Inferno
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いない、いない
どこにもいない
あの世にも、この世にも
ああ、うらめしい
必ず見付けてやるぞ
我が友よ————
ぱしゃんと音を立てて、池の水が跳ねた。
朱色の太鼓橋の袂から水面をのぞいてみると、この神社の名物でもある綺麗な錦鯉が、くるりと旋回するのが見えた。
ほっと胸を撫で下ろす。
一瞬だけ聞こえた、地の底から響くような声。そして、ざわりと肌が粟立つような嫌な感覚。
その大元の、おそらくは妖であろう″何か″が水面を打ったと思ったのだ。
しかし、妖と呼ぶにはあまりに禍々しい何かだった気がする。
では、妖でなければ何だろうと考え始めた矢先、傍にどろんと二人分の気配が現れる。
『咲耶、大変だ』
普段は爽やかで温和な早天の声が、わずかに張り詰めている。
『都の怨霊が、この辺りに来ているようだ』
耳を疑うワードが連なる。
怨霊————あの禍々しくじりじりと灼くるような気配には、それ以外に当てはまる呼び名は無いと思った。
しかし、怨霊とは時代を問わず存在するものなのだろうか。
「都って……京都のこと?」
首を傾げる隣で、東雲が腕を組んだ。
『どこかの空間の狭間でもさまよってたんだろう。憎しみによって魂の寿命を超え怨霊と化し、晴れて自由の身になったのさ。そして、人を探して都を出たんだ』
怨霊が探しているのは、生前に親しくしていた友だという。
この世にも冥府にもいないのなら、どこかに生まれ変わりがいるはずだと。
「生まれ変わりって……そうそう見付かるものなの?大体、その人を探してどうしようって言うの」
『そうそう見付かるもんじゃねえよ。ってことは、その友とやらの面影のある人間が危ないな』
『見付けてどうしたいかなど、怨霊になっている時点で想像がつく』
一瞬の沈黙。
怨霊は、憎しみを晴らすことでしか鎮まらないのなら、悪い結末しか浮かばない。
『それで、祓い屋界隈で騒ぎが起きている』
早天は、池の水面を指した。
映し出されたのは、A4サイズ程の一枚の紙。
そこには、ぼんやりとしたシルエットの怨霊の姿を描いたらしき絵と、″退治求ム″″懸賞金有″との文言が添えられている。
「……もう祓い屋の手が回ってるのね」
『ああ、既に何人かの祓い屋は式を喰われているようだからな。しかし、咲耶は分かっていると思うが、妖と人霊は違う。今回の件は奴らの手に負えるとは思えぬ』
池の縁に下りて怨霊の手配書を見下ろす小鬼達の間にしゃがみ込み、同じように水面を見つめる。
昔、実家の蔵で読んだ、古い書物の中身を思い出した。
強い恨みによって怨霊と化した人霊は、その恨みの対象が人間だった場合、対象の魂を喰らうことを止められないのだという。
そうして外道に堕ちた怨霊は、二度と他の何ものかに生まれ変わることの出来ない人鬼となるのだ。
「いつか外道に堕ちるかもしれないのに、憎むことを止められなかったのか……」
友と言うからには親しい間柄だったのだろう。それが何故、怨霊となるまで強い恨みを抱くこととなったのか。
そうまでして遂げたい思いとは一体何なのか。
右手で東雲の頭を、左手で早天の頭をそれぞれ撫でれば、東雲は腑に落ちない様子で見上げてきた。
『言っとくが、俺達は人鬼じゃなくて正真正銘純粋な″鬼″だからな』
「分かってるけど。怨霊の過去を考えたらちょっと感傷的になっただけよ」
『まあ、私達も、外道に堕とされても文句は言えないような悪さはしていたが』
「爽やかな顔して言われると余計に怖いわ」
話が逸れかけた時、ふと池に波紋が広がっていることに気付いた。風が吹いているからというにはあまりに不自然な、池の中心から外へ広がる同心円。
水面に映し出されたままだった怨霊の絵、その目から血のように赤い涙が流れる。
同時に、あの禍々しい瘴気がじわじわと滲み出る。
『去れ!』
唱え言葉を口にするより先に、東雲と早天同時の喝声が飛んだ。
瞬間、大きな石でも投げ入れられたかのように、池の水が四方八方に飛び散った。
境内に参拝客は少なかったが、離れたところから驚いたような悲鳴が上がった。
「神崎さん、大丈夫ですか」
今の光景を見ていたらしい巫女が、慌てて駆け寄ってくる。
池の不自然な波紋も血の涙を流す絵も既に消えていて、瘴気も小鬼達によって一掃されている。
しかし、
『まさか、神聖な地にまで入り込もうとするとはな』
東雲は忌々しそうに舌打ちをした。
「神崎さん?」
池を見下ろしたままでいる咲耶を、巫女が心配そうにのぞき込む。
「あ、うん大丈夫よ。カラスが行水をして行って、びっくりしたわ」
笑って見せれば、一瞬だけきょとんとした巫女もすぐにつられて笑う。
水を被った神主衣装を着替えるためその場を離れると、すぐに小鬼達もついて来た。
「二人とも、力を貸してほしい。これは、祓い屋だけに任せておいてはいけない気がする」
大妖が傍にいる咲耶に易々と近付き、何より、悪しきものが踏み入れない神社という清浄な場所に入り込むとは。
霊視をしていなくともはっきりと視えた、怨霊の絵の真っ赤な涙。疑いも無く、最強級の人ならざるもの。
放っておいては、怨霊の求める″友の生まれ変わり″以外にも被害が及ぶ。それが視える者か視えない者かは分からないが、悪い予感を確信してしまってはどうにかせずにはいられない。
————あの的場静司なら、この状況すらも利用するだろうか。
どこにもいない
あの世にも、この世にも
ああ、うらめしい
必ず見付けてやるぞ
我が友よ————
ぱしゃんと音を立てて、池の水が跳ねた。
朱色の太鼓橋の袂から水面をのぞいてみると、この神社の名物でもある綺麗な錦鯉が、くるりと旋回するのが見えた。
ほっと胸を撫で下ろす。
一瞬だけ聞こえた、地の底から響くような声。そして、ざわりと肌が粟立つような嫌な感覚。
その大元の、おそらくは妖であろう″何か″が水面を打ったと思ったのだ。
しかし、妖と呼ぶにはあまりに禍々しい何かだった気がする。
では、妖でなければ何だろうと考え始めた矢先、傍にどろんと二人分の気配が現れる。
『咲耶、大変だ』
普段は爽やかで温和な早天の声が、わずかに張り詰めている。
『都の怨霊が、この辺りに来ているようだ』
耳を疑うワードが連なる。
怨霊————あの禍々しくじりじりと灼くるような気配には、それ以外に当てはまる呼び名は無いと思った。
しかし、怨霊とは時代を問わず存在するものなのだろうか。
「都って……京都のこと?」
首を傾げる隣で、東雲が腕を組んだ。
『どこかの空間の狭間でもさまよってたんだろう。憎しみによって魂の寿命を超え怨霊と化し、晴れて自由の身になったのさ。そして、人を探して都を出たんだ』
怨霊が探しているのは、生前に親しくしていた友だという。
この世にも冥府にもいないのなら、どこかに生まれ変わりがいるはずだと。
「生まれ変わりって……そうそう見付かるものなの?大体、その人を探してどうしようって言うの」
『そうそう見付かるもんじゃねえよ。ってことは、その友とやらの面影のある人間が危ないな』
『見付けてどうしたいかなど、怨霊になっている時点で想像がつく』
一瞬の沈黙。
怨霊は、憎しみを晴らすことでしか鎮まらないのなら、悪い結末しか浮かばない。
『それで、祓い屋界隈で騒ぎが起きている』
早天は、池の水面を指した。
映し出されたのは、A4サイズ程の一枚の紙。
そこには、ぼんやりとしたシルエットの怨霊の姿を描いたらしき絵と、″退治求ム″″懸賞金有″との文言が添えられている。
「……もう祓い屋の手が回ってるのね」
『ああ、既に何人かの祓い屋は式を喰われているようだからな。しかし、咲耶は分かっていると思うが、妖と人霊は違う。今回の件は奴らの手に負えるとは思えぬ』
池の縁に下りて怨霊の手配書を見下ろす小鬼達の間にしゃがみ込み、同じように水面を見つめる。
昔、実家の蔵で読んだ、古い書物の中身を思い出した。
強い恨みによって怨霊と化した人霊は、その恨みの対象が人間だった場合、対象の魂を喰らうことを止められないのだという。
そうして外道に堕ちた怨霊は、二度と他の何ものかに生まれ変わることの出来ない人鬼となるのだ。
「いつか外道に堕ちるかもしれないのに、憎むことを止められなかったのか……」
友と言うからには親しい間柄だったのだろう。それが何故、怨霊となるまで強い恨みを抱くこととなったのか。
そうまでして遂げたい思いとは一体何なのか。
右手で東雲の頭を、左手で早天の頭をそれぞれ撫でれば、東雲は腑に落ちない様子で見上げてきた。
『言っとくが、俺達は人鬼じゃなくて正真正銘純粋な″鬼″だからな』
「分かってるけど。怨霊の過去を考えたらちょっと感傷的になっただけよ」
『まあ、私達も、外道に堕とされても文句は言えないような悪さはしていたが』
「爽やかな顔して言われると余計に怖いわ」
話が逸れかけた時、ふと池に波紋が広がっていることに気付いた。風が吹いているからというにはあまりに不自然な、池の中心から外へ広がる同心円。
水面に映し出されたままだった怨霊の絵、その目から血のように赤い涙が流れる。
同時に、あの禍々しい瘴気がじわじわと滲み出る。
『去れ!』
唱え言葉を口にするより先に、東雲と早天同時の喝声が飛んだ。
瞬間、大きな石でも投げ入れられたかのように、池の水が四方八方に飛び散った。
境内に参拝客は少なかったが、離れたところから驚いたような悲鳴が上がった。
「神崎さん、大丈夫ですか」
今の光景を見ていたらしい巫女が、慌てて駆け寄ってくる。
池の不自然な波紋も血の涙を流す絵も既に消えていて、瘴気も小鬼達によって一掃されている。
しかし、
『まさか、神聖な地にまで入り込もうとするとはな』
東雲は忌々しそうに舌打ちをした。
「神崎さん?」
池を見下ろしたままでいる咲耶を、巫女が心配そうにのぞき込む。
「あ、うん大丈夫よ。カラスが行水をして行って、びっくりしたわ」
笑って見せれば、一瞬だけきょとんとした巫女もすぐにつられて笑う。
水を被った神主衣装を着替えるためその場を離れると、すぐに小鬼達もついて来た。
「二人とも、力を貸してほしい。これは、祓い屋だけに任せておいてはいけない気がする」
大妖が傍にいる咲耶に易々と近付き、何より、悪しきものが踏み入れない神社という清浄な場所に入り込むとは。
霊視をしていなくともはっきりと視えた、怨霊の絵の真っ赤な涙。疑いも無く、最強級の人ならざるもの。
放っておいては、怨霊の求める″友の生まれ変わり″以外にも被害が及ぶ。それが視える者か視えない者かは分からないが、悪い予感を確信してしまってはどうにかせずにはいられない。
————あの的場静司なら、この状況すらも利用するだろうか。
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