってそのような事があるだろうかとも思ったが、他に理由が見付からない。
すぐに手でも振ればいいのだろうが、ついイタズラ心が湧いてしまった。
わざと人の陰に隠れるようにして移動し、七海のいる大柱の裏まで大きく迂回して辿り着く。見事に、ここへ来るまでの間全く気付かれなかった。
さて、どうしてくれようか。
モデルのスカウト風にいかがわしく声をかけるか、逆ナン風にアホ臭く声をかけるか。
いずれにしても、我ながら辛辣なイメージを持っている。
その時、ようやく気配を察知したらしい七海が、死角に立っていた響雨子の方を体ごとぐるりと振り向く。かと思うと、瞬時にもとの方向に体を戻し、すぐにまた振り返る。
いわゆる2度見というやつだ。
じっと見詰め合ったのは2秒程で、つい堪えきれずに吹き出す。
「お疲れ様ぁ。ていうか、何今のダイナミックな2度見
、笑っちゃう」
普段は冷静で大抵の事には動じない七海であるのに、今の一瞬はとてもコミカルな動きをしていた。
我慢せずに笑う響雨子に、気まずさと照れを込めた苦笑を向けると、ふうと息を吐く。
この男の溜息は通常運転の証だ。
「私の背後から近付かないでください。ぶった斬ってしまいかねませんよ」
「冗談に聞こえないのが怖いわね」
「何故なら、本気で言ってますから」
「嘘でしょ」
1度は落ち着いたというのに、また笑いが込み上げてきてしまう。
本気というのも冗談だと分かっているが、いや待てよ、本当に本気で言っている可能性もある。
そんな自分の考えにすら、可笑しくなってしまう。
「……安心しましたよ」
ふと、笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭い見上げると、じっとこちらを見ていた七海の目が、これ以上無いくらいに優しい眼差しとなっていた。
「なんて……?」
「……安心したと、言ったんです。ここ何ヶ月かは、そのように笑う顔を見る事が少なかったもので。まあ……辛い事も大変な事もあったでしょうから。響雨子こそ、お疲れ様です」
七海は、全てを知っている。そして、理解をし、ずっと気に掛けていてくれた。
仕事を辞めたい理由も、新たなフィールドへの挑戦も、事実に即して肯定をし、ずっと支えてくれていた。
徐ろに、長い指が内巻きにした響雨子の髪に触れていった。
肩口で、まだ見ぬ春を待つ色が、ゆらと揺れる。
「まったく……一瞬誰かと思いましたよ。……いい気分転換になったようですね。とても、似合っている」
噛みしめるような言葉から窺える気持ちは表情にも表れており、微笑みよりも甘い笑みが口元に浮かんでいる。
人によってはニヤニヤしているという表現が最もしっくりくるのだろうが、七海にその表現は似つかわしくない。
ひとしきり笑った後だというのに、響雨子の方がニヤニヤが止められなかった。
「美容室で今までで1番可愛い私にしてもらえたから、建人に1番に見せたかったの。……だから、褒めてもらえて嬉しい」
本当の気持ちを、七海の心の柔らかな部分に触れるであろう言葉に乗せる。
確信犯だという事は分かっている。しかし、そこにあるのは偽りの無い気持ちであり、偽りの無い言葉なのだから仕方が無い。
七海を幸せな気持ちで満たすには、ストレートに伝える事がベストであると学んでいる。
「ヴッ…………」
「……何、今変な声出した?」
わずかに、呻くような低音が聞こえた気がした。
七海は、げほと咳払いをする。
帰宅ラッシュの人混みと、人混みに紛れてしまうような背丈の響雨子。そして、ヘアスタイルを変えたばかりという3要素が、七海の目を撹乱しているのだ。
七海に限ってそのような事があるだろうかとも思ったが、他に理由が見付からない。
すぐに手でも振ればいいのだろうが、ついイタズラ心が湧いてしまった。
わざと人の陰に隠れるようにして移動し、七海のいる大柱の裏まで大きく迂回して辿り着く。見事に、ここへ来るまでの間全く気付かれなかった。
さて、どうしてくれようか。
モデルのスカウト風にいかがわしく声をかけるか、逆ナン風にアホ臭く声をかけるか。
いずれにしても、我ながら辛辣なイメージを持っている。
その時、ようやく気配を察知したらしい七海が、死角に立っていた響雨子の方を体ごとぐるりと振り向く。かと思うと、瞬時にもとの方向に体を戻し、すぐにまた振り返る。
いわゆる2度見というやつだ。
じっと見詰め合ったのは2秒程で、つい堪えきれずに吹き出す。
「お疲れ様ぁ。ていうか、何今のダイナミックな2度見
、笑っちゃう」
普段は冷静で大抵の事には動じない七海であるのに、今の一瞬はとてもコミカルな動きをしていた。
我慢せずに笑う響雨子に、気まずさと照れを込めた苦笑を向けると、ふうと息を吐く。
この男の溜息は通常運転の証だ。
「私の背後から近付かないでください。ぶった斬ってしまいかねませんよ」
「冗談に聞こえないのが怖いわね」
「何故なら、本気で言ってますから」
「嘘でしょ」
1度は落ち着いたというのに、また笑いが込み上げてきてしまう。
本気というのも冗談だと分かっているが、いや待てよ、本当に本気で言っている可能性もある。
そんな自分の考えにすら、可笑しくなってしまう。
「……安心しましたよ」
ふと、笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭い見上げると、じっとこちらを見ていた七海の目が、これ以上無いくらいに優しい眼差しとなっていた。
「なんて……?」
「……安心したと、言ったんです。ここ何ヶ月かは、そのように笑う顔を見る事が少なかったもので。まあ……辛い事も大変な事もあったでしょうから。響雨子こそ、お疲れ様です」
七海は、全てを知っている。そして、理解をし、ずっと気に掛けていてくれた。
仕事を辞めたい理由も、新たなフィールドへの挑戦も、事実に即して肯定をし、ずっと支えてくれていた。
徐ろに、長い指が内巻きにした響雨子の髪に触れていった。
肩口で、まだ見ぬ春を待つ色が、ゆらと揺れる。
「まったく……一瞬誰かと思いましたよ。……いい気分転換になったようですね。とても、似合っている」
噛みしめるような言葉から窺える気持ちは表情にも表れており、微笑みよりも甘い笑みが口元に浮かんでいる。
人によってはニヤニヤしているという表現が最もしっくりくるのだろうが、七海にその表現は似つかわしくない。
ひとしきり笑った後だというのに、響雨子の方がニヤニヤが止められなかった。
「美容室で今までで1番可愛い私にしてもらえたから、建人に1番に見せたかったの。……だから、褒めてもらえて嬉しい」
本当の気持ちを、七海の心の柔らかな部分に触れるであろう言葉に乗せる。
確信犯だという事は分かっている。しかし、そこにあるのは偽りの無い気持ちであり、偽りの無い言葉なのだから仕方が無い。
七海を幸せな気持ちで満たすには、ストレートに伝える事がベストであると学んでいる。
「ヴッ…………」
「……何、今変な声出した?」
わずかに、呻くような低音が聞こえた気がした。
七海は、げほと咳払いをする。