神立の向こう、遠い光
名前を変える
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自分で質問をしておきながら、ふと直前の咲耶の話に何かを察したようで、まさかと言いたげな顔をする。
「咲耶さん、その水神は……」
「はい。眠りから覚めたであろう水神は、今やこの山そのものです。嫌な長雨は前兆で、夕べの大雨が水神の目覚め。……そうしたら、次はこの山が崩れる番ですね」
実際に言葉にしてみると、この土の生臭さも山崩れの前触れであると合点がいく。
同時に怖くなった。山が崩れて多大な被害が出るという未来が、すぐ傍まで迫っている。それを阻止することが出来るのだろうか。
「咲耶さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、祓い人の目をした名取と視線がぶつかった。
「水神を鎮めるのなら私も手を貸そう。これでも、ある程度の術には長けているつもりだよ」
怖気づきかけた心に、それはとても心強く魅力的な言葉だった。
受け入れたいと思ったが、それは違うと思う自分もいる。
『おい、待て』
そこへ、悪鬼をどこかへ連れていっていた東雲と早天が戻ってきた。
『「神崎は祓い屋と手を携えない」、そうではなかったか。咲耶』
ああ、そうだ。
神職の名家が、祓い人と手を携えるということは、特定の祓い人に強力な後ろ盾を与えることになる。
そうなっては、現在的場家を筆頭に均衡と秩序が保たれている呪術師の世界を乱してしまう。
神職とは何か、祓い人とは呪術師とは何か、その境界がおかしくなってしまう。
祓い人が祓い人としてあるのなら、神職は神職としていなければいけない。
子供の頃、耳が痛くなるほど祖父から聞かされた話を思い出した。
名取がどんな気持ちで声をかけてくれたのか、本心までは分からない。それでも。
「……早天の言うとおり、この件は、この地を管理する神崎家と私個人の問題です。周一先輩はもうお引き取りください」
表情にこそ出さないが、名取は少しむっとしたようだった。
「それで私が納得するとでも?」
「思いませんね。別に、名取周一個人として立ち合い、一切手を出さないとお約束していただけるなら、いてもいいですよ」
我ながら、上から目線な言い方だった。
名取は渋々といった様子で黙ると、肩で大きく息を吐く。
「……本当に、やれるのかい?」
祓い人の強い眼差し。しかし、それに反して声はとても優しい。
————何故だろう。目の前にいるのは名取であるのに、その姿に一瞬だけ別の人物を重ねた。
「無理をしなくとも、これは我々祓い屋の領分なんだよ。君が手を引いたって、誰が咲耶さんを責めるっていうんだ」
納得したのかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
名取のことだ。手柄は欲しいだろうが、咲耶や神崎家に恩を売りたいとか、利用したいとか、そういう意味で言っているのではないのだろう。
しかし、こちらにはこちらの理由がある。
祓い人とは手を組まないなどそれ以前に、本当にこれは咲耶がやるべきことなのだ。
「私を誰だと思ってるんですか。私が貴方に助けてくれと言うとでも?神職を甘く見ない方がいいですよ」
『まだ見習いだけどな』
「それ言っちゃダメなやつでしょうが!」
東雲に横やりを入れられ見逃すかたちとなってしまったが、名取の表情がわずかに曇ったことが気になった。
眼鏡の奥の目に映った、落胆のような気配。
言い方が、少しきつかっただろうか。
その時、ポツポツと嫌な雨粒が落ちてきた。
これは、カウントダウンだ。
今は、他のことに気を取られている場合ではない。
そう決意した時、すっと傍から伸びてきた手が、咲耶の手から傘を奪っていった。
何事かと思えば、名取の手に移った傘は咲耶の頭上に広げられた。
「……祝詞を上げるんだろう?その間、小鬼達が守護として君の隣に侍るのなら、これは私にしか出来ない」
雨音と共に降ってくるのは、名取周一という人の優しい気持ち。
「ありがとうございます」
本格的に雨が降り出し、いよいよ山が崩れるという未来が現実味を帯びて、その恐怖に全身が震えた。
しかし、一人ではない。大丈夫、きっとやれる。
コップの底に残った一滴の水のような不安を捨て、開手 を打つ。
手を合わせたまますっと息を吸い、迷いのない祝詞を奏上する。
水神と呼ばれる妖と、この土地の人達。そして、祓い人に利用された妖のことを考えながら、昔の記憶を思い出した。
「咲耶さん、その水神は……」
「はい。眠りから覚めたであろう水神は、今やこの山そのものです。嫌な長雨は前兆で、夕べの大雨が水神の目覚め。……そうしたら、次はこの山が崩れる番ですね」
実際に言葉にしてみると、この土の生臭さも山崩れの前触れであると合点がいく。
同時に怖くなった。山が崩れて多大な被害が出るという未来が、すぐ傍まで迫っている。それを阻止することが出来るのだろうか。
「咲耶さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、祓い人の目をした名取と視線がぶつかった。
「水神を鎮めるのなら私も手を貸そう。これでも、ある程度の術には長けているつもりだよ」
怖気づきかけた心に、それはとても心強く魅力的な言葉だった。
受け入れたいと思ったが、それは違うと思う自分もいる。
『おい、待て』
そこへ、悪鬼をどこかへ連れていっていた東雲と早天が戻ってきた。
『「神崎は祓い屋と手を携えない」、そうではなかったか。咲耶』
ああ、そうだ。
神職の名家が、祓い人と手を携えるということは、特定の祓い人に強力な後ろ盾を与えることになる。
そうなっては、現在的場家を筆頭に均衡と秩序が保たれている呪術師の世界を乱してしまう。
神職とは何か、祓い人とは呪術師とは何か、その境界がおかしくなってしまう。
祓い人が祓い人としてあるのなら、神職は神職としていなければいけない。
子供の頃、耳が痛くなるほど祖父から聞かされた話を思い出した。
名取がどんな気持ちで声をかけてくれたのか、本心までは分からない。それでも。
「……早天の言うとおり、この件は、この地を管理する神崎家と私個人の問題です。周一先輩はもうお引き取りください」
表情にこそ出さないが、名取は少しむっとしたようだった。
「それで私が納得するとでも?」
「思いませんね。別に、名取周一個人として立ち合い、一切手を出さないとお約束していただけるなら、いてもいいですよ」
我ながら、上から目線な言い方だった。
名取は渋々といった様子で黙ると、肩で大きく息を吐く。
「……本当に、やれるのかい?」
祓い人の強い眼差し。しかし、それに反して声はとても優しい。
————何故だろう。目の前にいるのは名取であるのに、その姿に一瞬だけ別の人物を重ねた。
「無理をしなくとも、これは我々祓い屋の領分なんだよ。君が手を引いたって、誰が咲耶さんを責めるっていうんだ」
納得したのかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
名取のことだ。手柄は欲しいだろうが、咲耶や神崎家に恩を売りたいとか、利用したいとか、そういう意味で言っているのではないのだろう。
しかし、こちらにはこちらの理由がある。
祓い人とは手を組まないなどそれ以前に、本当にこれは咲耶がやるべきことなのだ。
「私を誰だと思ってるんですか。私が貴方に助けてくれと言うとでも?神職を甘く見ない方がいいですよ」
『まだ見習いだけどな』
「それ言っちゃダメなやつでしょうが!」
東雲に横やりを入れられ見逃すかたちとなってしまったが、名取の表情がわずかに曇ったことが気になった。
眼鏡の奥の目に映った、落胆のような気配。
言い方が、少しきつかっただろうか。
その時、ポツポツと嫌な雨粒が落ちてきた。
これは、カウントダウンだ。
今は、他のことに気を取られている場合ではない。
そう決意した時、すっと傍から伸びてきた手が、咲耶の手から傘を奪っていった。
何事かと思えば、名取の手に移った傘は咲耶の頭上に広げられた。
「……祝詞を上げるんだろう?その間、小鬼達が守護として君の隣に侍るのなら、これは私にしか出来ない」
雨音と共に降ってくるのは、名取周一という人の優しい気持ち。
「ありがとうございます」
本格的に雨が降り出し、いよいよ山が崩れるという未来が現実味を帯びて、その恐怖に全身が震えた。
しかし、一人ではない。大丈夫、きっとやれる。
コップの底に残った一滴の水のような不安を捨て、
手を合わせたまますっと息を吸い、迷いのない祝詞を奏上する。
水神と呼ばれる妖と、この土地の人達。そして、祓い人に利用された妖のことを考えながら、昔の記憶を思い出した。