選択

「議長、ずっと私と一緒にいてくださいね」

アーヤのその言葉がどれだけデュランダルを縛り付けるか、彼女は理解していなかった。
二人が『ずっと一緒にいる』ことは、デュランダルがアーヤとの未来を選ぶか、それとも人生を賭けた計画『デスティニープラン』を進めるために彼女との関係を終わらせるか、もしくは計画のために彼女を支配して従わせるかの、何かしらの選択を現実のものにしなければならないからだ。
アーヤとの未来を選べば計画は終わってしまう。それはデュランダルの生きてきた意味すら問われることだ。しかし、計画を進めるために彼女を裏切ることは、彼女の幸せや笑顔を奪うことに繋がる。それは今の彼にとっては耐えられなかった。
だからデュランダルにはこれしかなかった。アーヤを少しずつ支配し従わせ、彼女を守り、操りながら計画を進めていくことを。それだけが彼に残された道であり、計画の遂行もアーヤの笑顔も、彼女との関係すらも繋ぎ止めておける最善のやり方だと考えた。
アーヤは今のデュランダルにとって、彼の冷徹な計画を進めていく中で、彼の人間性を唯一保つことのできる、まるで救いのような存在となっていた。初めは彼女の才能を利用しようとその恋心につけ込んだだけだった。しかし彼はいつしかアーヤに対して情を抱いてしまった。それが愛情と言えるのかはわからない。だが、彼はアーヤとの関係を進める中で、その温もりや無垢な愛情を享受していた。デュランダルの中でアーヤがまばゆい光であることは確かだった。これは彼にとっては予想外の展開だった。しかしその光は純粋で、無垢で、彼にとっては強すぎて、彼の心の闇を照らすものでもあった。
デュランダルは恐れていた。彼女が自分の計画に反して、自分から離れていってしまうことを。それだけはなんとしてでも避けたかった。もうあの、タリア・グラディスに別れを告げられた時のような絶望や敗北感は味わいたくなかった。
だから彼は選択する。アーヤを少しずつ支配し、自分に従わせることを。アーヤの意思をじわじわと蝕み、アーヤが気付かぬうちに、自分から離れないように仕向けることを。頭脳明晰な彼にとって、支配とは愛よりも楽な道だった。人の心は簡単に掴める。そして感情的なリスクも少ない。なおかつ、少しずつ浸食していけば、アーヤを傷つけることもない。まさにうってつけの方法だと。

しかし、その選択が彼の中に狂気を生むとは、この時の彼はまだ思ってもいなかった。彼の中でアーヤへの愛情よりも支配欲が育っていくことを。アーヤを守るという名目で、支配への快感に浸っていくことを。そしてアーヤの自由意志やアイデンティティが失われ、デュランダルの求めていたアーヤからの無条件の愛情が、次第に彼女の自我を繋ぎ止めるだけの脆くて儚い鎖になってしまうことを。彼は想定していなかったのだ。

アーヤを自分の思惑に従わせるうちに、デュランダルの中で小さな芽が育っていった。それは恐ろしく凶悪な形をした悪魔の実の木の苗だった。支配が進んだという達成感を味わうごとに、ゆっくりと、着実に、デュランダルの心は変質していった。
最初は些細なことから始まった。口紅の色、ランチの選択、デートの主導権。デュランダルの提案にアーヤが従うたびに、彼の中で身を震わすほどの興奮と快感があった。それはアーヤの幸せを願うものではなく、実に自分本位の感情だった。そしてアーヤが自分の意思に反するたびに、それを押さえ込んでも従わせたいという欲望が彼の心に強く渦巻いた。
それは自分がアーヤを従わせないと彼女を失ってしまうのではないかという不安と、デュランダル自身の過去の別れに対する、ある種の復讐のようなものから来る感情だった。彼の過去の痛みと恐怖が、彼の心の欲望の芽に薄汚れた雨を降らせ、それを徐々に異質な形の樹木へと成長させていった。彼自身も気付かないほどに少しずつ、少しずつ。

(君を傷付けないために、君を守るために、こうするしかないのだ)

デュランダルはその思いと共に突き進んだ。これはアーヤのためだと信じていた。しかし実際は自分のためでしかなかった。その思いはいつしか自分の行いを正当化するだけのものとなってしまった。
自分の中の闇を認めたくなかった。それは自分の弱さを認めることに繋がるからだ。強くあらねばならなかった。評議会議長としても、計画を進める者としても、アーヤのためにも、誰よりも強く。世界を変える責任を背負って、個人的な感情は打ち捨てなければならなかった。

その感情を無視する姿勢が、なおさら彼を狂気へと導く。自分の中に生まれる葛藤や痛みを、余計なもの、邪魔なものだとし、次々に蓋をし、排除していった。感情に囚われないことを徹底するあまり、心の奥底で芽吹く『欲望』が増大していくことに気付かなかった。アーヤへの支配欲、承認欲求、そして、後に生まれる加虐欲。それらはデュランダルの心の奥底に根付き、気が付いた時には彼の全てを飲み込んでいた。彼は自分でも抑えきれない欲望にコントロールされ、衝動に突き動かされていった。それは彼が危険視していた『個人的な感情』よりもさらに厄介なものであった。

デュランダルはもう、自分を止めることはできない。彼の心に育った凶悪な木は、やがてアーヤの全てをも飲み込んでいく。アーヤの足を絡め取り、彼女の自由を奪い、動けなくしていく。
そして二人は欲望という真っ暗な森に閉じ込められ『ずっと一緒』を約束されるのだ。それが彼らの未来に待ち受ける『運命』なのであった。
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