カタバミの花
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「……どうしました?」
先に進んでいた的場が、こちらを振り返った。
その黒い瞳の奥を探っても、答えなど分からない。
この人と会うと、いつも自分の弱さと向き合うことになる。いつもの強い自分ではなくなってしまう。
ただの恋人同士だったなら、素直に嬉しいと思う気持ちをたくさんもらっているのに。きっと安心を抱くはずなのに。
「なんでもないわ」
弱い心を隠し、背筋を伸ばして的場のもとへ向かう。
密かな不安に悟られないよう、前髪を直す仕草で一瞬の表情を隠した。
的場一門という組織がどのようなもので、どのようなやり口で妖祓いをしているのかは、よく知っている。
だからこそ、大妖との縁を持つ自分がそちら側に流されることがあってはいけない。
人との繋がりと同じように、人以外の友人達との繫がりも大切にしたいと思うのだ。
そう自分に言い聞かせなければいけない程、心は的場静司という人に傾いているのか。
ふと、三上の言った言葉を思い出す。
的場のいる世界が、美しく穏やかなものではなく、泥濘にまみれた急流のような場所だとしたら。
「静司さん」
高い位置にあるその顔を見上げれば、的場は小さく首を傾げた。
「私……やっぱり祓い屋も的場一門も好きにはなれない。だけど、静司さんは……静司さんのことは、理解したいし、もっと理解できるようになりたい。絶対、泥の河は一人で渡らせないから」
強く言い切ると、的場は一体何のことかと目を丸くする。
しかし、すぐに大体の咲耶の気持ちを察したようで、ふふと笑った。その笑みは、今日これまでのどの笑顔よりも優しい。
「一瞬、別れを切り出されるのかと思って背筋が凍りましたよ。まったく、唐突ですね」
「……的場一門は困難こそチャンスと捉えるような人達だし、静司さんだって強い。特に私が何かをしなきゃいけないなんて日は、来ないと思うけど」
ただ、今伝えなければいけない気がした。決して味方ではないが、敵でもないのだと。
咲耶の言葉を聞いて、的場は首を振る。
「いいえ、心強いですよ。とても。咲耶のそういうところ、好きですよ」
「……なんか腹立つ」
「さっきから本心しか口にしていないのですが……困りましたね」
大して困っていない様子を確認すると、咲耶は再び参道の奥へ歩き出す。
今度は的場もすぐについて来た。
「今日は野点傘が出てて、冷たい甘酒もあるのよ」
切り替えて他愛もない会話を始めると、的場は相槌を打ちながらじっと咲耶の目を見つめた。それは、何か思うところがあるようで。
「どうしたの?」
「いいえ。さっき少し……元気が無いように見えたもので。私の気のせいならいいんです」
言いながら、また微笑む。
何も気にかけていないようで、ちゃんと見てくれている。
一族の業が何であれ、祓い人としての手法がどうであれ、この人の背負うものや優しさに気付いてしまったら、もう戻れはしないのだ。
「ありがとう。もう、大丈夫」
何故だろう、自然と笑みがこぼれた。
ほっとしたような的場は「そうですか」と頷き、左手を差し出してくる。
その意味を瞬時に理解し、出された手をぱちんと叩いた。
「つ……繋がないわよ!仕事中なんだから!」
「おや、残念」
叩かれた左手をさすりながら、それでも何故か的場は満足そうに笑う。
分かっていてやっているのだから腹が立つ。
不安にさせられたり弱気にさせられたり、かと思えば、気持ちを前に向かせてくれたり。
いつもの自分ではいられなくなるなど、恋とは本当に厄介なものだ。
「静司さんて、鳥居くぐれるの?途端に浄化されて消えちゃうんじゃない?」
「貴女は私を何だと思ってるんです?」
冗談を言えば、今度は呆れたように溜め息をつかれる。
心地よく痛む胸を抱えたまま、二人一緒に一礼すると、同時に鳥居をくぐった。
願わくは、どうか的場静司も同じ気持ちでありますように。
fin.
先に進んでいた的場が、こちらを振り返った。
その黒い瞳の奥を探っても、答えなど分からない。
この人と会うと、いつも自分の弱さと向き合うことになる。いつもの強い自分ではなくなってしまう。
ただの恋人同士だったなら、素直に嬉しいと思う気持ちをたくさんもらっているのに。きっと安心を抱くはずなのに。
「なんでもないわ」
弱い心を隠し、背筋を伸ばして的場のもとへ向かう。
密かな不安に悟られないよう、前髪を直す仕草で一瞬の表情を隠した。
的場一門という組織がどのようなもので、どのようなやり口で妖祓いをしているのかは、よく知っている。
だからこそ、大妖との縁を持つ自分がそちら側に流されることがあってはいけない。
人との繋がりと同じように、人以外の友人達との繫がりも大切にしたいと思うのだ。
そう自分に言い聞かせなければいけない程、心は的場静司という人に傾いているのか。
ふと、三上の言った言葉を思い出す。
的場のいる世界が、美しく穏やかなものではなく、泥濘にまみれた急流のような場所だとしたら。
「静司さん」
高い位置にあるその顔を見上げれば、的場は小さく首を傾げた。
「私……やっぱり祓い屋も的場一門も好きにはなれない。だけど、静司さんは……静司さんのことは、理解したいし、もっと理解できるようになりたい。絶対、泥の河は一人で渡らせないから」
強く言い切ると、的場は一体何のことかと目を丸くする。
しかし、すぐに大体の咲耶の気持ちを察したようで、ふふと笑った。その笑みは、今日これまでのどの笑顔よりも優しい。
「一瞬、別れを切り出されるのかと思って背筋が凍りましたよ。まったく、唐突ですね」
「……的場一門は困難こそチャンスと捉えるような人達だし、静司さんだって強い。特に私が何かをしなきゃいけないなんて日は、来ないと思うけど」
ただ、今伝えなければいけない気がした。決して味方ではないが、敵でもないのだと。
咲耶の言葉を聞いて、的場は首を振る。
「いいえ、心強いですよ。とても。咲耶のそういうところ、好きですよ」
「……なんか腹立つ」
「さっきから本心しか口にしていないのですが……困りましたね」
大して困っていない様子を確認すると、咲耶は再び参道の奥へ歩き出す。
今度は的場もすぐについて来た。
「今日は野点傘が出てて、冷たい甘酒もあるのよ」
切り替えて他愛もない会話を始めると、的場は相槌を打ちながらじっと咲耶の目を見つめた。それは、何か思うところがあるようで。
「どうしたの?」
「いいえ。さっき少し……元気が無いように見えたもので。私の気のせいならいいんです」
言いながら、また微笑む。
何も気にかけていないようで、ちゃんと見てくれている。
一族の業が何であれ、祓い人としての手法がどうであれ、この人の背負うものや優しさに気付いてしまったら、もう戻れはしないのだ。
「ありがとう。もう、大丈夫」
何故だろう、自然と笑みがこぼれた。
ほっとしたような的場は「そうですか」と頷き、左手を差し出してくる。
その意味を瞬時に理解し、出された手をぱちんと叩いた。
「つ……繋がないわよ!仕事中なんだから!」
「おや、残念」
叩かれた左手をさすりながら、それでも何故か的場は満足そうに笑う。
分かっていてやっているのだから腹が立つ。
不安にさせられたり弱気にさせられたり、かと思えば、気持ちを前に向かせてくれたり。
いつもの自分ではいられなくなるなど、恋とは本当に厄介なものだ。
「静司さんて、鳥居くぐれるの?途端に浄化されて消えちゃうんじゃない?」
「貴女は私を何だと思ってるんです?」
冗談を言えば、今度は呆れたように溜め息をつかれる。
心地よく痛む胸を抱えたまま、二人一緒に一礼すると、同時に鳥居をくぐった。
願わくは、どうか的場静司も同じ気持ちでありますように。
fin.
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