Inferno
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そう考えて、すぐに小さく首を振った。
今はそんなことは考えない。
早天が祓い人の手には負えないと言ったが、それには同意でしかない。
いくら嫌いな連中とはいえ、護らなければとは思う。
『いつの世も、女の願いは叶えてやらねえとな。じゃっ、俺は呪術師共の会合とやらをいくつか渡ってくるぜ。咲耶、この一大事に風邪なんか引くんじゃねえぞ』
『任せておけ。私は都まで行って情報を集めてこよう。少し留守にするが、何かあればすぐに呼べ。いいな?』
それぞれ言いたいことと言うべきことを言い終えると、あっという間にどろんと消えてしまう。
「気を付けてね」という見送りの一言は、果たして聞こえていただろうか。
「……過去の悪さはともかく、今ではすっかり世話焼きで心配性な鬼になっちゃったわね」
言いながら、小鬼達の以前と今を比べてふふと笑ってしまった。
彼らが手を貸してくれる限りは、自分は自分にできることをしなければ。
それからしばらくして、東雲から咲耶のもとにもたらされたのは、会合に現れた怨霊が、一人の祓い人を″友″と呼んだという情報だった。
怨霊となったばかりと見られる人霊はまだ実体の無いもやのような存在で、外に及ぼす力も不完全だったため、その場は呪術師達によって収められた。
その時、溢れ出た怨霊の記憶が流れ込んできたという。
平安の世、共に学問を学んだ幼い頃からの友。
ある時、休暇を終え遠方より戻ってみると、友は病で既にこの世を去っていた。
元々体が弱かったのは知っていたが、患っていることなどは知らなかった。そんなこと、一言も話してくれなかった。
あれほど信頼していたのに、何故話してくれなかったのだろう。
信頼していたのは自分だけだったのか。兄弟のようだと思っていたのは自分だけだったのか。
恨みごとを言おうにも、友はもういない。どこにもいない。
ああ、憎らしい。
必ず捜しに行くぞ。
この世にいないのならば地獄まで。
来世まで
がばりと飛び起きて初めて、うたた寝をしていたことに気付く。
シャツが汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。嫌な夢、というか、恐ろしい何かに追われる夢を見ていた気がする。
名取周一は、床に広げた本や紙類の資料の上に再び横になった。
数日前、会合会場に現れた得体の知れない妖————怨霊は、名取のことを″友″と呼んだ。
もちろん縁もゆかりも無い話だが、あの日から、いつも誰かに見られている気がする。それは、他の祓い人達が完全に名取をマークしているということなのだろう。
あわよくば、おこぼれに預かろうとでもいうのか。
はあ、と深い溜め息をついた。
たとえ本当の生まれ変わりではなくとも、自らが怨霊を誘き寄せられるとなれば、これ以上得なことは無い。そう思ったはずだった。
あの怨霊について調べてみようにも手掛かりなどあるはずも無く、かつて人であった存在を祓うということすらおそらく初めてで、祓い人のやり方でいいのかという迷いが手足を縛る。
巻き込むつもりは無いが、夏目貴志に相談するには相手が強過ぎる。
考えないようにしていても、どうしても思い浮かべてしまうのは、光すら従えるような眩しい神崎咲耶の姿だった。
彼女が祓い人に手を貸すことなど有り得ないと分かっているのに、今は縋りたくて仕方が無い。
我ながら、神頼みをする程に窮しているのかと思うと、情け無くて笑える。
「……どうしたらいいんだ」
いつもの自分のやり方で退治や封印を行ったとしても、今回ばかりはどうにも手に負えない気がした。
かといって諦めてしまえば、その時はこの命が終わることになる。
ひやりと首筋を撫でていったのは、恐れ。
ふと、唐突に部屋の明かりが消えた。陽はまだ高いが、カーテンを閉め切った部屋は一気に薄暗くなる。
異変を感じて体を起こすと、ひらと何かが床に落ちた。それは、見覚えのある二枚の紙人形。
「笹後……瓜姫……?」
マンションの外を警戒させていた式が、いとも容易く力を奪われてしまっている。
つい今し方首筋を撫でていったあの恐怖に、今度は心臓を掴まれるような感覚がした。
ざわ、と。部屋の隅で漆黒の影が動く。漂よう瘴気は、あの日会合会場で感じたものと同じ。
ついに、来てしまった。
「柊!」
どろんと傍らに姿を現した柊は、既に刀を構えている。
部屋の隅で蠢く影は、どんどん人の形になっていく。
『友よ……友よ……見付けた、見付けた…………!』
低く恐ろしげで、嬉々としつつもどこか悲しい響きをした声。
影は、完全な人の形になる手前で名取に飛びかかってきた。怨霊として不完全体とは思えない速さと、足をすくませる程の強い力を放って。
「主様!」
名取を庇って飛び出した直後、柊は弾かれて勢いよく床に転がった。
一瞬すぎて何が起きたのか分からなかったが、柊を弾き飛ばしたのは怨霊ではなかった。
柊を起こしながら見たのは、怨霊の体に巻き付く一つ目の大蛇のような妖。それは、ぎりぎりと怨霊の体を締め上げている。
『おのれ……口惜しや………………』
地を這うような声で呻くと、怨霊は煙のように消え去った。
同時に、部屋の明かりがつく。
水面から顔を出し、ようやく呼吸をした時のような息苦しさと解放感。気を抜けば、膝から崩れ落ちそうになる。
見ると、役目を終えたらしい大蛇の妖は、カーテンも窓もすり抜けて外へ出て行った。
それに見覚えがあるわけではないのに、何かが気になった。あの妖の顔の一つ目は、目ではなく″的の紋″ではなかったか。
今はそんなことは考えない。
早天が祓い人の手には負えないと言ったが、それには同意でしかない。
いくら嫌いな連中とはいえ、護らなければとは思う。
『いつの世も、女の願いは叶えてやらねえとな。じゃっ、俺は呪術師共の会合とやらをいくつか渡ってくるぜ。咲耶、この一大事に風邪なんか引くんじゃねえぞ』
『任せておけ。私は都まで行って情報を集めてこよう。少し留守にするが、何かあればすぐに呼べ。いいな?』
それぞれ言いたいことと言うべきことを言い終えると、あっという間にどろんと消えてしまう。
「気を付けてね」という見送りの一言は、果たして聞こえていただろうか。
「……過去の悪さはともかく、今ではすっかり世話焼きで心配性な鬼になっちゃったわね」
言いながら、小鬼達の以前と今を比べてふふと笑ってしまった。
彼らが手を貸してくれる限りは、自分は自分にできることをしなければ。
それからしばらくして、東雲から咲耶のもとにもたらされたのは、会合に現れた怨霊が、一人の祓い人を″友″と呼んだという情報だった。
怨霊となったばかりと見られる人霊はまだ実体の無いもやのような存在で、外に及ぼす力も不完全だったため、その場は呪術師達によって収められた。
その時、溢れ出た怨霊の記憶が流れ込んできたという。
平安の世、共に学問を学んだ幼い頃からの友。
ある時、休暇を終え遠方より戻ってみると、友は病で既にこの世を去っていた。
元々体が弱かったのは知っていたが、患っていることなどは知らなかった。そんなこと、一言も話してくれなかった。
あれほど信頼していたのに、何故話してくれなかったのだろう。
信頼していたのは自分だけだったのか。兄弟のようだと思っていたのは自分だけだったのか。
恨みごとを言おうにも、友はもういない。どこにもいない。
ああ、憎らしい。
必ず捜しに行くぞ。
この世にいないのならば地獄まで。
来世まで
がばりと飛び起きて初めて、うたた寝をしていたことに気付く。
シャツが汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。嫌な夢、というか、恐ろしい何かに追われる夢を見ていた気がする。
名取周一は、床に広げた本や紙類の資料の上に再び横になった。
数日前、会合会場に現れた得体の知れない妖————怨霊は、名取のことを″友″と呼んだ。
もちろん縁もゆかりも無い話だが、あの日から、いつも誰かに見られている気がする。それは、他の祓い人達が完全に名取をマークしているということなのだろう。
あわよくば、おこぼれに預かろうとでもいうのか。
はあ、と深い溜め息をついた。
たとえ本当の生まれ変わりではなくとも、自らが怨霊を誘き寄せられるとなれば、これ以上得なことは無い。そう思ったはずだった。
あの怨霊について調べてみようにも手掛かりなどあるはずも無く、かつて人であった存在を祓うということすらおそらく初めてで、祓い人のやり方でいいのかという迷いが手足を縛る。
巻き込むつもりは無いが、夏目貴志に相談するには相手が強過ぎる。
考えないようにしていても、どうしても思い浮かべてしまうのは、光すら従えるような眩しい神崎咲耶の姿だった。
彼女が祓い人に手を貸すことなど有り得ないと分かっているのに、今は縋りたくて仕方が無い。
我ながら、神頼みをする程に窮しているのかと思うと、情け無くて笑える。
「……どうしたらいいんだ」
いつもの自分のやり方で退治や封印を行ったとしても、今回ばかりはどうにも手に負えない気がした。
かといって諦めてしまえば、その時はこの命が終わることになる。
ひやりと首筋を撫でていったのは、恐れ。
ふと、唐突に部屋の明かりが消えた。陽はまだ高いが、カーテンを閉め切った部屋は一気に薄暗くなる。
異変を感じて体を起こすと、ひらと何かが床に落ちた。それは、見覚えのある二枚の紙人形。
「笹後……瓜姫……?」
マンションの外を警戒させていた式が、いとも容易く力を奪われてしまっている。
つい今し方首筋を撫でていったあの恐怖に、今度は心臓を掴まれるような感覚がした。
ざわ、と。部屋の隅で漆黒の影が動く。漂よう瘴気は、あの日会合会場で感じたものと同じ。
ついに、来てしまった。
「柊!」
どろんと傍らに姿を現した柊は、既に刀を構えている。
部屋の隅で蠢く影は、どんどん人の形になっていく。
『友よ……友よ……見付けた、見付けた…………!』
低く恐ろしげで、嬉々としつつもどこか悲しい響きをした声。
影は、完全な人の形になる手前で名取に飛びかかってきた。怨霊として不完全体とは思えない速さと、足をすくませる程の強い力を放って。
「主様!」
名取を庇って飛び出した直後、柊は弾かれて勢いよく床に転がった。
一瞬すぎて何が起きたのか分からなかったが、柊を弾き飛ばしたのは怨霊ではなかった。
柊を起こしながら見たのは、怨霊の体に巻き付く一つ目の大蛇のような妖。それは、ぎりぎりと怨霊の体を締め上げている。
『おのれ……口惜しや………………』
地を這うような声で呻くと、怨霊は煙のように消え去った。
同時に、部屋の明かりがつく。
水面から顔を出し、ようやく呼吸をした時のような息苦しさと解放感。気を抜けば、膝から崩れ落ちそうになる。
見ると、役目を終えたらしい大蛇の妖は、カーテンも窓もすり抜けて外へ出て行った。
それに見覚えがあるわけではないのに、何かが気になった。あの妖の顔の一つ目は、目ではなく″的の紋″ではなかったか。