Inferno
名前を変える
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まさか、と思いながらカーテンを開ける。地上を見下ろし、目に入ったのは、
「的場…………」
路肩に停めた車の傍に立つその人は、腕を組んでこちらを見上げていた。
名取の姿を見付けたわけではないのだろうが、その口元にはいつもの不遜な笑みが浮かんでいるようだった。
こうなることも予想していなかったわけではない。しかし、出来ることなら一番関わってほしくはなかった。
「……あの式は貴方のですか?いつから俺をマークしてたんです」
どんなにネガティブな感情を抱こうと、借りを作ってしまったのは事実。そう思いながら階下へ下り、外へ出れば、的場静司は一見すれば華道か茶道の家元のような佇まいで名取を待っていた。
的場は、組んでいた腕を解くとこちらへやって来る。
「マーク?そんなもの、あの会合の時からに決まっているでしょう。こんなにいい餌はいませんからね」
お互いに挨拶などはなく、出会い頭に本題に入る。
それにしても、だ。冷徹な笑みも、悪意のない本音であろう言葉も、そっと名取の感情を逆撫でる。
怨霊のことで余裕の無い今は、どうにも些細なことが気に障るのだ。
「礼は言っておきますよ。用件はそれだけなら、もう戻ります」
余裕の無いことに触れられるのが嫌で、そんな自分を見せることすらも癪で、最低限のことだけを口にして踵を返した。
さっさと部屋へ戻り、怨霊を祓う術を見付けなければいけない。こんなところで気持ちを乱している場合ではないのだ。
「名取、いつかのように手を組みませんか」
背に掛けられた言葉が、誰に対するものなのか瞬時に理解できず、つい振り返ってしまった。
そこには、口元に笑みを浮かべたまま、名取の目をまっすぐに見る的場がいる。
「聞こえませんでしたか?」
「なんで俺が……お断りします」
祓い人になる前の、子供の頃とは違う。
今は、お互いに祓い人としての立場を確立しているし、妖祓いに信念がある。道は、とっくに違えたはずなのだ。
的場一門のようにはならない。取り合う手など無い。
「三匹の式がいとも簡単に封じ込められてしまったというのに、どうやって太刀打ちすると言うんです?夏目貴志と、あの猫の手でも借りるんですか?」
「柊はそっちの放った式に弾き飛ばされたんですよ。……それと、夏目は巻き込まない。今回はさすがに、これまでとはわけが違う」
「では」
矢継ぎ早な会話、そしてこの訪問。的場にも何かがあるなと感じた。
その直後、
「では、神崎咲耶に縋ろうとでも?」
その名前を聞いて逸らしていた顔を上げれば、一瞬だけ笑みを消した鋭利な眼差しとぶつかった。
まるでこちらの心を見透かすような態度は不快であるのに、言い返す言葉が出てこない。それは、的場の指摘が名取の本心に近しいからこそ。
返事をしないことを肯定と受け取ったのか、的場はあらためて不遜に笑うが、その目は全く笑っていなかった。
「……なるほどね。しかし、咲耶に危険が及ぶようなことは絶対に許さない。その代わりに、我々が手を貸すと言っているんですよ?貴方にも悪い話ではないはずだ。怨霊という稀なる妖を祓える。それに、こんなところで命を落としたくはないでしょう」
咲耶が絡むとどうにも冷静ではいられなくなるような的場に、心のうちで笑ってしまう。
それと同時に、二人の関係性を垣間見て気落ちするこの感情は、何なのだろうか。
道は違えたのではなかったかと、自分に問う。
脳裏に、繊細な光を纏う夏目貴志と、太陽の光さえも従えるような眩しい神崎咲耶の姿が交互に浮かんだ。
大切なカードを失うくらいなら、喜んでジョーカーに手を出そう。
「…………分かった」
とは言っても、悪魔と契約をするような気分だった。
————
怨霊は日を置かずに現れるだろうということで、数日後、名取は的場の別邸を訪れていた。
笹後と瓜姫は未だ動けず、柊も怨霊の瘴気に当てられ本調子ではない。
「庭に陣を敷いてあります。もう一度手順を確認しましょう」
いくつか検討された案の中から、最終的に捕縛の陣に怨霊を誘き寄せることとなったのだが、そこまでの流れがまだ心許無い。
言われるままに庭へ出ると、怨霊を迎え討つ準備をしていた一門の術師たちが、一斉に名取を注目した。
奇異の目か哀れみの目か知らないが、見世物にでもなったようでいい気分ではない。
「随分と厳重に保険をかけてますね」
的場静司一人の手には負えないことを示すような、術師の多さ。
それを皮肉ったつもりだったのだが、的場は意に介さず鼻で笑った。
「こちらは、貴方が怨霊に喰われるのを見届け、怨霊が人鬼になったところを始末してもいいんですよ。その方が、一門の格が上がりますからね」
どこまで本気なのかと問いたくなる程、その横顔は非道に見えた。
「ですが、今回は祓い屋としての名声より、人としての徳を選びました。怨霊に命を狙われた仲間を救ったっていう」
「……誰が仲間ですか」
ああ、苛々する。子供の頃に的場に感じた居心地の悪さは、大人になった今でも変わってはいなかった。
そして、あらためて怖い人だとも思う。
これまでとは違う、元々は人であった妖と対峙するというのに、まるで迷いが無い。怨霊すらも、自らの式にしようというのだろうか。
「的場…………」
路肩に停めた車の傍に立つその人は、腕を組んでこちらを見上げていた。
名取の姿を見付けたわけではないのだろうが、その口元にはいつもの不遜な笑みが浮かんでいるようだった。
こうなることも予想していなかったわけではない。しかし、出来ることなら一番関わってほしくはなかった。
「……あの式は貴方のですか?いつから俺をマークしてたんです」
どんなにネガティブな感情を抱こうと、借りを作ってしまったのは事実。そう思いながら階下へ下り、外へ出れば、的場静司は一見すれば華道か茶道の家元のような佇まいで名取を待っていた。
的場は、組んでいた腕を解くとこちらへやって来る。
「マーク?そんなもの、あの会合の時からに決まっているでしょう。こんなにいい餌はいませんからね」
お互いに挨拶などはなく、出会い頭に本題に入る。
それにしても、だ。冷徹な笑みも、悪意のない本音であろう言葉も、そっと名取の感情を逆撫でる。
怨霊のことで余裕の無い今は、どうにも些細なことが気に障るのだ。
「礼は言っておきますよ。用件はそれだけなら、もう戻ります」
余裕の無いことに触れられるのが嫌で、そんな自分を見せることすらも癪で、最低限のことだけを口にして踵を返した。
さっさと部屋へ戻り、怨霊を祓う術を見付けなければいけない。こんなところで気持ちを乱している場合ではないのだ。
「名取、いつかのように手を組みませんか」
背に掛けられた言葉が、誰に対するものなのか瞬時に理解できず、つい振り返ってしまった。
そこには、口元に笑みを浮かべたまま、名取の目をまっすぐに見る的場がいる。
「聞こえませんでしたか?」
「なんで俺が……お断りします」
祓い人になる前の、子供の頃とは違う。
今は、お互いに祓い人としての立場を確立しているし、妖祓いに信念がある。道は、とっくに違えたはずなのだ。
的場一門のようにはならない。取り合う手など無い。
「三匹の式がいとも簡単に封じ込められてしまったというのに、どうやって太刀打ちすると言うんです?夏目貴志と、あの猫の手でも借りるんですか?」
「柊はそっちの放った式に弾き飛ばされたんですよ。……それと、夏目は巻き込まない。今回はさすがに、これまでとはわけが違う」
「では」
矢継ぎ早な会話、そしてこの訪問。的場にも何かがあるなと感じた。
その直後、
「では、神崎咲耶に縋ろうとでも?」
その名前を聞いて逸らしていた顔を上げれば、一瞬だけ笑みを消した鋭利な眼差しとぶつかった。
まるでこちらの心を見透かすような態度は不快であるのに、言い返す言葉が出てこない。それは、的場の指摘が名取の本心に近しいからこそ。
返事をしないことを肯定と受け取ったのか、的場はあらためて不遜に笑うが、その目は全く笑っていなかった。
「……なるほどね。しかし、咲耶に危険が及ぶようなことは絶対に許さない。その代わりに、我々が手を貸すと言っているんですよ?貴方にも悪い話ではないはずだ。怨霊という稀なる妖を祓える。それに、こんなところで命を落としたくはないでしょう」
咲耶が絡むとどうにも冷静ではいられなくなるような的場に、心のうちで笑ってしまう。
それと同時に、二人の関係性を垣間見て気落ちするこの感情は、何なのだろうか。
道は違えたのではなかったかと、自分に問う。
脳裏に、繊細な光を纏う夏目貴志と、太陽の光さえも従えるような眩しい神崎咲耶の姿が交互に浮かんだ。
大切なカードを失うくらいなら、喜んでジョーカーに手を出そう。
「…………分かった」
とは言っても、悪魔と契約をするような気分だった。
————
怨霊は日を置かずに現れるだろうということで、数日後、名取は的場の別邸を訪れていた。
笹後と瓜姫は未だ動けず、柊も怨霊の瘴気に当てられ本調子ではない。
「庭に陣を敷いてあります。もう一度手順を確認しましょう」
いくつか検討された案の中から、最終的に捕縛の陣に怨霊を誘き寄せることとなったのだが、そこまでの流れがまだ心許無い。
言われるままに庭へ出ると、怨霊を迎え討つ準備をしていた一門の術師たちが、一斉に名取を注目した。
奇異の目か哀れみの目か知らないが、見世物にでもなったようでいい気分ではない。
「随分と厳重に保険をかけてますね」
的場静司一人の手には負えないことを示すような、術師の多さ。
それを皮肉ったつもりだったのだが、的場は意に介さず鼻で笑った。
「こちらは、貴方が怨霊に喰われるのを見届け、怨霊が人鬼になったところを始末してもいいんですよ。その方が、一門の格が上がりますからね」
どこまで本気なのかと問いたくなる程、その横顔は非道に見えた。
「ですが、今回は祓い屋としての名声より、人としての徳を選びました。怨霊に命を狙われた仲間を救ったっていう」
「……誰が仲間ですか」
ああ、苛々する。子供の頃に的場に感じた居心地の悪さは、大人になった今でも変わってはいなかった。
そして、あらためて怖い人だとも思う。
これまでとは違う、元々は人であった妖と対峙するというのに、まるで迷いが無い。怨霊すらも、自らの式にしようというのだろうか。