It’s raining cats and dogs.
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幸い早い時間の会合だったため、陽が傾く前には神崎邸へ到着することが出来た。
既に見慣れた大鳥居へ向かって走ると、ちょうど見覚えのある青年が出てきた。
見覚えがあると思ったのは向こうも同じだったようで、青年は的場を見て立ち止まる。
「あれ、この間の」
その人は、以前的場が咲耶と勘違いをした相手――――咲耶の兄だった。
的場は、焦燥を隠して一侑する。
「こんにちは。この間はどうも。あの……今日、咲耶さんはいますか?」
的場が妹の友人であると認識したのか、咲耶の兄は柔和な笑みを浮かべた。
「一度学校から帰ってきたんだけど、その後またフラっといなくなってしまって。実は、今から近くを捜しに行くところなんだよ」
いくら夕暮れが近いからといって、少々過保護な気もするが。
そんな的場の心の声を、表情や間合いから読み取ったらしい咲耶の兄は、柔和な笑みを苦笑に変える。
「ちょっと……精神的に不安定になってるんだよ。夕べ、うちの猫が死んでしまって。あいつ、よく可愛がってたから」
その目に浮かぶのは、猫とはいえ家族の一員に向けられる悼みと、妹を案じる優しさ。
しかし、的場の不安はますます大きくなった。
妖力を持つ者が精神的に不安定になるということ、それは妖に弱みを見せることと同義だ。
強い妖力を持つが故に日頃咲耶に近付くことが出来ない妖がいたとしたら、妖達にとっては今この時がまたと無い好機ということになる。
△△の林に封じられていた妖――――――
次の瞬間には、来た道を戻るように駆け出していた。
ずるずると地を這うようにして伸びる黒い腕、その先にいるのは咲耶だ。
幻影を見る程に、胸騒ぎは強くなっていた。
駆けてきた勢いのままに土手を下り、その先にある林の手前で呼吸を整える。
明らかに人ならざるものの気配は残っているが、ここには何もいない。辺りを見回しても、人の気配すら無い。
感情や感覚というものに従ったせいで、逃げた妖の情報などは皆無だ。
これでは、妖を逃がした祓い人を笑えないではないか。本当に、らしくない。
途方に暮れるのと同時に纏わりつくような苛立ちに襲われ、ぐしゃりと髪を搔き上げる。
その時、かすかに唸り声のような声が聞こえた。明らかに、人や動物のものではない。
近くにいる。そう確信した時には、再び走り出していた。
いつもの自分ではないようなみっともなさに、我ながら何をやっているのかと呆れる。
声のした方に進むと、畦道の向こうに細い石段が見えた。その石段を上がった先には古い社のような建物があり、白い人影がゆらりと動く。
『人間……人間……力のある人間。嬉しや、上玉よ。嬉しや、佳き日よ』
嬉々として紡がれる言葉は、内容に反し低く不気味で、ごろごろと不快に耳に残る響きをしている。
みすぼらしく擦り切れた白い着物を纏った影は、不規則に左右に揺れながら、開かない社の戸の前に咲耶を追い詰めた。
『いただこう……いただこう……』
影の妖は、しゅるりと黒く細い腕を伸ばす。
しかし、咲耶は表情を強ばらせたまま動けずにいる。
「馬鹿!何してる!」
石段を登りきった直後に見た光景に、的場は迷わず呪符を投げつけた。
短い悲鳴と、ぐらりと傾く妖の体。しかし、尚も妖は咲耶に襲いかかろうとする。
咲耶は視えているはずなのに、逃げるばかりで何故対抗しないのか。
ああ、あの幻影が現実になろうとしている。
「咲耶!」