in the gloaming.
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ひたひたと、遠くからかすかに、それでも確かな足音がする。正確には、″そんな気がする″のだ。
咲耶が立ち止まれば、その気配も静止する。
間違い無くついて来ている何か。それは、人ではないようだった。
咲耶の性質や連れている妖達の強力さ故に、野にいる妖など滅多に近付いてこないのに。
ちらと振り返っても、視ないようにしている今はその姿を捉えることは出来なかった。だからといって、″霊視″をして後方にいるであろう妖と目を合わせてしまえば、咲耶が視える者だと分かってしまえば、この大通りでどう騒がれるかも知れない。
ピンポイントで咲耶をつけて来ているということは、既に視えると気付かれているのかもしれないが、目的が掴めない限りは隙を見せることは出来ない。
どうせついて来るのなら、人気の無いところまで連れて行ってしまおう。そこでどうにかすればいいのだ。
今のこの目に視えないということは、悪しき妖ではないのだから。
そう思った矢先、聞いたことのあるような猫の鳴き声が聞こえた。かと思うと、あの妖の気配が消える。
入れ違いのように耳に届いたのは、
「神崎さん!」
耳障りのいい澄んだ少年の声。
その声に、足を止めて体ごと振り返る。
仔犬のように駆けてくるのは、私服姿の夏目貴志。そして、その足元に転がるようにしてついて来るニャンコ先生。
「夏目くんにニャンコ先生!久し振り。変なところで会ったわね」
出先であるこの街は、夏目の住む町からもそれなりに遠いはず。
何か言いたいことがあったような夏目だが、一旦それをしまってぺこりと会釈をする。
「あ、お久し振りです。今日は家人のお遣いに来ていました」
顔を上げた時の表情には、年相応の笑みが浮かんでいる。初めて会った時の緊張感は、だいぶ薄れたように見えた。
「それより、神崎さん」
急に、その表情から笑顔が消える。
下にいたニャンコ先生が、ぴょんと夏目の肩に載った。
「お前、妖につけられていたぞ。うまそうな人間の匂いに引き寄せられたのか……しかし、お前のような危険な人間に、そこいらの妖が意図的に近付くはずは無いんだがな」
何か、含みを持つ言い方。
しかし、今は気付かないふりをする。
「人じゃないものがついて来ているのは分かってたわ」
「一旦は先生が追い払ってくれたんですが、また戻って来るかもしれません」
「そうだね。……ねえ、それってどんな妖だった?」
″視えていない″今の自分にとってはごく普通の質問だったのだが、夏目にとってはそうではないことを忘れていた。
夏目の頭上に、幾つもの「?」が浮かぶ。
「どんな……?って」
「あ、ごめん。言ってなかったわね。今の私、気配は分かるけど視えてないし、妖の声も聞こえないから。正確には、意図的にそうしてるんだけどね」
一瞬の間。と思ったのだが、何を言っているのか分からないという表情で、夏目はフリーズしてしまった。
無理もないか、と思う。夏目は、神崎咲耶が″視える人″であるとして名取から紹介を受けているし、初見の際に実際に視えるということも知ったはず。
だというのに、今咲耶は「視えない」と言った。それはそれは混乱するだろう。
未だ次の言葉が出てこない夏目の腕を引き、駅方面へと歩き始める。
何にせよ、通りの真ん中で立ち止まってする話ではない。
「神崎さん、今の話ってどういう……」
咲耶という人は、本当は視えない人なのではないか。
そんな不安がよぎったのか、夏目の表情がこわばっているように見えた。
何か、あまりよくない記憶や経験を思い出させてしまっただろうか。
「混乱させてしまってごめんね。私、普段の生活では意図的に視えないようにしてるの。目が合ったり、声に反応しただけで騒ぎ出すような妖もたくさんいるから」
夏目の肩に載ったままのニャンコ先生が、目だけを動かしてこちらを見る。
「身を護る術 を持っている……というより、お前の妖力の性質上、大概の妖は近付いて来れんというのにか?」
「妖が騒ぐことで影響が及ぶかもしれない……それは、私にではなく周囲によ。私が元凶になるわけにはいかないから」
妖の存在を肯定する自分が、妖によって禍いを招く存在になってはいけない。そのために、視なくてもいいものは視ないと決めた。
「そんなことが、出来るんですね……」
ようやく頭の中の整理が出来たらしい夏目。その目に期待の光が差す。
しかし、
「夏目、こういうことが出来るのは特異な術師、あるいはその血に連なる者だけだ。変に希望を抱いては後悔するぞ」
視るか視ないかを選択できる能力は、ニャンコ先生にとっては珍しくもないようだった。
ニャンコ先生の言葉のとおり、もしかしたら自分にもと思っていたのか、夏目は静かに肩を落とす。
「そうか。特異な術師……」
「自分の境遇を悲観してるなら、それは違うと思うよ」
励ましたり慰めたりなど、するつもりは無かったのだが。
「私にしか出来ないことがあるみたいに、君にしか出来ないことや君にしか出来ない妖との関わり方も、きっとある。……全てのことには理由がある。はず」
咲耶が立ち止まれば、その気配も静止する。
間違い無くついて来ている何か。それは、人ではないようだった。
咲耶の性質や連れている妖達の強力さ故に、野にいる妖など滅多に近付いてこないのに。
ちらと振り返っても、視ないようにしている今はその姿を捉えることは出来なかった。だからといって、″霊視″をして後方にいるであろう妖と目を合わせてしまえば、咲耶が視える者だと分かってしまえば、この大通りでどう騒がれるかも知れない。
ピンポイントで咲耶をつけて来ているということは、既に視えると気付かれているのかもしれないが、目的が掴めない限りは隙を見せることは出来ない。
どうせついて来るのなら、人気の無いところまで連れて行ってしまおう。そこでどうにかすればいいのだ。
今のこの目に視えないということは、悪しき妖ではないのだから。
そう思った矢先、聞いたことのあるような猫の鳴き声が聞こえた。かと思うと、あの妖の気配が消える。
入れ違いのように耳に届いたのは、
「神崎さん!」
耳障りのいい澄んだ少年の声。
その声に、足を止めて体ごと振り返る。
仔犬のように駆けてくるのは、私服姿の夏目貴志。そして、その足元に転がるようにしてついて来るニャンコ先生。
「夏目くんにニャンコ先生!久し振り。変なところで会ったわね」
出先であるこの街は、夏目の住む町からもそれなりに遠いはず。
何か言いたいことがあったような夏目だが、一旦それをしまってぺこりと会釈をする。
「あ、お久し振りです。今日は家人のお遣いに来ていました」
顔を上げた時の表情には、年相応の笑みが浮かんでいる。初めて会った時の緊張感は、だいぶ薄れたように見えた。
「それより、神崎さん」
急に、その表情から笑顔が消える。
下にいたニャンコ先生が、ぴょんと夏目の肩に載った。
「お前、妖につけられていたぞ。うまそうな人間の匂いに引き寄せられたのか……しかし、お前のような危険な人間に、そこいらの妖が意図的に近付くはずは無いんだがな」
何か、含みを持つ言い方。
しかし、今は気付かないふりをする。
「人じゃないものがついて来ているのは分かってたわ」
「一旦は先生が追い払ってくれたんですが、また戻って来るかもしれません」
「そうだね。……ねえ、それってどんな妖だった?」
″視えていない″今の自分にとってはごく普通の質問だったのだが、夏目にとってはそうではないことを忘れていた。
夏目の頭上に、幾つもの「?」が浮かぶ。
「どんな……?って」
「あ、ごめん。言ってなかったわね。今の私、気配は分かるけど視えてないし、妖の声も聞こえないから。正確には、意図的にそうしてるんだけどね」
一瞬の間。と思ったのだが、何を言っているのか分からないという表情で、夏目はフリーズしてしまった。
無理もないか、と思う。夏目は、神崎咲耶が″視える人″であるとして名取から紹介を受けているし、初見の際に実際に視えるということも知ったはず。
だというのに、今咲耶は「視えない」と言った。それはそれは混乱するだろう。
未だ次の言葉が出てこない夏目の腕を引き、駅方面へと歩き始める。
何にせよ、通りの真ん中で立ち止まってする話ではない。
「神崎さん、今の話ってどういう……」
咲耶という人は、本当は視えない人なのではないか。
そんな不安がよぎったのか、夏目の表情がこわばっているように見えた。
何か、あまりよくない記憶や経験を思い出させてしまっただろうか。
「混乱させてしまってごめんね。私、普段の生活では意図的に視えないようにしてるの。目が合ったり、声に反応しただけで騒ぎ出すような妖もたくさんいるから」
夏目の肩に載ったままのニャンコ先生が、目だけを動かしてこちらを見る。
「身を護る
「妖が騒ぐことで影響が及ぶかもしれない……それは、私にではなく周囲によ。私が元凶になるわけにはいかないから」
妖の存在を肯定する自分が、妖によって禍いを招く存在になってはいけない。そのために、視なくてもいいものは視ないと決めた。
「そんなことが、出来るんですね……」
ようやく頭の中の整理が出来たらしい夏目。その目に期待の光が差す。
しかし、
「夏目、こういうことが出来るのは特異な術師、あるいはその血に連なる者だけだ。変に希望を抱いては後悔するぞ」
視るか視ないかを選択できる能力は、ニャンコ先生にとっては珍しくもないようだった。
ニャンコ先生の言葉のとおり、もしかしたら自分にもと思っていたのか、夏目は静かに肩を落とす。
「そうか。特異な術師……」
「自分の境遇を悲観してるなら、それは違うと思うよ」
励ましたり慰めたりなど、するつもりは無かったのだが。
「私にしか出来ないことがあるみたいに、君にしか出来ないことや君にしか出来ない妖との関わり方も、きっとある。……全てのことには理由がある。はず」
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