-introduction-
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「名取さんは何も感じませんでしたか?ほんの一瞬だったけど、強い……何かの気配がして……」
既にその気配は消えてしまっているが、今まで感じたことの無い強大な、人ではない何かだった。
バッグから顔を出していたニャンコ先生は、珍しく顔を顰めている。
「畏ろしい……」
名取は、落ち着いた表情を変えずに顎に手を当てた。
「悪い気配ではないなら、咲耶さんの連れている鬼のどちらか、或いは両方かもしれないね」
「鬼……?それは、式ですか?どちらかってことは、2匹連れているってことなんですね」
祓い人ではないのに鬼という妖を連れている。ますます神崎咲耶という人への謎が深まった。
「詳しいことは本人に訊くといいよ。教えてくれるかどうかは別だけど。実は私も、その鬼達が何者なのかは教えてもらえてないんだ」
ちょうど話に一区切りがついたところで、2人同時に鳥居をくぐる。
参道の最奥には社殿が鎮座し、陽が傾いたこの時間も数名の参拝客が訪れている。神崎家の家人が住まう住居は、ここからは見えない更に離れたところへあるようだった。
鳥居をくぐった瞬間から、空気が違う。柔らかな風はとても清浄で、揺れる木々のざわめきが心地好い。ここには、悪しきものは何もいない。そう思わせるこれが、神聖というものなのだろうか。
ふと、バッグの中のものが心配になった。
「せっ、先生!空気が清浄だけど大丈夫か!?生きてるか!?」
バッグの中に手を突っ込むと、弾丸のように飛び出してきたニャンコ先生の頭突きを食らった。
「私がいかにも邪悪なもののような言い方は何だ!」
華麗に着地をしたニャンコ先生は、他の参拝客の目に留まらぬよう小声で叫ぶ。
頭突きをもろに受けた夏目の顎は無事ではないが、どうやらこちらは無事のようだ。むしろ、ピンピンしている。
「邪悪な妖には地獄のような場所だが、私のように高貴な妖や、神格の類、無害な小妖、そして私のような気高い妖には心地の好いところだ」
言いながら、大きな欠伸をする。
「……2回言ったね」
「2回言いましたね」
「大事なことだからな」と言い終えた直後、ニャンコ先生は口をつぐむ。
玉砂利を踏む足音が近付いて来たのだ。
「あ、どうも。ご無沙汰しております」
傍にいた名取が帽子を取って姿勢を正し、そして礼儀正しく腰を折った。
彼の視線の先には、社務所の方から歩いてくる老宮司の姿があった。
名取に気付いた老宮司は、ひょいと右手を挙げて応える。
美しい白髪に品のいい笑みを湛えた、この人が神崎咲耶という人なのだろうか。
「なんだ、誰かと思ったらお前さんか。随分立派になったな、周一」
近くまでやって来た老宮司は、見た目の穏やかさを裏切る剛腕で名取の背中をばしんと叩いた。
名取の眼鏡が吹っ飛ぶのと同時に、短い呻き声が聞こえた。
「で、こちらは?芸能界の友達かい」
豪快で柔和な笑みを浮かべた眼差しが、名取から夏目へ、そしてニャンコ先生へと移った時、俄に老宮司の目から笑みが消えた。
ニャンコ先生も何かを察したようで、真っ直ぐに視線を受け止めている。
「この猫……いや、白い獣は……」
白い獣————その一言に、びくりと肩が震えた。
この人は、依り代の姿の向こう側にいるニャンコ先生の本性に気付いている。だとしたら、なんという千里眼だろう。名取も、あの的場静司ですらも、一目見ただけでは"斑"という正体までは見破れなかったのに。
ニャンコ先生が先刻「畏ろしい」と呟いたのは、神崎咲耶のこの能力も含めてのことだったのだろうか。
つい、反射的にニャンコ先生を抱き上げる。護らなければ、隠さなければ、と思った。
「ちょっ……と、猫とは思えない体型ですけど、これはうちの猫で、三毛猫で……!」
名取の言うように、強い妖力を持つ天才がこの人ならば、ニャンコ先生の正体を隠す必要も無い。だというのに、最早癖になっていた。
嫌われないように、怖がられないように、自分を護るための癖になっていた。
いつの間にか、ニャンコ先生ではなく夏目の目を見ていた老宮司は、ふっと優しく微笑む。
「いや……そうだな。まん丸な三毛猫だな。白い獣だなんて、我ながら耄碌したわ」
そう言って自身の頭をぺしっと叩くと、今度は豪快に笑い声を上げた。
既にその気配は消えてしまっているが、今まで感じたことの無い強大な、人ではない何かだった。
バッグから顔を出していたニャンコ先生は、珍しく顔を顰めている。
「畏ろしい……」
名取は、落ち着いた表情を変えずに顎に手を当てた。
「悪い気配ではないなら、咲耶さんの連れている鬼のどちらか、或いは両方かもしれないね」
「鬼……?それは、式ですか?どちらかってことは、2匹連れているってことなんですね」
祓い人ではないのに鬼という妖を連れている。ますます神崎咲耶という人への謎が深まった。
「詳しいことは本人に訊くといいよ。教えてくれるかどうかは別だけど。実は私も、その鬼達が何者なのかは教えてもらえてないんだ」
ちょうど話に一区切りがついたところで、2人同時に鳥居をくぐる。
参道の最奥には社殿が鎮座し、陽が傾いたこの時間も数名の参拝客が訪れている。神崎家の家人が住まう住居は、ここからは見えない更に離れたところへあるようだった。
鳥居をくぐった瞬間から、空気が違う。柔らかな風はとても清浄で、揺れる木々のざわめきが心地好い。ここには、悪しきものは何もいない。そう思わせるこれが、神聖というものなのだろうか。
ふと、バッグの中のものが心配になった。
「せっ、先生!空気が清浄だけど大丈夫か!?生きてるか!?」
バッグの中に手を突っ込むと、弾丸のように飛び出してきたニャンコ先生の頭突きを食らった。
「私がいかにも邪悪なもののような言い方は何だ!」
華麗に着地をしたニャンコ先生は、他の参拝客の目に留まらぬよう小声で叫ぶ。
頭突きをもろに受けた夏目の顎は無事ではないが、どうやらこちらは無事のようだ。むしろ、ピンピンしている。
「邪悪な妖には地獄のような場所だが、私のように高貴な妖や、神格の類、無害な小妖、そして私のような気高い妖には心地の好いところだ」
言いながら、大きな欠伸をする。
「……2回言ったね」
「2回言いましたね」
「大事なことだからな」と言い終えた直後、ニャンコ先生は口をつぐむ。
玉砂利を踏む足音が近付いて来たのだ。
「あ、どうも。ご無沙汰しております」
傍にいた名取が帽子を取って姿勢を正し、そして礼儀正しく腰を折った。
彼の視線の先には、社務所の方から歩いてくる老宮司の姿があった。
名取に気付いた老宮司は、ひょいと右手を挙げて応える。
美しい白髪に品のいい笑みを湛えた、この人が神崎咲耶という人なのだろうか。
「なんだ、誰かと思ったらお前さんか。随分立派になったな、周一」
近くまでやって来た老宮司は、見た目の穏やかさを裏切る剛腕で名取の背中をばしんと叩いた。
名取の眼鏡が吹っ飛ぶのと同時に、短い呻き声が聞こえた。
「で、こちらは?芸能界の友達かい」
豪快で柔和な笑みを浮かべた眼差しが、名取から夏目へ、そしてニャンコ先生へと移った時、俄に老宮司の目から笑みが消えた。
ニャンコ先生も何かを察したようで、真っ直ぐに視線を受け止めている。
「この猫……いや、白い獣は……」
白い獣————その一言に、びくりと肩が震えた。
この人は、依り代の姿の向こう側にいるニャンコ先生の本性に気付いている。だとしたら、なんという千里眼だろう。名取も、あの的場静司ですらも、一目見ただけでは"斑"という正体までは見破れなかったのに。
ニャンコ先生が先刻「畏ろしい」と呟いたのは、神崎咲耶のこの能力も含めてのことだったのだろうか。
つい、反射的にニャンコ先生を抱き上げる。護らなければ、隠さなければ、と思った。
「ちょっ……と、猫とは思えない体型ですけど、これはうちの猫で、三毛猫で……!」
名取の言うように、強い妖力を持つ天才がこの人ならば、ニャンコ先生の正体を隠す必要も無い。だというのに、最早癖になっていた。
嫌われないように、怖がられないように、自分を護るための癖になっていた。
いつの間にか、ニャンコ先生ではなく夏目の目を見ていた老宮司は、ふっと優しく微笑む。
「いや……そうだな。まん丸な三毛猫だな。白い獣だなんて、我ながら耄碌したわ」
そう言って自身の頭をぺしっと叩くと、今度は豪快に笑い声を上げた。