afterglow of sunset.
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これまでの不安や焦燥や罪悪感は何だったのかと思えるほどに、満たされている。
信じてなどいなかったのに、こんな形で出会い、落ちてしまうとは。
「そうだ、これ……」
そろそろ別れなければいけない気配に、忘れてはいけないとポケットをまさぐった。出てきたのは、小さなネズミのぬいぐるみ。
それが何であるのか咲耶はすぐに分かったようで、より的場の近くへとやって来る。
「それ、猫用のおもちゃですね」
飼い猫が死んだと聞かされたあの日の帰り、自分に何か出来ないかと思い購入したもの。弔いなら花の方がよかったのだろうが、いつ手渡せるか分からなかったため、これになったのだ。
心なしか元気が無くなったように見える咲耶。まだ、思い出させるには悲しすぎる記憶だっただろうか。
「……俺も猫が好きだよ。迷惑じゃなければ、亡くなった猫に」
手のひらに収まる程のネズミのぬいぐるみを差し出され、咲耶は信じられないと言いたげな表情で的場を見上げた。
そして、わずかに逡巡した後、的場の手からそっとぬいぐるみを受け取る。
「……貴方にも、人の心があったんですね」
「……君は俺を何だと思ってたの」
どうにも冗談には聞こえない。
ネズミのぬいぐるみは、大切に咲耶の両手に包まれた。
「ありがとうございます……」
棒読みで紡がれる誰かの代弁ではない咲耶自身のその一言は、温かく的場の心を打った。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
陽が傾き、川面が橙色に染まっている。
「最後にひとつだけ。2度目に会った時、俺の羽織っていた着物が視えていたはずだけど……あれ、何色だった?」
その問いに、咲耶は直前までの柔らかな表情を消して、いつものように不遜に笑った。
「視えてませんでしたよ。視ないようにしてましたから。東雲と早天のことは視えてましたけどね」
その話に、的場の頭にはいくつもの「?」が浮かぶ。
くすくすと可笑しそうに笑う目の前の少女は、これ以上は何も答えてくれそうにない。あらかじめ「ひとつだけ」と言ってしまった自分に後悔した。
「手強いな……」
彼女には、何があっても勝てない気がする。悔しいが、それでもいいと思う自分もいる。
「東雲ちゃん、早天ちゃん、帰ろう」
咲耶が手招きすると、向こうの欄干に腰掛けていた小鬼達は、ふわりとその場を離れてこちらへやって来る。そして、慕うように咲耶の傍らに寄り添う。
「……さっき、十二天将は自在に扱えないと言ってたのに、どうしてその大鬼達は君に従ってるの?」
「従ってるとか従えてるとかそんなんじゃなくて、ただ友人なだけです」
迷いの無い答えと、迷いの無い眼差し。
その言葉を聞いた小鬼達は、気のせいか誇らしげに見えた。
契約をもとにした主従以外の形で妖と繋がりを持つなど、聞いたことも無い。それが可能だということも知らなかった。
ああ、本当に畏ろしいのは、大鬼達ではなく神崎咲耶なのかもしれない。
大妖に愛され、神格の加護を受ける人。
知ろうとすればする程に眩しく、それでいて、危うい気持ちになる。
たとえ、的場家と神崎家の間に禍根が眠っているとしても。たとえ、咲耶と関わることでいらぬ災厄を被ることになっても。
それでも、彼女のことを護りたい。それは、初めて抱く気持ちなのだ。
我ながら、愚かしくて笑える。
咲耶と大鬼達の関係も、そういうものなのだろうか。
「……打算の無い、関係性……」
そうか、それを友と呼ぶのか。
同じ世界を視ていながら、互いに立つ場所は全く違う。しかし、もう裏切りの業や右眼へ迫る不安を呪ったりはしない。
神崎の名も力も必要無い。この運命とともに生きる。そして、自分が咲耶の盾に、味方になれるよう、強くなろう。今よりも、もっと。
下ろした手をぎゅっと握りしめた時、咲耶が振り返った。
「あっちの交差点まで一緒ですよね?帰りましょう」
いつだって光の先端に立っているようなその姿はとても眩しいのに、繊細で心優しい人だということも知ってしまった。あの可愛い素の笑顔同様、知ってしまったらもう知らない頃には戻れない。
同じ世界を視ているということ、それがただひとつの希望であり、繋がり。今は。
的場は、歩き出していた咲耶の後を追った。
風はこんなにもいい香りがして、夕陽はこんなにも美しかっただろうか。
並んで伸びた2人の影は、まるで寄り添うように揺れる。
afterglow of sunset./了
信じてなどいなかったのに、こんな形で出会い、落ちてしまうとは。
「そうだ、これ……」
そろそろ別れなければいけない気配に、忘れてはいけないとポケットをまさぐった。出てきたのは、小さなネズミのぬいぐるみ。
それが何であるのか咲耶はすぐに分かったようで、より的場の近くへとやって来る。
「それ、猫用のおもちゃですね」
飼い猫が死んだと聞かされたあの日の帰り、自分に何か出来ないかと思い購入したもの。弔いなら花の方がよかったのだろうが、いつ手渡せるか分からなかったため、これになったのだ。
心なしか元気が無くなったように見える咲耶。まだ、思い出させるには悲しすぎる記憶だっただろうか。
「……俺も猫が好きだよ。迷惑じゃなければ、亡くなった猫に」
手のひらに収まる程のネズミのぬいぐるみを差し出され、咲耶は信じられないと言いたげな表情で的場を見上げた。
そして、わずかに逡巡した後、的場の手からそっとぬいぐるみを受け取る。
「……貴方にも、人の心があったんですね」
「……君は俺を何だと思ってたの」
どうにも冗談には聞こえない。
ネズミのぬいぐるみは、大切に咲耶の両手に包まれた。
「ありがとうございます……」
棒読みで紡がれる誰かの代弁ではない咲耶自身のその一言は、温かく的場の心を打った。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
陽が傾き、川面が橙色に染まっている。
「最後にひとつだけ。2度目に会った時、俺の羽織っていた着物が視えていたはずだけど……あれ、何色だった?」
その問いに、咲耶は直前までの柔らかな表情を消して、いつものように不遜に笑った。
「視えてませんでしたよ。視ないようにしてましたから。東雲と早天のことは視えてましたけどね」
その話に、的場の頭にはいくつもの「?」が浮かぶ。
くすくすと可笑しそうに笑う目の前の少女は、これ以上は何も答えてくれそうにない。あらかじめ「ひとつだけ」と言ってしまった自分に後悔した。
「手強いな……」
彼女には、何があっても勝てない気がする。悔しいが、それでもいいと思う自分もいる。
「東雲ちゃん、早天ちゃん、帰ろう」
咲耶が手招きすると、向こうの欄干に腰掛けていた小鬼達は、ふわりとその場を離れてこちらへやって来る。そして、慕うように咲耶の傍らに寄り添う。
「……さっき、十二天将は自在に扱えないと言ってたのに、どうしてその大鬼達は君に従ってるの?」
「従ってるとか従えてるとかそんなんじゃなくて、ただ友人なだけです」
迷いの無い答えと、迷いの無い眼差し。
その言葉を聞いた小鬼達は、気のせいか誇らしげに見えた。
契約をもとにした主従以外の形で妖と繋がりを持つなど、聞いたことも無い。それが可能だということも知らなかった。
ああ、本当に畏ろしいのは、大鬼達ではなく神崎咲耶なのかもしれない。
大妖に愛され、神格の加護を受ける人。
知ろうとすればする程に眩しく、それでいて、危うい気持ちになる。
たとえ、的場家と神崎家の間に禍根が眠っているとしても。たとえ、咲耶と関わることでいらぬ災厄を被ることになっても。
それでも、彼女のことを護りたい。それは、初めて抱く気持ちなのだ。
我ながら、愚かしくて笑える。
咲耶と大鬼達の関係も、そういうものなのだろうか。
「……打算の無い、関係性……」
そうか、それを友と呼ぶのか。
同じ世界を視ていながら、互いに立つ場所は全く違う。しかし、もう裏切りの業や右眼へ迫る不安を呪ったりはしない。
神崎の名も力も必要無い。この運命とともに生きる。そして、自分が咲耶の盾に、味方になれるよう、強くなろう。今よりも、もっと。
下ろした手をぎゅっと握りしめた時、咲耶が振り返った。
「あっちの交差点まで一緒ですよね?帰りましょう」
いつだって光の先端に立っているようなその姿はとても眩しいのに、繊細で心優しい人だということも知ってしまった。あの可愛い素の笑顔同様、知ってしまったらもう知らない頃には戻れない。
同じ世界を視ているということ、それがただひとつの希望であり、繋がり。今は。
的場は、歩き出していた咲耶の後を追った。
風はこんなにもいい香りがして、夕陽はこんなにも美しかっただろうか。
並んで伸びた2人の影は、まるで寄り添うように揺れる。
afterglow of sunset./了
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