愛することによって失うものは何も無い
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「お疲れ様でしたー」
やりきったと言いたげな清々しいその声は、まるで魔法の呪文のようだった。
およそ3時間の施術が終わり、首から下を覆っていたケープを丁寧に外される。
目の前の大鏡に映し出された自分の姿を見て、良い意味で言葉が出てこなかった。
憧れだったラベンダーグレーのヘアカラーは、透き通るように儚げな夜の色で、光の当たり具合で強くも優しくも見える。
そして、セミロングの長さに整えた髪は、くるんとワンカールにした毛先が踊るようで。
「……かわ………可愛い」
これは、本当に自分なのだろうか。
鏡の向こうから、星やハートや輝くエフェクトが溢れてきそうな程にキラキラとしていて、可愛い。
「イメチェン大成功ですね!お似合いです!めちゃめちゃ可愛い!」
いつも担当をお願いする同世代の女性美容師が、興奮気味にニカッと笑う。
そうなのだ。
いつもなら、以前と同じブラウンカラーと胸下のロングヘアをキープするオーダーをするのだが、今日は違った。
方向性を変えたい。カラーは明るいダークカラーで、長さは短すぎないロングで、と美容師を大変混乱させるとともにその腕を鳴らせた。
3時間のうち、1時間はカウンセリングに使っただろうか。
美容室に来て、こんなにも気持ちが高まるのはいつ以来だろうか。
自分の容姿がこんなにも可愛いと思えたのは、いつ以来だろうか。
雲の上を歩くかのようにフワフワとした足取りで外へ出ると、すっかり暗くなってしまっていた。
七海は、今日は任務だと言っていたが、会えるだろうか。
見せたい。
自分史上最高に可愛い今日の響雨子を、見てほしい。
しかし、任務明けはひどく疲れている事の多い七海が、この昂ぶる気持ちを受け止めてくれるだろうか。
会いたいと言っても、理由を伝える前に、疲労を湛えた声で今日ではなく明日でも構いませんかと突き放されはしないか。
以前に1度だけ、そのような事が起こったのだ。
疲れている七海を気遣えなかった、こちらが悪いのだが。
そもそも、疲れているだろうと予想しながら、会いたいなどと言っていい訳が無い。
それでも。と、葛藤しながらバッグからスマホを取り出すと、絶妙なタイミングで着信が入る。
七海建人。
画面に表示された名前を見て、あわあわしながら電話に出る。
「あ、ワタシワタシ」
『なんですか、その詐欺グループのような名乗りは』
「もしもし」と言うか「私」と言うかで一瞬迷った結果だ。
第一声でペースを崩されたのだろうか、スマホの向こうの七海の声は、疲れているようでありつつ、温和な気配で満ちている。
「任務終わったの?……大変だったでしょ」
七海は"呪術師"としての仕事について詳しく語る事は無く、自ら語らないのならと響雨子も深く訊く事は無い。
そのため、正直なところ、呪術師の任務というものがどんなもので、どれ程大変なものなのかは分からない。
しかし、任務によっては、その後泥のように眠ったり、ひどく塞ぎ込んだり、稀ではあるが荒れていたりする七海を見ては、過酷なものなのだろうという事は分かる。
一般的な職種に就いていたって、時に殺すか死ぬかと思い詰める程には辛いのだ。
『今回は、それ程大変でもありませんでしたよ……ありがとう』
口元に笑みを浮かべたであろう事が分かる声音。
七海は、響雨子の口から出る労いの言葉が、上っ面だけのものではないと知っている。
やりきったと言いたげな清々しいその声は、まるで魔法の呪文のようだった。
およそ3時間の施術が終わり、首から下を覆っていたケープを丁寧に外される。
目の前の大鏡に映し出された自分の姿を見て、良い意味で言葉が出てこなかった。
憧れだったラベンダーグレーのヘアカラーは、透き通るように儚げな夜の色で、光の当たり具合で強くも優しくも見える。
そして、セミロングの長さに整えた髪は、くるんとワンカールにした毛先が踊るようで。
「……かわ………可愛い」
これは、本当に自分なのだろうか。
鏡の向こうから、星やハートや輝くエフェクトが溢れてきそうな程にキラキラとしていて、可愛い。
「イメチェン大成功ですね!お似合いです!めちゃめちゃ可愛い!」
いつも担当をお願いする同世代の女性美容師が、興奮気味にニカッと笑う。
そうなのだ。
いつもなら、以前と同じブラウンカラーと胸下のロングヘアをキープするオーダーをするのだが、今日は違った。
方向性を変えたい。カラーは明るいダークカラーで、長さは短すぎないロングで、と美容師を大変混乱させるとともにその腕を鳴らせた。
3時間のうち、1時間はカウンセリングに使っただろうか。
美容室に来て、こんなにも気持ちが高まるのはいつ以来だろうか。
自分の容姿がこんなにも可愛いと思えたのは、いつ以来だろうか。
雲の上を歩くかのようにフワフワとした足取りで外へ出ると、すっかり暗くなってしまっていた。
七海は、今日は任務だと言っていたが、会えるだろうか。
見せたい。
自分史上最高に可愛い今日の響雨子を、見てほしい。
しかし、任務明けはひどく疲れている事の多い七海が、この昂ぶる気持ちを受け止めてくれるだろうか。
会いたいと言っても、理由を伝える前に、疲労を湛えた声で今日ではなく明日でも構いませんかと突き放されはしないか。
以前に1度だけ、そのような事が起こったのだ。
疲れている七海を気遣えなかった、こちらが悪いのだが。
そもそも、疲れているだろうと予想しながら、会いたいなどと言っていい訳が無い。
それでも。と、葛藤しながらバッグからスマホを取り出すと、絶妙なタイミングで着信が入る。
七海建人。
画面に表示された名前を見て、あわあわしながら電話に出る。
「あ、ワタシワタシ」
『なんですか、その詐欺グループのような名乗りは』
「もしもし」と言うか「私」と言うかで一瞬迷った結果だ。
第一声でペースを崩されたのだろうか、スマホの向こうの七海の声は、疲れているようでありつつ、温和な気配で満ちている。
「任務終わったの?……大変だったでしょ」
七海は"呪術師"としての仕事について詳しく語る事は無く、自ら語らないのならと響雨子も深く訊く事は無い。
そのため、正直なところ、呪術師の任務というものがどんなもので、どれ程大変なものなのかは分からない。
しかし、任務によっては、その後泥のように眠ったり、ひどく塞ぎ込んだり、稀ではあるが荒れていたりする七海を見ては、過酷なものなのだろうという事は分かる。
一般的な職種に就いていたって、時に殺すか死ぬかと思い詰める程には辛いのだ。
『今回は、それ程大変でもありませんでしたよ……ありがとう』
口元に笑みを浮かべたであろう事が分かる声音。
七海は、響雨子の口から出る労いの言葉が、上っ面だけのものではないと知っている。
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