君に咲くユキヤナギ
名前を変える
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
儚げでありながら、ここでの生活に懸命に馴染もうとする強さ、生きようとする強さ。
その佇まいは、何故か利吉の心を掴んで離さない。今でも。
思えば、あれは一目惚れだった気がするのだ。
最近では自然な笑顔も見せてくれるようになり、あの可愛い笑顔を思い出しては、また胸が締め付けられる。
一目惚れなど、御伽話だと思っていた。まさか自分が、素性も知らない女性に心を奪われるとは、思っていなかった。
ただ、父・伝蔵が言うように、祥子にはある程度以上の武術の心得があるように見えるのだ。彼女は武家の子だという話だが、子女にしては身のこなしが洗練されすぎてはいないかと思ったことがある。
それを考えると、ますます彼女のことが分からなくなる。
もしかしたら、個人で関わるべき人ではないのかもしれない。
それでも。
「……好きなんだ…………」
思わず、溢れてしまいそうな感情が言葉になって口をついた。
息ができないくらいの切なさから逃れたくて、言葉にした想い。しかし、同時に自分の中の恋心と向き合うことになり、余計に苦しくなる。
おそらく、祥子へ想いを告げることでしか逃れられない状況なのだが、まだその時ではない。
一方的に気持ちを伝えることはできても、それでは子供だ。
ただでさえ歳上の彼女。子供に見られるのは、年齢だけで十分だ。
すれ違う人の顔をさりげなく確認しながら、夕暮れが迫る通りに出る。
その時、向こうから見覚えのある人影がやってくるのが見えた。
学園内では高い位置で結い上げている長い髪を、今日は品よく下ろしてまとめている。
普段と雰囲気は違っても、見紛うはずのない美しい人。
「祥子さん!……と、ヘムヘム!?」
利吉の姿に気付き、足早にこちらへやってきた祥子の足元には、器用に行灯を持った忍犬・ヘムヘムがいる。
「利吉さん!どうされたんですか、そんなに血相を変えて」
「ヘム?」
「どうしたも何も、かくかくしかじかで……」
しっかりと利吉の顔を見てこれまでの経緯を聞いていた祥子とヘムヘムは、話が終わると同時に互いに顔を見合わせ、そして再び利吉を見る。
「小松田さんが心配を……そうですか。万が一遅くなっても心配ないように、学園長がヘムヘムを付き添わせてくださって、それは小松田さんも知っているはずなんですけど」
「えっ」
「ヘムヘム〜」
「あらかじめ行灯を持っていくことも、遅くなったら誰かを迎えに寄越すことも話がまとまってたって?」
きちんと、もしもを見越した準備ができていた。そして、それは小松田にも伝えてあったと言うのだ。
ということは、自分はうまく小松田秀作という男にのせられたのではないだろうか。あの小松田秀作に、だ。
脳裏を「てへぺろ」と笑って誤魔化す小松田が通り過ぎていき、利吉の眉間には深い深い皺が刻まれた。
「何かあったのかなぁ」という一言は、今にして思えばとんでもない棒読みだった気がする。
しかし、まあ、いいだろう。
これは、利吉の祥子へ対する想いに気付いた(この時点でアウトなのだが)小松田からの、気遣いということにしておこう。
そう思わなければ、祥子の前で取り乱してしまいそうなのだ。
彼女の前では、まだ、冷静で余裕のある男でいたい。
「利吉さん」
柔らかな声に呼ばれ、我に返る。