カタバミの花
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水神の山の一件から、一週間ほどが過ぎる。
あの後、事情を知った祖父がすぐに井戸のある場所を清め、父は警察に被害届を出した。
慌ただしい人間達をよそに、水神の棲む山はすっかり以前の静穏を取り戻したようで、これまでと変わらないひっそりとした低山がそこにあるという。
昼休憩を終えた咲耶は、勤め先の神社の境内を掃除しながら、水神の山での名取との会話を思い出していた。
————
「この件は一段落だけど、まだ三上さんのことが残っている。……的場には話してあるのかい?」
その言葉に、一瞬だけ名取に重ねた朧げな輪郭が、はっきりと一人の人物の姿になる。
どうしてあの人を思い出すのか。あの人に助けられたいと、護られたいと思っているのか。
抱いてはいけない感情なのだろうと自分に首を振れば、図らずもそれは名取への返事となった。
「……話してません。でも、周一先輩が動くくらいなら、色々と耳に入っている頃なんじゃないでしょうか」
的場一門の情報収集力の高さは知っている。
彼ら、特に頭首の的場静司に目を付けられては、好き勝手に振る舞う異端の祓い人など埃を払うように消されるか、あるいは塵も残らない程に利用され尽くすに決まっている。
しかし、そんなことは知ったことではない。
「祓い屋内の秩序を乱したあの男は罰せられるでしょう。でも、もう私には関係の無いことです」
三上への怒りはあるが、私怨によって懲らしめようとは思わない。
しかし、苦笑を浮かべた名取は首を振った。
「私はそういうことを言いたいんじゃない。的場には頼らないのか……ってことだよ」
彼の言う的場とは、特定のたった一人を指している。
「私が祓い屋を頼るとでも?」
「まぁ……普通に考えたら無いだろうね。けれど、君と的場の関係は特別なものだろう?私だったら、咲耶さんに頼ってもらえたら嬉しいけどな」
軽く笑って見せた表情はわざとらしい作り笑顔で、それが逆に本心なのではと思わせる。
ふと、助力の手を拒んだ時の、名取の落胆に似た表情を思い出した。その向こう側にある感情は、一体何なのだろうか。
つっこまれないことに気恥ずかしくなったのか、名取は咳払いをした。
そして、何を思い浮かべたのか、ふっと笑う。
「お似合いだと思うよ。君達二人は」
論点からずれた一言。何故、その感想に至ったのか。
「何なんですか?」
「えっ、″何なんですか″って何なんだい?」
神崎咲耶と的場静司の関係性は、名取の目にはどう見えているのか。
今思えば、あの人なりに気を遣ってくれたのだろうと思う。
いつも連絡をくれるのは的場の方からばかりで、たまにはこちらから連絡をしてみてもいいのかもしれない。
神社の前の歩道も掃こうと敷地の外へ出た時、向こうから近付いてくる人物が見えた。
「どうも、こんにちは」
嫌悪と苛立ち。急激な体温の上昇に、髪が逆立つような錯覚を起こす。
一見すれば腰の低い中年男性だが、この笑顔の裏にある汚い素顔を知っている。
だからといって、あからさまに冷静さを無くしたりはしないが。
咲耶は、取って付けたような笑みを浮かべて見せる。
「ああ、水神の山ではお世話になりましたね。三上さん」
その名を呼べば、目の前の男————三上は気色の悪い笑顔で応えた。
「話が早くて助かりますよ。山崩れはほぼ確実だったあの山の瘴気を祓うとは、さすが見事なお手前でした。それでこそ勧誘のし甲斐があるというもの」
なるほど、と思う。
あの場所で呪詛を行った理由がいまいち掴めないままでいたが、この男は咲耶を試したのだ。
試すことでしか相手の力量を測れない、その程度の妖力しか持たない小物が。
「あの場所が、神崎家所有の土地と知ってのことでしょうね?」
「いやはや申し訳ない。私の知らないところで、まさかこんな重大なことになるとは」
強い式を作るべく古の術に手を出したところ失敗し、自身の式が暴走してしまった。
神聖な場所でなら浄化できるのではないかと思い、神崎家が管理するあの山に式を放ったところ、勝手に暴れ出し、勝手に井戸を穢したのだという。
ふつふつと、怒りが込み上げてくる。
嘘の事実をでっち上げられ、罪を着せられたあの能面の妖が不憫でならなかった。
個人的な理由でこの男を懲らしめたりはしないと思ったが、それを撤回したいくらいには感情的になりつつある。
しかし、ここは勤務先の神社。いかなる騒ぎも起こすわけにはいかない。
それを知ってか、初対面の時とは打って変わって、三上は余裕さえ感じさせながら笑う。
「″たまたま″とはいえ、今回の件で貴女の持つ力の素晴らしさを実感いたしました。あらためてお願いいたします。我々に手を貸していただけませんか」
あくまで、妖のせいにするつもりのようだ。
そして、結局は咲耶に取り入りたいがため。
胸の奥が鈍く痛んだ。
水神の山、その井戸が穢されたことも、美しい妖が呪詛の道具にされたことも、自身の存在が招いたこと。
なんで私が、と思う。
「そうまでして私を勧誘するのはどうしてなんです?有能な術師は他にもたくさんいるのでは」
三上の目が、燗と光る。
「どうして……それは、貴女が的場家とは対極の存在である家系の者だからですよ。我々は、的場一門の台頭をよしとしていません」
あの後、事情を知った祖父がすぐに井戸のある場所を清め、父は警察に被害届を出した。
慌ただしい人間達をよそに、水神の棲む山はすっかり以前の静穏を取り戻したようで、これまでと変わらないひっそりとした低山がそこにあるという。
昼休憩を終えた咲耶は、勤め先の神社の境内を掃除しながら、水神の山での名取との会話を思い出していた。
————
「この件は一段落だけど、まだ三上さんのことが残っている。……的場には話してあるのかい?」
その言葉に、一瞬だけ名取に重ねた朧げな輪郭が、はっきりと一人の人物の姿になる。
どうしてあの人を思い出すのか。あの人に助けられたいと、護られたいと思っているのか。
抱いてはいけない感情なのだろうと自分に首を振れば、図らずもそれは名取への返事となった。
「……話してません。でも、周一先輩が動くくらいなら、色々と耳に入っている頃なんじゃないでしょうか」
的場一門の情報収集力の高さは知っている。
彼ら、特に頭首の的場静司に目を付けられては、好き勝手に振る舞う異端の祓い人など埃を払うように消されるか、あるいは塵も残らない程に利用され尽くすに決まっている。
しかし、そんなことは知ったことではない。
「祓い屋内の秩序を乱したあの男は罰せられるでしょう。でも、もう私には関係の無いことです」
三上への怒りはあるが、私怨によって懲らしめようとは思わない。
しかし、苦笑を浮かべた名取は首を振った。
「私はそういうことを言いたいんじゃない。的場には頼らないのか……ってことだよ」
彼の言う的場とは、特定のたった一人を指している。
「私が祓い屋を頼るとでも?」
「まぁ……普通に考えたら無いだろうね。けれど、君と的場の関係は特別なものだろう?私だったら、咲耶さんに頼ってもらえたら嬉しいけどな」
軽く笑って見せた表情はわざとらしい作り笑顔で、それが逆に本心なのではと思わせる。
ふと、助力の手を拒んだ時の、名取の落胆に似た表情を思い出した。その向こう側にある感情は、一体何なのだろうか。
つっこまれないことに気恥ずかしくなったのか、名取は咳払いをした。
そして、何を思い浮かべたのか、ふっと笑う。
「お似合いだと思うよ。君達二人は」
論点からずれた一言。何故、その感想に至ったのか。
「何なんですか?」
「えっ、″何なんですか″って何なんだい?」
神崎咲耶と的場静司の関係性は、名取の目にはどう見えているのか。
今思えば、あの人なりに気を遣ってくれたのだろうと思う。
いつも連絡をくれるのは的場の方からばかりで、たまにはこちらから連絡をしてみてもいいのかもしれない。
神社の前の歩道も掃こうと敷地の外へ出た時、向こうから近付いてくる人物が見えた。
「どうも、こんにちは」
嫌悪と苛立ち。急激な体温の上昇に、髪が逆立つような錯覚を起こす。
一見すれば腰の低い中年男性だが、この笑顔の裏にある汚い素顔を知っている。
だからといって、あからさまに冷静さを無くしたりはしないが。
咲耶は、取って付けたような笑みを浮かべて見せる。
「ああ、水神の山ではお世話になりましたね。三上さん」
その名を呼べば、目の前の男————三上は気色の悪い笑顔で応えた。
「話が早くて助かりますよ。山崩れはほぼ確実だったあの山の瘴気を祓うとは、さすが見事なお手前でした。それでこそ勧誘のし甲斐があるというもの」
なるほど、と思う。
あの場所で呪詛を行った理由がいまいち掴めないままでいたが、この男は咲耶を試したのだ。
試すことでしか相手の力量を測れない、その程度の妖力しか持たない小物が。
「あの場所が、神崎家所有の土地と知ってのことでしょうね?」
「いやはや申し訳ない。私の知らないところで、まさかこんな重大なことになるとは」
強い式を作るべく古の術に手を出したところ失敗し、自身の式が暴走してしまった。
神聖な場所でなら浄化できるのではないかと思い、神崎家が管理するあの山に式を放ったところ、勝手に暴れ出し、勝手に井戸を穢したのだという。
ふつふつと、怒りが込み上げてくる。
嘘の事実をでっち上げられ、罪を着せられたあの能面の妖が不憫でならなかった。
個人的な理由でこの男を懲らしめたりはしないと思ったが、それを撤回したいくらいには感情的になりつつある。
しかし、ここは勤務先の神社。いかなる騒ぎも起こすわけにはいかない。
それを知ってか、初対面の時とは打って変わって、三上は余裕さえ感じさせながら笑う。
「″たまたま″とはいえ、今回の件で貴女の持つ力の素晴らしさを実感いたしました。あらためてお願いいたします。我々に手を貸していただけませんか」
あくまで、妖のせいにするつもりのようだ。
そして、結局は咲耶に取り入りたいがため。
胸の奥が鈍く痛んだ。
水神の山、その井戸が穢されたことも、美しい妖が呪詛の道具にされたことも、自身の存在が招いたこと。
なんで私が、と思う。
「そうまでして私を勧誘するのはどうしてなんです?有能な術師は他にもたくさんいるのでは」
三上の目が、燗と光る。
「どうして……それは、貴女が的場家とは対極の存在である家系の者だからですよ。我々は、的場一門の台頭をよしとしていません」
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